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第11話、深蒼の氷は高みを目指す

〔紅蓮side〕

 平日の朝、オレは蒼子に呼び出されたので、馴染みの喫茶店でモーニングセットを注文し、サラダとトーストを食した。食後のホットコーヒーを飲んでいると、ようやく蒼子が店に入ってきた。

 蒼子は店員を気にも留めず、オレを確認し一直線でやって来た。

「月宮教官、アタシは強くなりたいんです」

「うん、なれば?」

 ホットコーヒーを飲みながら、蒼子の決意(?)を適当にあしらった。


「……え?」

 オレの反応が予想外だったのかポカーンとしている。

 蒼子のこの反応は珍しいのだが、まぁどうでもいい。

 オレにだって仕事がある。


「……話は終わったか?んじゃ、帰るわ」

 コーヒーも飲み終わったことだし、席を立とうとする。

 クロが作る飯も悪くないが、さすがにゆうの作るトーストの方が美味いな。


「ちょ!?ちょっと待ってくださいよ!!」

 帰ろうとするオレの腕を掴む蒼子。

「おいおい、何だよ?小学生は夏休みでも、大人には夏休みなんて無いんだよ」

「月宮教官はそんなに言うほど仕事してないじゃないですか!!」

「失礼だな。今の時代、PCでデータをクラウドに保存すれば問題はない。そもそもオレの本職は塾講師。わざわざデスクワークのために職場に行く必要なんざ無いんだよ」

「いや、それでも教え子が強くなりたいって言ってるんですよ?だったら指導者として適切な指導があるのではないですか?」

「んなこと言われてもな」

 仕事はあるが、出勤する必要はない。ゆえに急ぐ必要はない。

 だから蒼子の話を聞いても遅くはないだろう。

 これも仕事だ、副業だが。


「蒼子、お前も知ってるだろ。魔法少女の能力値ステータスは基本的にある一定値に達するとそこで停滞すると」

 魔法と言うのは自転車に似ている。

 今までは補助輪をつけないと乗れなかったのに、ある日突然乗れるようになる。

 そのように魔法もコツを知った瞬間に飛躍的に強くなれるが、そこからの伸び代は少なく、身体能力を地道に上げたり、魔法の使い方を工夫したりするかしかない。


「し、しかし、そこをどうにかするのが教官の仕事ではないですか?」

 そうは言っても、蒼子に教えられるようなことがオレにまだあるとは思えない。

 オレも徒手空拳は使える。

 しかし、蒼子が得意としているのは剣術。

 そんなヤツに今更徒手空拳を指南したところで付け焼刃と言うか、蛇足と言うか……。


 そんな悩んでいるオレの顔を見ていた蒼子が補足説明を開始した。

「何かないのですか?こう……手っ取り早く強くなれるわけではなくても、何か経験値が手に入りそうな特訓とか?」

 そんな超ゆとり思考の若者向けの特訓があるなら誰も苦労は……。

「あ、あるな」

「あるんですか!?」

 目を爛々と輝かせた。

 こうしてみると、こいつも子供である。

「つまりあれだ。特殊な経験を積む事で今までの自分から成長することができれば良いわけだろ?」

「そう!そうですよ!!」

「よし、分かった」

 オレはスマホを取り出し、グレイスに電話した。

「おう、おはよう。今、暇か?悪いんだが、いつもの喫茶店に来てくれ。大至急。詳しい話はそっちでするから」

 言いたいことだけ伝えて電話を切った。


「んじゃ、オレは帰るわ」

「…………え?」

 状況が読み込めないらしい。

 まぁ、これ以上オレが蒼子にできることはないし、別に構わないだろう。

「後のことはグレイスに任せる」

「グレイス……アーベイン教官ですか?」

「そうだ、アイツに会ったら適当に流れを説明しておけ。経費はオレが持つと伝えろ」

 そう言って、オレは伝票を持ってレジに向かった。


「会計か?」

「ツケとけ。今からグレイスが来るからその分も今度払う」

 オレは五千円札を手渡し、次回来店時に釣り銭を回収する旨を伝えた。

「グゥちゃんが?」

「あぁ、アイツの性格上、何時間後になるかは知らんがな」

「だから帰るのかよ。教え子置き去りにして」

 ゆうは皮肉を漏らしているが、どうでもいい。

 お前はそれが仕事。オレは今のが仕事。

 お互い社会人なのだ。いくら幼馴染の親友といえど人の仕事に口を出すな。

 とはいえ、蒼子を放置しておくのは悪い気もする。


「どうする蒼子、もう呼び出したけど?」

「……呼び出したならここに居ますよ」

「だそうだ」

「お前ってほんとクズだな」

