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第4話、真紅の炎は地雷を踏む

「ただいまー」

 夜8時。アシュリーに家の中を適当に案内し終わり暇を持て余していたから適当にハリウッド映画(英語音声字幕無し)を見ていたらお兄ちゃんが仕事から帰ってきた。

「あ、おかえり」

「どうも、お久しぶりです。Mミスターグレン」

「やぁ、久しぶり。というかデカくなったな。そりゃ5年も経てばデカくもなるか」

 アメリカ式の挨拶ではなく、頭をナデナデするお兄ちゃん。

 ちょっと!どういうことですか!!

「そうですか?」

「あぁ、そりゃもう30センチくらいはデカくなった気がする。あと、呼び方は紅蓮で良い」

「分かりました。グレン」

 ナデナデが終わる気配はない。まるで猫が『もっとナデろ』とするかのようにうにゃーんと気持ち良さそうな顔をしているアシュリー。我慢の限界なので姉の、そう『姉』の威厳を保つためにここは大人しく質問しよう。


「2人は会った事あるの?」

「そうだな。昔、オレがヴァーミリオン家、まぁつまり曾婆さんの家に行った時に。確かそのとき紅莉は……親父とドイツでチーズフォンデュの店かどっかに行ってた気がする」

 チーズフォンデュ……記憶にございません。さっきのセリフから察するに5年も前のことらしい。5年前にチーズ、じゃなかった、ドイツに行ったのは覚えてるけどチーズフォンデュを食べたことまでは……。


「時期は分かった。その時は親戚の集まりか何か?」

 なんでそこで私が呼ばれなかったかは考えないでおこう。

「いえ、そうではなく、ヴァーミリオン家は基本的に大きなお屋敷に一族で住んでいるのデス」

 へぇー、変わってる。フィンランド人は皆そうなのかな?

 そんな変わった風習ならネットに書いてるだろう。今度調べるか。


「オレとアシュリーの出会いなんかよりもさ、クロはどうした?もう8時だろ?」

「なんか用ができたとかで今日は帰らないって」

「居候だから特には言わんが、自由過ぎるだろ……」

「でも、今日はゆうくんの店に行くんでしょ?前から予約してたよね?」

「あぁ、ババァから言われてる。『良い素材が届くように手続しておいたから』って」

 どうやら終業式にあわせて何か仕掛けてくれていたらしい。

 良い素材……じゅるり♪


「お、いらっしゃい」

 特に遠慮することなくゆうくんの喫茶店に入る。しかし、そのゆうくんは見当たらず、挨拶してくれたのは店長であるオジさん。この人怖いから苦手なんだよ。

「ばんはー。ってあれ?今日はいつにも増して客が少なくないっすか?」

 馴れ馴れしく挨拶するお兄ちゃんはガラガラの店内に違和感を感じている。

 客が少ないのはいつもの事だけど、私たち以外に0ってのは珍しい。


「あぁ、心配するな、今日は貸切だ」

「は?」

「かりんのバカがカワイイ姪っ子のためにウチを貸し切ったんだよ」

「そんなので大丈夫なんです?ババァなんかの頼みなんざ無視しても良かったでしょうに」

「問題はない、金は言葉通り十二分貰ってるからな」

「どんだけ金払ったんだよ、あのババァは……」

 ホントにね。というか、(クロ曰く)私の終業式は覚えてなかったのにここまでの根回しって……。

 あ、そうか姪っ子のためですか……なんか私のことはどうでも良いって思われてい層で落ち込む。


「さて、おい!ゆう!テメェ、客が来たっつうのになんで厨房にいねぇんだよ!!」

 客である私たちが来たからか、円形脱毛症の頭に鉢巻きを巻いて気合を入れるオジさん。

 しかし、まだ厨房に居ないゆうくんに怒鳴るが、ゆうくんにも言い分があるらしい。

「しかたねぇだろ!俺の仕事は厨房だけじゃねぇんだから!!」

「客が飯を食いに来てる時に厨房に居ない料理人に存在価値はねぇって何度言えば分かるんだよ!!」

「っるせぇ!!だったら自分も調理と仕入れ以外の仕事もしやがれ!」

「んだとぉ!!」

 あ、これはヤバい雰囲気ですね。完全に親子喧嘩を始める気ですね。

 2人家族なんだから仲良くすればいいのに男同士だとこうなるのかな?

