第14話、白銀の剣は氷を見直す
朝6時、起床。
2泊3日のキャンプももうすぐ終わりだ。
午前10時には荷造りを完了させなければならない。
「くかー、すぴぃー」
アホ成分全開の寝息を立てている友人Aの鼻をつまんでみる。
前々から興味はあったのだ、試す相手がいなかっただけで。
「……ふん?……ふごっ!」
目を見開いて紅莉は飛び起きた。
フハハ、愉快愉快、傑作傑作。
「なんだなんだ?異常事態か!?」
「いや、特になんでもない」
「……そうかぁ」
満足したような顔をして二度寝しやがった。
アタシはやりたいことがあるので、昨日狩ったワニ肉を食す。
爬虫類も悪くない。意外に脂が乗っている。
もっとパサパサしたものだと思っていた。野生だし。
しかし、弾力が強い。やはり野生だからか?
総括すると、高い金を払って食うものではないな。
……野生だからか?食用に飼育されているワニなら美味いのか?
……よし、通販で買ってみるか。
▽
軽く水浴びをし、体を清め、ウォームアップをした。
午前6時59分。 7時直前にアタシはシルヴィアの拠点に行った。
意外、というほど彼女のことを知らないが、シルヴィアはまだ寝ていた。
そして午前7時丁度に彼女は起きた。
もちろん、目覚まし時計のアラームなど鳴っていない。
外国人はバスや地下鉄で居眠りしている日本人が目的の駅で起きる事を驚くというが、まさにそのくらいの衝撃だった。
「ん?どうした、なぜここに居る?夜襲か?それにしては違和感しかないが」
アタシの存在を確認したシルヴィアが質問と疑問を発してきた。
「夜襲なんて汚いことはしません。そんなことしても面白くないじゃないですか」
「面白くない?まるでブラウンみたいなことを言う」
「察しが良いじゃないですか」
「なるほど、用件はそういうことか」
本当に察しが良い。
「だが、寝起きでやれるほど、私は万能ではない。2時間後の9時でどうだ?」
時計を見た素振りはない、寝起きの状態でいつ時間を確認したのだろうか。
だが、そんなものはどうでもいい。
シルヴィア・リリィ・アルジェントがどれほどの超人であろうとも関係ない。
「えぇ、かまいません。向こうの森の中で待ってます。では、失礼」
▽
午前9時。森の中でアタシはシルヴィアがやってくるのを待っていた。
「待たせたな」
「いえいえ、来てくれて嬉しいです。」
即席で作った木剣を投げて渡す。
当然のように空を舞うそれをシルヴィアは掴み取った。
アタシは木刀を構える。
「ルールはなんだ?」
「相手が降参するまで、というのはどうです?」
「試合時間は?」
「アーベイン教官が止めるまで」
「いいだろう」
シルヴィアも剣を構えた。
「ふふっ」
「何がおかしい」
「失礼、ちょっと嘲笑してしまった」
「嘲笑?この私をか?」
「まさか、アタシが嘲笑したのは過去の自分自身さ。魔法無しの上に得物まで持っているこの状況でも、まだアンタはアタシを見下している。そう、前回の戦闘はその程度の価値しか存在しない。けれど、今はもう違う、今のアタシはアンタを倒す。ただそれだけだ」
「目付きが変わったか、どうやら本当に生まれ変わったらしい」
「えぇ、おかげさまで。刀ってのは、折ることでより強く生まれ変わることができる!」
木刀を中段に構える。もっとも標準的な構え。
そしてシルヴィアも木剣を構える。
しかし、そこにあのシルヴィアと相対していると言う気迫は感じられない。
まだ見下されている、けれどそれが何時まで続くかアタシは知りたい。
他人を見下すだけだったアタシは、慢心しかしていなかったアタシはもう死んだ、これからのアタシは上しか見てない。
だからアタシは目の前の分厚い障害をぶち壊すために全力を尽くす!!
間合いを詰め、シルヴィアに斬りかかる。
しかし、シルヴィアはそれを当然のように対処し、アタシを弾き返す。
シルヴィアが剣を振る。右から、と見せかけそれはフェイント、本命は左か。
左から攻めてきた剣閃を防ぎ、刃を掴まれた。
柄を押し込み、振りほどく。
「ほぅ、なかなかやるな。どうやら気迫意外も前回とはまったく違うらしい」
何時までも油断しているが良い、その方がこちらとしては攻めやすい。
スキを漬け込むために、再度間合いを詰める。
頭部、腹部、胸部への三段突き。
だがその全てを見切られる。
「今のは危なかった。頭部への攻撃から相手に頭部への警戒心を張り、スキが生まれた胴体へ攻撃するか」
「危なかった、と言いながら全て見切るその対応力、さすがと言うべきか……」
会話を打ち切り、攻撃に転じる。
刀を地面に刺し、ポールダンスのように刀を軸にして宙を駆け、シルヴィアの顔の側面を蹴る。
しかし、これも防御される。
「付け焼刃だな、この程度の奇策ではかすり傷すらつけられないぞ」
「なら、これでどうだ?」
地面に刺していた刀でシルヴィアに土をかける。
「チッ!」
さすがにここまで姑息な手は予想外らしい。
目に入った土のせいで目が潰れている。
刀を手放し、アーベイン教官から受けたように顎を掌底で吹き飛ばす。
吹き飛んだシルヴィアは苦虫を噛み潰したように不愉快そうな顔で体勢を整える。
そうだ、その顔が見たかった。
良い気分だ。
御山の大将を地の底まで引きずり落とすこの気分。
自分よりも強い人間が気に食わなかった。
アタシはどこかで自惚れていた。現状が限界だと悟っていた。
だから、今の自分よりも強い人間が羨ましく妬ましかった。
けれど、もう違う。戦術で勝てないなら戦略で追いつけば良い。
紅莉を見てみろ、実力で圧倒的に負けていたのに対等に闘ってみせた。
例えその結果が敗北だろうと、互角だったのは事実だ。
卑怯?卑劣?姑息?
