第10話、深氷は敗北を超越する
常盤ひなが指示した謎の魔法少女の座標の山まで、氷の足場を形成してジャンプしながら向かう。
その足場をビクビクしながら常盤ひなもジャンプしている。あまり慣れていないのかジャンプの仕方もたどたどしい。
目的地周辺までやってくると、妙な寒気を感じた。
言葉通りの寒気ではない、人間が本能的に感じる悪寒のような寒気だ。
まるでオバケ屋敷の中にでもいる様な気持悪さを感じる。
もしかすると、未知への不安かなにかに体が震えているのかもしれない。
獣道を進み、魔法少女を探していると、巨大な生物の前にヤンキー座りをしている魔法少女がいた。
あれはヘラジカか?
偶蹄類の最大種であるヘラジカは巨大な個体になると800キログラムに達する個体も存在するらしい。
ヘラジカ自体が巨大であるためモンスターかは判断できないが、ここはMW。人間以外の生物が迷い込んだ例は報告されていない。例外である可能性も0ではないが、ならばこの魔法少女がヘラジカを討伐する理由はないし、そもそもヘラジカは日本に生息していないはず。
常盤ひなめ。このモンスターを索敵できないとは……ヤツの索敵能力を過大評価していたのか?
ブラウンも言っていたな。『常盤ひなは評価に値しない』と。
だが、状況から察するにおそらくこの魔法少女がモンスターを討伐したのだろう。
その魔法少女はまるで戦国武将のようだ。
純白と漆黒を混ぜた灰色のスタイリッシュな鎧兜を纏った変人である。
二の腕に冠板、腰に佩楯がついており、胴はコルセットのように引き締まって女性らしさが出ている。
魔法少女にとって、その外見は本人の趣味に他ならない。
あんなものを喜んで着る魔法少女はセンスがおかしいシルヴィアくらいだろう。
おまけに面具と四面体の兜のおかげでほとんど顔が見えない。
だが、その瞳は右が赤、左が灰色の虹彩異色である。
しかし、異様なのはその姿だけではない。
胸の奥がざわつく。不快感に近い居心地の悪さを感じている。
「常盤ひな、お前はあの魔法少女に見つからないように待機していろ。万が一の場合は応援を呼べ」
「え?あ、蒼子さん……?」
自分ですら何を言っているのか理解する間も無く、口が動いていた。
瞬間、アタシは日本刀を鎧武者に向け質問していた。
「何をしている?」
「見て分からないか?駆除しているんだよ、モンスターを」
「何故そんなことをしている?」
「何故?敵を倒すことがそんなに不可思議か?」
「害獣駆除のつもりか?」
「…………」
鎧姿の魔法少女は黙った。回答に困るような質問ではないのに黙ったのを見て再度質問する。
「応えろ」
「つまらん」
「は?」
「質問ばかりでつまらんと言った。帰る、貴様と問答することに価値など存在しない」
手に持ったナイフをヘラジカの首を刺し殺し、モンスターは粒子となって消滅した。
そして魔法少女は『よっこいしょ』と退屈そうに言葉を漏らし、立ち去ろうとした。
「待て!」
ここでアタシはなぜそんなことを言ったのか理解できなかった。
見逃す事ができなかったからだが、なぜ見逃せなかったのかは脳が理解していない。
「その言葉で待つバカはマンガの世界にだって居ねぇよ」
けだるそうに呟きながら手を振った。
落ち着け、そう落ち着くんだ。
こいつは今この場を去ろうとしている。
何も問題はない、ここでこいつが帰ればアタシも常盤ひなも帰るだけだ。
そう、バカにだって分かる簡単な問題だ。
なのにどうしてだろう?気づいた時には刀でヤツの背中を斬りかかった。
だが、ヤツはこちらを見ずに刀を指で止めてみせた。
アタシ自身が抜刀したことすら理解できない剣閃の速度に、ヤツは反応したのだ。
この異様な現実はアタシの理解力を超える。
「なんだ?殺る気か?そうだな……さっきの雑魚じゃ満足できなかったんだ。相手してくれよ、この私の」
刀を指で掴んだまま、アタシの腹部を殴り飛ばした。
