第15話、若葉の音は疑問に思われる
〔蒼子side〕
「ひなちゃん家に行こう!!」
「……は?」
紅莉に呼び出され、午前10時に喫茶店にやってきた。
アタシもこの店の常連客になってしまいそうだ。
それなりに遠いのに。
「ひなちゃん家に行こう!!」
「いや、聞き逃したわけじゃない」
「じゃあ何が問題?」
問題なんて何もない、とでも言いたいような顔である。
仕方がないので、問題点を軽く説明しておこう。
「目的ではなく、動機が不明瞭なんだよ」
「……友達の家に遊びに行くのにそんな大層な理由が要るわけ?」
「例えそうだとするのなら、当然アポはしているんだろ?」
「アポ?アッポー?apple?……Oh!Apple!!」
「リンゴじゃない」
「じゃあアポって何?」
「アポイントメント、予約だ予約。いきなり人の家に突撃するわけにもいかないだろ?」
「え……」
「そういや、お前はアタシの予定など無視せずに突撃してきたっけ」
「あ、あれは、そのぉ……し、椎名道場に用があったわけでアオちゃん個人じゃないよ……」
目が泳いでいる、しかしあの外国人が行動理由だったのは確かだったはず。
まぁ、どうでもいいのだが。
「それでも常盤家の迷惑ではあるだろ。それに今は夏休みだ。アタシたちがキャンプに行ったように常盤ひなにも都合くらいあるだろ」
「自重した方が良いの?」
「逆に訊くが、自重したくない理由でもあるのか?」
「……ないけどさぁ、アオちゃんは良いの?」
「何がだ?」
「ブラウンが言ってたじゃん。『常盤ひなは使えない』って」
「それがどうした?」
「ひなちゃんの索敵能力は十分使える方でしょ?少なくとも、私は索敵なんてできないし、アオちゃんだって『使えないひなちゃん』未満の索敵能力しかないし」
「うるさい、だから言っただろ。ワークシェアリングだと。分担作業という言葉の意味を説明しなければならないのか?」
「私が言いたいのはそこじゃない」
「ならどこだ?」
「ひなちゃんの評価が不当だってこと」
「不当……確かに、正当なものだとは思えん」
事実、足手まといと感じたことは最初に討伐したDランクのクジラの時だけだ。
それ以降は気になるような問題は存在しない。
「そもそもひなちゃんの魔法少女としての実力ってどのくらいなの?」
「極めて平均的なものだと聞いた」
「平均的……?ひなちゃんの索敵能力は通常の魔法少女の倍だって言ってたよ?」
「……その通りだ、冷静に考えれば妙な点が多い」
常盤ひなの索敵能力の高さは理解できている。
ならばなぜ、無能の烙印が押されている?
「だから、その調査の一環としてひなちゃん家に遊びに行こうかと」
「遊びに行って、どんな調査になると言うのだ?」
「えっと……考えるな、感じるんだ」
「はぁ?」
「いや、そんなヤンキーみたいな言い方しないでよ……」
自覚している以上に威圧的な顔をしていたらしい。
「まぁいい、常盤ひなの調査はアタシが担当しよう」
「どうゆうこと?」
「この手の調査が得意な人間がいるのだよ。もっとも、調査をする必要がないかもしれないし、ブラウンに真意を聞けば簡単な事だが、それはそれでつまらないだろ?」
このままだと今日でなくてもそのうち、常盤ひなの家に訪問するのは確定してしまう。それは非常に面倒な展開のような気がする。違う方向に持っていこう。
◇〔冥side〕
「へぇーい、シルヴィアさん。ご機嫌いかがですか?」
意気揚々と、わたし夏川冥はシルヴィアさんの執務室に突撃訪問した。
「なんだ?というかどっちだ?姉か?妹か?」
「妹の夏川冥です!いいかげん覚えてくれませんか!黒い髪飾りが妹のわたし、そして白い髪飾りが姉の聖ですから!!」
面倒そうな顔をして溜息を吐いたシルヴィアさんは非常に失礼な質問をしてきた。
「興味が無い、それに面倒だ。一卵性双生児で同じ顔をしているくせに苗字が違うなど」
「わたしたちが一番思ってますから!何回そのことをイジられたと思っているんですか!!」
『夫婦別姓の影響なの?』とか『ご両親は離婚されたんだって?』とか何度言われた事か。
「心底どうでもいい。それで?結局何がしたいのだ?」
「まさかとは思いますけど、忘れているわけではありませんよね?8月の新聞にはシルヴィアさんのインタビューを載せるって話。だから今日は取材の予約をしていたはずですが」
「あぁ、そんなことも言っていたな。だが、却下だ」
「えぇ!ドタキャン!!そりゃまたなんで!?」
「雑務が溜まっている」
どうやらわたしたち諜報部のインタビューよりも雑務の方が優先順位が高いらしい。
「そんな!?そんな理由で取材を断られたら我々諜報部の威信が!」
「威信などあるのか?」
綺麗な顔で純粋に質問された。
傷つきます!
