第19話、白銀の剣と暴虐の魔獣
〔シルヴィアside〕
月宮紅莉たちと動物園に行った。
それから何時間が経過したのだろう。
私は執務室で寝ていた。
もはや夢の世界だけが、私を慰めてくれる。
むなしいな、私はどれだけ醜いのだ。
これでは、『誰も傷つかない優しい世界』なんて手に入らない。
「おつかれさまです、班長。頼まれていた資料です」
執務室に同じ班のメンバーであるすみれが入ってくる。
どうやら、資料制作を頼んでいたらしい。
そんなことすら記憶から洩れていたとは……なさけない。
「ご苦労。……すみれ、このあと食事でもどうだ?奢るぞ」
珍しく食事に誘う。誰かと食事を取れば、この不快な感覚も薄れるかもしれない。
「いえ、お気遣いなく。わたしはもう寝るので」
早いな、そう思い時計を見てみる。
まだ午後6時前だ。だが、ここは彼女の自由意志を尊重しよう。
「そうか、おやすみ」
「おやすみなさい……あ、そういえば本部の人が妙なことを言っていました」
「妙?なにがだ?」
気になった。心のスイッチを入れ替える。
「第23班が戻ってこないようなのです」
「戻ってこない?連絡はどうした?」
「5時間前から音信不通のようです」
「連中は何をしに?」
「モンスターの討伐だと聞いています」
明らかにおかしい、これは非常事態だ。
そうだ、何を平和ボケしている。
『こっち』が私のいるべき世界だ。
約束しただろう、彼女と。
「……ちょっと見てくる」
「こんな時間に?」
「こんな時間だからこそだ。無駄足ならばそれで良い。しかし、最悪のケースだった場合はそれこそ取り返しがつかない」
「全滅ですか」
すみれは頭が良い。だが、他人のことに無頓着だ。
しかし、それは悪くはない。
強制すべきことではない、魔法少女など。
「そうだ。すみれ、就寝前で悪いが……」
「分かっています。本部へ連絡、手の空いている者に本件についてもらいたいわけですね」
「理解が早くて助かる」
私は執務室を出ていった。
▽
「こんばんは、シルヴィアさん。今回の件にあたらせてもらう者です」
相変わらず、本部の人間は事務的である。
名乗りもしない。
「よろしく頼む。MWの座標データをくれ」
「はい」
端末に位置情報と目的地のデータが入力される。
そう遠くはない。
急げば5分もかかるまい。
月宮紅莉ほどではないが、私も高速移動くらいはできる。
最短経路で空を駆ける。
3分もしない内にMWに入る感覚が体を襲った。
草原である。乾燥地帯の草原である。
ステップ気候のようだ。
雑草と砂地が目立っている。
索敵には問題ない。
「こちらシルヴィア、MW内部に侵入。これより状況確認に移る」
「了解しました」
上空に足場を築き、周囲を視認すると、物陰に隠れている魔法少女を見つけた。
その魔法少女に接近する。
「し、シルヴィアさん……良かった、助かった」
「桑島揚羽か」
それなりに優秀な桑島揚羽とその班員が瀕死の重傷を負っていた。
「すまない、現在の状況はどうだ?」
「見ての通りです。重症の仲間が2人、そろそろ全滅することを覚悟していた所です」
やはりか、すみれが居なければもっと危ない展開になっていただろう。
「敵は?」
「1体です」
1体、だと?
