第8話 真紅の炎は敵を見定める
「よっ!最近どう?」
明るくブラウンがよくある定型文で挨拶する。
「どうとは?具体的に何を聞きたいんです?」
その定型文に対し、多くの人間が思っていることで返す椎名蒼子。
「『最近どう?』ってのは話を切り出す際に相手に何か話したいことがないかどうかを確認するための質問なんだよ。ちなみに私が本当に聞きたいのはあの月宮紅莉のこと」
「あんなのに興味が?」
「あぁ、あの月宮教官の実妹だからな。シルヴィアも興味を抱いていたぞ?」
クソが、『あんなの』とは酷い言い方だ。
ノーパン袴女のくせにこの私を変態扱いとは。
ところでまた知らない人物の名前が出てきたので確認しておこう。
(ひなちゃん、『シルヴィア』ってのは?)
(機関に所属している魔法少女で一番優秀な人ですよ。昨年のMVPで班別対抗戦と個人戦の二冠を達成していました。たしか去年は月宮教官が担当していた班だったかと)
なるほど、つまり私には『優秀なあの月宮紅蓮の妹』って価値しかないのね、今の所。
さすがお兄ちゃん、正等に評価されている。
グッド!!
「あのシルヴィアさんまでもねぇ……しかしながらあの彼女は貴女方が期待するような女じゃないです。一言で彼女を表現するなら……そうですね、『チャランポラン』が相応しいかと」
ちゃ、チャランポラン!?私が!?私がチャランポラン!?
バカだ、アホだ、ゴミだ、カスだ、クズだと侮辱されたことはあっても初めてだよ!!
チャランポランは!!
「ハハッ!アンタは人の評価については辛口だね。それともそんだけの価値しかないってことかい?」
「えぇ、昨日は月宮教官と常盤ひなとその他諸々と一緒に遊園地でのんびりしてたそうな」
「昨日?昨日ってアンタはグリズリーを倒してなかった?」
「それは前々回ですね、昨日はヤギの群れを」
こ、こやつ……昨日も何か狩ってたの?
この子はハンターでも目指してるのかね?
クエスト、コンプリート!!
「あ~、そうだったそうだった。働くねぇ、アンタには休みって概念がないわけ?」
「別に、いつでも出撃できるようにしているだけです。そして出撃しただけですよ」
「本当にアンタのその精神は見習いたいね」
「心にもないことを言いますね。モンスター退治なんかに興味ない人が」
「あるわけがない。今年の班は去年よりも残念なんだ。レイがどれだけ優秀だったのか抜けて始めて気付いたよ」
また知らない奴の名前が……おっと、今回はひなちゃんに質問する暇はないっぽい。
「あのドリルは苦手です」
「ウルフウェーブをドリル扱いとは……あの子のことはそんなに嫌いかい?」
「嫌いではなく性格が苦手です。なんか目の仇にされてる気がして」
「あの子はワタシに懐いてるからね、年下に懐かれるのは悪くないよ」
「少しは止めて欲しいんですけどね、アタシとしては」
「はいはい、分かった、今度言っておくよ。月宮紅莉の方は分かった。常盤ひなはどう?」
「さぁ?まだ評価できるほど知りませんから。ブラウンこそどうなんですか?常盤ひなは去年同じ班だったのでしょ?ならアタシよりも知ってるはずでは?」
「常盤ひなが成長していないなら評価するに値しないね」
「ばっさりですか」
「そりゃばっさりさ。ワタシが去年の班対抗の方でシルヴィア達に負けたのは常盤ひなのせいだからね」
なんだろう、今の発言じゃまるで『ひなが足を引っ張らなかったら優勝できた』って聞こえる。
自分だって個人戦でシルヴィアってのに負けたくせに!!
「失礼、隣良いか?」
椎名蒼子とブラウンの傍に白銀の鎧を纏った美人が座った。
すんごい美人である。日本人離れした容姿……というかどう見ても日本人じゃなかった。ハーフですらない、おそらくイタリア系の白人かな?
そのイタリア美人はなぜか鎧を着けていた。
マンガなら出オチだね、出オチキャラだ。
出オチキャラってことは雑魚かな?うん、雑魚だね。
「おや、これはこれはシルヴィア。『噂をすれば影がさす』って奴かな?」
どうやらあのイタリア美人の鎧女が件のシルヴィアらしい。
……え?あの出オチキャラが最強の魔法少女?
嘘でしょ?
「そうだな、珍しく食堂を利用してみたら私のことを話しているようだったからな」
「それは早とちりだよ。ワタシたちが話してたのは蒼子の班についてさ」
「あぁ、あの月宮教官の妹と同じ班だったか?彼女はどう?」
「別に、あのチャランポランは期待外れですね」
「期待外れ?あのシスコンで有名な月宮教官が1人娘のように可愛がっている実の妹の月宮紅莉が期待外れ?」
「えぇ、期待外れですよ。アレが評価を覆すことなんて万に一つもないでしょう」
あのクソアマ!どんだけ私を誹謗すれば気が済むの!!
