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第6話、深蒼の氷は阿呆の相手に疲れる

「頼もう」

「タノモー」

 昼前の午前10時頃。私とアシュリーちゃんは朱里ちゃんに言われたように剣道用具を扱っているような店、を知っているであろう椎名道場にやって来た。

 しかし、なぜ道場破り風なのかは知らない。

 完全に気分である。他意はないし、深い意味もない。


「あらあら、可愛い道場破りさんね」

 なんか美人がやって来た。

 アオちゃんのお姉さんかな?

 とりあえず、今の愚行について謝罪しておくか。

「すんません、出来心なんです、道場なんて破るつもりなんてないです」

「ュッ!?」

 刹那の速さで頭を下げた私を見たアシュリーがギャグマンガみたいな顔で驚愕する。


「さてさて、どういうご用件でしょうか?ピンポンダッシュとは思えないけど」

「蒼子ちゃんはご在宅でしょうか?」

「蒼子?もしかしてお父さんが言っていた蒼子のお友達?」

 『お父さん』と言うのはつまり椎名家の家長であるあのハゲかな?

「えぇまぁ。おそらくその友達です」

 自称ですがね!あくまで自称ですがね!!


「そう、あの子がお友達を招くなんて珍しいこともあるのね。あの子はまだ寝てるからちょっと上がって待っててくれる?」

 とりあえず侵入には成功であります!

 日記をつけていたら今日のタイトルはこうだろうね。

 『招かれざる客、侵入に成功する!』みたいな。



 道場に入ると、それは見事な木造建築だった。

 よほど儲かっているらしい。道場ってそんなに儲かるのだろうか?

 いや、でも新築とは限らないか。

「わぁーお!アカリン見てください!純和風なおうちデスよ!!アカリンの家もこういう風にすればイイと思うデス!!」

 日本の一般家庭は畳みや障子なんて採用してませんがね。

 木造建築だって減ってきてるらしいし。


「しかし、可愛らしいお友達ね。あの子とはどういう経緯で知り合ったの?」

「あー、私のお兄ちゃんが蒼子ちゃんの家庭教師をしていまして」

「あぁ、月宮先生の妹さんなの」

 どうやらこの美人ともお兄ちゃんは知り合いらしい。

 これが義姉なんて展開は許さねぇぞ?あんちくしょうが。


「そちらの子は?」

「はい!ワタシの名前はアシュリーです!!」

 頭の悪そうなカタコトな日本語を披露するアシュリーをフォローしておくか。

「この子は先日、日本にやってきてちょっと紹介しようかと思いまして」

「あらそうなの。あの子に2人『も』友達が出来たと思って安心したけど」

 2人『も』ですか、お姉さん。

 某歌では友達は100人くらい欲しがっていましたけどね。

 というか、アシュリーとアオちゃんは会ったことすらないんですが……ま、いっか。細かいことは。


「ところでお姉さん、こちらは道場を経営していると聞いたのですが?」

「うふふ、お姉さんなんて嬉しい事を言ってくれるね」

 は?何言ってんだ?この人。少なくとも師匠と変わらないくらいに見えるけど?

「私はあの子の、蒼子の母ですよ」

 ……はぁぁああああ!?おいおいおい、あの禿茶瓶はこんな美人を嫁に貰ったのかよ!?

 つか、この人いくつよ!?

 16で産んだのか?それなら今25で師匠と大差ないと言う事で納得は出来る。

 というか、16で子ども産んだら、師匠ってアオちゃんくらいの娘が居てもおかしくない年齢なのか。

 どんまいです、師匠。

 好い人を見つけてください、お兄ちゃん以外で。


「本題に戻るけど、たしかにウチは剣道場を営んでいますよ。でもそれがどうかしたの?」

「実はこちらのアシュリーが木刀を探していまして」

「木刀を?」

「はい!日本の『オミヤゲ』と言えば木刀と聞きマシた!!」

 本当、どこで聞いたんだろうかね?この子は。

 日本マニア向けの間違った情報を手に入れるサイトか何かがあるのかな?