「はい、あの戦闘能力から考えて……おそらく……」
魔法少女3人と戦い、勝ってみせた……。
となれば、当該モンスターはほぼ確実にS級。
「理解した。貴様らはすぐに退却しろ。私が時間を稼ぐ」
「恩に着ます」
跳躍し、当該モンスターを目視する。
額に存在する闘牛の雄雄しき角、下顎から突き出ているカバの巨大な牙、極太の棘だらけの堅牢な甲殻、その全長はおそらく三〇メートルはあるだろう。その巨大すぎる躯ゆえか、ワニを思わせる脚が昆虫のように六本もある。
脚には獲物を仕留めるために磨き上げられた猛禽類の鉤爪、そして尾は円筒形で先端が鋏になっている。
既存の生物からは逸脱した見た目はまさに魔獣、強いて形容するのなら生物学上の『キメラ』の語源になった『複数の生物の特徴を持った怪物』と言われる『キマイラ』か。
容姿から危険度を推測すれば差し詰めD級程度だろうが、それの被害が小隊全滅とは考え難い。
必然的にヤツはS級。S級モンスターの討伐は1人では厳しい。
だが、怖気づくわけにはいかない。
「非常事態だ、当該モンスターはSランクであると推測された。緊急会議を求める」
「こちら本部、対象はSランクで間違いありませんか?」
「被害状況から考えて間違いないと思われる。これより対象との戦闘に入る。負傷者の救助は困難であるため応援を求む」
「了解しました。至急増援を要請します。ご武運を。アウト」
通信が途切れ、戦闘服を展開する。
まずは先制攻撃だ。
空中から回転しながら一撃。
無駄にゴツゴツした頭部のトゲを刈取る。
キマイラが鋭利な鍵爪で裂き殺しに来る。
意外にあの腕、リーチがあるのか。
それを難なく避け、さらに切る。
次に牙を1本へし折る。背中の棘がミサイルのように飛んでくる。
それを紅莉戦での反省として作ったハリボテの超大型盾で防ぐ。
だが、盾は粉微塵に砕け散った。
「チッ、この程度のクオリティでは一度が限度か」
今後のことを考えれば、より頑丈な盾が4枚は欲しい。
しかし、今は眼前のモンスターを殺すだけ。
他の事は全てが終わった後に考えれば良い。
ミサイル棘を防いだ後、キマイラはゴキブリのように素早く世界を駆け回り、そしてハリネズミのように体を丸め、回転して突撃してきた。
上空に跳躍し、避ける。
キマイラが通った軌跡は大きく抉れていた。
プリンをスプーンでくり貫いたように抉れていた。
重い、体躯から考えれば50トンはあってもおかしくない。
けれど、この私がその程度に負けるわけにはいかない。
キマイラ目掛けて剣を射出する。
しかし、キマイラは動き回りながら口から火の弾を発射する。
火の弾は剣にぶつかり相殺。
所詮はモンスター、この程度ならば時期に勝てるだろう。
だがS級の存在は伊達ではないか。
ならば、我が最高の一撃を持ってその存在を抹消してくれる。
ゲテモノ風情にこの聖剣は使いたくなかった。
だが、今使わずに何時使うか。
使わせてもらおう、我が覚悟の結晶を。
行くぞ、ここが貴様の死地だ!!
剣を構える。全力を出すために心を燃やす。
前方からの42本、後方から39本の槍のような触手が私を襲う。
なるほど、これではあの桑島揚羽も必死だろう。
だが、舐めるなッ!!
その全ての触手を斬り裂くために剣を振るい、突撃する。
前の30本の触手を斬る。残りの12本は斬る必要がない。
その程度の物量では、この私には当らない。
「ハァアアア!!」
本体を斬り殺すために突く。
魔獣の咆哮がそれを防ぐ。
質量を持った声が私の体を襲うが、くだらん。
その猛り、私が『破壊』してくれるッ!!
質量を持ったその衝撃波を正面から斬った。
だが、その瞬間こそ、敗因であった。
後方不注意、スキだらけの背中を触手が貫く。
痛覚が脳みそをぶち抜く。
痛覚を『破壊』する。意図的に感覚を麻痺させる。
この身が朽ち果てようと、敵だけは潰す。
「だから言っているだろ、この私を舐めるなッ!!」
触手を斬り裂く。
そして、キマイラの顔面の上部を抉り斬った。
一度、距離を置く。
傷の量で言えば、私のほうがデカイ。
だが、勝つのは私だ。
必殺の一撃で決めよう。
剣を構える。
白銀の極剣に光の刃を形成する。
我が最高の魔法で屠ってくれよう。
キマイラの口からもう一つめの口のような肉製の筒が出てきた。
なんだ?あの筒は。
舌か?カエルのように舌で獲物を喰らうつもりか?
だが、それに光が宿った瞬間に悟った。
あれは収束砲だ。ヤツは今、エネルギーを充填している。
それもあのバカデカイ砲身から繰り出される収束砲ならばこの一面を焦土に変えられるに違いない。
収束砲を迎え撃つつもりで剣を構える。単純な力比べなら私が負けるはずはない。
だが、その砲門は私を狙っていなかった。
その砲門が狙っていたのは……避難している第23班の連中だと!?
この化物!!私を殺せないと本能で理解し、その結果彼女達を道連れにするつもりか!?
「ふざけるなぁぁああああ!!」
避難している彼女達の元まで疾駆する。収束砲が迫る。
視界全てを埋め尽くす光の砲撃。
この程度で、この程度で死ぬわけにはいかないッ!!!
