第12話、白銀の剣は久遠を思い出す
私はアルジェント皇国の皇族としてこの世に生を受けた。
しかし、私が皇族としてやらなければならないことなど存在しなかった。
政治や外交は地位の高い腹違いの兄姉がやってくれている。
そのため、私には皇族としての人生など存在しなかった。皇族としての人生はないが、政治的なコマとしての人生は存在した。自分の利しか考えない汚い大人たちの下で育った私には世界の全てが醜く感じた。
この世界はなぜこんなに汚らわしいのか、と絶望していた。
この時の私はまだ4歳だったが、他人を見下していた。この頃は勉強だけが私の娯楽だった。
反面教師たちのようになりたくなかった私は自己鍛錬だけが楽しかった。
そんなある日、私はMWに迷い込んでしまった。
凶暴なライオンがたった4歳の私に牙を剥いた。
正直、あの頃は死んだと思った。猛犬ですらその大きさに臆していたのに、3mほどはある体格をもったライオンが目の前に居たのだ。恐怖しかなかった、前身の交感神経が逆立ち、心臓の鼓動は信じられないくらいに早くなっていた。瞳は涙が溜まり、悲観しか出来ない状況だった。
そんな状況で、私をとある魔法少女が救ってくれた。
その姿はまるで神話の中の天使のような存在だった。
真っ黒な髪と真っ黒な瞳、そして明るい青い騎士公のような制服。
天使の蒼穹色に光り輝く翼がライオンを吹き飛ばし、天使が私の目の前に降り立ち、朗らかな笑顔でこう言ってくれる。
『もう大丈夫だよ』
未知の言語であるその文章の意味が当時の私には理解できなかった。
だけど、天使の聖母のような優しさは確実に理解できた。
「グワァオーーー!!」
吹き飛ばされたライオンが天使に牙を剥いて突進したが。
『遅いよ』
天使はまるでそこに重力、いや物理法則が存在しないかのように力のベクトルも気にせず、ライオンを再度吹き飛ばす。
『私はあまりモンスター討伐ってのは野蛮で嫌いなんだ。そのうえ、こんな可愛い子の目の前で汚らわしい戦闘を続けたくはない。だから、一撃で死んじゃえ』
天使は独り言を呟き、掌に虹色の光の球を形成した。
『瑠璃色の魔光』
光の球を手榴弾のようにライオンに向かって投合し、光の球に触れたライオンは跡形もなく消滅した。
巨大なライオンをたった一人で、しかもいとも簡単に倒してくれたその天使に私は惹かれたのだ。
『ふぅ……これにて一件落着ってね』
一仕事を終えたと言わんばかりに背伸びしてリラックスを始めた天使に私は無意識に話しかけてしまっていた。
「あ、あの……天使さま?」
『んぁ?エンジェル……?あ、もしかしてここって日本じゃないの?あちゃー、またドジったか……』
頭に手を当てて、天使は露骨に自分のミスを嘆いていた。だけど、幼い私には彼女がなぜそんな反応をしたのかわからない。いや、今だって彼女が何を『ドジった』のか知ることは無い。
『えっとね。【私は日本人です、それから私は英語が上手くないです。だけど、君の平和は守ったよ?】』
たどたどしい英語で天使は必死に私になだめるように話してくれた。
『う~ん、でもなぁ……これで通じているのかどうか……そうだ!!』
ウエストポーチからタブレットを取り出して文字入力をした。
どうやら言語を英語に翻訳していたのだろう。
そして、タブレットが機械音でしゃべりだした。
「私の名前はルリ、ルリ・ウラハラ。魔法少女をやっているよ。機関と自称している無名の組織の一員で、今みたいな化物を倒すことが私たちの仕事」
「魔法少女?」
機械音が発したそのファンシーな単語を復唱していた。
「うーん?なんて言えば良いのかな?強いて言えば……正義の味方?」
これが私とるりさんの最初の出会いであり、同時に最後の出会いでもあった。
私はるりさんのような人間になりたかった。特定の誰かだからと言うわけでもなく、誰にでも手を差し伸べられる人間になりたかった。
