第9話、真紅の炎は氷と絡み合う
夏休み2日目、魔法少女なんてやってられないと思いながらも、どうやら魔法少女に夏期休業などないらしい。ブラックですね、ストライキを起こしたいけど、ストライキってどういう意味だっけ?
こういう時、自分が社会の勉強を怠っていたことが痛い。
「さて、今回の当該ターゲットはどこだ?」
MW内部に入った装甲車から降りて、アオちゃんが言う。
どうやら彼女には自分でターゲットを探すという選択肢はなく、人に任せるものらしい。
「ちょっと待ってください。……えーと、1943メートル先にC+が3体ほど、それだけのようです。保護対象も確認取れなません」
1900ってほぼ2キロじゃん。そんなに探知できるの?
私?たぶん100mもできない。はい、目視の方が優秀です。
「まぁ、索敵だけなら半径5キロ程度なら問題ないです」
「ひゃー。頑張れば皆それくらいできるの?」
「いえ、平均は2キロ程度なので今回は蒼子さんでも余裕かと」
「あれ?そうなの?」
でも、アオちゃんは索敵魔法なんて使っていた記憶無いけど?
この前2人でMWに来た時も双眼鏡だったような……確か、得意じゃないって言ってたような。
「……細かいことは気にするな」
あ、この子はきっと使えないんだな、索敵魔法。
なるほど、だから双眼鏡を愛用してるんだな。
「人には向き不向きが存在する。ワークシェアリングとか言っていたか?まぁそんなものだ」
「なに、うまくまとめてんのさ。素直に良いなよ。私は駄目な小者です、って」
「死んでも言うものか!!」
怒鳴られた。どうやら相当悔しいらしい。
となれば、それをイジらない選択肢もあるまい。
まさにゲスの極み!
「ひなちゃんや、実は昨日ね、私の再従妹に負けたんだよ。得意の剣術で」
「え!?蒼子さんに勝てるほどの剣術家さんなんです?」
「それが剣もロクに握った事のない素人で、剣道のけの字も知らないような初心者だったんだよ」
「それはそれは。不機嫌にもなりますよ。蒼子さんのプライドの高さは機関内部でも有名ですし」
「でしょ?」
だって町内だけでなく隣町の学校にまで知れ渡ってるほどの『百鬼夜行』さんですもん。
「テメェら、陰口ばっか言ってんじゃねぇよ!」
「あらまぁ、怖い。ではアオちゃん。目標のモンスターはどうやって倒すんですか?」
「まずは視認するところからだろ」
そう言ってアオちゃんはポンポンっと空中に足場を形成して巨木の上に登った。
私もひなちゃんを抱っこして木の上まで登り、双眼鏡を覗いてモンスターを視認する。
遠くにいるのは大きなペンギン。最大種であるコウテイペンギンは私たち女子小学生と同じくらいの大きさらしいが、あれはそれよりも一回り程度大きい。ジャイアントモア(推定平均350センチ)よりはもちろん小さいし、ダチョウ(平均230センチ)よりも小さい。せいぜい160センチと言ったところかな?
そんなサイズのペンギンが3羽ほど闊歩している。正直言えば不気味だ。この前水族館で見たペンギンの種類はぶっちゃけ覚えてないけど約70センチくらいだった。その2倍以上の大きさのデカい。おまけに顔からは厳つい猛禽類が威嚇しているかのような恐ろしさが滲み出ていた。しかも四肢はネットで見たマッチョなカンガルーのような筋肉質である。むしろ、あの筋肉質なカンガルーみたいなペンギンと言った方が適切かもしれない。それにしても、人間サイズのマッチョなペンギンって中々に怖い。こんなのをカワイイとは言えない。いや、たぶんこれは人間サイズでなくても怖い。マッチョだもの。
「キモイね」
「あぁ、キモイな」
「正直、近寄りたくないですね」
三人とも同じ感想らしい。だってキモイもんね。近寄りたくないよね。
みんなそう思っててもおかしくない。
「んで?作戦は?」
「狙撃で良いだろ?所詮C+だ。紅莉が一発ドデカいのをぶっ放せば片付くだろ」
ふわぁっと欠伸をしながら退屈そうに枝に座った。
なんかムカついたからデコピンしてやった。
「いたっ!」
「全く、リーダーがこれじゃ部下である我々が困るよ」
「何言ってん……は?アタシがリーダー?」
「え?だって私みたいな新米のチャランポランじゃ締まりがないでしょ?」
「チャランポランな自覚があるならしっかりしろよ」
「んでもって、ひなちゃんはキャラ的にリーダーっぽくない」
「華麗に無視するなよ」
「でも間違ってないでしょ?」
「いや、そんな消去法で良いのか?」
「悪い理由がない」
「えっと……同じく」
ひなちゃんも同意らしい。やはり、この子はリーダーってガラじゃないようである。
「お前らには年上の自覚はないのか?」
「年下の自覚がない娘が言わないでよ」
失笑してしまった。まったく、この子は都合が良い。
そういう意味ではまだガキでしかない。
「今、確実に失礼なことを考えたな」
「キ、キノセイダヨ……」
勘は鋭いらしい。危ない危ない、野生動物みたいだ。
「はぁ……まぁいいや。で?アタシがどうすれば満足なんだよ?」
「武器ちょうだい」
「は?」
「いやさ、アオちゃんだけ楽するってチームとしてダメでしょ?」
アオちゃんは近接戦闘特化。私はキャラ付けのために射撃戦闘を選んだけど、近接戦闘もそれなりにできることはシルヴィア達とヤりあった時に分かった。
けど、私が得意なのは『何かを飛ばすこと』である。その『何か』まで私が作る必要はない。
「作れと言うなら作るが、たかがC+3体に使うようなものではないと思うな」
「それは使ってから判断する」
イヤイヤそうにアオちゃんは武器を形成した。
この前、見た弓道とかで使うような弓よりももっと大きい。
氷でできた据置の巨大な弩である。
その弩を巨木の幹に固定して安定させた。
「『絶氷の巨弩弓』現時点でのアタシの最強形態だ」
「この弩が最強?じゃあなんでいつも日本刀なの?」
「なんでって……欠陥品だからな」
ん?どういうことだ?