 私の兄がお兄ちゃんでよかった、ホント良かった。


「やめんか、客が来てるのに親子喧嘩とかしてんじゃねぇよ」

 さすがのお兄ちゃんもこの空気に危機感を持ったらしく仲裁に入る。

 今からご飯なのにそんな空気じゃ困るもんね。

 いや~、ホントお兄ちゃんは頼りになるぅ~♪


「……チッ」

「お客様の前で舌打ちとは流石ですね、店長」

「黙れ、給料泥棒」

「あ?」

「ヤんのか!」

「だから止めろってつってるだろ!!このバカ親子!!」

 今度は先ほどよりも声を大きくして仲裁した。

 さすがにここで本気にならないと本当に喧嘩になると思ったからだろうね。

 この店にはお世話になるし、アシュリー初来店の日に喧嘩されてもいろいろ困る。

 しかし、当のアシュリーは目を輝かせていた。どうやらこの子は喧嘩が見たかったらしい。

 どうかしてらっしゃる……。


「……悪かったよ、仕事に戻る」

「仕方ない、かりんさんがわざわざ仕入れてくれた良い食材を無駄にするわけにはいかないし」

 オジさんとゆうくんは軽く反省しながら調理に取り組み始めた。

「なんでここでママが出てくるの?」

 ゆうくんの妙な発言が気になり質問してみる。

「あぁ、アシュリーちゃん?に良い肉を食べさせてやりたいらしくて、わざわざ秋田の知り合いから良い鶏肉を送ってくれたんだよ」

「そんなに良い肉なの?」

「最高級の比内地鶏、スーパーで売ってる平均的な鶏の15倍の値段もする」

「ひぇぇ~」

 スーパーの15倍ですってよ、15倍。

 1パック1500円くらいの国産和牛ステーキだって中々手を出せないのに15倍ってね?

 ママは食材の価値を値段でしか理解してないだろうけど、さすがにこの値段は。


「それで、オヤッサン。今回はどんな特別な料理を?」

「アメリカ人の歓迎がフライドチキンやローストチキンとかじゃ日本人の恥だろ?」

「私、かりんと違って純血のフィンランド人なんですが?」

 ここでオジさんのセリフに注釈するアシュリー。

 ママとオジさんは知り合いだからか、アシュリーもアメリカ人と思い込んでいたらしい。

 純血の日系人であるパパと違ってママの血縁関係は面倒だからね。えっと、フィンランド人とアメリカ人のハーフで、日系アメリカ人と結婚してクォーターでありハーフでもあり、アメリカ国籍と日本国籍を持ってる私たち兄妹が生まれた……ややこしいわッ!!


「……が、外国人への歓迎だから日本人の誇りと尊厳を見せ付けないといかんと思うんだよ」

「微妙にアレンジされてる」

「男は細けぇことを気にしない生き物なんだよ!」

 古い価値観をお持ちだ。現代は性差別って五月蝿いからね。

「守りたいのは自分自身の尊厳だろ」

 このゆうくんの意見には私も同意。


「とにかくだ!今から俺が外国人のために作るのは焼き鳥だ」

「……焼き鳥?Fire bird?」

「日本風のソテーみたいなものだ。竹を削った棒状の串に鶏肉を刺して鉄の網で焼くだけという単純だが、非常に美味い料理だ。地域差が非常に強く、所によっては串焼きそのものを焼き鳥扱いする地方もある」

 オジさんが言った『焼き鳥』という単語に疑問符を浮かべるアシュリーに説明するお兄ちゃん。

 よくもまぁ、あれだけの情報を一瞬で言えるね。

 朱里ちゃんもだけど感心するよ。


「鶏肉を焼く……ならフツー逆ですよね?鳥焼きですよね?」

「そうだな、だが考えたら負けだ」

 さすがのお兄ちゃんも納得させられるだけの答えがないらしい。

 日本語は面倒だからね、世界基準でも相当面倒らしい。

 ソースは知らない、なんかの本に書いてた気がする。



 先ほどの失言を返上するためか、オジさんは華麗な手捌きで鶏肉を解体していく。

 解体された鶏肉をゆうくんが素早く串に刺して網で焼いていった。


 ねぎま、ぼんじり、とり皮、ハツ、軟骨、つくね、その他名前が良く分からない部位の数々。

 おいしそ~♪こうやって目の前で焼かれると、パブロフの犬になったような気分だよね。

 口の中に唾液が溢れ、胃が食欲のせいで苦しい。


 数分後、良い感じに焼けたねぎまを食べる。

 美味い!!口の中に上質な脂が充満し、葱をかじると今度は甘みが口の中を駆け巡る。

 ほわほぉ~……。生きてるって実感する。

 そしてほんじり、とり皮、ハツと手を出していくうちに何か違和感を感じ、ぽろりと本音を漏らしてしまった。


「うん、美味しいけど……まぁ、正直こうグッとは来ないよね」

 なんとなく漏らした。もちろん賛美なんかじゃなかったけど、不平不満ではなかった。

 ただ期待外れ?『日本人の誇りと尊厳』と言っていたわりにはそこまで凄くは無い。


「……いま、何つった?」

「はい?」

「いま、何つったかって聞いたんだよ!このクソガキ!!」

 ビクッ!!