「二三日あれば仕入れられるけど、2000円から10000円くらいまでいろいろあるけど?」

「一番良いのをお願いしますデス!!」

「あ、領収書はお願いします。名前は『月宮かりん』で」

「高いので良いんだ」

 とオバサンは苦笑した。

 どうやら私が『安いのでいいでしょ?』とか制止するとでも思ったのだろうか?

 はっ、するわけがない、そんなこと。

 高いものは良い。当たり前である、良いのだから高いのだ。

 ボッタクリでは困るけどね。

 まぁ、ここまで立派な道場を営んでいる椎名家ならマトモな木刀を仕入れてくれること間違いないだろう。


「おはようございます、母上」

「おはよう、蒼子。寝起きで悪いけどあなたにお客さんよ」

 旅館においてあるような浴衣を着たアオちゃんがリビングに寝癖だらけの髪の毛を書きながらオバサンに挨拶した。しかし、アオちゃんは『客』と言う言葉を聞いた瞬間、いつもよりも3割増で嫌そうな顔をしていた。


「おー!エクセレント!!本当に『ワフク』を着ていますよ!写真は!写真はオーケーですか!?」

 動物園のパンダか何か可愛い珍獣でも見つけた観光客かのように興奮して騒ぎ出したアシュリーがアオちゃんに光の速さで殴られて倒れた。

 あーあ、先にアオちゃんの性格を説明しておくべきだった。

「ゲボォ」

 女の子らしからぬ悲鳴をあげながら倒れ伏せるアシュリーを『誰だ?こいつ』みたいな顔で観察しだしたアオちゃんに挨拶しておこう。しかし、こんな朝からアシュリーを連れてきてしまったからどうしようか?とりあえず愛想笑いでもしておこう。


「あ、あはは……グッドモーニング、アオちゃん」

「はぁ……帰れ!」

「溜息してからそれ!?」

 ちょっと酷過ぎませんか!!

「黙れ、アタシは朝が弱いんだ。だから帰れ!!」

 マジギレである、ここまでキレるとは……選択肢を間違えたか?

 セーブポイントからのやり直しを要求する!何?この作品はオートセーブだと?

 だから現実はクソゲーなんだ!!


 などと思っていると、オバサンがアオちゃんを叱り始めた。

「こら、蒼子。お友達にそういう言葉を言わないの。せっかく来てくれたのに、脳天を殴るなんてどういう神経しているの」

「母上、こんな朝からこんな非常識な存在を家に招かないでください。だいたい、アタシはこんな非常識は知りません。誰なんですか?この白人」

「ごめん、その子はアシュリー・ヴァーリミオン。私の再従妹はとこ

「その再従妹がなぜウチに来ている?」

「木刀を欲しがっていたから?」

「木刀なんてそこら辺に売ってるだろ?」

 どうやらそこら辺に木刀は売られているらしい。

 この子の言う『そこら辺』とはいったいどこの次元のそこら辺なんですかね?


「こら!」

 二度目の『こら』で、オバサンがアオちゃんの頭を叩いた。

「お友達にそういう口調はダメだって言ったばかりでしょ!」

「しかし母上。この月宮紅莉は非常識の塊なのですよ?」

「だからってそういうことは言っちゃダメ!それに紅莉ちゃんは年上なんでしょ?」

 3歳差だっけ?言われてみればそんな年の差があるとは思えないけど。

 なんでだろ?身長かな?……いや、胸部が、胸部に何か信じがたい脂肪の塊があるような気がするんですが……、気のせいだね。

 気のせいだと誰か言ってよ!!


「全く、『ヤマトナデシコ』と言うのは存外凶暴なのデスね……」

「あぁ?文句あんのか?」

 完全にヤンキーか何かの言い方である。そしてオバサンは何も言わない。諦めたのか?と思った直後。

「蒼子」

「何です?」

「試合しなさい」

 ほぇ……?

 ちょっと奥さん、どういう思考回路だったらそうなっちゃうんです?

「それで良いでしょ?」

「もちろん、しかし向こうは」

「ふっふっふ、このアシュリーヴァーミリオン。バカにされたままでは帰れません」

 ……え?何この展開?

