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第8話、真紅の炎は剣のことを理解する

「いらっしゃい。あ、紅莉ちゃん。また違う女の子を連れてるね」

 平日の朝から来る客はいないのか、例のごとくガラガラな行きつけの喫茶店に入り、ゆうくんが馴れ馴れしい挨拶をしてくる。

 その言い方、卑猥なんですが。女たらしみたいな言い方なんですが。

 普通に友達扱いで良くない?……あ、それはそれで意味が違うか?


 適当なテーブルに座り、シルヴィアも同様に座る。

「それでお客さん、ご注文は?」

 事務的な言い方ではなく、営業スマイル的な感じで言いに来た。

 おそらく喫茶店の店員としての本能っぽい何かでシルヴィアのオーラを察したのだろう。

「アイスティー1つ」

「この店で一番美味な甘味を」

 そういえばこの女は超弩級の甘党だったっけ?

 別に不必要な個人情報だから脳内ファイルから削除申請しても良いんだけどさ。

「それはつまり、当店が誇る最高の一品と言う解釈でよろしいですか?」

「無論だ。二番以下などに興味は無い。至高こそが採点材料である」

 なんで客がこんなに偉そうなんだ?客だから偉いのか?

 でも、店長オジサンにこんな口を利いたら追い出されそう……ガクブル。

 ゆうくんが営業スマイルで汚い笑みを隠して厨房に戻っていった。


「まず最初に言っておこう、先日はすまなかったな」

「え?……あぁ、いやいや別に」

 やべぇ、まさか謝罪されるとは思ってなかった。

 私って昨日ケンカした友達とも普通に話せるタイプの人間だからね。

 あ、こいつのことは友達とは思ってませんよ?当然だけど。


「まさか貴様がクロのために闘っているなど予想外だった」

「……?なんでアンタがクロの名を?知り合い?」

「あぁ、一年前に同じ班でな。何も持っていなかった私にいろいろとくれた掛替えのない友人だ、少なくとも私は友人であり続けたいと思っている」

「……アンタがクロの友人?」

「そこに突っ込むか?」

「いや、アンタが誰かと仲良くする所が想像できなくて」

「まぁ、私が誰かと仲良くしたと言うよりはクロと紫苑が私と仲良くしてくれた、と言う方が合っている」

 紫苑、その名には聞き覚えがあった。

 確かクロを半殺しにした張本人じゃなかったっけ?


「……紫苑って人はどういう人だったの?」

「ん?なぜそんなことを……あぁ、貴様も紫苑の所業を聞いたのか」

 どうやら紫苑ってのがクロを殺人未遂したことはシルヴィアも知ってるらしい。

「そうだな、優しいヤツだったな。それで自分のことを良く考えてて、楽しいことが好きで……そうだな、貴様から自己中心的な思考を取り除いたような感じか?」

 なにその『綺麗な月宮紅莉』。私から自己中心的な思考を取り除いたら何もないよ?ただの美少女だよ?

 というか、さり気に私のことを優しいって評してない?え?なにそれ?なんか気持悪い。

 むず痒いを通り越して不愉快なレベル。


「クロはああ言っているが私は紫苑が人を殺すような真似ができるとは思わない。それに……」

「それに?」

「いや、なんでもない。忘れろ」

 ここでこの月宮紅莉さんが引くとでも?

 口を割らないのなら目から何を考えてるのか読み取るまで!


 秘儀、月宮アナライズ!

 説明しよう!月宮アナライズには通称『女子力』と呼ばれる女子の潜在的魅力を測定するだけでなく、顔の筋肉の動きなどから心を読むことも出来るのだ!

 なになに……紫苑は死んでいる……?

 えっと……え?

 あー、なんか掘り下げ難いな、こりゃ。

 でも、クロを死んだと思っていて、それで紫苑ってのも死んだ。

 つまり、シルヴィアは孤独だったってこと?