「一人じゃ撃てないんだよ。アタシには撃つ分の能力がない。だが、紅莉の『飛行』魔法ならこれも撃てるだろ?」
「はぁ……まぁ確かに、私ならできるだろうけど。私なら」
「『私なら』と二度も言って強調するな」
とりあえず、その弩を触ってみる。
確かに弦は硬い。撃てないというアオちゃんの言い分も分かる。
でも、『飛行』魔法を使えば問題なく撃てると言う確信できた。
「ひなちゃん、当該ターゲットの様子は?」
「特に動きはありません。どうやら索敵能力はそこまで高くないみたいです」
その言葉を聞いて少し安心する。
「んじゃ、いっちょぶっ放してみますか!」
弩に座り、目標に対して狙う。
「ちなみに、矢は5本だけだから。無駄撃ちは厳禁な」
「あいよー」
空返事をして一発思いっきり弦を引いて撃つ。
台座があるにも関らず、ありえないような衝撃が体を襲った。
もしも、幹に固定していなかったら弩ごと吹き飛んでいたことだろう。
よく木が耐えたなぁ、と感心していたけどここはMW、常識が通用しない。
そして、矢がモンスターに当った瞬間、矢は爆裂。
どう表現したものか。おそらく空気中の大量の水分が気体から液体を飛び越えて一気に固体に状態変化(化学的な言い方をするなら『昇華』)したらあんな風に異常なトゲトゲしたウニみたいな氷山ができてしまうだろうと素人目に考察できるような状況。
もちろん、モンスター3体の姿は刹那の速さで塵芥に成り果てている。
「わぁーお……」
「な?あの程度にここまでの本気を使う必要はないんだよ」
「確かに。もう完全に爆心地か何かみたいになってるよ」
「さてと……常盤ひな。当該モンスターは他には居ないな?」
木の枝から立ち上がってひなちゃんに残敵の確認をした。
「ちょっと待ってください。……あれ?」
「どうかしたの?」
何か気になる事でも有るのだろうか?
面倒な展開はゴメンだよ、昨日受け取れなかった当選金を受け取りたいんだからさ。
「いえ、そんなはずは……。あ、間違いじゃなかった」
「なんだ?新手か?」
「そうではありません。他にも魔法少女が1人いるんです」
「は?そりゃまたなんで?」
確かMWには機関の魔法少女は3人しか来ないことになっているはず。
つまり、機関に所属していない無所属ってこと?
でも、さっきまで確認できなかったのは不思議だ。
私が『絶氷の巨弩弓』を使って轟音が鳴ったにもかかわらずこっちに全く関心がないらしいのも妙だ。
…………ふむ、私には良く分からぬ。考えるのは止めよう。
「いえ、分かりません。ですが……」
「『狂犬』のような異常者の可能性もあるってことか」
あ、その可能性もあるのか。確かクロもいろいろな魔法少女を襲っていたんだっけ?
そんな設定は完全に抜けてた。
「どうするの?私はもう帰りたいんだけど?」
「紅莉は帰っても良いぞ。ヤツが危険な魔法少女ならアタシたちも撤退する。会話が出来るような相手なら今後このような行為を止めるように忠告するか、機関に勧誘するかだから」
「はいはい、襲われないように気をつけてね」
アオちゃん一人ならまだしも、ひなちゃんが付いていれば大丈夫だろう。
ひなちゃんの固有魔法は『波動』
フラッシュグレネードで支援することも、不可視状態になることもできる。
逃げるだけなら楽勝に違いない。
アオちゃんが暴走しなきゃだけど……。