例え、その姿が偽善者だと罵られようと私はそうなりたかったのだから仕方がない。なりたかったのだ、それ以上の理由など存在しない。
その後の私はより一層勉強に力を入れた。今までの惰性ではなく、なりたい自分になるために努力した。
その結果、私は強くなれた。あらゆる意味で強くなれた。
強くなった自分を機関に所属しているはずのるりさんに見せたかった、褒めて欲しかった、叶う事なら共に闘いたかった。本人からしたら記憶に残っていないかもしれない、だけどそれでも構わない。これはただの自己満足だと分かっていても行動せずに入られなかった。
けれど、そんな子供の願望は、無慈悲な現実が叩き壊した。
「お前の言うルリ・ウラハラ、本名浦原るりはこの世に居ない。殉職している」
「え…………?」
「死因は負傷による出血多量。治療は間に合わず、班員に看取られて亡くなったと報告されている」
絶句。
ソレイユ総帥のその言葉に、私の思考は停止してしまった。
私は舐めていた、魔法少女と言うモノに。
当たり前だ、あんな化物と闘うのが魔法少女の仕事だとるりさんは言っていた。
ならそれは、命を懸けていると言う事だ。
そして、るりさんは亡くなられた。
るりさんのような魔法少女ですら化物に殺される、それが魔法少女の現実なのだ。
だからなのだろう、私が自惚れている月宮紅莉や椎名蒼子が嫌いなのは。
▽
「今日はホットケーキを作りたいと思います」
「さー、いえっさー」
「はぁ…わたしは消費するのが専門なのに…」
クロの言葉にナチュラルに返事をする私、そして不平不満を漏らす紫苑。
「では最初に小麦粉を秤で正確に量りボールに入れます」
「りょうかい」
クロに敬礼して秤に小麦粉を入れようと試みる。
ボヴァ
「教官殿、粉が舞って量れません」
「このポンコツ!!」
紫苑がクロに怒られた。懐かしいこの感覚が心地よい。
「次にタマゴを加えます」
クロの指示に従い、タマゴを持つ。
ぐしゃり
「教官殿、タマゴが『割れました』」
「この足手まとい!!タマゴは自分勝手には割れないんだよ!!」
今度は私が怒られた。
「えぇ~…最後に牛乳を加えてミキサーでかき混ぜます」
頭を抱えながらクロが最後|(?)の指令を出した。
「教官殿、ミキサーが振動が暴れ馬みたいで抑えきれません」
「教官殿、なぜかボールが飛びはねました」
紫苑と私がほぼ同時に苦情を述べる。するとクロは般若のような顔で怒鳴った。
「使えないヤツラだ!!」
▽
「……夢か、あの2人が居ないとここまで退屈だとは思わなかった」
執務室での雑務の最中、私は居眠りをしてしまったようだ。
夢、心理学の先生方曰く夢と言うのは無意識下の願望が顕現するらしい。つまり、あの2人の夢を見るということは私はあの2人のことを夢に見るほど想い焦がれていたと言うことになる。
もちろん、2人のことは好きだがここまで好きだとは思わなかった。
「できるわけないよね、割り切るなんてさ……」
半年前の懐かしい日々を思い出す。
『アタシはさ、こんな風に友達と何でもない普通の日常をバカみたいに楽しみたいんだよ』
クロが言っていた言葉だ。けど、そんな日常はもう来ない。
そう思うと、無意識に涙が流れてくる。
バカバカしい、と自分に言い聞かせても無駄のようだ。
心が聞き分けの良い子犬のように単純ならどれだけ楽なのだろう……。
私は自分が何のために生きているのか疑問になってくる。
るりさんのような魔法少女になるため?
クロや紫苑のような友人と楽しい日常を過ごすため?
総帥閣下のような誰からも一目置かれるような人間になるため?
何が、私にとっての最善なのかを私は知りたい。
だけど、決めたはずだ。紫苑が望んだ『誰も傷つかない優しい世界』を手に入れると。
少なくとも、それが私にとっての最善だと信じたい。