盾を三枚同時に展開する。それら全てに力を込め、光の砲撃を全力で受ける。
体中が焼け、筋組織が崩壊し、骨も粉砕してしまっている。
私の固有魔法は防御に向かない、そんなことは私が良く知っている。
「けど、それでも、守るんだぁぁああああ!!」
たった数秒、わずか数秒の収束砲の集中豪雨が終わる。
目の前の怪物の渾身の一撃は、私の盾が全て受けきった。
「し、シルヴィアさん……?」
逃げている途中の桑島揚羽が私を心配する。
バカか、貴様が心配するな、私が心配するのだ……。
「逃げろ、とっとと逃げろ、もう私の体も限界だ。だから逃げろ」
再び剣を握る。
こいつだけは殺す、こいつだけは殺さなければ何も守れない。
私は手に入れるんだ、『誰も傷つかないで済む優しい世界』を……。
そんな理想郷を手に入れるんだ。
未来を、明日を……。
誰もが笑っていられる明日を……。
気づけば剣が手から零れ落ちてしまっている。
もう、体が限界なのだ。もう、私は闘えないのだ。
……もう終わりなのか。
……なぁ、紫苑。私は頑張れただろうか?
我が身を犠牲にしても誰かを助けることに酔いしれていた。
だけど、私はそれを恥はしない。なぜならそれが私の唯一の願望だから。
私はそうしたかった。
自己犠牲と言う自己満足が私にとって最上の愉悦になった。
だから、ここで命尽きようと悔いはない。
これが間違いか?これは偽善か?違う、私の善は偽善などではない。
他人のために戦うことの何が悪い。
自分のためにしか闘えないなんてのは、ただの嫉妬だ。
他人よりも心が汚い自分を肯定するための言い訳にしか過ぎない。
人間には命の次に大切なものがある。
それは『夢』だ。
夢を失った人間など、ただ生きるだけの動物と変わりない。
自分が自分であるための経験が誰にだってある。
そして誇りを手に入れ、夢を求める。
その誇りも夢も失って無様に生き恥を晒すか?
『命あっての物種』とそれが正しいと言う人間も居るだろう。
だが、私は最期まで自分に忠を尽くしたい。
それが私の人生だ。『人の夢』と書いて『儚い』などとは言わせない。
いけないのか?自分が自分であるために譲りたくないものがあることがそんなにいけないことなのか?
私はバカなのだろう、引けば済む。
頑固な自分を後から納得させるような理由を考えれば良い。
けれど、ここで引いてしまえば私は永遠に自分を許せない、そんな確信があった。
だから私は引かない。それが例え愚かだったとしても誰にも私を非難させない。
……ごめんね、『誰も傷つかないで済む優しい世界』なんてものは、私じゃ役が足りないよ……
「『超音速絶空突撃蹴』!!吹き飛びやがれッ!!」
バカの声が世界に木霊した。
そのバカの一撃はキマイラを頭部を蹴り上げただけだった。
「チッ!頑丈すぎだろ、あのバケモノエビは」
「つ、月宮紅莉……?」
「やぁ、お姫様。生きてますか?」
「……あれは海老か?とてもそうは見えないが」
「いや、あの殻がどう見ても海老だろ?尻尾もあるし。というか開口一声がそれですか」
殻があるから海老とは短絡的な思考だ、その理論なら甲殻類はもれなく海老の仲間ではないか。
「それで?なんで貴様が此処にいる……?」
「別に、たいした理由なんてない。私はアンタが死のうと生きようと興味なんて無いよ。でもね、アンタが死んだら悲しむ人がいる。私はその人たちが悲しまないためにアンタを助ける」
……はは、相変わらず貴様は自己中だな。
だが、なんとありがたい言葉だろうか。
私が死ねば悲しむ人がいる?
そうか、まだ私にそんな風に思ってくれる人がいるなら私は生きようじゃないか。
「シルヴィア!ここは一端退け!」
装甲車のスピーカーから月宮紅蓮の声が聞こえてきた。
なるほど、どうやらあの装甲車で傷だらけの第23班を救出するらしい。
それで良い。彼女達さえ助けられれば私は構わない。
「拒否する、S級モンスターを放置することなどできない」
「バカか!勝てない戦と負け戦は違うんだよ!」
「……例えそれでも、私は闘う。私は自分の無力さで誰かが傷つくのは見ていられない」
私の言葉を聞いた月宮紅莉は、やっぱりかとでも言いたそうな目で微笑した。
「ホント、アンタはバカなくらいに頑固だね」
「五月蝿い、貴様ほどではない」
「ふん、アンタが自分以外の全てを救うって言うなら、私がアンタを救ってあげるよ。その代わり、生きて帰った時は……そうだね、アンタのオススメのパフェでも奢ってもらおうかな」
「そうか、ならば至高の甘味を貴様に教えてやろう、だから」
「あぁ、だから」
私と月宮紅莉は不敵に笑いあった。
『絶対に死ぬなよ!!このクソアマッ!!』




