第7話、薄灰の学は炎をあやす
お兄ちゃんが私の元を去ってから2日が経過した朝、私はまた学校をサボって師匠の家に向かいインターホンを鳴らす。
「ふぁ~~~いぃ……あ、紅莉ちゃんか……」
ジャージ姿の師匠が玄関の扉を開けた。
「あ、って何ですか。あ、って」
「いや、まだ眠くてね。……今何時?」
「10時47分です」
「まだ朝じゃん……」
「朝の定義は何時までなんですか?」
「……気にしたら負けだよ」
玄関の鍵を開けたまま師匠は家の中に戻っていった。
「勝ち目がないからって最初から逃げないでくださいよ!!」
この人はグレイス・アーベイン。私の師匠であり姉貴分であり、唯一尊敬している女性(24歳)である。
ちなみに私が尊敬しているのはお兄ちゃんと師匠だけである。
非常に怠け者で、スイッチが入る前はこのようにダメ女感が全開なのである。
しかし、文武両道であり我流の護身術はとんでもないレベルにまで達しており、噂ではヤクザの組を1つ壊滅させたとか。学力も高く、すでに生物学者としていろいろな本を書いていて、大学の教授にもなれるくらいなのに『めんどうくさい』と言う理由だけで無職を選んだとか。
典型的なダメ女である、だがそこが良い!!
「んで?今日は何しに来たの?」
「理由がないと着ちゃダメなんですか?」
「そうだねぇ……お姉さんとしてはマジメに学校に行ってくれないと保護者さんに怒られるから行ってもらいたいのだけど?」
「大丈夫です、それなりには行っていますから」
「だから『マジメに』って言ったんだけど?」
「子供を虐めて楽しいですか!?」
「怒らないでよ……ふわぁ……ねもい」
眠過ぎるせいか、言葉すら間違ってる。
ホント、この人はダメダメだわ。
ときたま『なんで私はこの人を尊敬しているんだろう?というか何処を尊敬しているんだろう?』と思う。
師匠は戸棚に配置されていたインスタントコーヒーの素をマグカップに入れてポットのお湯を適当に入れてスプーンでかき混ぜる。
「それで?暇つぶしのために着たんだったら追い出すけど?」
「容赦がない!?」
「当たり前だよ、可愛い可愛い愛弟子だとしても人間の三大欲求の1つである睡眠欲による睡眠行為の邪魔は許したくはない。そもそも誰しもやって良いことといけない事はある、だからやってはいけないことをやった子にはお仕置きが必要なんだよ」
相変わらず綺麗な顔して物騒な事を平然と言う、そこに痺れる!憧れない!
「ホームシックなんですよ、少しくらい慰めてくれても良いじゃないですか?」
「ホームシック?故郷に居るのにホームシックになる理由が分からないけど?」
「お兄ちゃん成分が不足してるんです、言わせないでください、恥ずかしい」
「恥ずかしがるような羞恥心がまだ残ってる事にお姉さんは吃驚仰天したかな」
クソ!相も変わらず非道い、酷いじゃなくて非道い!!
「言ったよね?誰かに迷惑をかけないなら、どんな異常を選んだとしても文句はないって」
序盤にアクセントを置いて説教される。
どうやらここに来たのは失策だったらしい。
やっちまったわー、セーブポイントからやり直したいわー。
「紅莉ちゃんは教えたことをちゃんと覚えてくれるような素晴らしい子だと思ってたよ?だからこそ、義務教育を放棄していることも見逃してるわけ、ドーユーアンダースタンドミー?」
「あ、アイマム」
「うむ、よろしい……あ~あ、完全に目が冴えてきた」
インスタントコーヒー飲んだくせにそんなことを言いますか。
「興奮作用のカフェインはコーヒーよりも紅茶の方が多いって言うよ?」
そんなトリビア知りたくない。
というか茶葉や豆の種類とか抽出の仕方でいくらでも変わるんじゃないんですか?
「それじゃ……仕事でもしますか」
「遊び相手くらいしてくださいよ!!」
「え?ヤダ」
「ふみゃー!」
最近、各所での私の扱いが雑過ぎる!!