どうして斬りかかったのかを理解する前に殴り飛ばされた。
だが、本能で理解した。
こいつは敵だ。敵なんだ。
真の意味で狂っていると直感で確信した。
きっと、ブラウンや『狂犬』以上に狂っているんだろう。
理由など必要ない。そう確信したのだから。
武器を弓矢に変え、3本同時に狙い撃つ。
遠距離系の武器は不得手だが、この間合いなら当る。
「『アイギス』」
囁くような声で呟かれた魔法名と同時に炎が西洋の大盾のような形状を成した。
その炎の盾はアタシの氷の矢を刹那の速度で溶かし、ヤツは無傷。
矢を射たことで受身を取る暇などはなく、樹木にぶつかり体中に激痛が走る。
ここで理解したのは自分が墜落した事ではなく、ヤツの能力が炎を作り出すような能力であることだった。
「蒼子さん!」
待機しているように指示していた常盤ひなが我慢できなかったのか叫んでしまっている。
「下がっていろ、常盤ひな!お前の助力でどうにかなる相手ではない!!こいつは危険過ぎる!」
アタシの怒声にビクっと反応した常盤ひなはそのまま大人しく姿を消した。
それを見た鎧武者の魔法少女はニヤリと嗤った。
「おいおい、酷いな。先に仕掛けてきたのはそっちじゃないか?それともなんだ?ヤり合う前からそう思ってくれたのかい?それは僥倖だ、貴様のような真の強者にそう思わせられるとは自慢に繋がる」
心の奥底を読まれた!?
「私の眼は他人のそれとは少々違うらしくてね。いわゆる魂の質ってヤツが見えるんだ。魂ってのは心と違って生まれた時から変わらないんだよ、だからそれの質はその人間の質になるのさ。魂が腐っている人間はどんなに努力しても、その魂に輝きは宿らない。でも逆に魂が美しい人間はどんな絶望的な状況でも、決して朽ち果てることなどない。んでもって、貴様の魂は実に良い輝きをしている。名匠が創りだした芸術品のように美しい。だからさ、折れろ」
地面にへばりこんでいたスキだらけのアタシの額を具足を履いている足で踏んだ。
攻撃ではなく、イジメっ子がするような挑発に近い踏み方で。
「人が最も強くなる時って知っているか?それは自分の弱さを知る時だ。自分の弱さを知り、その弱さを克服する時、人の魂はより一層輝きを増す。ただでさえ貴様の魂は美しいんだ。その美しい魂を持った貴様がその魂に相応しい人間になるのを、私に魅せてくれないか?」
ポエムのような意味不明なセリフをほざきながらぐりぐりと踏みつけているヤツの足を掴み、柔術の要領で投げ飛ばす。
ヤツは着地を右手で受け、何の問題もなく、平静に戻った。
「調子に乗るなよ、このクソアマ。このアタシを好き放題侮辱してタダで済むと思うな。例えこの身がお前に蹂躙されようと、お前の言う魂とやらは決して折れることなどない。喉元を噛み切られると覚悟しろ」
何を言っているんだ、アタシは。
脳と感情が直結していないのか、逃げるという選択肢を選びたがらない。
逃げたくない、それは分かっているが勝てない戦と負け戦は違うぞ。
「そう言ってくれて助かる。私は貴様が気に入ったのでね」
殺気に満ちたヤツは再び嗤った。
この嗤い方は良く知っている。ブラウンと同じ嗤みだ。
闘争本能のままに、ヤツは接近して右腕で貫手をしてきた。
だが遅い。その程度の動き、目で追わずとも、見える。
あのブラウンの動きに比べれば幼稚としか表現できない。
貫手を半身にして軽く避ける。
ヤツはその貫手を引き、今度は左腕で手刀を振り下ろした。
これも遅い、反応できる程度の速さだ。
避ける。ヤツが引いていた右腕で今度は腕刀、鼻先を横に薙ぐ。
ギリギリで避け、こちらから踏み込み、逆襲の一撃を繰り出した。
「はぁぁぁあああッ!!」
上段から全力で振り下ろした剣撃をヤツは腕で防いだ。
籠手の上からとはいえ、今のは戦闘服程度で防げる一撃などではない。
切断は出来なくとも、確実に骨は折れる一撃だ。
なのに、なぜだ。なぜヤツの腕にはダメージを与えられていない?
