第17話、緋色の姫は心からはしゃぐ。
〔紅莉side〕
朝、お兄ちゃんはもうすでに出勤している。
そんな中、我々美少女たち(ここ超重要)はのん気にゲームをしていた。
「アシュリーさ……」
「何デス?」
「動物園とか興味ある?」
「Zooですか?まぁ興味がナイことも無いと二重否定してみマス」
二重否定してみたかったんだろう、日本語で。
素直に、行きたいと言えば良いのに。
「ここにチケットがあるんだけど、いる?」
「では、お言葉に甘えテ」
「できるなら、今日行ってもらいたい」
「リョーカイです」
「へぇ……動物園ねぇ……」
最近行ってないなぁ……。
行こうと思わないから。
「アカリンも要る?」
「え?まだチケットあるの?」
「うん、あと1枚ある」
どうやらラス1らしい。そのチケットを受け取る。
「……あれ?ねぇクロ、これどういうこと?」
「なにが?」
「これ、別に今日が期限じゃないけど?」
「うん、それが?」
「なんで『今日行ってもらいたい』って言ったの?」
「あぁ、これはシルフィーがくれたから」
「は?」
「たぶん、午前11時にシルフィーが園の前で待っているから」
「ちょ、ちょっと!?」
「ごめんね、西区のハンバーガー屋に行きたいんだ」
「ならシルヴィアにキャンセルのメールでも送りなよ!」
「シルフィーは予定を乱されるの嫌うからね」
どんな理論だ!
▽
「……それで?なぜクロを誘ったのに貴様がここにいる?」
「く、クロは急用が出来たとかで……」
まさかハンバーガー屋に負けたとは思っていないだろう。
「ヘーイ!シルフィー!お久しぶりデス!」
「アシュリー・ヴァーミリオン?貴様、日本に来ていたのか?」
「イグザクトリー!その通りです!」
陽気に挨拶するアシュリーにシルヴィアはちょっと驚いた。
「ん?二人は知り合いなの?」
「知り合いも何も、我がアルジェント皇国とヴァーミリオン家は……」
「ノー!ダメです!」
いきなりシルヴィアの口をアシュリーは手で覆った。
「何がだ?」
(かりんから口止めされてマス。アカリンにはヴァーミリオン家のことはなるべく伏せるようにと)
(なぜだ?貴様の再従姉ということはヤツもヴァーミリオン一族だろ?事実、かりんさんの娘のはず)
(いろいろ複雑なのデス。かりんのマムが本家に勘当されて絶縁状態なのデス。そしてかりんのマムは渡米して結婚。そして生まれたのがかりんだと聞いてマス。でもって、日系アメリカ人である『月宮総二朗』と結婚したのデス。かりん自身もあまり本家とは関りを持っていまセン。だからアカリンとヴァーミリオン家は無関係デス)
(そういう経緯か。だからかりんさんはアメリカ国籍を有していたのか。疑問だったんだよ。あれほどの人がなぜヴァーミリオン家を離れてアメリカで自由に仕事をしているのか。となると、月宮紅蓮もヴァーミリオン家とは関係ないのか?)
(いえ、あの人はちょくちょく遊びに行っているぽいデス。例外らしいデス)
(本当に面倒な関係になっているんだな……ヴァーミリオン家は)
「なんかこそこそ話してるけど、私に言えないようなことでもあるの?」
「ゴメンナサイ、かりんに口止めされてることがあって……守秘義務ってやつデス?」
「そっか、守秘義務じゃしょうがないか」
「それで良いのか?月宮紅莉よ……」
ママは仕事上、私にも言えないことが山ほどある。そのせいか疎外感を感じるけど。
「んで? 2人の関係は?」
「えぇーっと……それは……」
「はぁ……別にそれほどではない。かりんさんには私も大学時代にそれなりに世話になった。アシュリーともその頃に軽く話した程度だ」
「世話に?アンタみたいな超人に?」
って、ママも大学は12歳で入学して16歳で卒業したんだっけ?
