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第1話、真紅の炎は妹に出会う

 7月ももう下旬、明日から小学校最後の夏休みが始まる。すでに配布された夏休みの宿題は終わらせているため、残る宿題は面倒な日記と言う名の報告書と何をするか悩んでいる自由研究くらいである。

 まぁ平たく言うと、これから面倒で面倒で面倒くさかった魔法少女生活なんか忘れて普通の(ここ重要)女子小学生としての夏がやってくるわけです。

 そんなわけで一学期最後の学校に行く朝、私は居候である久遠、もといクロが作ってくれたトーストを齧る。

 クロが月宮家の居候になってからは基本的に料理(というか家事全般)はクロの仕事となっており、朝食も作ってるんだけど、何かが足りない気がしてならない。献立自体はお兄ちゃんが考えているから問題ないはず……なんだけど、何か引っかかる。そんな歯痒い違和感を感じながら朝食を食べ終わると、ほぼ同時に電話が鳴ったので、とりあえず電話を取る。ちなみにナンバーディスプレイの表記は番号だけ。


「はい、もしもし?」

『あ、もしもし、あたしあたし』

「いや、そんなオレオレ詐欺みたいなことやられても分からないんですが、どちら様で?」

『その声と言い方は紅莉かな?あたしだよ、かりんちゃん』

 かりんちゃん、などと自称するひとを私は一人しか知らない、それは私達の母親ママである『月宮かりん』のみ。

「ママ?何か用?」

『うん、そうそう。紅莉との雑談に花を咲かせたいけどそっちは朝だから我慢するね。悪いけど紅蓮は居る?』

 どうやらママはお兄ちゃんに用があるらしい。ハワイ在住様が何の用なのだろうか?まぁいいや、仕方ないので洗面所で顔を洗っているお兄ちゃんに電話の子機を渡しに行く。


「お兄ちゃん。ママから電話」

「は?クソババァから?」

 ご覧の通り、お兄ちゃんはママが大嫌いなのである。ちなみに私はママのことを嫌いになるほどママのことを知らないのでクソだともババァだとも思っていない。

 こんな嫌そうな顔は見たことはない、と感じるくらい嫌々そうにお兄ちゃんは子機を受け取った。

「はい、もしもし。お電話変わりまして月宮紅蓮でございます」

 実の母親相手に事務的な態度。『くだらねぇこと言い出したら張り倒すぞ?』という意思を感じる。


「……は!?なんだって!?おいクソババァ、何の冗談だ。今『妹の面倒を見て』って聞こえたんだが?」

『いや、だからそのまんまだって』

 おや?さすがにこの展開には予想外だ。


「誰の妹だ?アンタの妹か?それでもオレが面倒を見るような女じゃねぇだろ!!」

『何言ってんの?アンタの妹に決まってんでしょ。てか私に妹なんていないし一人っ子だし』

「殺すぞ!!マジで!!」

 マジギレである。お兄ちゃんがここまで本気で怒鳴る姿は珍しい。

 最後に見たのは『誰だ!トムヤムクンを投げやがったのは!!』だっけ?

 あれは酷かった。全てにおいて酷かった……。思い出したくもない……。


『まぁまぁ落ち着きなさいって。アンタの妹って言っても再従妹はとこだから、再従妹。純血のフィンランド人。最近は私が面倒を見ていたんだけど可愛い金髪少女だからね』

「それで落ち着けるってか!!というかオレがその再従妹の面倒を見るのは確定してんのかよ!!」

『え?言ってなかったっけ?』

「聞いてたらこんな朝っぱらに近所の方々に迷惑な声で会話してねぇよ!!」

『自覚しているのならもっと静に会話しなさい。苦労するわよ?』

「現在進行形で苦労してるわ!!」

『ま、アンタが何時何処で苦労しようと知らないけど』

「無視か!?人の話を聞け!!それでも人の親か!!」

 中々に会話が噛み合って無さそうだ。だけどこれだけは分かった。どうやら再従妹がやってくるらしい。ママが言うってことは母方のかな?再従妹なら純血の外国人の可能性が高いなぁ。


『無視も何も、だってその子、もうすぐそっちに着くから』

「………………はぃ?」

『聞き取れなかった?もうすぐそっちに着くの。正確には今日の13時45分頃到着予定の国際便でね』

「ちょッ!?待てよ!!なんでもう話が進んでるんだよ!!つか今日!?」

 どうやら今日にやってくるらしい……って今日!?それは早すぎでしょ!?

