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第17話、白銀の剣は朽ち果てない

「『災禍を討滅する剣(ソードオブダモクレス)』」

 剣に全力を込める。

 刀身は光を纏い、その光はバベルの塔のような巨大な刃を形成する。

 目の前のバカを斬り殺すためにその剣は存在した。


「は、班長……?こんなの相手に『災禍を討滅する剣』を使うんですか……?いくら戦闘服を着ている状態だからって、確実に死にますよ……あの女を殺すんですか?」

 さきほどまで強がっていたレイが月宮紅莉の身を案じている。

 どうやらレイは本気で殺すつもりは無かったらしい。


「言ったはずだ、私はアレに引導を渡す。すでに言葉も交わしている。これ以上の会話をする理由はないに等しい」

「あなたは言った、手に入れたい世界があるって。それは、人を殺して手に入れるような世界なのですか?」

「ここで奴を殺すことで誰が救われるのかと言いたいのか?」

「……えぇ」

 確かに誰も救われはしないだろう。だが、クロが死んだと聞いた時のことを私は覚えている。

 紫苑は言った、『もう手遅れだった』と。

 誰にも看取られる事なく孤独のままモンスターに蹂躙されながら死ぬ事が、人の死に様か?


「人はいずれ死ぬ、それは魔法少女も例外ではない。月宮紅莉は覚悟を決めてここへ来た。何がアイツをそこまで駆り立てたのかは知らないが、こちらにも引けない理由くらいある。だから私は月宮紅莉を潰す、それだけだ」

「……でも、それでも」

「志半ばで死に果てるくらいなら、いっそ人の手で殺してやるのも『義』だとは思わないか?」

「……」

 私には私の『正義』がある。

 クロが逝き、紫苑の意を継いだ私には譲れないモノもある。

 それが、私が憧れたるりさんのような魔法少女ではなかったとしても私は私の道を貫かねばならない。


「聞こえたか?月宮紅莉よ。これが最後だ、私は今ここで全力で貴様を殺す。だから選べ。ここで逃げるか、くたばるか」

 最後の最後だ。私だって、人殺しなんかしたくはない。

 だから月宮紅莉。

 選べ、自分の生を。

 選ぶな、自分の死を。


「……ふぁ」

「ふぁ?」


「Fuck you(お前がくたばれ)」

 そうか……貴様は自分の命よりも意地の方が大事なのか……。

 残念だったよ、やはり貴様は空前絶後の大馬鹿だ……。

「そうか、ならば死ね」


 再び剣に力を込める。

 白銀の極剣に私の周囲に浮遊していた光の粒子が凝縮していった。

 天高くそびえたっていた巨搭が百メートルくらいにまで圧縮されて行き、そして巨大な剣を精錬した。


 この技は、全てを切り裂き、全てを屠る必殺の聖剣。

 ゆえに、この時点で勝敗は、月宮紅莉の生死は確定した。

 

「終わりだ」

 私が剣を振り下ろしたその瞬間、黒衣を纏った猛獣が割って入り、剣を防いだ。

 例え何者であろうと、この剣を防ぐことは出来ない。

 だが、その『猛獣』の正体に私は激しく動揺してしまった……。

 なんでだ……?なんで君がここに居る…………?


「やぁ、久しぶりだね。シルフィー」

 彼女はそう呟いた。

 幻覚なんかじゃない、確かに彼女はそう呟いた。

 私が知っている声で、私の知っている愛称を彼女は呟いた。


 放心してしまった。

 この状況は、私の脳の処理能力を完全に超越してしまっている。

 私は無意識に『災禍を討滅する剣(ソードオブダモクレス)』を解いていた事に気づいた。


「班長!何を呆けているのですか!!」

 レイの叫び声で我に返る。

 そうだ、今私は月宮紅莉を殺す……殺す?

 なぜ殺す?

 ……ダメだ、頭が回らない。

 目の前の彼女に……クロの存在が私の処理能力を全て消し去った。


「シルフィー、この状況はどういうこと?」

 クロが私に話しかけた。

 しかし、そこには敵意が存在した。

 なんで?なんで君がそんな声を放つ?

 どうして、どうして月宮紅莉を守っている?

 声が出ない、クロと話したい事は山ほどあるのに。


「この『狂犬』が!」

 レイがクロに向かって銃撃を開始した。

 マズイ!クロ相手に射撃は逆効果だ!!