 どいつもこいつも頭悪いんじゃねぇの?


「どう?アシュリーちゃん。防具の感想は」

「そ、そうデスね……予想以上にヘルメットが重いデス……あと微妙に汗臭いです……」

 オバさんに剣道の防具を装備してもらうアシュリーちゃんは防具にしみついた汗のにおいに苦しんでいた。

 一方のアオちゃんは剣道着のみと魔法少女の戦闘服と大して変わらない見た目。

 一撃も当らない自信があるらしい。


「ヤル気満々ガール?」

「ヤル気はあるが、なんだ?そのヤル気満々ガールって?」

「いやさ、ヤル気満々マンって言うじゃん?」

「初耳だよ」

「でも語尾の『マン』ってのは男性に対する言葉だから、少女って意味の『ガール』の方が適切かと思ったの」

「どんな考えだよ。それに『満々マン』って意味よりも語感重視だろ?」

「揚げ足を取るな!!」

「逆ギレするなよ……」


 くだらない会話をしていると、どうやら防具の装着が終わったらしい。

 しかし、面越しには全く顔が分からない。

 剣道ってなんで廃れないんだろ?あんな重い防具つけて竹刀振るんだよ?

 おまけに選手の顔も見えないし、ガッツポーズしちゃダメ。

 私だったら絶対にやりたくないね。心血を注ぎたいとも思わない。


 二人が竹刀を持って向かい合う。

 アオちゃんの構えは一人前。そして驚いた事にアシュリーの構えも様になってる。

 どこで覚えたんだ?あの娘は。


「それでは、試合開始!」

 その瞬間、踏み込んだアオちゃんがアシュリーちゃんの頭をズバーンと竹刀で叩いた。

「メン!」

 あまりにも速すぎたせいか竹刀が振り下りたのを目が認識した後で耳が声を認識した。

 おそらく5秒も……いや、3秒も経ってない?

 けれど審判であるオバサンは黙ったまま。

「あれ?『一本!』とか言わないんです?」

「え?言う必要ないかなと思って。アシュリーちゃんがどれだけの人間性能だとしても今日初めて竹刀を握ったんでしょ?だったら蒼子が勝てない理由はないはず」

「ごもっともですけど、だったらなんで闘わせたんです?」

「あの子、あなたの再従妹なのよね?」

「えぇ、そうですよ?」

 それに何の因果関係があるのだろうか?


「紅莉ちゃんのお母さんってあのかりんさんでしょ?あの月宮先生の妹さんだし、木刀の領収書の名前は『月宮かりん』だったし」

 さんづけしている所を見るとどうやら知り合いらしい。まぁ、不思議なことはない。ママは人脈を何よりも大事にしている。昔、この道場と何かやっててもおかしくない。

「昔はヤンチャしててね。ちょっとかりんさんと闘ったりね」

 何をナチュラルにおっかない告白をしてくれるんだ、この人は。

 ヤンチャって要するにヤンキーってことでしょ?白い特攻服を身に纏って『滅殺』とか物騒な二次熟語が口紅か何かで書かれたマスクに木刀を装備している旧時代の不良でしょ?

 でもママとそんな簡単にケンカするような機会なんてそうそう……あるな、世の中恐ろしいようなバケモノは何人も居る。シルヴィアみたいなのね。ママもイタリアマフィアをぶっ潰したらしいし私と同じくらい気が短い方だし、師匠も暴走族を懲らしめた事もあるらしいし、目の前に『百鬼夜行』の異名を持った凶暴な女剣士もいる。……ホント、私の周りの人間は怖いなぁ。


「まぁ、私のことなんてどうでも良いの。それでね、あの子の体裁きにはちょっと気になるところがあるの」

「気になるところ?」

「重心移動がかりんさんにそっくり。似てるってレベルじゃない、完全になりきってる。血の滲むほどのトレーニングを行なってきたか、あるいは……」

 重心移動、よくそんなものが分かるなぁ。見る箇所が違う。

 とそんな話をしている間に、アシュリーちゃんは二度三度とアオちゃんに叩かれていた、竹刀で。

 ズビシッ!と聞いてるこっちが痛覚を感じそうな音が道場に鳴り響いているけど、アシュリーちゃんはまだ立っている。だけど、妙な事になった。今までは棒立ちから叩かれたままだったアシュリーちゃんが攻め始めた。