「今ですら低いのです!もっと低くなりますよ!!」
「地の底まで落ちて良いと思うぞ」
「ひどい!」
「本心だ」
「もっとひどい!!」
「とっとと帰れ。これ以上はさすがに看過できん。すみれ」
部屋にちょこんと座っていたすみれさんがわたしを部屋から押し出す。
「ちょっと!こちらに抵抗する権利はないのですか!」
「あるわけないだろう、このバカモノが」
▽
「くそぉ~、なんですか、シルヴィアさんはぁ……。1ヶ月も前から取材の約束をしていた意味がないじゃん……」
機関の秘密基地の食堂で、わたしは双子の姉である春風聖の前で愚痴る。
「まぁまぁ、冥ちゃん。そんなこと言わないの。シルヴィアさんはソレイユ総統閣下の仕事を少しでも減らそうと頑張っているのだから」
「でも聖ちゃん。新聞は7月31日には完成させないとダメだから今日中にシルヴィアさんのインタビューの代わりのネタを考えないとダメなんだよ!」
レイさんへのインタビューじゃ客は満足しない。
あの人の銃講座は普通の女子には全くもって受けない。
いや、シルヴィアさんの武器コレクションも全く受けないけど。
「まぁまぁ、落ち着こうか。焦ったところで事態は好転しないし、幸運な事にネタには困らないと思うよ?」
「そりゃまたなんで?」
「皆が注目してくれりそうな愉快なピエロなら近くに居るじゃない?」
「ピエロ……あ、月宮紅莉だね!」
あんな面白い人そうそういない。
記事にするにはもってこいな逸材である。
「その通り。この前も『狂犬』こと狗飼クロさんを庇ってレイさんとシルヴィアさんとケンカしたとか」
「その件ならわたしも聞いたよ。油断していたとはいえ、レイさんに勝ったとか何とか」
レイさんは直接の勝敗結果は言わなかったけど、だいたいこんな感じのはず。
「あのブラウンさんも評価している優秀な遅咲きのホープ。これだけでも十分な見出しなのに話題に事欠かないあの奇人変人っぷり。しかも班は凶暴和装剣士の蒼子さんと暴走天才音楽家の常盤ひなさん。これをネタにして面白い記事が書けないのなら、それはワタシたち記者の問題だよ」
「なるほど、そうと決まったら、善は急げ!月宮紅莉を……」
興奮のあまり、椅子から立ち上がったそのとき、わたしよりも若干背が小さい和装少女が視界に入る。
「紅莉がどうかしたか?」
「椎名蒼子さん!?」
あろうことか椎名さんはわたしに話しかけてきた。
この人、苦手なんだよねぇ……何が苦手って怖い。
敵愾心むき出しの人って嫌い……。こういう人は聖ちゃんに任せる。
「あら、蒼子さん。ワタシたちに話しかけるなんて珍しいですね」
「ちょうどお前たち姉妹に頼みたいことがあったから探していたのだが、紅莉の話をしていたのか?」
「いえね、新聞にシルヴィアさんのインタビューを載せるつもりだったんですが、シルヴィアさんに断られてしまって。代わりに何を書こうかと思っていたのですが」
「愉快なピエロが居た事を思い出して、面白おかしく記事にでもしようってところか」
身内ですらピエロ扱い……これは本物に興味があります!
