第4話 深紅の師は子守をさせられる
「おい紅莉、これはどういう状況なのか説明してもらえるとありがたいんだが?」
朝、オレは妹と妹の友達とオレの教え子の合計4人が自家用車の前に居る理由を妹に訊いてみた。
「なにか問題がある?」
「問題しかねぇよ!!『友達と遊園地に行きたい』って言ってたから保護者を引き受けただけなのに、なんで5人分の入場料を払わないといけないんだ!!」
そう、この妹様はなぜか友達の分の入場料までオレに負担しろというのだ。
どうかしてる……。
「でも、こういう時のためにママから生活費をもらってるんじゃない?」
「確かにババァから数十万円の生活費は貰っている。けど、それは最低限の額であり、この生活費に紅莉の友達の入場料までは含まれてないんだよ!!」
オレが今回予想される支出を頭の中で計算しようとしていると彼女ら3人が理由を述べてきた。
「すみません、お兄さん。紅莉ちゃんが奢るって言ってたので……」
「右に同じく」
「あ、あの……す、すみません……」
マーちゃんとななちゃんは当然分かる、しかしひなも同じことを言われたのだろうか?
せめて誰と行くかくらい言っておけよ。マーちゃんとななちゃんの2人とひなの関連性は0じゃねぇか。
『友達の友達は友達』ってのが通じるのは相当フランクなお前みたいな奴だけだから、紅莉。
「気にしないでいいよ、マーちゃんにななちゃん、そしてひな。オレが怒ってるのはこの愚妹だから」
「まったく、お兄ちゃんはケチなんだから……やれやれだ」
はい、チョップ。
「ふげらッ!」
どうやら、この愚妹は反省していないらしい。
仕方ない、ここは罰を与えないとな。
「……今日の晩飯はオカラな」
「なッ!?」
「後、2週間オヤツ抜き」
「ふぐッ!?」
どうやらかなり効いているようだ。
やはりこういう原始的な方法は効果的だから楽で良い。
今の学校は体罰禁止って言ってるが、その代わりに居残りで課題とかを出せば良いんじゃないか?
学生の本分は勉強だし一石二鳥な気がする。
「ごめんね紅莉、ウチのおじい様が『秋に修学旅行があるから友達と遊園地なんて我慢しなさい。行くならボーリングとかで良いじゃないか?と言うわけでボーリング行かないか』と言ったばっかりに」
「ごめんね紅莉ちゃん、ウチのママが『遊園地?別に良いわよ、はいお小遣い』ってくれたんだけど、3000円(入場料未満)しかくれなかったから……」
「……と、友達と遊ぶなんて言えなくてごめんなさい……」
おやまぁ、各家庭は大変だなぁ~、特に最後。
しかしヒトんちの事情に口を出すのは礼儀知らずだろう、オレが気にしないといけないのはこのバカな妹の教育だけである。
「見てよ、お兄ちゃん、この可愛そうな私の友達を。この子達の笑顔を守りたいとは思わないの?」
「オレはそんなアルセーヌルパンのような義賊になった覚えはない。が……はぁ、まぁ仕方ない。ここで追い返すわけにも行かないし……」
なんだかんだ言いながらとオレは妹とその友達たちを車に乗せた。
子供に甘いんだよな……。
「ふぇっふぇっふぇ、計画通り」
助手席に座ろうとしている妹が可愛らしくない顔で悪い笑顔をしていたのでとりあえず頭を叩いておこう。
「アウチッ!」
……まったく、どうしてこんな妹になってしまったのやら……。
お兄ちゃんは辛いよ。
▽
そんなこんなで約1時間ほど車で移動したのち、地元遊園地のデビルズパークに到着。
このデビルズパークは数年前に支配人が代わったらしく、赤字続きだったのを敏腕支配人のおかげで5年連続黒字で、去年やっと借金完済したことで地元のテレビ局が騒いでいた。
デビルズパークと言う名のとおり悪魔や地獄をモチーフにした遊園地であるが、テイストはポピュラーなもので幼稚園児にも人気。マスコットのデビルくんは全国放送のバラエティ番組にも出るほどで、たしか動画サイトか何かでアニメも作られて多様な。
しかし、一部のホラーアトラクションは同意書を書かないと入れないほどの本気っぷりらしく、大人の女性はもちろん、男性もマジ泣きになることもしばしばだそうだ。
とりあえず窓口で大人一枚と子供(小学生)四枚を買い入場する。
「で?最初は何に乗るんだ?」
こういうのって最初は何に乗るもんだ?