 さっきまで弱者を蹂躙する絶対的な強者と言う図式だったのに互角な闘いになってきてる。


「やっぱりか……」

「何がです?」

「あの子、人の真似をするのが得意なのね」

「はい?」

「見て分からない?あの子の動き、完全に蒼子の動きそのもの。たった数回見ただけで完全に蒼子の技術を真似してみせたの」

 言われてみれば、いや同じ動きをしていると理解したうえで見てみるとその通りだった。数手先を読んだ攻防などではなく、反射的に同じ動きをして相殺するような戦い方。互角な戦いだけど、見ていて面白みを感じない、アイコばかりが続くジャンケンを見ているような退屈さを感じる。

 そういえば昨日の朱里ちゃんとの戦いもそういうことだったのかな?初めて触る格ゲーであれだけの動きができたのはおかしいと思ったんだけど、まさか人の動きを真似るのがそこまで上手いとは驚天動地だ。

 ってことは、最初の構えもアオちゃんの見様見真似みようみまねで模倣してみせたと?

 どんだけの才能だよ。


「やめっ!」

「母上、なぜ止めるのですか?」

 試合終了を言い渡されたアオちゃんは不服らしい。

 おそらく彼女の脳みそではここからアシュリーちゃんをボコる展開が用意されていたに違いない。

「あなた、自分の技が盗まれているのは自分が未熟だからと勘違いしているの?」

「……違う、と?」

「違うわ。この子が異常なの」


「異常と言われるとへこみマスよ」

 面をつけたままのアシュリーは凹んでいるらしい。面をつけてるから表情が全く読み取れないけど。

「大丈夫、褒めてるの」

「ありがとうございマスです」

 声は喜んでいるみたいだけど、面をつけてるから(以下略。


「質問してもいいかしら?」

「なんデスか?」

「この道場にやってきた本当の目的は剣術を盗むため?」

「はい、かりんが言ってました。『椎名という古武術家には借りがあるから世話になれ』と。かりんは徒手空拳の心得はあっても剣術の類には興味を持っていなカッタので。あと個人的に日本の剣術はかっこいいので好きデス」

 どうやら木刀購入はただの口実でしかなかったらしい。

 全てはママの策略だな。あの人、汚い事を考える天才だから。

 『プライドの高い人間をプロジェクトに参加させたい時は挑発するのが一番』とかキメ顔で語ってた事あるし。


「猿真似風情で真の剣術を習得したつもりか?」

 どうやら心底お怒り気味のようです。プライドをずたずたにされたのだろう。

 けれど、奥の手はまだあったっぽい。それすら盗まれたらマジギレで飛び掛りそうだけど。

「ノンノン、そこまでおこがましくはありまセン。しかし、優れた技術を真似まねぶのが悪だと言うのなら、人類は進歩などできないデスよ」

 『優れた技術を真似ぶ』ねぇ……。まぁ、技術を習得することを真似ぶと言うならそうだろうね。学ぶの語源が『真似ぶ』って説もあるし。



「さて、今日の所はお開きにしましょう。紅莉ちゃん、防具を脱がせて上げて」

「えぇ、大丈夫ですけど」

 なぜ私なんだ?装着させたのはオバサンじゃんか。と思っていると、アオちゃんの顔面は青ざめていた。

「さて、蒼子。私の言いたいこと分かる?」

「わ、分かりたくないです……」

「そう、なら体で分からせてあげる」

 アシュリーが床においていた竹刀を持ち上げ、剣道着の襟を掴んで奥の部屋に入っていった。

「折檻の時間よ♪」

 そして、うら若き乙女の悲惨な鳴き声が聞こえてきた。

 ……夏休み初日からイヤなモノを聞いた。

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