「お、おい!オヤジちょっと落ち着けよ!!」

 マジギレしたオジさんをゆうくんが羽交い絞めにして落ち着かせる。


「離せ、このバカ息子!!これ以上美味い焼き鳥なんて全国回ってもねぇよ!!」

「そりゃこんな高い鶏肉を使う焼き鳥屋なんて無いですよね。焼き鳥って基本的に酒の肴だから味付け濃いし……鳥皮うめぇー」

 妹のピンチなのに、のん気に焼き鳥を味わうお兄ちゃん。

 ちょっと!!もう少しゆうくんみたいにあせっても良いんじゃない!?


「だからってなぁ!!」

「まぁ待てよ、オヤジ。かりんさんに言われてたろ?絶対に本気を出さないでくれって。オヤジはただ良い食材使って良いメシを作っただけ。でもそれだけじゃ客を真に満足させられないって言ったのは他でもない親父じゃねぇか!」

 どうやらオジさんにはそれなりの何かがあったらしい。

 そりゃ60近い大人だからね。いろいろあるよ、特に仕事なら尚更あるよね。


「むしろ、失敗だったんでしょうね。こんな良い肉を焼き鳥に使ったのが。素直にフォアグラとかペキンダックとか作れば良かったんじゃないです?……ハツも良いねー。ゆう、ビール貰うぞ」

 なぜか今日のお兄ちゃんはのん気だった。これ以上のん気な姿を見たことないってくらいにのん気だった。

 だってさ、いくら実父よりも長い付き合いだからって神経を逆なでする発言はしないはずでしょ!?


「バカヤロー!!良い肉の区別もできないのか!!」

「申し訳ない、紅莉のバカ舌じゃ区別できないっぽい。ほら、紅莉、謝っておけ」

「え?……でも」

「謝れ」

 ここでマジトーン。

 いやでも、焼き鳥なんて食材と機具さえ良ければ誰だってそれなりのができるんじゃない?高級焼肉だって基本焼くのは客だよ?

 と、言い訳をし続けるほど私も子供ではない。私の失言のせいですからね。謝れというなら謝りますけど。

「ご、ごめんなさい、オジさん……」

「……ケッ」

 オジさんはまだ怒り心頭らしい、よほど触れてはいけない逆鱗だったみたいである。

「そういえば紅莉、クソババァが帰ってくるって話はマジなのか?」

 ここで唐突の話題転換。なんだ?お兄ちゃんは何を考えてるの?

「……え?うん、少なくともクロはそう言ってたけど?アシュリーは聞いてないの?」

「もぐもぐ……ごっくん。YES、聞いてますよ。今年は日本でやらなきゃいけない仕事ができたから盆過ぎに帰るとかなんとか」

 盆過ぎ……という事は15日以降なのかな?


「ほぅ?かりんが帰ってくるのか」

 オジさんはニヤリと笑った。お兄ちゃんと同じく何か企んでいるらしい。

 怖い、私の危険予知センサーがビンビンに赤信号を発してますよ。

「みたいです」

「いいだろう。お嬢、かりんが帰ってきたらテメェに本物の料理の味ってヤツを教えてやる」

 ……ん?えっと……それだけ?

 どうやら男の意地とやらをかけて私に本気の料理を振舞ってくれるらしい。

 私としても美味しい料理が食べれるなら文句を言うどころか、お礼を言うくらいだけど。


「つっても、紅莉の言いたいことも分かるんだけどな」

「なんだと?坊主、それはどういう意味だ?」

「確かに文句なく美味いですよ?でもそれだけです、紅莉もそう言いましたし」

「意味が分からん」

「塩焼きオンリーってどういうことですか?」

 そう、今日オジさんは塩オンリーなのである。

 そうか、何か物足りないと思ったら、タレか。私タレ派だもん。


「何言ってやがる。塩が一番美味いんだぞ?」

「そりゃそうかもですけど、それはいろいろ食って原点回帰するもんじゃないんですか?」

「つうか、とり皮って普通タレじゃねぇの?」

 ここでゆうくんが割り込む。

 ですよね、焼き鳥ってタレの方が合う部位も多いですよね?

