第5話 若葉の音は穢れなき願いを持つ
「お、おぇっぷ……な、なんだよ……マジやべぇよ……シャレにならねぇって……」
結論から言うと、ダークネススペシャルとやらはオレの三半規管をフルボッコにしやがった。
おかしいって……これ……。
たぶん法律とかに引っかかってるって……。
「大丈夫ですか?お兄さん」
「マーちゃん……だ、大丈夫……に見えるかい?」
「いえ、瀕死にしか見えません」
マーちゃんはいつも正直だね……。
もうちょっと口調に気をつけた方が良いとお兄さんは思うよ?
「ったく……どんなバカがこんなジェットコースターを作ったんだよ……」
「あれ?お兄さんは知らなかったんですか?このダークネススペシャルは最高時速150キロメートル、最高負荷5G、最高傾斜80°と日本最高峰のジェットコースターとしてかなり話題になってるんですよ」
ジュースをちゅーちゅーと飲みながらななちゃんがご自慢の辞書から知識を披露する。
「……は?いつの間にウチの地元の遊園地はそんなに人気に?」
「一年前くらいじゃなかったです?」
「しらねぇ……」
ついに小学生の方がオレよりも地元のことについて詳しくなってきたか……。
いや、ななちゃんが異常のような……。
この子って誰かが知ってることなら確実に知ってそう……。
「お兄ちゃんも歳だね、この程度のジェットコースターでグロッキーって」
い、妹よ。ほ、本格的に落ち込むからそういうことを言うな。
というか、お前こそグロッキーなんてオレでも使わないような死語を使うってどうなんだよ?
……つかやべぇ……言葉が口から出ないくらいやべぇ……。
「さて、マジメな話どうしようか?保護者が保護されないとダメそうなくらい死にかけてるし」
「実の兄がこんなことになってても、紅莉はマイペースだね」
「さすが紅莉ちゃん、全くぶれない」
ウチの妹も妹だが、その友達も友達だな……。もうちょっと心配しようぜ。
ひなを見てみろ、俺のことをマジで心配してるからかオロオロしている。
非常に可愛らしい。こういう子の兄になりたかった……。
いや、ウチの妹も可愛いですがね?ここはオレの身を心配してくれるとお兄ちゃん的には嬉しかったな。
「と、とりあえずオレはベンチで20分くらい休んでるからお前ら3人は適当なアトラクションで遊んで来い」
「3人?」
メンバー構成に対して紅莉は疑問のようだ。
「ひなはまだ10歳だからな。お前らは12歳だからそこら辺大丈夫だろ?」
「……幼女に介抱されたいの?」
目が痛い、こいつはオレのことをロリコン扱いしているのだろうか?
いやいやいや、小学生をそういう目で見ないって。
「別にオレは妹に介抱されても良いんだぞ?今日の晩飯がオカラになるんだからその辺を考慮してや……」
「よし!ここはひなちゃんに任せて私たちは遊びに行こう!行くぞ!」
「「おぉー!!」」
3バカ……もとい3人娘が意気揚々と何処かへ走っていった。
人の話は最後まで聞けよ……。小学校でちゃんとやれているのだろうか?
