第16話、真紅の炎は調査される
〔冥side〕
月宮紅莉さんを調査するために、わたしは彼女が頻繁に利用する喫茶店にやってきた。
運が良いことに、すでに彼女は喫茶店の中、しかも友人らしき人物までいる。
月宮紅莉さんはあの月宮教官の実の妹。
ということは、月宮教官同様にあの月宮かりんさんの娘であり、あの月宮トメさんの孫でもある。
月宮トメ、テレビにも出るほどの占い師であり、その的中率は高く、彼女の助言を信じれば大抵の事は上手くいくと言われ、信者に近いリピーターが多い。
月宮トメの方はテレビに出るくらいの近所の有名人、で片がつく。
そこまで注目するほどじゃない。
けど真に注目すべきは月宮かりんの方である。
スマホで軽く月宮かりんをググってみる。
『月宮かりん、アメリカでは知らない人は居ないと言われているほどの超有名の資本家。
企業などに積極的に企画立案をしにいくアクティブなスタイルで有名であり、企画家としても優秀でクラウドファンディングの企画においては成功例ばかりという抜群な目を持っている。
欧米のゲーム分野で優秀なクリエイターを雇い、インディーズとしては破格な製作費をかけて世界規模の人気作を何作も売り出し、世界中の洋ゲーファンにも知られるようになった。
飛び級で大学に入学し、卒業と同時に結婚。ハワイで第一子を出産した。』
この第一子とは月宮教官のことである。
かりんさんと月宮教官の年齢差はたった16。
16歳で子供を産むってどんだけ波乱万丈な人生なんだ。
生き急ぎ過ぎなんじゃないの?
『そんな月宮かりんは20年ほど前にクールジャパンに目をつけて来日し、学生時代に知り合った夢島グループ会長のコネで様々な企業の重役と知り合い現在の地位を獲得。
10年前の世界恐慌がたった2年で好景気にシフトしたのは、この人のおかげ。
現在は夢島グループの名誉役員として様々な仕事に関っている』
うむ、何度見ても化け物だ。
自分がこんな人間の娘だったら、周りからのプレッシャーで潰れて廃人になりそう……。
わたしは固有魔法『変身』で、可愛らしいモルモットに『変身』して、喫茶店の屋根裏から侵入した。
質量保存の法則を無視できるこの魔法は実に使える。
◇〔紅莉side〕
「りぃちゃん、こっちこっち~!」
アオちゃんにフラれて暇な私は最近アシュリーちゃんがお世話になっている朱里ちゃんこと、りぃちゃんに電話をして、喫茶店に来てもらった。
りぃちゃんは入店して私をすぐに見つけたのかキョロキョロなどはせずにこっちにやってきて椅子に座った。
「んで?今日はどういったご用件?」
「別に何もないよ。暇だったからおしゃべりでもしようかな、って思っただけ。アシュリーちゃんも世話になってるみたいだしね。もちろんお代は私が出すよ」
「そういえば、アッシュと同居してるんだっけ?」
お代は出す、という言葉をスルーしている所を見るに、『あたしを召喚したあんたがご馳走するのは当然でしょ?』という意思が感じられる。
しかしアシュリーちゃんのことを『アッシュ』と読んだ事が微妙に気になった。
「……アッシュ?」
「何か問題が?」
「いや、アッシュってアシュリーの愛称?」
「もちろん」
「何か男性っぽい気がする……」
「そう?でも『アシュリーちゃん』って語呂悪くない?」
「まぁ……確かに」
「本人も嫌がってないし良いでしょ?」
「本人が良いなら私は何も言わないよ」
くだらない雑談をしていると、ゆうくんがお冷を持ってきた。
「店員さん、ブルーマウンテンをお願い」
「承りました」
業務的な挨拶をして、ゆうくんは厨房に戻っていった。
その姿は私が知っているチャランポランな青年の姿ではなかった。
「この店は良く来るの?」
「いや、はじめてよ」
「へぇー……ところでブルーマウンテンって何?呪文?」
「コーヒーの種類よ。より正確には豆のことなのかしら?」
「ずいぶん適当なんだね」
「味の違いはわかるけど、何が違うかまでは詳しくないの。じゃあ紅莉は『餃子』と『ワンタン』の違いわかる?」
「円形が餃子で四角形がワンタンでしょ?」
即答した事に対してりぃちゃんは軽く驚いた。
「あら、詳しいのね」
「この前テレビでやってたからね。たまたまだよ」