「良い一撃だ、他の魔法少女なら仕留められただろう、他のならな」
刀を弾かれ、中段蹴りをされる。
しかし、こちらもバカではない、そうそう食らうわけにはいかぬ。
足で、蹴りの威力を殺し、地面を凍らせ、滑走して退く。
「いや見事。感服する、少々侮っていたらしい」
侮っていた、と言う言葉から察するにまだ本気を出していないのだろう。
遊びのつもりか、やはり屈辱を感じる。
余力を残しているわけではない、舐めているというわけでもない。
例えるなら、土俵で子供をいなす力士と言った感じか。
ヤツははっきりと理解しているのか。アタシとヤツの間に力の差があることを。
「言ったはずだぞクソアマ、覚悟をしろと。そのすまし顔がいつまでも続くと思うな」
「どうやらそうらしい。油断し過ぎるのは私の悪い癖だ」
親指と人差し指を展開し、指鉄砲と言えるようなポーズを取った。
なんとも予想しやすいポーズだ。
どう考えてもあれは飛び道具を撃つ準備。
もしもあれが刺突の類の構えならば、それはそれで対処は容易い。
「BANG!」
ヤツがそれを口にする前に回避行動をする。
声よりも早く、指から放たれた弾丸はアタシの腹部があった空間を射抜いた。
音速を裕に超え、亜光速で弾丸は世界を穿った。
弾丸の軌道は見えない、無論拳銃の弾丸も目で追える速さではない。だが引き金を引くその動作を見ることが出来ればそれは弾丸の速さを無視して避ける事はできる。加えて、銃口の向きで弾丸の軌道が読める。
それが出来れば、あとはドッジボールの球を避けるのと大差ない。違うのは射出された弾の速さだけ。
しかし、あの指鉄砲は無情にもそれが通じない。
天性の勘だけが回避の頼りになる。
刀を振り、氷の斬撃を無数に飛ばす。
雨霰と襲う三日月型のそれがヤツに向かうが、またあの炎の盾で防がれる。
ヤツは自分への攻撃には興味を持たず、再び射撃体勢をとった。
「一度は回避できても、次も回避できるか?」
その言葉から推理できる。ヤツは連射するつもりだ。
一発なら回避できるかもしれない、だが何発も撃たれたら回避できるか?反復横跳びで鍛えた程度の俊敏性で回避できるか?ずばりできるわけがない。
ならばどうすれば良いか。あれを防ぐ技などアタシは持ち合わせていない、ただの障壁であの亜光速の指
鉄砲を防げるわけがない。
詰みだ、策がない。
負ける……。
こんなヤツにも負ける……?
アタシは今まで何をしていた?
ふざけるな!!こういうヤツが大嫌いなんだ!!
他人に見下されるのがイヤなんだよ。だから、だから私は……!!
そうか、だから私は考える前にヤツを斬りかかったのか。
負けたくない、自分が誰かに劣ってると思いたくない。
そう自覚する前に行動していた。
なのになんでだ、なんでこんな結末ばかりなんだ!!
一人で突っ走りクリオネ共に辛酸を舐めさせられた時も、激高してシルヴィアにケンカを売って返り討ちにあった時も今回も、なんでこんな結末になってしまう。
アタシが弱いのは分かった、アタシが傲慢なのも分かった。
痛いほど理解した。
だけど……だけど、こんなヤツに負けるのだけはイヤだ!!
『優れた技術を真似ぶのが悪だと言うのなら、人類は進歩などできないデスよ』
ふと、あの無礼な金髪に言われた事を思い出す。そうだ、自分が誰かに超えられたのなら、また自分も誰かを超えれば良い。
矜持を捨てろ、醜くなれ。
醜悪な姿を晒そうと、貪欲に進歩すれば良い!!
