第2話、緋色の姫は日本を探索する
「お帰りー、意外に早かったね」
「えぇ、本当に目立つ感じだったので……」
あんな巨大なネームプレートを掲げていれば嫌でも目に付く。
あんなのを提げるように指示するママもだけど、それに従うこの子もこの子だ。
頭はあまり良くないのかもしれない。
「お姉さんですか?」
「いや、ウチは2人兄妹だから」
「あぁ~、お義姉さんですか」
発音は言い直されてないけど、ニュアンスが変わった気がした。
認めんぞ!いくら師匠でもお兄ちゃんの嫁になるなんて私は認めんぞ!!
「ところでお昼は?」
「私はまだです。アシュリーちゃんは食べた?」
「いえ、折角なので日本食が食べたいのデス」
日本食……外国人受けする日本食と言えば寿司、天麩羅、鋤焼き……この中なら鋤焼きかな?
「何か食べたいのでもあるの?お金なら出すよ、奢らないけど」
そこは建前でも奢ると言いましょうよ、師匠。
「ワタシあれ食べたいデス!フラワーを捏ねて固めた日本で人気の麺が」
花を捏ねて固めた麺?なにそれ?どんなクイズ?
「あぁ、もしかして饂飩?」
「イエス!それです!!」
饂飩かよッ!?フラワーって小麦粉のことかよッ!?
「紅莉ちゃん、良い饂飩屋知ってる?私あんまり饂飩って食べないから」
「饂飩ならファイアモールに鶴亀饂飩がありましたよ?」
「ファイアモール……」
復唱した師匠の顔はなぜかあまりよろしくなかった。
「ん?どうかしましたか?」
「いや、何でもないよ。お姉さんはお腹空いて無いから二人で食べてきて。紅莉ちゃん、レシートもらうの忘れないでよ?」
どうやら金は渡すが取り立てるからレシートを寄越せってことらしい。まぁ、大人の世界でもこういうことするらしいし、仕方ないか。
しかし、朝飯もロクに食べない師匠が昼過ぎになってもお腹空かないってのはちょっと引っかかる。
何か食べてきた?いや、それなら本格的に食べてくるはず……ま、まさか!?
「一人でこっそりカツサンドを食べたんですか!?」
「なにがどうしてそんな結論になったの!?」
▽
師匠の車から降りてファイアモールの中の饂飩屋で饂飩を注文する。ちなみに私はカレー饂飩で、アシュリーちゃんは素饂飩に野菜のかき揚げをプラス。
「おぉー!これが『ウドン』デスか!日本料理には大変興味を持っていたんデス!!」
チェーン店のウドン如きでこの感動である。
私もアメリカのハンバーガーの大きさには驚いたけど感動はしなかったなぁ。
カルチャーギャップって感動するもの?普通は驚愕だよね?
「確か日本では麺類を食べる時、音を立てて食べるんデスよね?」
「まぁ、音を立ててズズィ~っと食べるね」
なんでだっけ?音を立てた方が香りを楽しめるとかそんな理由だっけ?
ちなみに私はカレー饂飩なので音を立てません。汁が跳ねるから。カレー饂飩の汁は跳ねやすい上に取れ憎いからね。まったく、もうちょっと跳ね憎い汁にはできなかったのだろうか?
「では、いただきマス!」
アシュリーは合掌して割り箸をパキンッと綺麗に割った。
見事な手つきである。割り箸を使ったことがあるのだろうか?よく使う私だって綺麗に割れないよ?6割の確率で。
「……!?な、何ですか!?これは!?ヒート!?ベリーベリーヒート!?」
ん?熱かったのか?と思っていたけど、なぜか七味を大量にぶっ掛けていた。
何をしてるんですかね?この子は。
「アシュリー?この赤いのは唐辛子、つまりレッドペッパーだよ。なんでそれを思考停止でぶっ掛けたの?」
「レッドペッパー!?かりんが言ってマシたよ!?饂飩に七味は欠かせない、と。なんでレッドペッパーを饂飩にかけるのデスか!?」
「調味料だからね、そんなにぶっかけるものじゃないよ?」
「ワッツ!?スパイスは振りかけるものじゃないデスか!?」
どうやらこの子は日本の常識とかじゃなくて一般的な常識が欠けているらしい。調味料を思考停止でぶっ掛けるのは料理に対する冒涜だよ。料理人じゃなくて機械で十分だ。
やれやれだ、と思いながらカレーうどんをすする。しかし、そのカレーからは常識では考えられない辛み、というか痛みが舌を襲った。
「ふみゃー!?か、からぁあああーーーーーーーーーい!?なんじゃこりゃ!?」
嫌な予感がしたので七味のビンを見てみると、さっきよりも残量が2センチくらい下がっている
「おっおー……ソーリー、善意のつもりだったんデス」
こんのバカヤロー!!余計なお世話だとここまで思ったことはないッ!!