「そうなの。……お互い、こうして話すほどの情報を持っていないというのは中々に残念ね」
もう会話の種が尽きたらしい。
情けない。私とななちゃんなんて『牛肉と豚肉はなぜ牛肉の方が格上扱いなのか』という命題だけで2時間は話せるのに。
「そう?」
「えぇ、コミュニケーション能力に自信はないわ」
「あらま、そりゃ人生大変なんじゃないの?」
「善処はするわ」
「善処って言葉は善処しない人間の言葉だって聞いたことがある」
「そんなことはないわ、善処は善処よ。有限未実行だろうと知ったことはないわ」
「また屁理屈を……」
「事実よ。それに言葉遊びは好きじゃないの」
「好きじゃないモノが多いね」
「仕方ないじゃない。人間だもの。好きなモノとそうじゃないものくらい沢山あるでしょ?」
「じゃあ、何が好きなの?」
「ゲーム、競馬、ラーメン」
「……オッサン臭がする。強烈なオッサン臭がする。ヤニ臭いオッサン臭がする」
「随分な辛口ね。紅莉だってゲームするじゃない?」
「さすがの私も競馬には興味ないよ」
「そう?面白いわよ?」
「だって未成年は馬券買えないじゃん?」
「未成年はね。買えないだけで競馬を楽しんではいけないわけじゃないわ」
「儲けてるな」
「あら、今の会話であたしが儲かっているのがわかるなんて流石ね。勘?それとも推理?」
「勘だよ。面白いって言った後で楽しいって言ってたからなんとなく代理人に馬券を買ってもらってるような気がした」
「確かに推理にしては弱いわね。面白いも楽しいも類語だもの」
くすり、と、りぃちゃんは笑った。
そのタイミングでゆうくんがコーヒーを運んできた。
「はい、こちらブルーマウンテンです」
「ありがとう」
運ばれてきたコーヒーにミルクも砂糖も入れずに飲もうとするりぃちゃん。
そして、そのりぃちゃんを凝視するゆうくん。
「ん?」
ゆうくんの視線に気づいたりぃちゃん。
少しだけ口に含み、カップをテーブルに置いた。
「おいしいです」
満面の作り笑顔。この子、デキる。
「それは良かった」
ゆうくんはりぃちゃんに見えないようにガッツポーズして、満足そうに厨房に戻っていった。
「あの店員は何なの?ロリコン?」
作り笑顔を解いたりぃちゃんは不愉快そうに私に呟く。
「いやぁ、ゆうくんはこの喫茶店の店長の息子でね。基本的に店番任されてるのだけど、この人の少なさで儲かってるのかすら怪しいわけ」
「店員の腕が残念、というわけではなさそうだけど」
おそらくコーヒーの味が問題なかった、ということなのだろう。
店員の腕が問題でないのなら、問題なのは腕以外の何か。
例えば、雰囲気とか?店員の態度も影響しそう。
「どうやら店長とは技術がかなり違うみたい」
というよりも客が少ない時間にオジさんが意図的に時間を空けてるように感じる。
まぁ、この喫茶店に人がいるのを見ないけど。
「ゆうくん、何かお菓子頂戴」
「うい~」
「ゆうくんはお菓子を作る腕はあるんだよ。そこら辺の女子なんて足元に及ばないレベルで」
「それは期待したいわね」
その言葉を発した直後、わずか一瞬だけど、りぃちゃんが天井の方を睨みつけた気がした。
強烈な眼光。今で愉快にお喋りしていた相手とは思えない鋭くて冷たい眼つき。
「どうかした?」
「いや、天井にモルモットがいたの」
「は?モルモット?」
「そう。げっ歯類のテンジクネズミの一種。愛玩用だけでなく実験用としても飼育されてる事で有名。体長は約20から40センチ、体重は0.5から1.5キログラム。小さい体躯に丸い耳を持っていて、尻尾は持ってない。前足の指は4本、後ろ足の指は3本。ちなみに南米では食用として食べられることもある」
「いや、モルモットくらい知って……え!?モルモットを食べるの!?」
「繁殖力が高いから家畜としても飼育されてるらしいわ。ウサギと同じような感覚なのでしょうね。調理法としてはローストやスープとかがあるみたい」
おえぇぇ。今度から純粋に『かわいいぃ~♪』とか言えないじゃんか。
知らない方が良いことってのはこういう知識のことなんだろう。
そう思って天井に目線を送ったけれどモルモットらしい動物の姿は確認できなかった。
ハツカネズミサイズならともかく、モルモットくらいの大きさなら見つけられるだろう。
あれ?勘違いじゃないの?
