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第11話、真紅の炎は狂犬と邂逅する

 お兄ちゃんが帰ってくる日曜日の朝、ブラウンが一人勝手にMWに先行したらしいので私とアオちゃんが緊急で応援に向かっている。

 今回のブラウンは偶然だったらしいけど、他の場合では機関はMWの発生を探知している。

 ここで気になるのはどうやって探知しているのかってこと。

 幸い、今は機関が用意した車で移動中。会話する暇は有り余ってる。


「そういえばさ、機関ってどうやってMWの発生を探知してるの?」

「機密事項だから公開されてないが、それ専用の機材があるらしい」

「地震の震源地特定みたいな?」

「かもしれない、詳しく知らされてないから詳しく知らない」

「でも、それくらい秘密にする意味なくない?」

「確かに無意味かもしれないが、『狂犬』のようなイカレポンチも居るからなんとも言えないな。どんなトリックかは知らないが、『狂犬』は何らかの方法で機関同様にMWを探知している。ならばもし仮にMWの出現場所を特定する手段を多くの人間に公開したなら、『狂犬』のように魔法少女を襲う異常者が現れる可能性も高い」

 なるほど、確かに理に適ってるかも。


「まず、アタシたちが第一に優先する事は『狂犬』がどうやってMWを探知しているかを探る必要がある。そしてそれが『狂犬』の固有魔法なら良いが、模倣犯が出るような方法なら防ぐ必要がある。さもなくば、機関の魔法少女は減っていく、そして誰も魔法少女なんかをやりたがらない。そうなると、モンスターに殺される民間人はどんどん増えていくはずだ」

「それは由々しき事態だね」

「あぁ、だからもしもブラウンが『狂犬』と闘っているなら『狂犬』に逃げられる前に逮捕する必要がある」

 逮捕ねぇ……警察みたいだけど、やることはまぁそういうことなんでしょう。おそらく既存の法律が通用しないからある程度の裁判の後に刑罰を与えるのかな?


 ブラウンが出くわしたと言うMWに入る。

 乾燥してるなぁ……砂埃すなぼこりが酷い……。

 今回は索敵担当であるひなちゃんが不在なので、ブラウンが何処に居るのかが分からない。

「アオちゃん、ブラウンの居場所って分かる?」

「探索系の魔法は得意じゃない」

 と言って双眼鏡を装備しだした。

 どうやらアナログな偵察道具を使用するらしい。


 だが、そんなことをする必要もなく、ブラウンの方からこっちにやって来た。

 おまけのような黒い狼男が居る。

 2メートル超えのマッチョくらいの体格で年相応の体格であるブラウンは劣勢に見えた。

 おそらくあれが当該モンスターなのだろう。

 けど、ブラウンがこっちに気づかないくらい集中して戦闘をしている。この前の話だと、モンスターは小さくなるに連れて強くなると言う事だ。ならこの状況はおかしい。アオちゃんが瞬殺したクマ型よりも1回り程度小さいくらいなのだからブラウンが苦戦するのは妙の極み。

 