 私の予想通り、クロは魔法障壁は張り、魔法弾の嵐を防いだ。

 いや、防いだだけなら問題ない、問題なのはここからだ。


「アタシ相手に射撃?相手のポテンシャルに対して攻撃を切り替えた方が良いよ」

 クロの障壁に張り付いていた無数の魔法弾がレイの方に反射する。

 クロが彼女の固有魔法は『暗黒』。

 その性質は、触れたものを支配する。

 ただ支配するだけではなく、黒い靄のようなものを付着する事で通常以上のパワーを持つ。

 クロ相手に飛び道具など無駄の極み。このように反撃に利用されてしまう。

 モンスター相手よりも人間相手の方が強い彼女の固有魔法。


 けど、ここで私は確信した。

 『変身』能力がある何者かがクロの姿に化けているのではない。

 正真正銘の狗飼クロだ。

 そして、レイの『狂犬』と言う言葉、どうやらレイは知っていたらしい。

 クロが件の『狂犬』だと。知っていた上で隠していたわけではないのだろう、おそらく知ってからまだそんなに経っていないはずだ。どういう流れで知ったのかなど、私には興味がない。

 だが、クロが『狂犬』だと言うことは重要である。


 反射された魔法弾をレイは直撃してしまい、紅莉に受けたダメージとの合計で完全に死にかけ。さきほどですら虫の息だったのに無理をするから。


絶対支配キャプチャー

 そのままレイに纏わりついていた靄が今度はレイの銃に移動し、クロが奪った。

邪悪使による活殺陣(ムアゾイヌオック)劇甚な闇天使(エンプレスザイン)

 他人の武器を奪う『絶対支配キャプチャー』と、その武器を強化する『劇甚な闇天使(エンプレスザイン)

 この状態のクロを紅莉との連戦でするのは厳しい。

 いや、そもそもなぜクロと闘う必要がある?

 必要も何もない。むしろ闘いたくなんてない。


「シルフィー、もう下がって。今のアタシと闘うのはさすがのシルフィーでもヤバイんじゃない?」

「下がるとはおかしなことを言う。どうして私が下がる必要がある?」

 違う、下がる理由なんて簡単だ。

 闘わない、と言ってしまえば良いだけの事。

 下がれないだけだ、紫苑のために。

 紫苑の願いを受け継いだから、下がれないだけだ。

「アカリはアタシのためにここまでしてくれた。ならアタシは紅莉を見殺しには出来ない。アタシは紫苑やシルフィーとは違う」

 前半の話で理解した。どうやら月宮紅莉がこんなことをしたのはクロのためだったようだ。

 だが、理解が出来ない。どういうことだ、紫苑や私とは違うとは?


「後半の意味が分からない。何の話だ?」

「この状況でまだとぼけるか!!」

 どうやら私が知らない、もしくは気づいていない何かがあるらしい。

 そしてクロはそれに怒っている。

 ……まさかとは思うが、クリスマスのことか?

 そんなことでここまでのことを?


 ここで、私は用意していたが、無駄になってしまったプレゼントであった剣をクロに投げた。

「なに?これは」

 クロの手前に刺さった剣を見てクロは戸惑った。

 どうしてこんなことをしているのか?と。


「君の剣だ。前に欲しがっていただろ?自分のためだけの剣を」

「なんで……なんでそんなの覚えているの?あんな戯言を……」

「戯言だったのかもしれないが、プレゼントなんてそんなものだろ?だが君のための剣だからね、捨てるわけにもいかない。一応、誕生日プレゼントのつもりだし」

 絶句していた。臨戦態勢だった彼女の闘争心は消失してしまったらしい。


「シルフィー、アタシたちって……まだ、友達?」

「……さぁな。少なくとも私はそうでありたい。だが、今の私は月宮紅莉の敵だ。さぁ、そろそろなぜこんな凶行に及んだのか聞かせてもらおうか」


「……あの日、12月22日、家を出た後、ファイアモールの3階西側のハンバーガー屋の近くにあるトイレの用具箱、そこでたまたま『鍵』を使ったんだ。その代わりに行き着いたのがこのMW。そしてあそこにある建物に興味本位で入ったら、モンスターを生け捕りにし、それを妙なカプセルか何かに保管して培養していた。モンスターだけじゃない、あそこでは人体実験も行なわれてた。人間の肉体の限界を解明するために大量の薬品を投与したり、皮を剥いて筋肉がむき出しになった体に電極を挿して反応を見たりしていた。アタシが知っているだけで。そして、アタシは口封じに紫苑に殺された。そして数ヶ月近くよくわからない病室みたいな空間に閉じ込められてた。誰がアタシを助けてくれたのかは知らない、けどその後、自宅に帰ろうと思って、自宅が存在していた場所に行ってみたら、そこは空き地に変わってしまってる。機関の秘密基地に入ろうと試みても、鍵も機能しなくなったし、おまけに戸籍も死亡扱いで消されてる」

 自宅……しまったな、それは完全に私のミスだ……。

 クロが死んでしまったと思っていたから、あの家にある思い出は辛過ぎる。


「アタシは誰も信じられなかった、誰かに裏切られるくらいならアタシは独りぼっちの方が良かった。だからもうアタシは友達なんか欲しくなかった。けど、紅莉に出会って、強引に紅莉とその友達と触れ合って気づいた。私は友達が欲しかった、シルフィーや紅莉と言った心を許せる友達が欲しかった。でも、裏切られたくなかった。紫苑のように裏切られたくなかった。それが怖くて怖くて仕方なかった。

 ……なのにさ、紅莉はこんなアタシのために機関に歯向かって、シルフィーにボコボコにされたのに、屈しなかった。こんなアタシのためにさ」

 月宮紅莉、あれのバカがクロを救った……?