▽
「フヒィー、フヒィー……」
舌の痛みに二人が苦しみながらも、ファイアモールを散策した。
アシュリーは日本のオモチャに興味があるらしい。
そういえば、ママも帰国してきたらサイレンさんとホビーショップめぐりとかしてたっけ?
アシュリーが客寄せパンダを見るかのようにいろんなオモチャを見ているのだけど、ぶっちゃけここにある8割のオモチャは既にリサーチ済みで新鮮味が全く無い。ウインドウショッピングする意味がない。
というわけで適当に歩いていると、エアガンのコーナーに見たことあるドリルポニーこと黄金レイが居た。
「うげっ!?」
「ん?なんだ、アンタか。こんな所で嫌な相手に会った」
「な、なにおうー!そっちだって何なの!?こんなオモチャ屋に」
「ウチが触っている商品見て分からない?エアガンだよ」
「いや、そりゃ見りゃ分かるけど」
どうして私の周りの人間は当然のごとく自分の価値観を恥じないのだろうか?
女子小学生がエアガン(税込み1万9800円)のパッケージを触るか?いや触らないね(反語)
「このNTD-64短機関銃の美しさ、素晴らしい。心が洗われる……。この砂漠迷彩が浪漫溢れる……ほふぇ」
恋する乙女のような瞳でモデルガンのパッケージをうっとりと見ながら唐突に語りだした。
なんだ、こいつ?さすがの紅莉さんもこの変人っぷりは引くわー、ドン引くわー。
「そしてこっちのPSN-23狙撃銃のロングバレル。ほはぁ……惚れるわ。」
ダメだ、これはかかわっちゃいけないタイプの人間だ。
ミリオタ、いやオタクってのは自分の得意分野の話をすると止まらない。
こいつがミリオタなのかは微妙だけど、どうやら常人(私たち)とは違う感性をお持ちなのは確実である。
関るな、そして逃げろ。
「なぁ、月宮。アンタにも分かるだろ?特にこのXBX00突撃銃の……」
ゾンビから逃げるような気分でその場から逃げた。
あの女とは今後も出会いたくない……。
出来れば知り合いにもなりたくなかった……。
どんな出会いをしてもあれとは仲良くなれる自信がない。
あの女は常軌を逸した変態だぁーー!!
▽
「ワァーオ!これが日本の『ゲームセンター』ですか!?興味あったんですよ!ビデオゲームがこんなにたくさん!!」
黄金レイから逃げてモールにあるゲーセンにやってきた。
「ってあれ?ハワイにはないの?」
「少なくとも、ワタシの周りの遊技場は未成年が入れないカジノばかりでした」
向こうは賭博が合法だからね、なんで日本って違法なんだろ?
昔は半丁とかそういうサイコロの賭博ってあったんでしょ?
だいたいパチンコや競馬は合法なのにカジノが違法な理由が分からないね。
あ、パチンコは景品であって金品じゃないんだっけ?
でもそれならパチプロってどうやって生計を立ててるんだろ?
……闇を感じた。
おぉ、新作格闘ゲームの『ベルセルクストライカー』が入荷してる。
これやってみたかったんだよね。
でも、格ゲーって猛者に乱入されてお金が吹っ飛ぶと言う残酷さが存在するので、猛者が多い時間帯はボコられる覚悟と財力が必要なのだ。
都合のいいことにここは人が少ないファイアモール、そして今は平日の昼間。
猛者が現れる確率はかなり低い!!
100円硬貨をスロットイン!!
キャラを選んでアーケードモード開始!!
『HERE COMES A NEW CHALLENGER!!』
意気揚々とコンピューターと闘おうと思ったら、誰かが乱入してきたらしい。
おいおい、こっちは初めてこのゲームを触る初心者なんですけど……。
相手が何の躊躇いも無くキャラを選択し、ご丁寧に色まで変えて来た。
そのまま、戦闘が始まったけど、パーフェクトでストレート負けしてしまった。
勝てるかぁーー!!動きが完全に上級者のそれだったよ!
良く分からんコンボに下段なのか中段なのか良く分からない技でガード崩しとかないって!!
獅子は兎を狩るにも全力を尽くす、と?
こっちは兎ってか生まれたての子鹿だよ!
走ることは愚か立ってるのがやっとな感じだよ!!
