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第12話、深蒼の氷は考える

「えーっと、じゃあまず2組に分かれてもらおうかな。1人ってのも危険だし、4人で過ごされると特訓にならないし」

 ここは紅莉だな、消去法で。

 常時、シルヴィアのお供など困る。

 狗飼クロは件の『魔法少女狩り』の犯人だ。

 となれば、紅莉しかいないだろう。


「いやー、アオちゃんが自分から私を選んでくれるとは思わなかったよ」

「消去法だ、狗飼クロとは接点がないから居心地が悪い、シルヴィアとは同じ空間にいる事も居心地悪い。となればお前しかあるまい」

 分かりきったことを聞くヤツである。

 ちなみにアタシと紅莉は森の中を歩いている。

 雑木林の獣道。……ったく、秘境というのはここまで人間が歩きにくいのか?


「ところで、アーベイン教官とお前はなぜ親しくなった?」

 沈黙も気分が悪いため、会話の種でもいておく。

「え?まぁいろいろ?」

「いろいろって何だよ、そのいろいろを聞いたんだよ」

「えっとね、詳しく言うと私のママと師匠のママが大学時代からの友人らしくて、その関係でお兄ちゃんと師匠が幼馴染。んで、その流れで小さい頃からいろいろとお世話になったから」

「なるほど、簡単に言えば姉貴分と言うわけか。月宮教官とアーベイン教官は年近いのか?」


「うん、お兄ちゃんが25で、師匠が24……あれ?師匠の誕生日って何月だっけ?」

 祝ってないのかよ、師匠などと敬っているように見えて実際はそうでもないらしい。

「ちょっと!お兄ちゃんが師匠の誕生日を祝わないから私も知らないだけだよ!」

 兄妹そろってえげつない。

「お兄ちゃんはね、サプライズってのが嫌いなんだよ。良く誕生日プレゼントで相手を驚かせるってシチュあるじゃん?」

「あるな」

「あれで痛い思いをしたらしい」

「痛い思い?」

「えっとね……エル○スのバッグをねだられたんだって」

「ねだるなよ」

「私じゃないよッ!!」

「他にそんな図々しい物を誰がねだるんだよ」

「お兄ちゃんの当時の彼女」

「あー……」

 納得してしまった。どうやら虚言ではないらしい。

「他にもあって、欲しいものを調査してプレゼントしたら、それはもう相手が持っていたり、他人とかぶったり」

「よく聞く話だな」

「そんなわけでお兄ちゃんはプレゼントは指示された物か金券なんだって」

「前者はまだしも、後者は酷過ぎるだろ……自分で買えってか……」

「効率良いでしょ?今の時代、通販があるし」

「いや、あるけど……」


 よし、話を変えよう。

 ピクニックにしては品がない。

「ところで、紅莉たちの両親っていくつなんだ?」

「え?ママが41でパパは……えっと、48くらいだっけ?」

「……え?若くないか?」

「そう?こんなもんでしょ?」

「いや、だって月宮教官の親でもあるわけだろ?」

「もちろん、血は繋がってるはず」

「逆算して16歳で産んだ事になるぞ?」

「うん、それが?日本は16歳から結婚できるはずだけど?」

「でも16歳で産むって事は9ヶ月くらい前に子作りを……」

「はい!ストップ!!自分の親のそんな話なんて聞きたくありません!!それを言ったらアオちゃんはどうなの!?」

「ん?ウチの母上は35だが?」

「あの人そんな年食ってたの!?」

 信じられない、とでも言いたい顔であった。

「長女の年齢が9歳だぞ?別におかしくないだろ」

「そりゃ26歳ならそこまでおかしくないかもですが……いや、私の周りのアラフィフやアラフォーを見れば……ごくり」

 どうやらもっと若く見える化物(世間的には、美魔女?)が居たらしい。


 獣道を進んでいくと川があった。

「ふいぃー、到着到着……」

 リュックサックから妙な自走式掃除機(ル○バ)っぽい銀色の円盤を投げた。

 そこからポリエステルみたいなビニールっぽい何かがテントのように膨らんだ。

 というか、テントである。最近の技術は凄いなぁ。


「食事はどうする?」

「どうするも何もここには調味料すらないぞ」

 馬鹿げた心理テストでは『無人島に漂流したら何を持っていく?』というのがあるが、ここにはほぼ何もない。

 手持ちのリュックサックにはサバイバルナイフが1本。

 ライターが1本。

 飲み水が5リットル。


「まぁー、初日だしね。とはいえ、今日を含めてたったの3日。時間的に言えばたった48時間程度ですよ」

「『たった』とは、さすが経験者」

「そういう嫌味は聞かないよ。本格的な修行だったら30日くらいアマゾンの奥地でサバイバルしてたし」

「それに比べたらこんなものはただのキャンプか……」


「さて、アオちゃん。あそこにイノシシが居ると仮定しましょう」

『ブルルゥゥ!』

「いや居るだろ。仮定じゃなくて事実居るだろ」

「……おぉ!ひょうたんからコマだ!」

 何をのん気に言っているのだろうか、この阿呆は。

 イノシシは日本では最も危険な害獣として知られている。

 時速40キロメートルで走行可能。軽自動車と同速。

 世界最速の男と同じくらいである。

 これに女子小学生が魔法を使わずに対抗しようとする方が間違っている。 

 ヤツラの突進で指が吹き飛んだと言う被害報告も存在するくらいだ。

 しかし、イノシシは猪突猛進と言われるくらいに直進しかできない。

 もちろん、減速やカーブしない例がないわけではないが、それでも回避はできる。


 とりあえず、武器である日本刀を取り出し構えようとしたのだが。


「ちょ!ちょっと待ってよ!!この島での魔法の使用は禁止されてるでしょ!」

「だがならどうするつもりだ?こちらの武器はサバイバルナイフ2本だ」

 刃渡りは計測していないが、2.30センチだろう。

 0距離まで接近して脳天に突き刺すか?