「避けきってくれよ」
皮肉のような宣告から数瞬の間を明けて、指鉄砲から不可視の弾丸が射出される。
射出されるよりも前にアタシは呟いた。ヤツが口にしたその魔法名を。
「『亞衣儀守』」
西洋の大盾を氷で作り出す。不可視の弾丸が数発ほど大盾にぶつかるが『亞衣儀守』はびくともしない。今までの基礎魔法である障壁の防御力などでは比較にならない。
完成された大盾である。
ヤツは異なる配色の目を見開き、『亞衣儀守』を凝視した。
たった二度の使用で技を盗まれたことに絶句しているらしい。
だが、こちらはそのスキを見逃すつもりなどない。
思い出せ、あの時使えた感覚を。
思い出せ、自分自身の本当の実力を。
「能力酷使」
体中から力が漏れる。
そうだ、この感覚だ。クリオネ共をぶっ殺した時の感覚だ。
アタシの体から漏れ出た冷気が大地を凍らせる。地面が氷河に変わる。
だが、アイツの周囲はアイツの炎で氷が溶け出し、水溜りに変わっただけである。
「どうした?この程度でもう終わりか?失望だ、『アイギス』を盗んだからもう少しヤれると一瞬期待したが、どうやら過大評価だったらしい。『能力酷使』を使えば勝てると自惚れているようだが止めておけ。その程度では私には通用しない。もう少し大海を知るべきだな、井の中の蛙よ」
違うな、間違っているぞ。
自惚れていたアタシはもう死んだ、だから本気を出す。
油断はしない、全力でお前を叩きのめすだけだ!!
「装甲解除」
「ん?」
戦闘服が薄れ、一部が私服に戻る。
薄れた戦闘服を右腕に込める。
『装甲解除』は自分の装甲を外し、その分を攻撃や移動に回す諸刃の剣。
そうだ、今防御なんて要らない。
守る必要なんてない、攻めろ。攻め続けろ。
殺られる前に殺れ!!
「見せてやるよ、この椎名蒼子の最高の一撃を!!」
武器である氷の日本刀にさらに氷を追加し、通常の3倍はあるであろう日本刀を精製してみせる。その大きさゆえに柄をまともに握る事ができないため、右腕を巨大な手甲のように変えマジックアームの要領で刀を掴む。この右腕が剣を振る筋力も補助してくれるうえに、振る時の負荷を減らしてくれる。
即席の試作品。ゆえにこの技に名などない。
いや、そもそも私は技に名前なんて付けない。
だが、常盤ひなが言うように言霊に力があるのなら仮名でも名づけるべきなのだろう。
あえて名をつけるのなら、その名は『無名』と言ったところか。
「『極刀・天地両断、零式・無名』!!」
巨大な快刀を振りかぶり、振り下ろす。
その刀から振り下ろされた衝撃波が、空が割るような音を響かせる。
瞬間、アタシとヤツの間の空間には無数の剣閃が引かれた。
森林の木々は伐採され、その下に広がる地面は巨大な爪で抉られたような跡がついている。
まるで竜巻の被害にでもあったような光景全てがアタシの斬撃の威力を物語っている。
「『アイギス』」
ヤツは先ほどと同じ魔法名を放ち、再び炎の盾を形成した。
だが、炎の盾を剣閃の軌跡は粉微塵にしてみせた。
炎が煌く粒子となって、風に消えていく。
炎など所詮はただの燃焼反応。氷で消滅できない理由などない。
炎の盾を切り刻んだ余波がヤツを襲うが、その威力はそよ風のように収まってしまっている。
いまだヤツはただ立っているだけだ。ご自慢の盾を破られたことなどに微塵の興味も持っていないらしい。
アタシとヤツの世界には一直線の虚無の道が出来てしまっている。
普通ならば、ここでは緊迫感が存在し、互いが互いを牽制し合う。
だが、ヤツは何もしていない。
素晴らしい見世物に対して拍手でもする観客のような雰囲気を放っている。
「ククク……アーハッハッハ!!」
ヤツは嗤った。だがこの嗤いは先ほどのモノとは違う。
自分の狂気に狂喜んでいる人間の嗤いである。
「見直した。まさか『アイギス』を斬るとは思わなかった」
本当に賞賛しているのか?この状況で敵を?