「やらなきゃいけない事が溜まってるの。悪いけど他を当って」
「ムリですよ、少なくとも午前中は」
「……学校をサボってる時点で月宮くんにはバレてると思うけど?」
「そ、それを言わないでくださいよ……」
「学校に行け、このバカが」
椅子に座りPCを起動する。どうやら本気で仕事モードに入るみたい。
なんでここに着たんだろ?寂しかったから?
でも、それをここで言うのはなんかイヤだ、ハズい、恥ずかしいのである。
「まったく……あ、そうそう、そういえば魔法少女になったんだっけ?すっかりそのことを忘れてたよ。おめでとう?」
「おめでとうってオカシイでしょ!」
「じゃあ、ご愁傷様?」
「それはそれでちょっと……というか、師匠も機関の関係者だったんですか?」
「まぁね、大人にはいろいろあるんだよ」
「何もないくせに強がらないでください。24歳で彼氏もいないくせに家でだらくさしているような……」
パリン、と師匠の方からガラスが割れる音がした。
すると血まみれの掌にグラスの破片が刺さっている。
どうやらグラスを握りつぶしたみたいですよ。
「聞き捨てならないセリフが聞こえた気がするけど?クソガキ」
血の気が引いた。ここで謝らないと『DEAD END!!』
「調子に乗ってました!!サーセン!!」
土下座をして謝ると、師匠はピンセットでグラスの破片を抜き取った後で救急箱から消毒薬を塗り、ガーゼで処置した。
「でも真面目な話、そういう言葉は嫌いです」
「そうかな?少なくとも大人は子供よりも単純な経験値が多いと思うけど?」
「日本人の悪しき風潮ですね。年功序列とは」
「こらこら、一般論かもしれないけど、年上は素直に尊敬した方がいいよ。どんなに強がっても、生きている時間は絶対的なモノ。実力は追い抜く事はできても、生きている時間は追い抜けないから。相手が死なない限りはね」
「死ぬとか物騒な事を真顔で言わないでくださいよ」
「そろそろ紅莉ちゃんにもマジメな話をしておくような年かと思ったけど、こりゃまだまだ先かな?」
「えぇ、私はまだまだ子供で居たいんです、だってまだ子供ですから」
「そろそろ背伸びが始まるかと思ったけど、本当にまだまだみたいだ」
んー、と背伸びをする。どうやら真面目な話がしたかったらしい。
残念でした!私はまだまだ子供のままなのです!!
「ところでシルヴィアとの模擬戦で審判を務めていたという事は師匠があのシルヴィアの教官なんですか?」
「うん、そうだよ」
「大変ですね」
私は今まで師匠の仕事は学者だと思っていた。事実、この前もオーストラリアの方でやっていた学会に出てたってお兄ちゃんが言ってたし。
「大変じゃない仕事なんてないよ」
「やっぱりそうなんですか?ふぅ……子供のままで居たい」
「現実逃避している高校生みたいなことを言う」
若干、『教育を間違えた』みたいな顔をされたけどそんなの気にしない。
気にしない気にしない、まだまだ更生するだけの時間はあるはずだから。
「そこでですよ、師匠。あのクソアマ、もといシルヴィアの攻略法を教えてください」
「う~ん……ないんじゃないかな?」
「ぷぎゃー!?」
「割とマジメなつもりだよ、シルヴィアちゃんは本気を出したがらないのは常に奥の手を取っておきたいんだと思う。2つ目の固有魔法だってこの前はじめて見たよ」
「マジっすか?」
「うん、大マジ」
どうやら師匠じゃ攻略法は教えてくれないっぽい。
役に立たねぇな!この人!!
「けど、勝てる見込みだってあると思うよ」
「へっ?あるんですか?」
「うん、シルヴィアちゃんの反射神経は非常に高いし、相手の行動を読む能力も高い。これだけでも非常に強いのに他の追随を許さない圧倒的な戦闘能力。おまけに2つ目の固有魔法も持ってる。勝てる気がしない?分かるよ、けどさ、言ってしまえばこれらを攻略すればたぶんだけど勝てるってことにならない?」
「たぶんって……」
「しょうがない、彼女にいたっては情報がないもん。取って置きと言うのは取って置くから取って置きなんだよ」
アメリカ人のコメディアンのように大げさに肩をすくめる。
実は、私がアレに勝てるなんて微塵も思ってないでしょ!!