『んじゃよろしく。あ、その子の名前はアシュリー・ヴァーミリオンだから。5年位前に一度会った事あるでしょ?そういうこと。空港に行けば絶対に見つけられるからね。お願い』

「おい!!だから話を進めるんじゃ……ダメだ、切ってやがる」

 連帯保証人になったら直後にトンズラされてしまい、莫大な負債を背負ってしまったみたいな顔で絶望しながら、お兄ちゃんは椅子に座ってコーヒーを飲む。

「えっと……お兄ちゃん?今の話は……?」

「……なんか、また同居人が増えるらしい」

 うん、まぁそこは分かってたよ。というかそれしか分からなかったってのが正解かな?


「あらまー、大変ですね。アカリン、悪いけど冷蔵庫からマヨネーズを取ってくれる?」

「はいはい」

 もはや現実逃避である。さすがに人よりもちょぴぃっと、ほんのちょぴぃ~っとデリカシーとかが無いアカリンでも合った事無い外国人の再従妹と暮らしていくことに心配して無いかと言えば嘘になる。


「おいこら、愚妹と居候。お前らはオレの話を聞く気があるのか?」

「まー、人生色々あるよ」

「人生、楽ありゃ苦もあるよって言いますしねぇ」

「おい、だから話を聞け。オレは仕事に行かなきゃならん。だから紅莉、お前は学校を早退しろ、でもってオレの代わりに再従妹の面倒を頼む」

「え?良いの?」

 ラッキー、面倒な終業式をサボタージュできるぞい!!


「良いも悪いも無い。あのクソババァが勝手に押し付けたことだ」

 いや違う、そういうニュアンスで言ったんじゃない。

「13時45分の国際便って言っていたから4限が終わったら給食を食わずに行くんだぞ?メシは空港かどこかで食え。どうせ配膳の時間を考えたら同じくらいだから」

「別に良いけど」

 今日は終業式だから給食はない、という突っ込みは野暮だろう。さすがのお兄ちゃんも朝からこんなメチャクチャな展開で頭が回っていないらしい。


「でもどうやって行けと?空港までは地下鉄で25分くらいだけど学校から地下鉄までの時間も足すと13時45分って結構ギリギリだけど?」

 大丈夫、サボれば全て解決だよ。


「心配は要らん。グレイスに運転してもらう」

 と、お兄ちゃんはスマホを取り出した。

 師匠は足扱いですか……あの人もいいように利用されるなぁ。

「仲間だからな。持ちつ持たれつ的なアレだ。助け合いの精神的な?」

 言葉遊びだ、と突っ込むのは止めとこ。


「というわけで、先生!今日は早退します!!」

「何が、『というわけで』何ですか?嘘をつくならもうちょっとマシな嘘をつきなさい」

 担任にアイアンクローされる。ここまで信用がないとちょっと辛い。

 狼少年の気持ちが少しわかった気がする。日ごろから嘘をついた少年が本当のことを言っても誰も信じてくれませんでしたってアレね。


「い、痛いです……でも今回は嘘じゃないんですよ……ほら、これ見てください」

 手に持ったお兄ちゃんからの手紙を先生に手渡す。これでことの真相を理解してくれるはず。

「えっと……あらホント」

 たく、生徒の言うことを信じないなんて。これが聖職者のやることですか?


「昨今の聖職者はモンスターペアレントと闘わないといけないからタフなのです。それで?その再従妹さんって?」

「さぁ?」

 そういえばその再従妹の名前知らないや。空港に行けば分かるって行っても名前も特徴も知らないとね?