「アオちゃん、この状況って……?」

「おそらくあのワーウルフはS、つまり既存の常識に囚われない非常に危険なモンスターだ。油断するな、あいつらの強さはクリオネ型の比じゃないぞ」

 見れば分かるよ、あの戦闘狂が楽しそうな顔をしているからね。

 あぁ、怖い、あんなのと闘わないといけないのかと思うと。


「ブラウン、加勢します」

 アオちゃんが武器を不慣れらしい弓にして放った。

 ブラウンの固有魔法は『予知』

 いきなり弓を放たれたところで対応してくれるはず、そう考えたアオちゃんだろうけど、ブラウンの行動はアオちゃんの期待を裏切った。

 もちろん、ブラウンは放たれた矢を回避した。

 だけど、回避したブラウンを狼は追撃し、ブラウンの腕をありえない方向にへし曲げた。


「ぐわぁぁああああ!!」

 えげつない悲鳴を放ち、こちらにブラウンが逃げてきた。

 それに呼応するようにアオちゃんが弓で狼を牽制して距離を取らせる。

 狼にへし折られたブラウンの腕には黒いもやのようなものが纏わりついていた。


「すみません、邪魔をしてしまって」

 アオちゃんが謝りながら武器を剣に戻し、それを構える。

 私もつられて変身し、武器を構える。


「止めろ、蒼子。あの女は……『狂犬』の正体は狗飼クロだ」

「狗飼クロって、半年前に亡くなったはずじゃ……」

 どうやらあのモンスターは『狂犬』の魔法だったらしい。

 それならアオちゃんの攻撃を回避したブラウンに追い討ちをしたのも納得である。

 モンスターに人並みの知能があるのなら、闘い方を考える必要があるからね。

 でも一安心、ブラウンと戦いスタミナが減った状態で二対一、どう考えてもこちらが有利である。


「なんで生き返ったのかは知らんが、アイツは間違いなく狗飼クロだ。仮に別人だとしても、同じ魔法と同じ記憶を持った存在だ」

「例え『狂犬』が誰であろうと、関係ありません」

 黒い狼男に剣を構え臨戦態勢をするアオちゃん。

 だけど、私は本体である『狂犬』そのものを探した。

 ブラウンがこちらにやってきた方に死神のようなローブとアイマスクで姿を隠している『狂犬』の姿が居た。だけど、その正体が私には分かってしまった。


「斬り殺す」

「待って、アオちゃん」

「なんだ、こんな時に」

 臨戦態勢を崩されて不機嫌な顔のアオちゃんがこちらを睨む。

 彼女の反応は普通だ、そりゃ敵の目の前でスキを見せれば死んでもおかしくない。


「お願い、私に任せて。アオちゃんはブラウンの救助を」

「……分かった。だが、気をつけろ」

「うん」

 不本意だと言いたいアオちゃんがブラウンの肩を持ち上げて退避した。

 これで、ここに居るのは私と『狂犬』だけ。

 けど、相手は私にとっては『狂犬』なんかじゃない。

 そう、狂犬『なんか』じゃないんだ……。


「なんで、なんでここに居るの?久遠」

「…………」

「なんで黙ってるの!!」

「紅莉も、機関の人間だったんだ」

「え?」

「サヨナラ」

 漆黒の魔法弾が久遠の掌から放たれる。

 とっさに魔法障壁を作って防ぐけれど、魔法弾が障壁にぶつかっても消えない。通常なら水風船が破裂するように爆裂して消えるのに。

 魔法障壁を投げ捨てて、漆黒の魔弾から逃げる。

 けど、久遠はまた魔法弾を撃ってきた。それを『飛行』して避ける。

 避けた先を先回りされ、狼男に蹴られる。

 障壁を張ったけど、そんなものを無視して蹴り飛ばされ、怯んでいる所を追尾して首根っこを掴まれた。


 このままじゃ絞め殺される!

 そう察知して杖で狼男の腕を打ち爆ぜす。

「はぁはぁ……な、なんで!なんでこんなことを繰り返すの!!」

「機関はアタシの敵だからだよ」

「は?」

 予想外の答えに戸惑ってしまった。

 機関が敵……?

「アタシも半年前は紅莉と同じように機関の魔法少女だった。けど、それはもう過去の話」

 観念したように久遠が独白を始めた。

 それは過去を思い返すようなトーンじゃない、トラウマと向き合うようなトーンだ。

「ファイアモールの3階西側のハンバーガー屋の近くにあるトイレの用具箱、そこでたまたま『鍵』を使ったんだ。本当にたまたまね。けど、秘密基地には行けなかった。その代わりに行き着いたのがMWだった」


「MW?なんでMWに?」

「機関は今、アタシがやっているように人為的にMWを作り出す技術を作り出していた。そしてMW内部でアタシは機関の秘密を知ってしまった」

 アタシがやっているように、つまり人為的にMWを作り出す技術と言うのは発展魔法の類なのだろう。けど、秘密って?