 孤独か、友達を失う感覚ってのはどんな感じなのかな。

 あの時、マーちゃんを助けた時に感じたあの感覚の真逆の感覚かな?


 もしもあの時、マーちゃんを助けられなかったら?

 もしもななちゃんが内臓をぶちまけるような悲惨な死に方をしたら?

 ……吐き気がしそうなほど最悪なものだ。

 胸に風穴が開いたように痛く苦しい。

 そうだよ、だから私は魔法少女なんて始めようと思ったんだ。

 友達が死ぬのなんてそれこそ死ぬほどイヤだから。

 でも、それをこの女は2回も経験していた?


 無口になった私をいぶかしんだシルヴィアにゆうくんがチョコレートパフェを出した。

「どうぞ、当店が料理人の誇りを持って提供させていただくチョコレートパフェです」

 まさに見事なデキだった。喫茶店やファミレスでよくあるようなヤツじゃなく、テレビに出るくらいの有名パティシエが本気出したくらいのクオリティである。

「ふむ、見た目は問題ないが、味はどうかな」

 『問題ない』とだけ評価し、上部分のクリームをスプーンですくってパクリと小さい口に入れた。

 その光景は変に神々しかった。

 くそぉ……アシュリーちゃんと言い、こいつと言いどうして私の周りは美少女ばかりなんだ……。私、ぶりっ子(死語)じゃないけど、自信を無くすよ……。


「なるほど。中々の味だな」

「ふっ、当然です」

 どうやら満足なクオリティだったらしい。それに満足したゆうくんがシルヴィアに見えないようにガッツポーズした(私の席からは余裕で見える)


「それで?これはいくらだ?」

「値段は1680円になります」

「……高いな。あと3割は落とせる」

 はい、ダメだし来ました。どうやらコスパが気に食わなかったようです。

 辛口ですね、甘党のくせに。


「何を言っているのですか、お客様?この質でこの値段はむしろ安いくらいでございます」

 露骨に怒ってる。親しい私じゃなくても分かるだろうってくらい露骨に怒ってる。もしもマンガだったら怒りマークを顔に浮かべてるだろう。

「……それは日本の物価を考慮して?」

「もちろん、物価と人件費を無視してたら喫茶店の店員なんて出来ません。赤字じゃ商売はできないのです」

 イヤミを吐きながらゆうくんは厨房に戻っていった。


「ふむ、日本はメシが美味いと聞いていたが、残念ながら値段が高い。しかもこの程度か。真の一流には遠く及ばんな」

「大衆向けの喫茶店に超一流を求めるなよ……」

 当然の意見を述べた。この女は庶民的なものに何を期待しているんですかね?

 アニメとかのお嬢様ってのはカップ麺の美味しさに感動したりする件が多いけど、当然ながら現実のお嬢様の舌を満足はさせないらしい。

「ふん、貴様は真の甘味を知らないからそのようなことが言える。機会があればこの私が直々に新次元の味と言うのを紹介してやろう」

 そりゃどうも……そんな機会があるのか知りませんけど。

 しかし、ゆうくんのおかげで少し気持ちの整理ができた。興味があるから聞いておこう。


「一つ聞いて良い?」

「なんだ?改まって」

「哀しみってのは、時間が癒してくれるものなの?」

 唐突な話の切り方に少し戸惑いのような驚きを顔に浮かべたが、すぐに平常に戻り返事をする。

「さぁな、だが時間は私の心を癒してはくれなかったよ」

 癒してくれなかった?それなのにあんな平然としていた?

 何の苦労もなく、何の目標もなく、毎日がつまらないと言いたいバカなガキと同じような顔で心を偽っていた?信じられない、私はこの女の心の強さをより一層理解した。


「癒すと言えば、貴様の兄はこう言っていたよ。『死んだヤツのことは割り切れ』と」

「お兄ちゃんが?」

 そういえばこの前も『オレは切り捨てる。思い出と決別する。それしかないんだよ』って。

 でも、私は切り捨てられない。友達を、過去を、思い出を切り捨てられない。

 子供だからかもしれない、けど切り捨てるってことは私の人生そのものを否定する事になるんじゃないかな。

 私は切り捨てて良い程度の残念な人生を送った覚えない。


 こいつはどうだ?切り捨てられたか?