確か経済学部だったはず。
「かりんさんは本国の企業や政治家とも繋がりがある。私も皇族として何度か挨拶した。そのとき、あの人に気に入られてな」
大体はわかった。しかし、ある単語だけ気になった。
「『皇族』として?」
「は?何か不自然な点でもあったか?」
「アカリン、まさか知らなかったんデスか?シルフィーは本物のお姫様デスよ」
「Really(本当に)?」
「Yes(イエス)」
「発音良いぞ、アメリカ人とフィンランド人」
冷静に考えると、この中に日本人なんて居なかった。
いや、一応私は日本人でもありますけどね。
ハーフの日本人扱いしてください。アメリカ国籍持ってるけど。
「姫様。今までのご無礼、お許しください」
日本人らしく土下座で謝る。
もちろん、心からではなく体だけだ。
「いや、不敬罪とかする気ないから。キモいから止めろ」
「ははぁ、恩情感謝であります」
「心がざわざわするから今までどおりで頼む」
▽
チケットを入場ゲートの係員に手渡して動物園に入る。
「まず、どうする?」
いきなりの他力本願ですか、シルヴィア!?
いや、この女の場合、本当にノープランなのだろう。
目的地のない流浪かよ。
「ハイ!ワタシ、鳥が見たいデス!」
「えっと、てことは鳥類コーナーだね」
あ、この動物園はエミューを飼育してるんだ。
なんか名前が良いよね、エミューって。
しかし、パンフレットに書いてある動物の名前、カタカナで9文字くらいだから読みにくい。
なに?この『アカカザリフウチョウ』って。
どこで切ればいいの?『アカ・カザリ・フウチョウ』?
一瞬『アフリカ・ザリガニ・チョウ』って読めたよ。
まったく意味が分からなかった。
てかフウチョウって何?風評被害?
「ゴクラクチョウ!ゴクラクショウが見たいノデス!」
「極楽鳥?……うーん、この動物園にはいないっぽいけど?」
「ガーンッ!」
擬音語は口にしなくて良いんだよ。
というか、どこでそんな言葉を知ったんだ?この子は。
「極楽鳥は風鳥の仲間だろ?そのアカカザリフウチョウで我慢しろ」
あ、やっぱりこのアカカザリフウチョウってのは赤飾り風鳥って意味なのかな?
▽
鳥舎にやってきた。
見渡す限り、鳥である(当たり前)
「あ、オウムだ」
「オウムだな」
「おうむデスね」
真っ赤なオウムがそこにいた。
よく見るポピュラーなオウムだ。
えっと何々……アカコンゴウインコって言うんだ……。
え!?インコ!?
こいつ、インコなの!?
オウムじゃないの!?
というかオウムとインコの違いって何だ?
大きさか?
「オウムって、ヒトの言葉が分かルのデスかね?」
「理解してはいないだろ。脳みその大きさから考えてそこまで賢いとは思えん」
「ショセン、鳥デスからね~」
私の驚きなんて知らずにのん気に会話するアシュリーとシルヴィア。
そんな中、私は今までの常識が吹っ飛んだ恨みを八つ当たりする事にした。
「けっ、鳥頭」
『トリアタマ』
ほぅ!?
「オウム返しされてル」
『トリアタマ、トリアタマ』
「誰がトリアタマだ!」
『トリアタマ、トリアタマ』
「くえぇー!!」
手を広げて視覚的に威嚇してみる。
オウム改め、インコは大人しくなった。
勝った!!
「見るに耐えん……」
「下等動物と口ゲンカしてマスね」
外国人に嘲笑された……。
なんだろう、この勝負に勝って試合に負けた感は……。
「下等動物に勝つために人間としてのプライドまで捨てるなよ、月宮紅莉」
▽
鳥舎を離れて哺乳類を見て回ることになった。
そんな中、アシュリーがとある箇所で足を止めた。
「ほへぇ~」
「ラマか」
ラマ、ラクダの仲間の家畜。
ボリビアやペルーなどの南米で家畜として飼育されている。
儀式以外で食べられる事はあまり無い。
また、ラマの糞は燃料としても利用される。
以上、資料より引用。
「最近の発音では『ラマ』ではなく『リャマ』って言うらしい」
「心底どうでも良い」
だよねっ!
「聞いた話だが、最近の日本ではアルパカが人気らしいが本当か?」
「さぁ?人気かどうかは知らないけど、知名度はあがったんじゃない?」
なぜ知名度があがったのかは知らないけど。
「私は羊派だから興味ないんだよね、流行にも疎い方だし」
「なんだ、貴様は羊毛が好きなのか?」
「いや、ジンギスカン」
「食用かよ」
「まぁ、食肉目的かどうかは置いといて、ラマってラクダの近縁種で、臭いツバを吐くことで有名じゃん?」
「有名だな」
「だから嫌い」
「だからか」
「うむ!」
▽
続いてキリンのコーナーである。
どうやらこの辺りは草食動物の飼育場所だった。
「キリンってさ、有り得ないよね」
「なにがだ?」
食いついてくれるシルヴィア。
こいつ、意外にこういうの乗ってくれるのね。
「いや、サバンナの大自然の中であいつらだけあんなに目立つ黄色の斑じゃん?」
「ライオンとかは色の班別ができないからあんな色でも問題ないのだろ」
「いや、でもあそこまで巨体じゃ襲ってくれって言ってるものじゃない?」
「動物には詳しくないが、ある程度の大型種はむしろライオンなどを殺すくらいだと聞くが」
マジで!?キリン先輩、パネェっすよ!!