 いや、そんな簡単に狩れるのなら、猟師も苦労はするまい。

「こんな時こそ頭を使うんだ!」

「頭?……ヘッドバットか!?」

「アホッ!!」

 怒られた、というよりも罵られた。

 しかし、紅莉に罵られるのは非常に不愉快である。


「しかし、落とし穴とは古典的だな」

 アタシがイノシシの囮になっている間に、紅莉はシャベルもないのに必死に落とし穴を掘っていた。

「畜生風情には古典的で十分。さてと、後はこの岩で……えいっ!」

 そう言いながら紅莉は持ち運ぶのに大変苦労しそうな巨大な岩を落とし穴に居るイノシシに向かって投げた。イノシシは動かなくなった、文字通りの屍らしい。


「よし、これで戦闘終了だ」

「……しかし、お前のやり方は酷いな。卑怯と表現するのに相応しい」

 闘いにおける美学がない。

 西部劇の決闘に戦車で現れるようなものだ。


「卑怯な手を使う事が悪いと?戦場に裸で行くバカが何処に居るの?勝つためには使える兵器モノは使う、それこそが常勝無敗の早道よ」

「これを兵法とでも言うつもりか?」

「もちのろんよ」

「本当にお前ってクズだな」

「ふん、バカ正直に武士道などと言うのはバカだよ。バカ正直だけに」

「まったく上手くねぇよ」


「でもま、これでご飯の心配は要らないかな。アオちゃん、血抜きとか経験ある?」

「ない」

「捌く?」

「任せる」

「あいよー」

 手馴れた手つきでイノシシを解体していった。

 サバイバルナイフで良くもまぁここまで見事に切り分けるものだ。

 見直した。


 夜8時。紅莉はもう寝ている。

 アタシは日課である自己鍛錬のために木刀で素振りをしていた。

 ちなみに木刀はさっき工作したモノである。

 こういう経験も悪くない。


「あ~、ダメだって言ってるでしょ。この島を出るまで魔法の使用は禁止だって」

 どこからこもなく、アーベイン教官がやってきた。

 なぜか小豆色のジャージ姿である。

 合宿のつもりか?学生って年ではないだろう。

「自己鍛錬です」

「あー、そういうのないない。いつもと違う環境に陥る事が目的なのにいつもの習慣に固執されちゃ意味ないって話」

 的を射ている。しかし、アタシにも反論の武装はできている。


「だいたい、このキャンプに何の意味があるって言うんですか?」

「無意味?イノシシ狩りとかも無意味だって言いたいわけ?」

「罠を仕掛けて狩っただけ。それでどんな経験値が得られると?」

「うーん……得られたものがなかったってわけか。こりゃ想像以上に大変そうだ」

 1人勝手に溜息を吐く教官。

 なにか行き場のないやるせなさを感じる。


「何の話ですか?」

「今までの自分じゃダメだと理解していたから、新しい刺激を求めたんじゃないの?」

「このキャンプが新しい刺激になるわけないと思っているのです」

「はぁー、少しは信じてもらわないと困るんだよ」

「あなたを信じる理由がありません」

「私は紅蓮く……月宮教官にこのキャンプを開くようにお願いされたわけ。私を信じないってのは、月宮教官を信じないってことだよ、間接的な話だけど」

 屁理屈だ。詭弁にしか聞こえない。


「このキャンプでアタシに何を学べと仰る?」

「それは自分で見つけ出さないと。すぐに答えを求めたがるのは子供の悪い所だよ」

「……」

 もはや会話にならないな。自己鍛錬に勤しもう。


「あぁ、もう、お姉さんを無視して素振りを再開しないでよ」

「母に言われているんです。常に同じことを反復してやる。それは身体強化において非常に重要だと」

「ちゃんと超回復とか考えてトレーニングしてる?」

「スポーツ医学は6歳の頃に独学で勉強しました」

「早いなぁー。まぁ、そこら辺をちゃんと考えてるなら良いけどさ」