 いや、切り捨てるようなヤツじゃない。こいつはバカだ。バカと天才は紙一重って言うけど、天才と見せかけたバカだ。私には分かる、こいつは私と同類だ、たぶん私が違う道を選んだらこいつみたいな人生を歩んだかもしれない。

 私にはシルヴィアほどの才はないけど、きっとこいつも私程度の能力しかなくても、今と同じ道を選んだだろう。

 あぁ、そうか、だから私はこいつが嫌いなんだ。

 だって、私はこいつに嫉妬しているんだから。

 こんな人間がいることを認めたくなかった、こんな人間バカも居るんだ……。


「この際だから最後に質問して良い?」

「構わんぞ、最後じゃなくても」

「アンタは何のために闘ってる?」

「決まってる、自分の正義に殉ずるためだ」

「正義に殉ずるって、そりゃ何のために?」

「何のためか。それは自己満足でしかないだろう」

「は?」


「あらゆる善意は自己満足から派生する」

「いや、そりゃそうかもしれないけどさ」

「所詮、人など自分が満足することしか脳はない。違うか?」

「その言い方だと、私の理論を肯定するようなものじゃん?」

「確かにそうかもしれないが、純粋な善意もあるだろ」

「というと?」

「つまりだ、自己満足だとして、誰しも利害を求めて行動するわけではないという事だ。貴様は言ったな。『人間ってのは誰しも自分が一番大事なんだ。例外なんて居ない、他人を救うなんてものは自分のため、自分だけのために生きてる。他人を救った自分に愉悦を感じているのであって、純粋な善意なんてこの世界にあるわけが無いんだ』と」

 声真似がかなり嫌味ぽかったが、合っているのでそこは無視する。


「うん、むしろそれを肯定してくれたように聞こえたけど?」

「論理そのものは間違ってはいないだろう。しかしだ、これが純粋な善意でなければ何が純粋な善意だ?」

 定義の問題かよ。

「そうだ。純粋な善意はないと貴様は言った。だが誰かの幸福を願う事が純粋な善意でなければ、そもそも善意とは何を呼ぶのだ?」

「そ、そりゃ……」

「歴史上の偉人の言葉が真理であるとは限らない。しかし聖人が残した言葉とは存在する。そんな考えは聖人だからこそできた。貴様の言う『他人を救った自分に愉悦を感じている』と言うのは彼ら彼女らに当てはまるとは思えん。もし彼ら彼女らがそんな打算的な思考を持っていたのならカリスマ的支持などされなかった、いや違うか、真の聖人だったからこそカリスマ的に支持された」

「でも、それって憶測じゃん」

「貴様の理屈も憶測だろ」

 いや、そうかもしれないけど。

「だから言っただろ。人など自分が満足することしか脳はない、と。ゆえに人は自分が正しいと信じる他ない。自分の考えが正しいと意固地になることは悪だ。けれども自分の考えを簡単に変えるような人間の正義など偽善だ」

 もはや理論のレベルが高過ぎて私は何を言って良いのか分からなかった。

 反論も肯定もできない状況で、思考しても何も思いつかない。

 今、自分がどのように見えているのかなんて想像したくないくらい酷い顔をしているだろう。


「さて、ではそろそろ幕引きにしよう」

 そう言ってシルヴィアは席を立ち、伝票を持ってレジに行き、万札をゆうくんに手渡し「釣りは要らん」と吐いて颯爽と店を出て行った。

 なにあの姿、カッコいいんですけど。

「紅莉ちゃん。何者なの?あの子」

「さぁ……只者ではないってことくらいしか知らない」

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