「何を今更。いつものことだろ」

 オレは紅莉以外の前で自分を演じたりしないのだ。


◇〔蒼子side〕

「それで?椎名ちゃんだっけ?何か要る?今なら紅蓮のバカにつけておくから何でもサービスするよ」

 月宮教官と仲が良いらしい店員が馴れ馴れしく話しかけてきた。

 アタシも朝食は抜いている。

 今日の予定がないとはいえ、このまま空腹と言うのは気分が悪い。

「それじゃあ……この店で一番単価が安い料理をありったけください」

「あいよ」

 10分後、山盛りのホットケーキがやってきた。

「お代は本当に?」

 念のため、確認しておく。

「大丈夫、あのバカにつけておくから。それくらいしないと男はダメだって。いや、男とか以前に大人としてダメだってね。アイツは酒とかあまり飲まないし金使ってないから有り余ってるし、金を持ってる人間は金を使う義務があるとアイツ自身が言っているから」

 山盛りホットケーキを3回ほどがお代わりしたら若干、店員が引いていたが気にしないことにする。

 それを胃の中に運送していると、めかし込んでいるグレイス教官がやって来た。

 月宮教官が連絡して45分ほど経っている。そこまで遅くはない。


「あ、グゥちゃん。久しぶり」

「お久しぶりです、ゆうさん。ところで月宮くんは?」

「紅蓮のバカなら帰ったよ」

「……………………は?」

 鳩が豆鉄砲を食らった顔と言うべき素っ頓狂な顔で3秒ほど放心した。

「詳しいことはそっちの椎名ちゃんに聞いて。なんか特訓?とかそんな単語は聞こえてきたから」


 きっちりと決めたネクタイを緩めて私の前に座りテーブルに突っ伏した。

「あぁ、マジないわー。何この展開。朝っぱらに着信音が鳴ったから何事かと思ったら月宮くんからの電話だったから即行で気合入れて支度して来たのに……。たく、化粧が無駄じゃんか……」

 これが紅莉の師匠の本性か……。なるほど、確かに似ている。


「どうもすみません、アーベイン教官。月宮教官に相談したところ、このようなことになってしまって」

「あー、まぁどうせまた適当な感じで面倒ごとを押し付けられたんでしょ?お姉さんは」

 この人の一人称は『お姉さん』なのだろうか?

 いや、確かに年上なのだけど……。

「それで?なんでお姉さんは呼ばれたわけ?」

 ストローを咥えながらブー垂れるアーベイン教官。

 醜い……こんな大人にはなりたくない……反面教師にしよう。


「月宮教官はアーベイン教官ならば特殊な経験を積む事で今までの自分から成長することができるような特訓ができると考えて呼ばれました」

「……ごめん、何言ってるのか全く分からない」

 どうやら説明を略し過ぎたようなので流れを要点だけまとめて説明した。


「流れは大体理解したよ。けど、月宮くんが何を考えているかが分からないからお姉さんには……」

「はい、グゥちゃん、電話」

 店員が空気を察したのか、もしくはアーベイン教官がやってきたからなのか知らないが月宮教官に電話をかけたようだ。

「もしもし?何これ、どういうことなの?…………いや、確かにそれならさ。……しろと言うならするけど貸しだからね?」

 どうやら話はまとまったらしい。


「じゃあ、お姉さんは今から準備するから2日後にまた」

「はい、よろしくお願いします」

 出て行く際にアーベイン教官は『昼ごはんに食べたいからサンドイッチ作って届けてくれる?もちろん費用は月宮くんで』と言っていた。……本当に紅莉みたいだ。


「え~、では皆さん。キャンプの準備は出来ていますか?」

「「おぉー!!」」

 アーベイン教官のかけ声に紅莉と狗飼クロが意気揚々と声を出す。

「お、おぉー?」

 一応、このノリに合わせるが、どうしても気持ちが乗ってこない。

「ふわぁ~あ。元気だな、貴様ら」

 欠伸をしながらシルヴィアが突っ込む。なんでこの人が要るんだ?


 どうやら月宮教官が提案した特訓とはキャンプだったらしい。

 しかし、ただのキャンプならばどれだけ良かっただろうか。

 実はすでにキャンプ場に来ている。しかしキャンプ場と言って良いのか分からない。

 なぜなら、今アタシ達は個人所有の無人島、それも人が入った形跡のない未開の地である。

 要するにキャンプなどとポップで明るいイメージの物でなく、山篭りならぬ島篭りしながらサバイバルをしろと言うらしい。 

 いや、確かに経験値は手に入りそうですけど……なんだろう、不安しかない。

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