「舐めてるのですか?もしかしてこれも偽造?」

 先生は手紙をくしゃりと握りつぶした。どうやらまだ信用されていないらしい。

「なわけないじゃないですか。どうせ裏を取られてバレるんだからここまで面倒な偽装工作をするのは労力に見合わないと思います」

 やれやれ、これだから大人は子供をバカにしすぎて困る。自分達が子供の頃はそんなアホだったのか?って問いただしたいね

「噂のアシュリー・ヴァーミリオンじゃありませんか?」

 先生に抗議(?)しているとななちゃんが助け舟を出してきた。


「あぁ、あの。そういえば月宮さんのお母さんの旧姓ってヴァーミリオンでしたっけ?」

「いや、正確にはお婆ちゃんの旧姓ですけど……ていうか、なんでななちゃんが知ってるわけ?」

「最近、噂になっているわよ?2学期からこの学校に外国人が転入してくるって」

「へ……?マジですか?」

 そんな話を微塵も知らない私は先生に確認する。

「えぇ、職員会議ではすでに報告されてます。ハワイからの留学生の4年生が転入してくると。月宮さんの再従妹だとは聞いてませんでしたが」

 なんでそこまでの話になってるのにお兄ちゃんは知らないんですかね?ハワイからの留学生ってもうほぼ確じゃないっすか。にしても4年生か、てことは2個下の10歳かな?


 先生への苦情と言いますか、要望と言いますか、それっぽい文句を言ったけど「早退しなくても13時までには空港に着くので我慢してください」と怒られ、くっだらない校長先生のタメになりそうでタメにならない、少しタメになる話を馬耳東風で聞きながら昨日やっていた『アビゲイルの大冒険』のことを考えていた。

 新作出ないかなぁ……あのゲーム大好きなんだけどなぁ……。

 『アビゲイルの大冒険』とはドリームアイランド社の大人気シリーズの一つで、武神を目指す少女アビゲイルが色々な試練を乗り越えていくアクションアドベンチャーゲーム。メタ発言やブラックジョークなどを散りばめており、シリアスな雰囲気は全くないため幅広い層に人気。その人気のせいか、仕事相手を選ばず誰とでもコラボすることでも有名。ドリームアイランド社製でないロデアカートシリーズにもなぜか常連となっている。

 本編自体はシームレスでオープンワールド、そして自由度の高さで多くのゲーマーに支持され、キャラデザが日本人だからなのか、どことなく萌えを意識されている感があり、ネットでは二次創作が未だに多いくらいに人気。おまけに周回プレイをするごとにアビゲイルの衣装が増えていく、これはスタッフの気合の現れか?

 最近は同社の『曇天の君』に人気を奪われかけているけど、個人的にはやはりアビゲイルシリーズを贔屓。原作の設定を無視した原作レ○プの深夜アニメ版は神アニメだった。最新作が出たの2年前だったからそろそろ新作を出して良い頃だと思いますよ?



「えぇー、皆さんも退屈になってきていることでしょうが、もう少し我慢してください」

 ヤダよ、と心の中で進行の教頭に突っ込む。私の中では明日からの楽しい夏休みのことしか考えられ……いや、一応懸念材料である『アシュリー・ヴァーミリオン』のことはちょっとねぇ……。いや、どっちかと言うとアカリンはフランクな方ですよ? でも、知らない外国人ってことよりもママの世話になっていたって所。あのママの世話になっていた再従妹、暴れ馬レベルで済めば良いけど。


「え~、あぁそうだ、これを忘れてた。……こほん、皆さん。4年5組の常盤ひなさんがこの夏、オーストリアの音楽コンクールに我が校を代表して、いや日本を代表して参加します」

 ……おや?常盤ひなってひなちゃん?本当に集会で紹介されるんだ。ふむ、脳内ディクショナリーに記録しておこう。

 教頭の言葉と共にひなちゃんがオドオドしながら壇上に上がって、カンペを取り出して噛みまくりながら必死でスピーチをしている。あーあ、学校を代表するような優秀な人間は大変だ。私はああいうことは嫌いです。

 たどたどしたスピーチが終わるとひなちゃんと目が合った。手を振りたかったけど、この状態じゃ回りに迷惑がかかるので、とりあえずウインクした。私、可愛いからウインクも様になってる。


