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エピローグ:漆黒の戌のこれから

「あぁ、ワタシだ。……ほぅ、『狂犬』の正体が判明したのか。……ご苦労、報告書の提出を要求する」

 ソレイユ総帥閣下の執務室に無断で入る。礼儀など無視し、剣を抜き、閣下の首元に刃を向ける。


「シルヴィア、これは何の冗談だ?」

「知っていることを全て教えてもらいます」

「……脅しているのか?この我を」

「そうです、尋問ではありません、ただの野蛮な脅迫です」

「仕事の邪魔だ、ね。子供の遊びに付き合う暇などない」

 興味がない、と切り捨て閣下は事務を続けた。


「そうですか、残念です」

 餞別の一言を送り、躊躇いなく剣を振る。

 首を刈取るつもりで振るったはず。

 しかし、閣下の胴と首はまだ繋がっている。

 繋がっているどころか、刃は首に達してすらいない。


「躊躇のない一振り。見事、その心こそ、我が惚れたシルヴィアだ」

「……私を試したと?」

「仕事の邪魔なのは事実だ。それでも訊きたいことがあるなら聞いてやろう」

 ペンを置き、やっとこちらに目を向けてきた。

 要件を端的に言わせてもらう。


「クロを殺したのは誰ですか」

「……何?」

 閣下が聞き返した、あの閣下が聞き返すなど初めて。

 閣下は知らなかった?だが、閣下が知らないことがあったとは思いにくい。

 機関の幹部は全員閣下の配下だったはず、彼らの行動を把握していなかったという事は万に一つもない。


「クロはモンスターに殺されてなどいなかったのです。もっと言えば死亡したと言う事実すらありません。クロは紫苑に半殺しにあったと言っておりますが、そのような事実は有り得ない。だから真犯人がいると私は確信しています」

「狗飼クロが死んでいなかった……?それは驚愕の事実だ、だが我に問われても困る。残念ながら貴様が求める回答は持ち合わせていない」

「死亡届けを受理したのは閣下のはず」

「バカを言え。MWで殉職した魔法少女の死体はMWが消滅に際して消失する。彼女達の死亡は信頼に当る魔法少女の報告で判断される。そのため不協和による殺人などが出ないように最善の配慮している。つまり、我々機関は彼女らの死亡届は受理しなければならない。まさか貴様は我が虚言を吐いていると言いたいのか?」

 死亡届を受理したことと殺害に関与していることは繋がらない、と言うことか。

「ならばあの日、いや昨年の12月と1月の映像記録を全てください。怪しいもの全てを私自らが調査するので」

「構わないが、そのような形跡を残すような阿呆が機関内にいるとは思えぬ」

 ごもっともである。そのようなマヌケがクロを半殺しにできるわけがない。


「そもそもクロの死亡を報告したのは紫苑本人だ。彼女自身が虚偽の報告をした理由は我も知りたいな。紫苑が本当にクロを殺していないのなら必ず理由が存在するはずだ」

 紫苑が虚偽の報告をした理由……?

 そんなものがあるのなら私が知りたい。

「我に出来る事は協力しよう、過度な期待は困るがな。だが、その前に貴様は紫苑が虚偽の報告をしたことについて調査して欲しい。今回に限り、この無礼は許そう。だから今日は退け」

「……分かりました。今回はこれで失礼します」

 閣下に礼をして退室する。

 ……紫苑、なぜ君はクロが死んだなどと嘘をついた?

 なぜあの時の君は泣いていた?

 辛いと君は言った、助けられなかったと君は言った。

 君なんだろ?クロを助け、死んだ後も保護したのは。

 なぁ、そうだと言ってくれ?そうじゃないなら私は何を信じればいいんだ……?



「よし、紅莉。この状況を分かりやすく説明してくれ」

 オレが自宅に帰ってくると、我が愛する妹さまは大変な事をしてくれた。

 家には死んだ魚がバケツの中でプカプカと浮いているし、オレが家を空けてからの毎日学校はサボっていたと聞くし、おまけに死んだと思っていた教え子がデパ地下で買ったお高いボンレスハムを食べていた。

 意味が分からない。なにがどうしてこうなった?


「えっと……学校を毎日サボった」

 妹をようしゃなく叩く。

 このあほんだらめ。


「ちょっと待って!今の私は体中ぼろぼろなんだよ!?殴らないで、お願いだから!」

「やかましいわ、アホ!学校はサボるなって言っただろうが!!」

「言ってない、言ってないよ!」

「言ってなくても学校くらい行けよ!!」


「でも、それは知っているじゃん」

「自白しなかったらもっと酷かった、とだけ言っておこう。それで?」

「釣りに行きました」

 だから親父の釣竿に使われた形跡があった上に、バケツの中に死んだ魚が放置されてるのか……。


「そこで久遠に会いました」

「誰だよ、久遠って?」

「あそこでハム食ってる子」

「あいつはクロだろ?」

「本名はそうだけど……あれ?お兄ちゃん、なんで知ってるの?」

「質問を認めた覚えはない。そしてどうなった?」


「いろいろあって、ウチに居候してもらう事になった」

「略すな!!」

「へぶしっ!」

 そしてどんな結末だ!!

 オレはその具体的な過程を聞きたかったんだよ!!

 お前とクロがどうやって出会ったとかは興味ないんだよ!!

「痛い!痛いから!!マジで洒落にならないくらいに痛いから!!」

 知ったことではない、せめてマトモな言い訳くらい用意しておけよ。


「まぁまぁ、月宮教官……いや、それとも私も『お兄ちゃん』と呼んだ方が良いですか?」

「黙れ、お前が何で生きているとかそんなことはどうでもいいし、感動の再会とかするつもりもない。だが、『お兄ちゃん』とだけは呼ぶな。俺をその名で呼んでいいのは紅莉だけだ」

「お兄ちゃん……ポッ」

「『ポッ』じゃねぇよ!!俺にはこれ以上の妹なんざいらねぇってことだよ!義妹とかいろいろ合わせてな!!」

「紅蓮お兄ちゃんったら照れちゃって……ポッ」

「テメェも真似してんじゃねぇよ!!つうか俺の話を聞けぇ!!」


 別に愛してはいないが死んでもらっても困る我が父と母へ。

 オレは元気にやっています。そして紅莉は今日も元気すぎて困ります。

 そして、アンタらの家には今日、一人住人が増えました……。

 オレの平穏はぶっ壊れていきます……お願いだから、アンタらだけはハワイでバカンスを楽しんでください。

 ついでに言えば、永遠に帰国しないでください……。

 オレにこれ以上の面倒を押し付けないでください。

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