真紅の炎の根源、part Ⅱ
◇〔紅莉side〕
「……それで、秋山さん。なぜに木に登っているんですか?」
昼休み、なぜか午前中ずっと木の上に迷彩服でスタンバっていた秋山さんに声をかける。
秋山那由他。詳しい素性は把握していないけど、お兄ちゃんがお世話になった人だってことは知ってる。
その他の情報は分からない。
中東で少年兵として戦っていたり、アメリカ陸軍で働いていたり、サーカスのバイトをしていたり、アスレチックの大会で優勝したりしていたらしいが、どこまで本当なのかは分からない。
というか、本当だったら色々怖い。
「これはこれは紅莉様。なにか御用で?」
「紅莉『様』ということは仕事ですか?」
「イエス、さすがの観察力。良い判断です。ご褒美にアメちゃんを上げましょう」
「わぁーい!」
レロレロレロレロレロ。
「それで?何しに来たのですか?」
「ななみお嬢様の学校での生活が少々気になったので」
「ななみ……あぁ、あの子ね。本当に秋山さんの関係者だったんだ」
「えぇ、そうですよ。今の職業はメイドです。メイド服だって着るのですよ」
「歳相応の格好をした方が良いんじゃないですか?」
「アホですね」
「一蹴されただけでなく、アホ扱い!?」
「女が若さを保つ秘訣は、若者の価値観を保つことなのです。心が老いた瞬間、体も老いるのです」
「それは成長では?」
「それこそ、この歳でどう成長しろと?もう人生の半分は生きてしまいましたよ?」
「そっスねー」
正直、10歳児には早い話である。
「さて、紅莉様。面倒かもしれませんが」
「イヤです☆」
頼まれる前に拒否権を発動!
「まだ何も言っていません」
「どうせ『お嬢様と友達になってほしい』とか言うつもりでしょ?」
「さすがの推察力。着実に成長していますね。ご褒美にグミちゃんを上げましょう」
「わぁーい……って要らんわっ!」
グミを叩き落とした。
そして落ちていくグミを足の甲でリフティングして口でキャッチする秋山さん。
どんな訓練を積めば、ここまで人間性能が上がるのだろうか。
「もぐもぐ……おや、グミは嫌いでしたか?」
「そうじゃなくて、本題を話してください」
「分かりました。ジジバカ炸裂中の雇い主が孫娘の学校生活を心配しているわけです」
「ほぅほぅ」
「雇い主。つまり夢島会長は多忙で家を空けることが多いので、必然的に私とななみお嬢様の2人の時間が多くなるのです」
「へぇー……あれ?あの子の両親は?」
「かりんほどではないですが、それなりに優秀で、海外赴任。今はニューヨークです」
「(私が言うのも変だけど)なんで付いていかなかったんです?」
「さぁ?なんででしょうね?好きなテレビ番組が見れないのがイヤだったとか?」
「いくらなんでもそれはないでしょ……」
「そうですか?紅蓮が紅莉様と同じくらいの時は『好きなアーティストのCDが買えないから外国に行きたくない』と言って日本に残っていましたが」
お兄ちゃーん!!
なんでそんな情けない理由で渡米を断ったの!?
お兄ちゃんってそんなキャラだったの!?