 信じられないが、クロにとっては月宮紅莉の道化が救いだったのか。


「なるほど、理解した。つまり君は紫苑に復讐するためにこんな愚行を繰り返したというわけか」

「そうだよシルフィー。分かったら紫苑をここに呼ぶか、紫苑の元に連れて行くか……」

「紫苑なら死んだよ。1月1日、正月と言う日本で一番めでたい日に」



「………………え?」



 絶句していた、聞き取れなかったわけではない。

 あの優しいクロのことだ、信じたくないのだろう。

「聞こえなかった?紫苑はもう死んだって言っているのさ。だから、君が復讐する理由も相手も存在しない」


「紫苑が……もう死んでる……?」

 復唱する、やはり信じるのに必死なのである。

 本当に殺したいほど憎んでいたのならこんな反応のはずあるまい。


「どうした?さっきまで憎かった友人が、実はもう死んでいると知って気分が萎えたか?」

「!?そうじゃない!そうじゃない!!」

「強がらなくていい、それが君の本質だ」

「こんな時に何を言う!!」

「なら逆に訊こう、紫苑に会ったらどうするつもりだったんだ?殺したのか?それとも手足をへし折り、悪夢を見せ、何日も寝たきりにさせたか?何の罪も無い機関の魔法少女たちのように」

「…………」

「もう止めたまえ、これ以上の愚行に意味はない」

 子供に諭すように言う、だが私も謝らなければならないこともある。

「たしかに家を私の一存で処分してしまった事は私の落ち度だ。謝罪する。あの家に居候したままなのは辛くてね」

「……別に、そこはそんなに気にしてないよ。あの家にはみんなとの思い出しかないから」

 言い難そうな顔をした。クロにとってはあの家は思い出の塊なのだろうに……。

 それでも、許してくれるのか、こんな私を。


「ところで君はまだ気付いていないようだけど、本当に紫苑が君を殺すつもりだったのだと思ってるのかい?」

「…………え?な、何を言って?」

「まだ分からないのかい?紫苑は君を殺せなかったんだよ、もしくは最初から殺す気なんてなかったか」

 そもそも紫苑がクロを襲ったと言う事実すら疑わしい。

 なにせ、紫苑はクロがモンスターに襲われて死んだと言った。助けられなくて辛いと言った。

 これが嘘なら、どうしてそんな嘘をつかなければならなかった?

 生きているならそう言うに違いない、なのになぜ死んだと言ったんだ?

 あの時見せた涙は偽物だったのか?

 嘘だ、そんなわけがない。あれが演技だと言うのなら、私達の日常全てが嘘偽りで構成された偽物だ。

 だってそうだろ?クロが本当は生きているなら、私にだけは本当のことを教えてくれても良いはずだ。

 クロと紫苑で言っている事が矛盾している。常識的に考えればクロを信じるべきだ。けれど紫苑が、あの紫苑が理由もなくクロを襲い、そして私に嘘を吐くか?


 それに紫苑がクロを機関の本部で殺したと言うのなら、他の人間も知っているはず。しかし、それは完全に隠蔽されている上に、死にかけていたクロを誰が助けた?

 納得いかない事が多過ぎる。

 この件には裏がある、本部の誰かが隠蔽した裏が存在するはずだ。

 だが、私はそれでも機関側の人間になった。

 機関が間違っているのなら、その真意を見つけなければならない。



「さて、おしゃべりはここまで。私は紫苑の意を継いだ。君が紫苑のことをまだ憎んでいるのなら死合うことになる。さぁ、剣を握りたまえ」

 剣を構える、闘いたくない。

 だが、それがクロの選択だと言うのなら、私はそれに従おう。


「…………ごめん、アタシはまだ紫苑のことを許せない、けどシルフィと殺し合いたくなんてない、殺し合う覚悟なんてない……だから時間をくれない?殺し合うのはそれからでも遅くないんじゃない?」

「そうか……なら退いてくれ。月宮紅莉あれと共に背中を見せて逃げたとしてもこちらは手を出さないことを約束しよう」

 そうしてくれると信じていた。クロ、君とはもっと時間が必要だ。

 クロと殺し合うなんて死んでもしたくない。


「ありがとう…………親友」

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