「だろ?そこはオレも同じことを思っていた」

 どうやらお兄ちゃんもらしい。

 3対1、完全勝利!!勝った、勝ったぞ!勝訴を勝ち取った新米弁護士のような気分である。

 ところで勝訴と書かれた半紙(?)をバンっとする人って弁護士なの?



「テメェら……」

「だいたい焼き鳥はオヤッサンの十八番オハコじゃないでしょ?」

「だが、良い鶏肉を仕入れたんだ。なら焼き鳥にするだろ?」

「嘘付けよ、オヤジ。アンタはローストチキンの方が得意じゃねぇか」

 どうやらオジさんは和食よりも洋食の方が得意らしい。

 まぁ、ここ居酒屋じゃなくて喫茶店だもんね。


「トーシロは黙ってろ」

「んだと!」

「まぁまぁ、オレはオヤッサンの料理は好きですよ。それもオヤッサンの本気ならなおのこと。日本人の意地だのと見栄を張らずに本領を発揮してやってくださいよ、ババァが帰ってきた時は」

「そうだな、そうさせてもらおう」

 と、ここまでほぼ無言を徹していたアシュリーちゃんが何をしていたかと言うと、焼き鳥ばっか食っていた。

 そりゃもうずうっと串から手を離さずに貪っていましたよ、この娘。

 串入れの中には20本ほどの残骸が入ってる。

 ……あれ?ゆうくんはそんなに焼いてたの?


「というわけで質問です。オヤッサンが思う和食で一番美味いメシって何ですか?」

「和食で一番美味いメシ?寿司とか天麩羅じゃねぇの?」

「いや、そういうことじゃなくて、親父が一番美味いと思うモノって何だって訊いたんだ」

「俺の主観で良いのか?ならやっぱウナギだろ」

 ウナギ……良いねぇ、蒲焼の芳ばしい香り。うま味の塊みたいなタレにタマゴと山椒の組み合わせ……マズイ、涎が止まらない。

 ウナ丼、蒸篭セイロ蒸しにひつまぶし……でもってう巻きに肝吸い。

 でもあれだ、イギリス料理のウナギのゼリーは食べたいとは思いません。

 興味すら沸かない。


 トゥウトルトゥウトルトゥルルル~♪

 と、妄想を膨らませていると、スマホから着信音が鳴ってきた。

 この曲はななちゃんだな。

「おい、食事中はマナーモードにしておけといつも言っているだろ」

「あはは、ごめんなさい。んじゃあちょっと失礼」

 聞かれて困る話ではないだろうけど、人前で電話ってそんなに気分の良いものじゃないからトイレに言って応答する。


「はい、もしもし?どうかしたの?遊びの予約ならメールでお願い」

「あ、アンタ……前にた、宝くじ買ったの覚えてる?」

「ん?あぁ、そういえばそんなのも買ったね。宝くじなんて買った瞬間がピークだから存在そのものを忘れてたよ」

「あ……当ったのよ」

「え、そうなんだ。おめでとう。いくら?十万?んじゃあ今度さ、マーちゃんと一緒にどこか良いバイキングに行かない?最近はビュッフェって言うんだっけ?どっちでも良いけど行こうよ」

「ワタシじゃなくてアンタのが当ったの」

「あれ?私も買ってたっけ?……あぁ、そうだ、興味が無いからとりあえず買って、ななちゃんに番号を写真で撮ってもらった後、引き出しの中に入れたんだった。んで、十万?しょうがないな、2000円くらいの食べ放題なら奢るよ。アシュリーも紹介しなきゃだし、クロも合わせて5人なら1万くらいでしょ」

「違う、十万じゃない」

「えー、十万じゃないの?じゃあいくら?5万?それとも3万?もったいぶらずに言ってよ」

「1000万」



「………………はぃ?」


「だから、1000万よ、1000万。テン(ten)ミリオン(million)

「ふぎゃーーーーー!!!!」

「しぃー!大きな声を出さない」

「い、いいいい、1000万って、ま、まままま、マジっすか!?」

「えぇ、本当よ。10回くらい確認したから」

「ぎksrうhsぢうふぁgdぷふぃh!!」

「衝撃のあまり言葉にならないわよね、その気持ち痛いほど分かるわ。ワタシも他人事なのに心臓バクバクしてるから」

「……ななちゃん」

「どうしたの?」

「愛してる♥」

 ここまで本気で言った事などない。

 もしも、これがななちゃんではなく、山田(モブ男子)だったなら部屋に侵入した後にくじを盗まれた事だろう。もちろん、山田並みにななちゃんの心が汚ければ同様の行為に及んでいたかもしれない。

 本当に愛してるよ♥ うへへへ~\\\

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