やっぱり最初は待ち時間が短いものに乗って、その後におしゃべりしながら待ち時間が長いものに並ぶものか?
まぁお目当てのアトラクションがあるなら、まずそれに乗るのもありだが。
「ダークネススペシャル」
「ダークネス?」
なんだ?その子供向け特撮ドラマの悪役怪人が使いそうな必殺技みたいな名前のは。
「このデビルズパークで一番人気のジェットコースターですよ、お兄さん」
さすがはななちゃん、既に全てのアトラクションの情報が頭に入ってるようだ。
この子の記憶力は凄いからなぁ……。
しかし、最初に人気のジェットコースターか。
待ち時間が長そうだな。初っ端からそんなかったるい待ち時間かよ。
「大丈夫、これが本命でそれ以降は待ち時間の短い観覧車やメリーゴーランド、コーヒーカップくらいしか楽しむ気ないし」
妹よ、遊園地ってそういうプランで楽しむものなのか?
もっと適当に楽しむもんだと思ってたけど。
歩くこと10分ほどで目的のダークネススペシャルとやらに到着。
一番人気と言うだけあって大きいな。
しかもそれなりに並んでいる。
オレは待ち時間を確認するために従業員さんに訊いてみる。
「あのすみません、これに乗りたいのですが何分くらいで乗れますか?」
「そうですね……今だとおよそ30分くらいになると思います」
30分か……なら許容範囲内だな。
「ありがとうございます」
事務的な礼をして列に並ぼうとすると従業員さんに呼び止められた。
「あ、ちょっと待ってください、失礼ですが身長は?」
「は?182cmですが」
おいおい、この従業員さんは頭おかしいんじゃないのか?
なんでオレの身長を?と思っていると。
「いえ、お客様じゃなくてお連れ様の方です。制限身長が怪しいので」
あぁ、このちんまい奴等か。安全基準的な?
「制限身長はいくつですか?」
「これの制限身長は130cmです」
大丈夫そうだが一応聞いておくか。
「お前らは大丈夫なのか?身長」
「142」
「146」
「153」
紅莉とななちゃんとマーちゃんが自己申告してくれる。
どうやら6年生3人は問題ないらしい。
「ひなは?」
「131cmです」
「自己申告で大丈夫ですか?」
「い、一応そちらのパネルと背比べしてもらえると……」
後々面倒なことになるのもイヤなのでチビ達には背比べしてもらった。
6年生は余裕で大丈夫で、ひなの方はギリギリだが大丈夫だった。
そして待つこと30分ほど。
「こちらのアトラクションは1つの座席に2人が乗る形式なので1人あふれることになりますが……」
と、オレたちの順番が次になるところで(さっきとは別の)従業員さんが説明する。
ここはオレが1人になるのが良いな。ひなを1人にするのはダメだし、ひなと乗るのは紅莉がうるさそうだ。けれどひなをマーちゃんとななちゃんのどちらかと乗せるのはダメだ。となると組み合わせは1つに限られる。
「オレが一人で乗るから、紅莉はひなと一緒な」
「はぁい」
紅莉が元気に返事する。
紅莉も異存はないようだ。
というわけでオレは知らない大学生らしき男性の隣の座席の座った。
オレが座ると大学生は嫌そうな顔をした。
悪いが、テメェみたいな野朗の隣にウチのカワイイ妹は座らせねぇよ!!
座ってからしばらくして安全バーが降り、ジェットコースターがゆっくりと動き出しレールを昇っていく。
ふぅ……ようやくか。
しかし、ジェットコースターとか久しぶりだな。
最後に乗ったのは高校の修学旅行だったか?
あれからもう8年近く経ったのか?
年取るの早過ぎ……。
こうして今日の出来事も思い出になっていくんだろうなぁ。
………………ん?
なんか結構時間かからない?
ジェットコースターって上向きのレールを昇って一気に降りるアトラクションだよな?
まだ昇るの?まだ降りないの?
ちょっと怖くなってきた。
なんだろうか?嫌な予感しかしない。
その予感は的中し、オレはダークネススペシャルによって奈落の底に叩きつけられた。