第13話、真紅の炎は真実と向き合う
久遠はかつて魔法少女であって、魔法少女だったけど機関に社会的に殺された。
だから機関の魔法少女に復讐していた。それこそが巷を騒がせていた連続通り魔事件の真相である。
つまり、久遠を社会的に抹殺した機関こそが悪ってことじゃないか。
機関がどうして久遠を殺さないといけなかったのかなんて私には分からない。
けど、久遠がそれに現在進行形で苦しんでいるのなら私は何が出来る……?
私は久遠のあんな泣き顔は見たくないのに……。
トゥトゥルトゥトゥルトゥルルルルル♪
こんな時に、スマホから軽快な着信音が流れた。
人の気持ちが読めないのが機械の欠点である。
何事かと思ったけど、お兄ちゃんから電話だった。
いつもなら嬉々として電話に出るのに、今日は電話に出る気分じゃない。
そうだけど、電話に出ないとお兄ちゃんが心配するよね……。
「もしもし……?」
「おぅ、オレだ。今回の出張は順調でな。予定通り今日の夕方には帰ってくるから晩飯はなんか美味いものでも食いにいこうか。どうせそんな美味いもの食ってないんだろ?」
「うん……そうだよ」
「……どうした?何か有ったか?」
さすがはお兄ちゃん、やっぱり気付かれた。
「ちょっとね。ある子とケンカみたいなことになっちゃって、どうやったら仲直りできるかについて考えてるの」
「ある子って誰だ?オレが知らない子か?」
「うん、この前仲良くなったからお兄ちゃんは知らないはず」
「そっか。でもな、仲直りなんて簡単だ。謝れば良いんだよ。自分の非を認めて謝ってしまえば、あとは時間が解決してくれるんだ」
「違うんだ、その……誤解からというか、勘違いされたというか……」
「そっち系か。それなら誤解を解くのが一番だ」
「誤解を解く?」
「何を誤解されたのかは聞かないが、誤解なんだろ?ならその誤解を解くのが一番だ」
誤解を解く……でも、なにをどうやって誤解を解けばいいんだろう……。
そもそも、久遠は私をなんで嫌いになったんだっけ?
……私が機関の魔法少女だから?だったら機関の魔法少女を辞めれば良いの?
いや、それだけじゃ誤解は解けるわけない。だからこそ悩んでるんだ……。
「誤解の解き方が分からないから悩んでるんだよな、悪い、察しが悪くて」
お兄ちゃんが数秒の沈黙から察したらしい。
お兄ちゃんは何も悪くない、でもそれがお兄ちゃんの優しさだ。
……そもそも、自分が死んだことにされる感覚ってのを考えた方が良いのかも。
そうだ、もしもお兄ちゃんが私が死んだと思ったときにどういう思いをするのかを聞けば何か分かるんじゃない?
「ねぇ、お兄ちゃん。もしも、私かアオちゃん、ひなちゃんの誰かが死んだ時、お兄ちゃんはどうするの?」
「質問の意味が分からないな。この流れからどうしてその質問になる?」
「お兄ちゃん、今の私がふざけてるように感じる?」
「……そうだな、話が飛躍し過ぎて混乱してしまった」
一拍置いてお兄ちゃんは話を続けた。
「お前がどんな答えをオレに求めているのかは知らない。それでもお前がオレに訊いてくれたのだから答えよう、オレは切り捨てる。思い出と決別する。それしかないんだよ。
どんなに大切な人が死んだとしても、それを乗り越えて未来に向かわないといけないんだ。じゃないと、逝ってしまった奴に顔向けできないだろ。そいつとあの世で再会した時にどう挨拶すれば良いんだ?『オレはお前のことをこんなに思っていたんだ、どうだ?嬉しいか?』とかか?それで自分は満足かもしれない、でも相手はどう感じる?もしお前が自分の死のせいで誰かの人生を束縛してしまったら罪悪感くらいあるだろ?死んでしまってゴメン、って少しは思うだろ?だからオレは切り捨てる。そう決めちまったんだよ、オレは」
「そっか……そうなんだ……じゃあもう切るね」
「……すまんな、ダメな兄貴で」
お兄ちゃんは察した。自分の出した答えが私の求めるモノじゃなかったことに。
無意識に壁に八つ当たりする。
だって私は、友達が死んだとしても絶対に忘れない。
忘れられるわけがないよ、この日常が忘れられる程度のものならこの日常に価値なんてないから。
……そうだよ、だから私は魔法少女なんてアホな慈善行為もどきに勤しんでいられる。
魔法少女をやっていたからこそ、マーちゃんが生きていられる。
それだけで、私は魔法少女をやっていて良かったと思った。
「おいおい、人の家の壁を殴らないでよ。穴が開いたらどうする気なの?」
部屋に入ってきたななちゃんが私に文句を言ってくる。
けど、それに一言謝ることすらする気分じゃない。
「うるさい」
「いやいや、おかしいでしょ?なんでこの流れで逆ギレされるの?」
「うるさいって言ったの!少しは空気を読んでよ!!親友なら私が悩んでる事くらい察してよ!!」
怒鳴ってしまった。ななちゃんはまったく悪くないのに。
「……ごめん、二重の意味で」
「何か有ったわけ?」
「ちょっと久遠とあってね……ケンカみたいな?」
ななちゃんはなぜか少し驚いた。
「珍しい、紅莉がそんなことで悩むなんて」
「……なにさ、私が悩むことがそんなにおかしい?」
「おかしいわ、少なくともワタシの親友様はそんなことじゃ悩まない。何をすれば良いのか分かってる時は絶対に悩まないし迷わない。バカ正直に突き進むだけよ。それは決して誰にも真似できない。後悔したくないことは後悔しないし、懺悔しなくていいことは懺悔しない」
「それって……褒めてる?」
どう考えても褒められている気がしない、皮肉を言われている気がする。
「えぇ、かつてないほどに大絶賛しているつもりよ。久遠と何があったのかは知らないけど、紅莉なら自分がやりたいことをやるだけでしょ?ワタシと仲良くなった時の事を覚えてる?」
「河原で殴りあった時?」
「違うわ、そのもうちょっと後」
「……えっと……何かあった?」
「あったのよ、ワタシにとっては。けど紅莉は忘れてる。そのくらいなの、紅莉にとっての自分の行動なんて」
「それ皮肉だよね?それ絶対に皮肉だよね?」
国語が壊滅的な私にだってこれくらい分かる。
「そうね、皮肉かもしれないけど、紅莉は皮肉を言われるくらいが調度良いと思うのわ。色欲、暴食、嫉妬、強欲、憤怒、怠惰、傲慢、これら全てを合わせて7つの大罪と呼ばれているわ。そしてこの大罪全てに紅莉はふさわしい。大罪を犯すことに躊躇おうとしないその心は純粋に美しいと思うわ」
「……というと、つまり?」
「まだ分からない?やりたいことをやれって言ってるのよ。行ってきなさい、そして強欲なままに欲しいものを手に入れてきなさい」
なるほど、分かりやすい。
さすがは親友殿。私が求めていた答えを持っている。
だから、私は。
「愛してるぜ!親友!!」
前に進める!!
「全く、こんな時まで……」
ななちゃんは苦笑していた。今までの頻繁にしていた蔑みの顔ではなく、その顔には確かな微笑みが存在していた。
「けど、ワタシも愛してるわ。親友」