「あ、ワタシ知ってマスよ。キリンのキックはライオンを殺すそうです」
マジかよッ!?キリン先輩、チョー強ぇー!!
「ほらみろ、固定概念で物事を判断してはいけない」
「固定概念、と言えばキリンってウシの仲間なんデスよね」
「へぇー、そうなんだ」
「キリンの舌は気持悪い。みょんみょんしてる」
みょんみょん、何だろう、この表現。
あまり日本的、というか一般的な表現ではない気がする。
「みょんみょん?」
「みょんみょん」
「ミョンミョン?」
「みょんみょん」
おい、誰か突っ込めよ。シルヴィア様のみょんみょんに誰か突っ込めよ。
『みょんみょん、はねぇだろ』って誰か突っ込めよ。
というか、この中じゃ私かアシュリーしかいないんだけど。
▽
その後も1時間ほど歩いていた。
お弁当を食べようとしたのだけど、アシュリーは1人で先走って行った。
どうやらご飯を食べるよりも動物園をエンジョイしたいらしい。
目が輝いている。今度、暇な師匠にでも頼んでサファリパークにでも連れて行ってもらえば喜ぶだろう。
「アシュリー・ヴァーミリオンは楽しそうだな」
「うん、本当にね。……アシュリーとは仲良いわけ?」
「そこまでだ、大学在学中に少し話した程度だ。当時はここまでフランクなヤツではなかったがな」
「昔のアシュリーはこうじゃなかったの?」
「あぁ、おそらくな。だが、今のヤツがここまで明るくなったのはおそらくかりんさんのおかげだろう。あの人にはそういう魅力がある」
「ママにそこまでの魅力か……」
どうしてママは私を日本に置き去りにして、アシュリーを引き取ったんだろう?
アシュリーの両親はまだ生きているらしい。それなら別に引き取る必要もなかっただろう。
アメリカ留学の次に日本に来るような変わり者を……。
「どうして私には無関心なのに……」
口から言葉が漏れていた。どこから漏れていたのかは分からないけど、シルヴィアの耳には届いてしまっていたようだ。
「人様の家の問題だ。そこまで気になるならかりんさんに直接訊けば良いだろ」
「そっか。ママに直接か……そういえば、今度ママが日本に帰ってくるんだけど、会う?」
「そうなのか。時間が合えば挨拶しておこう」
「時間が合えば?」
「あの人は多忙だろ。ただ挨拶するためだけにあの人の時間を潰すわけにはいかない」
余程尊敬しているらしい。
「ほら、スマホを出せ」
「は?」
急な超展開に思考回路が追いつかなかった。
「知らないのか?今のスマホには赤外線機能で情報を交換することが出来るのだ」
ドヤ顔だった。
この女、まさか機械関係には疎いのか?
「……いや、別にスマホだけじゃないし、旧世代のガラケーからできるし」
「なっふ!?」
素っ頓狂な顔で素っ頓狂な声で驚いていた。
「フフフ、フハハハハ、ふははははははははっー!!」
苦笑し、嘲笑し、爆笑した。
あのシルヴィアが『なっふ!?』ですよ。
そりゃ笑うでしょ。
「き、貴様!笑うことではないだろう!!」
シルヴィア様に相応しくない狼狽である。
それも含めて面白い。本当に愉快だった。
「ごめんごめん、でもさ、なっふ、だもん……フフフ」
笑いが止まらない。まさかここまで面白いとは思わなかった。
赤面している。笑われたことが恥ずかしいのか赤面している。
こいつも人間なんだと理解した。
「はぁ……はぁ……あーあ、笑った笑った」
「こ、この女……」
随分イライラしてらっしゃる。だが、私は悪びれない。
こんなこと、ななちゃん達とよくやっていることだ。
『友人』なら普通のことでしかない。
「何2人で話してるんですか!ほら、あっちにはシカとの触れ合いコーナーがありマスよ!」
「あぁ、すまない、今行く。行くぞ、月宮紅莉」
「ちょっと待ってよ、だって『なっふ!?』だもん……」
「貴様、まだ言うか!」