「言いたい事はそれだけか?」
「落ち着け、私は貴様を評価しているんだ。その剣技、貴様はあのシルヴィア・リリィ・アルジェントを超えられるだろうね、あくまで私個人の意見だけど」
「何様だ、アンタの実力はシルヴィア以下なんだが?」
シルヴィアならアタシが刀を振る前に回避して見せるだろう。
あの女の危機回避能力ならそれくらいやってしまえるはずだ。
だが、ヤツは違う。自分の盾が砕かれるのを傍観しているだけだった。
「シルヴィア以下……?あんなのと一緒にされては困る。そうだな……。どれ『アイギス』を撃ち破った褒美に少しだけ本気を魅せてやろう」
その一言を発したヤツからは人間のソレではない威圧感が存在した。
殺気を感じた事はある、だがこの威圧感はそんなものではない。
形容するのなら鬼か。蛇睨みというモノを体で感じる。
生理的に不快感、いや恐怖感が暴走して今にも失禁してしまいそうな居心地の悪さがあった。
その色違いの双眸を例えるのなら月光。
だがそれは常夜の世界を照らす月明かりのような生易しいものではない。
自身が定義する闇を切り裂く無情で残虐な光だ。
生死などは自分の努力でどうにかなるものではない、ヤツの気まぐれで今こうやって立っていらている。その気になればアタシの首をはねる事など動作もないとヤツの目は言っている。
毛穴から汗が噴出し、呼吸が乱れる、自分の感覚を御するだけで精一杯だ。
ただの威圧感だけでここまで体が畏怖している、あの魔法少女の実力はアタシが理解できる次元ではないと本能と全身が警告している。
炎が先ほどのアタシのように巨大な剣を形成する。
だけど、その剣は剣という形状をしておらず、逆十字のように見える。
けれど、それが剣だと分かるだけの凄みをそれは持っていた。
あれは敵を『斬る』ためではなく、敵を『屠る』ための剣だ。
「さぁ、己が不運を呪え」
ヤツが構え、動き出したその瞬間、ヤツの瞳は星型に輝いたように見えた。
同時に死を覚悟し、生を諦めたのだが、ヤツとの間合いに突き刺さるように天から声が聞こえた。
「レーヴァ……」
「何をやっているのだ、御前は」
声の主はソレイユ総帥だ、彼女の固有魔法『重力』を使って空中に浮遊していた。
だが、ソレイユ総帥の二人称が『御前』であったことなどアタシの記憶には存在しない。
「これはこれは、総帥閣下ではございませんか。なぜこのような場所に?」
ヤツが飄々とふざけた口調で炎を消し、ソレイユ総帥に話しかける。
本当に何者だ、こいつ?
「御前がこんな所で遊んでいるからだ。御前にはそういうことをされては困る。退け、これ以上の戦闘は認めない」
浮遊していたソレイユ総帥は地面にゆっくりと着地し、部下の暴走を静めるように指図した。
「はいはい、仰せのままに」
ふざけた口調のまま、鎧武者の魔法少女は紅莉の『飛行』に似た動きで飛びこの場を去った。
跳躍ではない、あれは紛れもない『飛行』である。
重力も空気抵抗も完全に無視したその動きは確実に魔法によるもの。
しかし、ヤツの能力は『炎』だった。まさか、ヤツもシルヴィアと同じ多重能力者か?
「閣下、あのお面はお知り合いですか?」
「あぁ、彼女も機関の一員だ。確か彼女は自分のことを『パスト』と言う固有名詞で呼ぶように言っていたか」
「何者ですか?あのような固有魔法の魔法少女には心当たりがありません。何処の所属ですか?」
「その質問への回答は拒否する」
拒否?黙秘ではなく拒否だと?
所属に関する質問で拒否するという選択が存在するのか?
「彼女は危険過ぎる。彼女の潜在能力は本気のシルヴィアよりも高い。だから君がもし再び彼女に出会っても決して戦おうと思うな。いいな?」
「……了解しました」
シルヴィアの本気と言うのはまだ知らないが、少なくともあの『パスト』とやらの強さは私の魂が理解している。脳みそという次元ではなく、本能を超える『何か』の次元で。
少なくとも、今のアタシじゃどんなに頑張ってもアレには一撃も有功打突を与えられない。
悔しい、また黒星が増えてしまった。
「常盤ひな、貴様もだ。なぜ加勢をせずに傍観していたのかは知らないが今後闘うなよ」
「は、はい!も、もちろんでございます!!」
『下がっていろ』と言う言葉を鵜呑みにしていた常盤ひながソレイユ総帥に返事をした。
……そういえば、この女もここに居たのだったな。