「かりんの権力を使えばCDの個人輸出なんて送料0でできるのに……」
「職権乱用!!」
「いや、むしろかりんならJPOPをアメリカで流行らせたり、そのアーティストをアメリカでプロデュースしたりするか……」
「またまたぁー、いくらママでもそこまではムリでしょ」
▽
「というわけで、マーちゃんの力を借りたい」
学校終了後に、いつもの喫茶店でマーちゃんと作戦会議。
「いや、というわけ、と言われても……ねぇ?それって悪質なイジメじゃない?」
「イジメじゃない!」
「きっぱりと宣言する辺り本当なの?」
「本当なの!」
信用ないなぁ、私。
今度、師匠辺りに社会的信用を上げる方法を教わる必要があるな。
「こらこらぁー、邪悪な策略の匂いがするぞぉ」
店員でもあるゆうくんが絡んでくる。
仕事してなさい。
「大丈夫です。安心してください」
「というか君達、ウチは喫茶店なんだ。お冷だけって困るよ」
「お金がない」
「立て替えよう」
「OK、ベイビー、ビスケットを頼む」
「へい、毎度!」
ゆうくんは満面の笑顔で厨房に帰っていった。
「仲良いなぁー、紅莉ちゃんと店員さん」
「そんなことはどうでもいいの!あのクソ生意気な転入生にモラルとローカルルールを教えるための良いアイデアが欲しいの!」
「紅莉ちゃんが思いつかないならわたしも思いつかないよ」
「マーちゃんは自分を過小評価してるんだよ!」
「紅莉ちゃんが過大評価してるだけだと思うんだけど……」
◇〔水無月side〕
「はぁーい、ワンツーワンツー。もっと腰を意識して。もう3セット行ってみようか」
「オス!」
わたし、椎名水無月はは夕方の5時からなぜか夢島グループの会長様の大豪邸でカワイイ女の子に護身術の指南をしている。なにがどうしてこうなったのかは、わたし自身覚えていない……。
「水無月くん。どうかね、あの子の調子は」
70後半の爺さんに声をかけられる。
爺さん、と不名誉な呼ばれ方をしたこの老人こそが、日本屈指の大富豪である夢島重蔵会長である。
夢島会長自身、非常に有能であり、たった一代で巨万の富を手に入れたというのは、彼のドキュメンタリーでも見ない限り信用できないだろう。
「問題ないと言ったところですね。椎名蒼子ほどじゃありませんが、筋が良い。あと2年もあれば男子高校生程度は簡単に屠ることもできるでしょうね」
「君も人の子だね。わが子と比較するか」
「あの子は優秀ですからね。優秀過ぎて親である私が恥ずかしいくらい。ほら、わたしって気を抜くとどれだけでもダメになりますし」
煎餅を齧りながら夢島会長(雇い主)と会話しているこの様を見れば、大抵の人間は礼儀知らずと罵倒することだろう。知ったことではない、わたしは能力を買われてここに居るのだ。横柄な態度を取って誰に迷惑がかかるという?
お客様は神様、などと言うカスが居るが、それは客が言うのではなく店員が言うのだ。金を搾取するためにな。
「というか会長さん。いい加減、月宮家の連絡先を教えてくれませんか?」
「それが困ったことに、わたしですらかりんの連絡先はSNSしか知らぬのだよ」
使えねぇな、この爺さん。
「だいたい、なんでわたしなんですか?もっと腕の良い指導者いるじゃないですか?」
前の指導者の腕が良かったのだろう。
基本が既に出来ている。
性格の不一致か何かで降板したとしか思えない。
「不服かね?」
「というよりも、私自身、指導は専門外なんです。旦那の仕事なんで……ふわぁ……時間外手当ください、多めに。今夜はイタリアンが食べたいので」
「なら良い店を紹介しよう。今回の手当てはそれで頼もう」
「お?マジですか?ちなみにコースですか?」
「もちろんフルコースだ」
「ヤタァー。今夜はご馳走ご馳走♪蒼子にメールしないと」
《今夜は外食だよぉー、やっふー☆》っと。
「まだガラケーかね?」
「物理ボタンがないとダメな人間もいるんですよ。タッチパネルは苦手っす」
フリック入力とやらが苦手とは口が裂けても言えない。
言いたくない……。
「そもそも、君の娘の分までご馳走するとは言った覚えがない」
「まさか、わたしに可愛い娘とご飯を食べるな、と天下の夢島様が言うのですか!外道め」
「そこまで非難されるとは思わなかったよ……」
◇〔紅莉side〕
「ねぇ、本当にやるの?」
翌日の朝、私とマーちゃんは校門の前で夢島ななみがやってくるのを隠れて待っていた。
「問題ない、こんなのは小粋なイタズラだよ」
「小粋の意味がよく分かんないけど、大丈夫なら私は良いけど……」
「作戦は理解してるよね?マーちゃんが囮、そして私が本命」
「……やっぱり怖い」
「大丈夫だって。全ての責任は私が背負うから」
おっと、こんなことを言っている間にターゲットが登校して来た!
「ゆ、夢島さん!」
「うん?」
ピュー(水鉄砲)
水鉄砲は射程圏外。
「……えっと……なにかしら?」
マーちゃんは恥ずかしさのあまり、『あぅあぅあぅ……』と可愛らしく紅潮してテンパっている。
ククク、夢島ななみめ、あまりの超展開に戸惑っているな。
困ってる困ってる。
まさか後ろから水風船を投げられるとは思っているまい。
てぃやっ!(投擲)
と水風船を投げたのだけど、空中で破裂した。
理由?分かっている、何かが空中で当たったのだ。
とぉりゃ!(再度投擲)
またもや空中で破裂。
そして分かった。BB弾が空中で当ったのだ。
おそらく秋山さんがどこかに隠れてエアガンか何か狙撃しているのだろう。
「……アンタ、何やってんの?」
しまった!気づかれた!