裏に回って私をボコッたヤツの顔を見てみる。
「ふっ」
鼻で笑われた!?
この黒いセーラー服には見覚えあるぞ。音原中学の制服だ……てかこの人、この前アオちゃんをボッコボコにしてた人じゃね?
「……なるほど、だいたい理解しました」
「はい?」
「硬貨をくれませんか?弔いをするので」
『弔い合戦』と言いたかったのか、とりあえず100円をアシュリーに渡す。
100円を入れ、アシュリーは相手と同じキャラを使った。ちなみにカラーはデフォ。
『ROUND 1 GET READY? FIGHT!』
ここでアシュリーはスティックをぐりぐりと回し、初めて触るとは思えないような動きをしてみせた。
けど、この動きはデジャブる……、というかさっきの相手と同じ動きをしていない?
なんだかんだと試合が続いて、いつのまにか2勝2敗で最終戦。
ここで妙な違和感を感じる。相手の動きがおかしい、今までの動きとは完全に違った。
コンボも立ち回りも違う、まるで別人の動き。
どうやらさっきのあれでも全力ではなかったらしい
それに合わせることが出来なかったのか、アシュリーは敗北。
結果としては相手さんの勝利。
「ソーリー、負けちゃいました」
「うん、まぁ見れば分かるし」
ぶっちゃけ期待してなかった。
むしろ2回も勝てたことの方がびっくりだ。
「驚いたわ。まさかここまで出来るとは思わなかった」
ゲームに飽きたのか、それとも本当に相手を賞賛しているのか、対戦相手が筐体から離れて握手を求め、それにアシュリーも応える。
「いえ、アナタの動きが素晴らしいからこそです。良ければお名前をお聞かせネガイますか?」
「朱里、朱色の朱に里芋の里で朱里よ」
「シュイロ……サトイモ……?」
マズい、ボキャブラリーに存在していなくて頭にクエスチョンマークが浮かんでるっぽい!
「あ~、すみません、この子まだ日本語が不慣れで」
「あぁ、そうなの。理解したわ」
納得してくれたみたい。
(アシュリー、日本だと自分の名前の漢字を相手に説明する時に相手が分かるような単語で説明するんだよ)
(おぉ!?そうなのですか!!)
「ワタシの名前はアシュリーです!こっちがアカリンです!」
「アカリン?ウシの胆汁中から発見され、化学式C2H7NO3Sで表される生体内で重要な働きを示す分子のことで、タコやイカなどの軟体動物に多く含まれると言われており、疲労回復の効果があるため栄養ドリンクの主成分として使われているアレのこと?」
「タウリンじゃねぇよ!!なんでそんな難しいことをすらすらと言えるの!!!?そっちの方にびっくりだよ!!」
「今のがタウリンの説明だって瞬時で分かるあんたもあんただと思うけど?」
まさかボケに突っ込んでもらえると思って居なかったらしい。
彼女の予想ではどんな流れを想像してたのだろうか?
などと思ったが、朱里ちゃんはクスクスと笑った、失笑に近いかも。
「あんたたち面白いわ。で?そっちの本名は?」
「紅莉、紅と茉莉花の莉で紅莉」
「よろしくね。アシュリー、それから紅莉」
朱里ちゃんも筐体から席を立ち、なぜか私たちと並列して歩いた。
「ところで、なんであんたたちはこんな所にゲームをしに?」
「いんや、ちょっとご飯を食べたついでに木刀を買いに」
「木刀?このファイアモールには良く来るけど、木刀を取り扱ってるような店は無かったと思うわ」
「あ、やっぱり?逆に何処に行ったら木刀って売ってると思う?」
「さぁ……?剣道用具を専門に取り扱ってる店とか?あとは繁華街のデパートにある土産物屋には置いてあると聞くけど?」
なるほど、剣道関係か。剣道って木刀じゃなくて竹刀を取り扱ってるイメージだった。
「当然だけど、木刀ってのは真剣に比べて殺傷能力は劣るものの、打撃武器としては十分な威力を持っているから、多くの剣道場では竹刀を採用しているみたいよ。それでもまだ一部の剣道場では木刀で稽古していると聞いたことがあるわね」
「詳しい、まさかソッチ系?」
「ソッチ系ってなによ?ヤクザ?」
「いや、最近の粋がった男子は木刀で武装したがるって聞くから」
「それただのチンピラでしょ。一昔前の暴走族のイメージでしょ。あんた幾つよ、本当に小学生?」
極身近に居るんですよね、木刀で武装している女子小学生(9歳)が。