そもそも喫茶店の天井にモルモットがいるなんて妙な話である。
ペットのモルモットが逃げ出したなんて話を聞いたことが無いし。
「……よし。殺すか」
唐突に椅子から立ち上がった。
どうやらマジで殺る気らしい。
「ちょ!?ちょっと!?決断し過ぎじゃない?」
「げっ歯類の1匹殺しても問題ないわ」
「いやいやいや、喫茶店の中で動物殺されても困るでしょ」
「そんなことはあたしの知ったことではないわ」
「ま、待ってよ。というか、そもそもモルモットなんて見間違いなんじゃないの?」
「あんたが見つけられなくてもあたしは見つけたから問題ない」
そう言いながらセーラー服の中からピストル(おそらくエアガン)を取り出して発砲した。
エアであるためあまり音は響かなかったけど、BB弾が天井に命中。
しかし、BB弾の付近にはモルモットなんていない。
その後、6発くらい発砲したのだが、依然としてモルモットは見当たらない。
「逃げられたか……」
いや、どう見ても逃げるとかそういう次元の話じゃないんですが。
「避けたんじゃなくて逃げたのよ」
言葉遊びは嫌いって言ってなかった?という嫌味を言う気分ではない。
「どうかした?」
りぃちゃんがエアガンを発砲したことに気づいたのか、それとも立ち上がったりぃちゃんを不審に思ったのかゆうくんがやって来た。
「別に。ちょっと尿意を催しまして」
言い訳としては最低なレベルの言い訳を放ちやがった。
「あ、あぁそうなの。トイレの場所はわかる?」
「えぇ、大丈夫です」
張り紙がしてあるから分かったのだろう、と思いきや普通に座った。
大丈夫、というのはトイレに行かなくて大丈夫、というニュアンスのつもりらしい。
顔に疑問の表情を浮かべながらゆうくんはクッキーをテーブルに置いた。
そしてりぃちゃんはエアガンを発砲したことなど無かったかのようにクッキーを摘んで食べた。
「うん、美味しいわね」
相変わらずの作り笑顔。この子、シルヴィア並に凄いかもしれない……。
なんか、私の周りってスペック高い女子ばっかじゃね?
◇〔冥side〕
「ハァ……ハァ……あ、あの人、絶対にわたしに気づいてた!?」
この『変身』に気づいた人は今まで誰も居ない、シルヴィアさんにも察知されたことない。
何者なんですか、あの人!?
モルモットの姿のまま、店内に侵入していたわたしは月宮紅莉さんと『りぃちゃん』と呼ばれていた少女の会話を盗聴していた。
しかし、どういうわけか『りぃちゃん』にバレた。
『りぃちゃん』がモルモットについての解説を開始した瞬間、わたしは天井に擬態した。もちろんモルモットには変色能力はないけど、その程度は『変身』能力で応用できる。
BB弾は6発とも全弾命中。ちなみにかなり痛かった。
しかし、機関にあんな顔をした魔法少女はいない。
機関に所属していない魔法少女リストにも見覚えが無い。
そもそも魔法を使った形跡が無い。
ということは魔法少女ではない……?
なわけがない。あれが先天的なセンスか何かとは思いにくい。
わたしを見たときの視線、あれは敵意の塊、いや敵意というよりも殺意だった。
事実、彼女は『殺す』と呟いていた。
あれはモルモットが喫茶店に侵入したから駆除しようとしたんじゃない。
自分が陰で覗かれていたことにキレたのだ。
でも、殺すと呟いておいて凶器がエアガンというのが妙である。
確かに痛かったけれど、モルモットを殺すほどの威力は無い。
それにわたしが喫茶店を出ても追いかける様子は無い。
やっぱり、モルモットには気づいたけど『変身』能力には気づかなかったから殺すのを止めた、と考えるのが自然……?
いや、それよりも『殺す必要も無い』と判断してくれた、と考えた方が無難かな。
…………しかし、残念ながら肝心の月宮紅莉さんはそんなに愉快な話はしてなかった。
くだらない雑談をしていた。
面白みもない。
記事にするべきことはない。
……特別な何かでもあれば良い。
先日の『魔法少女狩り』のような何かが。
例えば……今話題の『白い死神』かな?
あっちの方が面白い記事が描けそうだけど、それじゃネットと変わらないからなぁ……。
レイさんにインタビューして、月宮紅莉についてのレポート、そして『白い死神』の噂まとめ。
しょうがない、あることないこと書いた後で怖い目に会おう。