はっ、くだらない。負け犬の戯言にどれほどの価値がある?
最終的に勝てば良い!!
正面を斬りかかる、だが剣で弾かれる。
再び、袈裟切り。けれど捌かれる。
シルヴィアの刺突。しかしこれを剣で流す。
斬り下ろし避けられる、追撃として斬り上げるがこれも避けられる。
シルヴィアは後退し、間合いを取った。
良い緊迫感がこの空間に充満する。
勝利に貪欲になることが、これほど楽しいものだとは思わなかった。
だが冷静になれ。言われたはずだ。
思考と反射を並行させろ、と。
「見事だ、素直に言おう。今の一撃は止めを刺すつもりで挑んだ」
「それは光栄。しかし、そう簡単に白星は与えない」
「それはこの私に技量で勝つと言いたいのか?」
「愚問、負けるつもりで勝負などするわけがない」
距離が開いているこの状況。今までなら、猪突猛進に攻めただろう。
けれど、今は違う。勝つために奥の手を隠しておくこともない。
宝の持ち腐れは趣味じゃない、使えるものは使う。
刀を存在しない鞘に納め、下段に構える。
「居合い術?また付け焼刃か」
「さぁどうだろうか。加減しているのなら覚悟をしておいた方が良い。負ける覚悟ってヤツをッ!!」
シルヴィアが踏み込んできた瞬間に、刹那の速さで刀を抜く。
刀を抜いた瞬間、シルヴィアは避けたが左腹部をかすめた。
「後手必勝、この技にスキなどない」
「なるほど、どうやら日本の剣術と言うのはここまでのモノか」
感想を漏らしたシルヴィアは剣を上段に構えた。
剣から発せられる威圧感。
今までのものとは質が違う。
ヤツはここで勝敗を決めたいらしい。
けれど、そんな簡単に負けるほど私は弱くない。
いや、弱くては話にならない。
何のために刀を握った?なぜ剣術を学んだ?今までの努力とは?
それは断じて負けるためなどではない。
『あの女』に負けた、完敗した。
何回負けた?ここ最近は負けてばかりだ。
紅莉と出会ってから黒星以外の記憶がない。
だが、負けた時こそ強くなれる。いや、負けたからこそ強くなれた。
「なぁ、アンタは他人にバカにされたことはあるか?」
「なんだ?突然」
「クソガキのくせにとバカにされたことはあるか?と聞いている」
「ないな、そのような無礼者に出会ったことはない」
「アタシはある、そして負けた。ボロ雑巾のようにプライドを粉砕された」
「……ほぅ」
どうやらシルヴィアは誰のことを言っているのか分かったらしい。
「だけど、今は感謝している。ソイツが居なければアタシは強くなれなかった。調子に乗っていたアタシをどん底まで叩き落してくれたからこそ、そこから這い上がることで今までよりも上まで昇れる」
心のギアを上げろ、目の前の強敵を倒すために魂を燃やせ。
四肢に極限まで電気信号を送る。
誰よりも強くなるために、誰よりも上に行くために。
アタシにしか到達できない極みに至るためだ。
だから、アタシは負けたくない。
深呼吸をする、確実に最高の一撃を決めるために。
「アンタの言葉だ、シルヴィア!!完全上位互換の人間なんざこの世に居ないんだよ!!」
全身全霊を込め、刀を抜く。
「秘剣『蒼ノ閃』!」
◇ 〔シルヴィアside〕
秘剣『蒼ノ閃』、白熱の剣戟の最中に唯一呟いた椎名蒼子の術技の名。
その技が超高速の三太刀と言う事は理解できた。
だが、その剣閃は見えなかった。神速の連撃はこの私の反応速度を完全に超えている。
しかし、悔しがる必要はない。ヤツは私が必死に努力したように、その剣術のみを必死に磨き上げていた。だからこそ、ヤツの技術は私を超えているのだろう。
自惚れていただけの幼子が、真の意味で一流となったことを本能で理解する。
椎名蒼子の技に彼女の刀と私の剣は耐えられていない。
たかが木製、砕けたところで不思議ではない。
椎名蒼子はバックステップで後退し、樹木を利用して跳躍しこちらに向かってくる。
使用する武器はただの手刀、こちらも使用できる武器は己が肉体のみ。
ならば同様に手刀で対応するのが礼儀である。
椎名蒼子の手刀が首を裂きに来た。同様に私も椎名蒼子の首を裂くように手刀を振る。
しかし、私の手刀が椎名蒼子に触れる寸前に、彼女は止まった。
止まった、と言うよりも止まらざるを得なかった。
「残念だったな、リーチの差で私の勝ちだ」
「えぇ、今回は……いや今回もアタシの負けです」
「今回『も』か……」
「今回『も』です。しかし……」
「分かっている、『次回は勝つ』だろ?」
「当然です、次はお互い本気でやり合いましょう」
心から椎名蒼子はそう言った。
『お互い』という部分は私に本気を出せ、と言っているのだろう。
そして、本気の私を叩き伏せるつもりなのだ。
彼女は強かった、今のままでも十分強かった。
けれど、月宮紅莉と言うファクターが彼女を変えた。
それが良い方向かまでは私には分からない。
けれど椎名蒼子は強くなった。それだけは私にだって分かる。
次に闘う時、もしかしたら負けるのは私かもしれない。