「蒼子、アンタも大変だね。そんな無能な新人魔法少女と使えない常盤ひなと同じ班だなんて。ワタシと同じように今年は個人戦のことだけを考えるべきだよ。どうせ班別対抗戦はシルヴィアとレイの班が優勝するだろうから」
「堪忍袋の緒が切れた!!これ以上黙って聞いているのは不可能だよ!!」
我慢の限界に来てしまった私は3人の会話に割り込んでしまう。
「居たのかよ……相変わらず品がない女……」
「ん?また噂をすればってか?」
「ほぅ、これが月宮紅莉か」
ゴミクズに絡まれた、と言いたい顔のポニーテールと愉快な珍獣に出会ったような興味深々な顔のブラウン、そしてブラウン同様に興味を持っているようでありながら何処か失望した様子のシルヴィア。
「凶悪ポニーテール!そしてそっちの日焼けと鎧も話にならない!この私への低評価はともかく常盤ひなは評価に値しない?見る目がないだけなんじゃないの?」
「日焼けって……悪口にしては捻りがない」
「鎧と言うのは悪口なのか疑問だな」
私の反論に対して日焼けと鎧は自分に対する代名詞の感想をぼやき、その後酷悪ポニーテールが私に質問してくる。
「月宮紅莉、それは誰に対する挑発なんだ?」
「凶悪ポニーテール!!バカなの!?つうかバカなんでしょ!!そっちの3人全員に決まってるじゃない!!」
「なかなか愉快な頭をしているのだな、月宮紅莉という女は」
「あはは、いやはや想像以上に蒼子の受難は大変そう」
他人事と言うようにシルヴィアとブラウンがのん気にコメディドラマでも見るように私を小バカにしてきた。
「そっちの2人!聞こえなかったのか!私は3人全員と言った!アンタたち2人も例外じゃない!!」
「だとして、私達が貴様のような雑兵の世迷言を聞く必要はない」
「右に同じ、弱い犬ほどよく吠える」
シルヴィアとブラウンは圧倒的な格下の発言等気にする必要なんてないらしい。
「はっ!昨年の1位様と2位様は余裕ですなぁ~」
「……なんだ?煽っているのか?」
ここで腐敗臭を発している生ゴミに群がる小蝿をうっとしく思うようなテンションでシルヴィアが言ってくる。
「そうさ、このアンポンタン!!」
「今時、そんな言葉を使う女子がいることに驚きだ」
「やかましい!!このウスラトンカチがっ!!」
「どうして貴様は言葉のチョイスが古臭いのだ?」
「小賢しいことを次々と言う!スケコマシの分際で」
「その辺りにしておけ、自分の語彙力の無さが露呈してしまうぞ。ちなみに『スケコマシ』と言うのは女たらしの類語だが?」
こ、このぉ……イタリア系っぽい顔のくせに日本語に詳しいとは……。
なんで外国人が日本人の私よりも日本語に詳しいのさ!!
「へん!強がっているのも今のウチさ。近いうちにアンタ達は自分の観察力の無さを恥じることになるから」
「何を言っているんだ?貴様は。むしろ貴様が強がっている風にしか聞こえないが?」
「宣戦布告する!この私、いや第48班は今年度の班別対抗戦で1位を取ることを予告させてもらう!!」
どうだ!たまげたか!!
「はぁ?」
「へ……?」
「ははっ!シルヴィアの言う通り愉快過ぎる!!腹が捩れそうだ!!今から殺り合うのが楽しみだよ」
「これが月宮紅莉か。評価項目は0、いやマイナスクラスだな」
椎名蒼子とひなちゃんとブラウンとシルヴァが四者四用の感想を述べる。
ふん、ギャフンと言わせてやるから覚えてやがれ!!
後悔するのが誰かなんてのははっきりしてるのさ!!
「おい、何やってるんだ?お前等。お前等がうるさいとオレが上層部から怒られるんだぞ?」
「別に何でもありませんよ、あなたの妹さんが突然発狂しだしただけです。恨むのなら自分の教育方法を恨んでください」
食堂に現れたお兄ちゃんが椎名蒼子の説明を聞いた周囲を見て深く溜息を付いた。
「紅莉、どうしてお前はそうなんだ……」
「ちょっと!!妹の言い分も聞かずにそれは無いんじゃないかな!!」
「それもそうだな、で?何か言いたいことがあるのか?」
「この3人が私のことをチャランポランだとか無能な新人だとか変態ブラコンクソ女とかバカにしたの!」
「おいおい、最後のはなんだ?完全に被害妄想じゃねぇか?」
日焼け女が何か言ってるけど無視無視。
スルー安定。
「お兄ちゃん、日本じゃ挑発した方が悪いってことになってたはずだよね!!」
「確かに挑発した方が悪いが、お前がそう言われるだけのことをしているのも事実だ」
「なんとぉーーっ!!?」
「けど、お前ならこいつらを見返せるだろ?今回はそれで勘弁しろ。そして本題だが、仕事だ」