 くだらない終業式とその他の行事を終え、お兄ちゃんが手配してくれた師匠の車に乗り込む。

「少し待った?」

 と師匠。

「1分と26秒って所ですかね?」

「よし、待ってないみたいで良かったよ」

 どうやら師匠にとって約1分半は0と同じらしい。そりゃ時間にルーズなわけだよ……。サイレンさんなら1分半でも半狂乱でございますよ。『1分半あればアニメのノンテロップOPが見れるじゃないか!!』とかさ。


「えっと、空港だっけ?かりんさんは帰ってくるの?」

「さぁ?帰ってくるならわざわざ『迎えに行け』なんて言わないんじゃ無いです?」

「あはは、そうだね、かりんさんなら窓ガラスを割ってでも帰宅するよ」

 どんな判断だ。

 窓ガラスってそんな安く無いでしょ?いくらハリウッド映画の本場であるアメリカ人だからってスパイ映画の見すぎだよ。

「というか、師匠はママのことを知ってるんです?」

「まぁね。紅莉ちゃんよりは知ってるかな、子供の頃は色々お世話になったし」

「どんな人だったんです?」

「紅莉ちゃんと同じような人間。間違いなく血は繋がっていると思うよ」

 嬉しいのやら嬉しくないやら分からないなぁ……。


「他には?」

「どこまで本当かは知らないけど、チェスの世界チャンプを倒したとか、イタリアマフィアを壊滅させたとか、アメリカ大統領が逆らえないのはファーストレディと月宮かりんくらいだとか……」

 おいおい、小学生だって騙せませんよ?そんな作り話を信じるほど、今の子は無垢ではないのです。

「というか、師匠だって酔った勢いで暴走族59名を全員病院送りにしたことあるじゃないですか?」

「暴走族とイタリアマフィアを一緒にしちゃダメだよ、暴走族の武器なんて釘バットや木刀くらいじゃん?」

 十分凶暴だと思いますけどね。

 師匠と言い、ママと言い、アオちゃんたちと言い、どうして私の周りの猛者は漏れなく凶暴なのだろうか?


 師匠とのバカげた会話に静寂が訪れ、手持ち無沙汰になったのでなんとなくスマホを触る。

 現代人の習性ですね、何かあればすぐにスマホを触る。スマホ、いやネット依存症。ネットが無いと生きていけないと言うような人間もかなり居ると言う。全くもって情け無い。と言いながらも私はスマホを触る。すると1件のメッセージが届いてた。

「……ぅん!?」

「どうかしたの?」

「ま、ママが今度帰ってくるらしいです」

「あらま、何しに?」

「……さぁ?何もしなかった試しがありませんからね……」

 前回は確か『気に食わないヤツが日本に居る』って物騒な事言ってたけど……。やれやれ、今年の夏休みは波乱万丈になりそう。


「んじゃー、ちょっと行ってきます」

「いってらっしゃい」

 師匠に一言挨拶して空港の中に入る。

 しかし、一人で空港に入ったことなど無いので何処に行けばいいのか全く分からない。

 ママは『空港に行けば絶対に見つけられるから』って言ってたらしいけど……あ、それっぽい金髪少女が居た。

 外見はナチュラルで美しい金髪、濁りを知らない綺麗な碧眼、傷ひとつ無い白い肌の可愛い娘である。緋色のワンピースの上に『私の名前はアシュリーです。不用意に近づくヤツはデストロイでございます』と書かれたプラカードを首から提げている。

 うん、確かに分かるね、絶対って言いたくなるほど確実に。あれ書いたのママだな、そう確信できるだけの頭をあの人は持ってる。


 とりあえず英語で話しかけてみるかな?

「Nice to meet you.」※訳『初めまして』

「おぉ!アナタはアカリンですか!Mミスターグレンがで迎えてくレルと聞いていましたケドありがとうございマス!ワタシの名前はアシュリーって言いマス!今日からお世話になりますデス!」

「あ、はい、どうもよろしくお願いします」

 普通に日本語喋れるんだ、外国人特有のカタコトだけど。

 しかし、まぁ可愛らしい声ですこと。なんですかね?この卑怯なまでのスペック。

 これで頭まで良かったら話にならないよ?(良い意味で)

 私の立場がないよ?(そのままの意味で)

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