 軽口を呟いたかと思ったそのとき、目にも留まらぬ速さで間合いを詰められ、木刀を掴まれた。

 上段に持ち上げ、もっとも掴みやすい一瞬をアーベイン教官は刹那の速さで攻めたのだ。


「ここでは私がルールなんだよ。文句があるなら力ずくで黙らせようか」

「随分と強引ですね。意外です」

「引き受けた以上は結果を出さないと私の評価が下がるから」


「……一ついいですか?」

「どうぞ」

「あなたは月宮教官に惚れてるんですか?」

「なっ!?そ、そそそんなことないよ!なわけないじゃんか!あ、あはははは!!」

 わっかりやすいな、この人は。

「……ごめん、はい、好きです……」

 紅潮した。テレるくらいなら言わなければいいのに。


「でも、それとこれとは話が違うから!!」

「いや、同じじゃないですか?内心点ポイント稼ぎたいだけじゃ?」

「失礼な!わたしをどういう人間だと思ってるの!?」

「え?……強化版月宮紅莉的な?」

「グハッ!!」

 ホント似てるなぁ、月宮教官よりもこの人の方が類似点多くないか?


「な、なるほど……そうやってお姉さんのメンタルを攻撃してスキを突くのが狙いだな。お姉さんはそういう戦略苦手だから」

 いや、そんなつもりは全くないんですが……まぁいいか、この人は紅莉以上にアホっぽい。


「くだらない雑談を続けるなら自主練に戻ります」

「あー、ごめんごめん。こほん、えぇっと、これ以上勝手を続けるなら教育的指導を行使するよ?」

 言い慣れてないせいか文章がちょっと変だ。

「では、止めてみてください」

 発言した瞬間、顎を掌底で吹き飛ばされた、間合いを詰められた事も気づかれないほどの速さで。

 この感覚、この前の『パスト』とかいう魔法少女と似ている。


「どうかな、少しは認めてくれても良いんじゃない?」

「見くびっていた訳ではありませんが、どうやら本当に月宮教官よりもお強いのですね」

「それはないよ。月宮く……月宮教官の方がわたしの数倍は強いから」

 謙遜ではなく事実だ、と言いたいらしい。

 確かに月宮教官は強い。どこで習ったか知らないがあの人の護身術は並の挌闘家以上の実力を有している。母親である月宮かりんもかなりの強者だと母上は言っていた。

 ……やはり、本人に直接指導してもらった方が強くなれたのではないか?こんな回りくどい島篭り(キャンプ)するよりも。


「蒼子ちゃんさ、君は頭で考えるの苦手なタイプ?」

 アーベイン教官は髪の毛をくるくると弄りながら妙な事を言い出した。

「発言の意味が分かりません」

「ん~、何と言うかさ。頭で考えるよりも先に体が動いている気がするんだよ。せっかく優秀な頭脳があるのにもったいないなぁ~って思ったんだよね、お姉さんは」

「頭で考えるよりも先に体が動いている……?」

「そう、思考と反射が独立しているの。でもきっとそれを並行することができたら、相乗効果で今よりも強くなれると思うんだよ」

「思考と反射が独立……並行……相乗効果」

 なんとなくではあるが、アタシに足りないものが見えてきた気がする。


「相手の行動に反射的に対応するんじゃなくて、思考しながら闘うってこと。紅莉ちゃんにも言ってるんだけど、相手を罠にハメるつもりで行動するんだよ。相手のペースを掻き乱すんじゃない、相手のペースを掌握するわけ」

「なるほど……相手のペースを掌握するために考えながら行動する、二手三手先を予測しながら行動するのか……」

「ま、簡単じゃないかもだけど、課題が見つかったみたいだね。ほんじゃ、おやすみぃ~」

 欠伸をしながらヨットの方へと帰っていった。

 案外、物事を教える能力は高いらしい。

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