「話が早い。どうですか?ワタシたちに頼みごとがあるならそれの対価としてお話を聞きたいのですが?」
「別に構わない。だが、こちらの頼みを聞いてくれたらになる」
「業務内容によります」
「データベースである姉の方なら5分もかからない用件だ。常盤ひなの詳細なデータが欲しい」
椎名さんはチラリとわたしの方を見た。
どうやらこの人もわたしと聖ちゃんの違いが分からないらしい。
そんなに似てるかな?双子って自分達じゃあまり似てないって感じるんだけど。
「それは簡単ですが、最新のものならアナタの方が持っていると思いますが?」
「質問しているのはこっちだ。用件が通らないのなら調べろ、それがお前らの業務だろ?」
わたしたちを使い勝手の良いお助けキャラか何かと思ってるらしい。
くっそ!この人じゃなければわたしの固有魔法『変身』でとんでもないことをしてやるのに!
「おい、そっちの妹だか姉だか分からないが何か変なことを考えてないか?」
「え!?……そ、そんなことないですよぉ~?」
口笛を吹きながら誤魔化すと、ピリピリと殺意を感じた。
「殺すぞ」
ひぃ!?ナチュラルに殺すとか言われた!!
やっぱ、この人こわいっ!
「ウチの妹を脅さないで下さい。常盤さんのデータでしたね。具体的には?」
「無論、魔法少女としてのだ」
聖ちゃんはスマホを取り出して、各魔法少女の情報を記録しているアプリを起動させて、常盤さんのデータを調べた。
「えぇっと……固有魔法は『波動』で音波、光波、電磁波などを操る能力です。索敵能力が非常に高く、他は満遍なく平均的。それなりの成績を残しています」
「随分と甘いな。それともそんなものなのか?」
「彼女、昨年はあまり顔出していなかったですから。ねぇ、冥ちゃん」
「そ、そうです、昨年は班員であるブラウンさんとレイさんと上手くいってなかったので機関にも必要最低限しか顔を出していません」
事実である。人見知りの常盤さんはあまり、というよりもわたしが知る限り魔法少女の友達はいなかった、今年までは。
「だが、データがそれだけというのは違和感がある。去年の個人戦のデータは無いのか?」
「えぇっと……あ、昨年は辞退してますね」
「辞退?理由は」
「ヨハネスブルグで行なわれる音楽コンクールにエントリーするため、となっています。冥ちゃん、ヨハネスブルグって何処の都市だっけ?」
「南アフリカ共和国じゃなかった?」
「だそうです」
聖ちゃんはニッコリと営業スマイル。
「チッ、使えない姉妹だ」
舌打した後に、捨て台詞吐きやがった。
「まぁいい、確認しておきたいが、能力値は平均以上とさっき言ったな?」
「データの上『では』です。彼女の実力がこのデータに従うわけではありません」
「つくづく使えないデータベースだ」
また愚痴りやがった。
「では、こちらの番ですね。椎名蒼子さんに訊きます。月宮紅莉を一言で称すると?」
「バカ、以外の言葉が見つからない」
「…………もうちょっと、オブラートに包んでくれませんか?」
「変態」
「…………すみません、質問を変えます。月宮紅莉についてどう思いますか?」
「バカで単純、自分の価値観に絶対的な自信を持ってる。常人とは異なる特殊な思考回路と価値観を持っている。道化と呼ぶのに相応しい行動が多いし、理解できない行動も多い」
「ふむふむ、なるほど……では、彼女との日常的なお付き合いについて」
「は?質問の意図がわからん」
「ですから、友人としての交流について」
「…………人の家に無断で突撃するようなヤツだ」
どうやらマトモな話ができそうな相手ではないみたいだ。はやり秘密裏に情報を収拾する必要があると見た。