くっ、こうなりゃ自棄だっ!
「シネ、オラァ!!」
トルネード投法!
私の球速は男子顔負けの時速118キロメートルだッ!
「よっと、返すぞ」
「ふみゅら!」
あっさりとキャッチされ、投げ返され、濡らされる……。
ここで呆然とする私。
展開についていけていない夢島ななみ。
あうあうと素で言っているマーちゃん。
15秒ほどの沈黙が流れ、私の心を傷つける。
「策士、策に溺れる……」
てくてく、と教室とは逆方向に歩く。
「あ、紅莉ちゃん!授業は?」
「サボる。やらなければならないことができた」
「え?ちょっと待ってよ!」
タッタッタ。
「……何なんだ?あのバカ2人は」
▽
学校に持ち込むことは禁止されているスマホをポケットから取り出し、秋山さんにダイヤルする。
「秋山さん。何やってるんですか?」
『もちろん、仕事です』
「小学校に不法侵入してエアガンでスコープするのがあなたの仕事なんですか?」
『結論から言えばそうなりますね』
「さいですか……」
昨日のも威嚇ではなく、狙撃準備ってことか。
そりゃアラフィフのおばさんが小学校教諭の後頭部にレーザーポインター当てて楽しむなんて不審者もいい所である。
『それで、紅莉様はお嬢様に恨みでもあるんですか?』
「スカしてる転入生に我々のローカルルールを教えてやらねばならないのです。大人の出番はありません」
『ふむ、なるほど、一理あります』
「でしょう?」
『しかし、後ろから水風船を投擲するのは美しくありません』
「ケッ」
『ところで紅莉様、学校の方は?』
「え?別に良いでしょ?そんなこと」
『ダメですよ、授業料は税金でまかなっているのです。タダではありません』
「細かいなぁ」
『細かくありません』
なぜこんな変人に怒られねばならないのか、不本意でしかない。
面倒だけど、ママに密告される展開は避けたいので通話を終了し、教室に向かった。
マーちゃんにはサボると言ったけど、別に撤回して良いだろう。
▽
「おーい、月宮!ドッジボールやるんだが、オマエもどうだ?」
昼休み、クラスメイトの田中(♂)が誘ってきた。
しかし、そんな気分ではないので丁重に断る。
「うーん、今日はパス。また今度」
「おぉ、分かった」
特に気にする様子のない田中。
「田中くんは明るいね」
これはマーちゃん。いつものことだと分かっていても、明るいと思っているらしい。
「誰かさんと違ってね。でもま、あれはあれでよくいる普通のガキだよ」
「どういう意味?」
「私以上に刹那的に生きてる」
「子供は感情的なほうがカワイイってお兄さんも言ってたよ?」
お兄ちゃんはどういう経緯か田中とも面識がある。
大方、近所で遊んでいるところに遭遇したか、ゆうくん家の喫茶店で仲良くなったかだろう。
「それだけならまだいいよ。アイツは俗物さ」
「どゆこと?」
「流れに流されて生きてるって感じ」
男子全員なのか知らないけど、雑誌やCMで宣伝しているオモチャに簡単に飛びつく。
純真無垢、と言えば聞こえは良いけど、あれじゃただのバカだよ。
あれにだけはバカ扱いされたくない。
見てみてよ、あのバカが夢島ななみ嬢に近づきましたよ。
あらら、バカですね。地雷原に特攻で爆死する気か?
「夢島。オレたちドッヂボールやるんだが、オマエもやるか?」
「おっと、これは意外な展開だ。どう考えますか、解説の月宮さん」
「そうですね、あれは何も考えてないと思います。勇気と無謀の違いを理解していない典型的な例でしょう」
「……球技には興味ない」
「おぉ、わかった」
「華麗に断られましたね。どう思いますか?」
「表情から察するに断られる事を想像していなかったのでしょう。むしろ彼女の態度を考えれば断らない可能性のほうが低いのに」
球技に興味が無い、という発言も本当かどうか怪しい。
今朝の私の水風船を簡単にキャッチしてみせた。
前の学校で少しはやっていたのだろう。
「やれやれ、田中のヤミゲージが溜まらなければ良いけど」
「ヤミゲージ?」
「『病み』と『闇』をかけた固有ゲージだよ。ま、怒りのボルテージ的な?そんなフラストレーションが溜まると田中は何やるか分からないキレた若者に変身する」
「よく判らないけど、とりあえず危惧していれば良いのかな?」
「うん、そうだね」