というか『類は友を呼ぶ』ってよく言うけど、本当だな。
マーちゃんとななちゃんはもう少しマトモだと思ってた。
▽
「あ、あの……月宮教官大丈夫ですか?」
「あぁ、少しマシになってきた。というかお前こそ大丈夫か?」
「え?なんでですか?」
素で聞き返された。いつもの他人の気をうかがう様子はない。
「そりゃそんなに仲良くない紅莉と話したこともないマーちゃんとななちゃんの3人と遊園地に来たことについてだよ」
ひなは人懐っこい方ではない、むしろ人見知りする方である。
人見知りってのは大概初対面の人間に対して上手くしゃべれない、これは相手のことをよく知らないがゆえに何処まで踏み込んで良いのか?と警戒しているからである。
単純に他人が怖いと言う対人恐怖症もあるが、少なくともひなは違う。
良く言えばデリカシーがあり過ぎる、悪く言えば勇気がない。
そんなデリカシーがあり勇気がないひながいきなりこんな状況に陥った場合、心的ストレスは厳しそうだ。
ここは大人として、そして良き教官として対処しておかなければならない。
「いえ、楽しんでますよ?」
「本当か?というか紅莉と仲良くやっていけるか?」
ひなが紅莉と仲良くできるかが一番気になると言うのが本音である。
そりゃ、あのバカな妹だ。無理矢理付き合わせて『ひなちゃんと仲良くなったよ!』とか思いそう。
「はい……少なくとも去年の2人より……は」
『去年の2人』ってのはおそらく去年の班別対抗戦での班だな。ひなの班のランキングは確か下から19番目だったか?あの2人は個人成績は良かったから班別での結果があれだったことはブラウンはともかく黄金は恨んでそうだ。
「あ~なるほど、あの2人はお前のことをそんなに好いてなかったからな」
「……はい」
「しかし、紅莉は違うと思うぞ。アイツが一緒に遊園地に誘ったんだ。少なくともアイツはお前と仲良くなりたいと思ってるはずだ」
「そ、そうなんです?」
「あぁ、アイツはバカ正直だからな。自分を取り繕うなんてしない。『来る者拒まず去る者追わず』ってな」
兄としては誰とでもそれなりに仲良くなって欲しいが……それは無理そうだ。
蒼子も紅莉のことを嫌ってるみたいだからそんなに簡単には行かないんだろうな。
「オレが自信を持っていえるのはアイツはバカだしアホだしデリカシーはないし平均的な女子よりも変だし……あとは……」
「ず、ずいぶん酷い言い方ですね」
ひなに苦笑いされた。
アイツへの低評価項目の羅列はこの辺りで良いか?
「けど紅莉は誰かに嫌われるようなクズじゃないってことだ。だから仲良くやってくれると兄としては嬉しい」
「わ、わたしは……わたしは紅莉さんとは仲良くなりたいと……思ってます」
ひなが勇気を出して本音を言ってくれた。
そう思ってるなら後は時間の問題だな。
あのバカのことを悪く思ってないならあのデリカシーのないバカが勝手に仲良くなるだろう。
こんな風にほぼ初対面に等しい人と遊園地に行こうと提案する女子小学生なんて日本中を探しても2人も居ないだろう。
▽
3人娘と別れてから約20分が経ったが彼女らは戻ってくる気配はない。
ひなにソフトクリームでも奢ろうかと思っているのだがひなを残してこの場を離れるのは気が引ける。
しかし、ひな1人で買いに行かせるのもどうかと思う。
仕方ないので、紅莉に電話するが電源を切っているようだ。
あいつが電源をオンにするのを期待してメールを送り、ひなと一緒に屋台に向かった。
屋台の前にやって来たが、屋台は混んでいる。
この手の屋台は意外に時間がかかる上に味が低いんだよな。
いや、遊園地の屋台に味を求めるのもどうかと思うぞ、オレ。
「ひな、何にする?1つくらい奢るぞ」
「ええっと……なら」
なぜ自分がここに連れてこられたのか今理解したらしいひなは可愛らしく注文を悩む。
紅莉も5年くらい前まではこのくらい可愛かったなぁ……。
今の紅莉なら『チョコバナナ味はあるかな?黒くて太くて逞しいアレ』みたいなひっぱたいて更生さたくなるような発言ばかりするからな……。
はぁ……悲しい……。教育を間違えたか?
並び始めて約10分、オレたちの順番になった。
「次の方、何にしますか?」
店員さんが営業スマイルで質問してくれる。
「ソフトクリームのバニラを1つ。ひな、決まったか?」
「待ってください、キャラメルポップコーンも良いし……けど、チョコレートチュロスも……」
どうやらポップコーンとチュロスで迷っているみたいである。
しかし、このまま悩ませてると後ろの人たちにも迷惑だろう。
「キャラメルポップコーンとチョコレートチュロスを1つずつお願いします」
「えっ……?」
「はい、ソフトクリームのバニラとキャラメルポップコーンとチュロスのチョコレート味がそれぞれ1つで合計1600円です」
店員さんに勘定を払って商品を受け取る。
戸惑っているひなに強引にポップコーンの大きなカップを持たせ、そこにチュロスを挿した。
「あ、あの……すみません」
「気にするな、子供は大人に甘えるもんだよ」
子供は子供らしく生きるべきだ、子供なんだから。
「それと、こういうときは素直に『ありがとう』で良いんだ」
「あ、ええっと……あ、ありがとうございます」