「彼らはMW内部の研究施設で生体実験をしていたんだ」

「!?」

「モンスターを生け捕りにし、それを妙なカプセルか何かに保管して培養していた。モンスターだけじゃない、あそこでは人体実験も行なわれてた」

「じ、人体実験って……」

「人間の肉体の限界を解明するために大量の薬品を投与したり、皮を剥いて筋肉がむき出しになった体に電極を挿して反応を見たりしていた。アタシが知っているだけで」

 想像するだけで体が拒絶反応を起こしたがった。

 グロテスクへの耐性はまったくと言っていいほど無い私にとっては吐き気がするような話だ。

 その上、『アタシが知っているだけ』という事はより非人道的な実験がされている可能性は多分にある。

 SFに出てくるマッドサイエンティストが拉致した人間を『人類の進歩』などと便利な言葉で都合のいい試料サンプルとして使っているのだろう。


「そして、アタシは口封じに親友だと思ってた女に殺された」

「殺されたって……」

「ご覧の通り、正確には殺されてはないけど、数ヶ月近くよくわからない病室みたいな空間に閉じ込められてた。誰がアタシを助けてくれたのかは知らない、けどその後、家に帰ろうと思って、家が存在していた場所に言ってみたら、そこは空き地に変わってしまってた。機関の秘密基地に入ろうと試みても、鍵も機能しなくなったし、おまけに戸籍も死亡扱いで消されてる」

 ここで私は理解できた。

 なんで久遠がこんなことをしているのか、なんで久遠がホームレスだったのか

 これは復讐なんだ、機関が自分を社会的に殺した事を根に持っていたんだ。

 そして、自分を殺した女と機関に癒着して甘い汁を吸っている魔法少女たちに復讐をしているんだ。


「……話は終わりだよ、友達だったんだから」

「友達『だった』?」

「もうアタシは誰も信じたくない、誰かに裏切られるくらいならアタシは独りぼっちの方が良い。だからもうアタシたちは友達なんかじゃない。紅莉、アナタが今はまだアタシのことを友達だと思ってくれてても、それは永遠なものじゃない、友達と言う関係が崩壊した時がアタシは怖いんだ……だから」

 その顔色は戦慄で満ちていた。

 人間に捨てられ、人間を信じられなくなった捨て犬のような目だ。

「でも私は久遠を裏切るわけがないよ!!久遠と過ごしたこの数日間、私はとても楽しかったよ!」

 だから、そんなことは言わないでよ、そんな顔をしないでよ!!

 私は久遠の友達だから!!


「楽しかったさ、けどアタシだって親友が……紫苑がアタシを高圧電流で半殺しにするなんて夢にも思わなかったよ!!けど、紫苑はアタシを殺した!親友だと思っていたのに裏切られた……殺された……。だからアタシが紫苑を殺さない限り、アタシの戦いは終わらない、終われない」

 どうやら『紫苑』と言う魔法少女が久遠を半殺しにした犯人らしい。

 そして久遠の行動から推理するなら、『紫苑』とやらは機関に在籍しているに違いない。


「紅莉、無事か?」

 ブラウンを救助していたはずのアオちゃんがこちらに戻ってきた。

「アオちゃん!?なんで?私に任せてって言ったよね?」

「お前1人を危険に晒すわけにはいかないだろ。お前は相手を過小評価するクセがある」

 違う!そういう意味じゃないんだよ!!

「2対1……少し分が悪いか……」

 戦況を冷静に分析した久遠が一本残っている狼男の腕に乗って逃げていった。

「待って!久遠!!」

 そのまま久遠は何も言わずに去っていった。


 私の顔から何かを読んだのか、アオちゃんが言葉を発する。

「久遠って……まさか、知り合いだったのか?でもアイツの名前は狗飼クロだろ?」

「本名なんて知らない。けど、私にとってはあの子は久遠だよ」

「……友達だったのか?」

「うん、もちろん」

 これまでも、そしてこれからも。

 これまでも、そしてこれからも私は彼女と友達でい続けたい。

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