第6話、深蒼の氷は逆襲する
勉強会を終え、ひなちゃんが帰宅した後で、私はアオちゃんと共に街中を散歩していた。
「それで?なんで付いて来ている?」
「え?そりゃここで好感度を上げてアオちゃんと仲良くなろうかな、と思って」
「リアルで好感度とか使うなよ。人間性が低いことが露呈するぞ?」
『露呈』なんて難しい言葉をリアルで使うのもどうなのかと私は思うけど。
「それで?今日は何処へ行くつもりですか?お姫様」
「どんな呼び方だ」
「ならお嬢様?」
「普通に今までどおりで良いだろ?」
「ほほぅ、つまりもう『アオちゃん』と呼ばれる事は問題ないと?」
「…………」
「ねぇねぇ?どうなの?どうなの?言葉に出してくれないと分からないよ?」
「……もう好きに呼べ」
チッ、逃げやがった。でもこれはこれでアリだね。
「でアオちゃん、マジメに何処に行くわけ?」
「ファイアモール」
「ファイアモール?徒歩で?」
ファイアモール、それは隣町にある大きなショッピングモールである。
当初は我等が野球チームである『ファイアオウル』の球場の隣にくっついていたんだけど、今の経営はかなり厳しいらしく、内装も残念なことになっているし、ゴールデンウィークなのに人が全然居なかった。
正直、地元のショッピングモールがあんなことになっているのはかなり悲しい。でも、最近はファイアオウルの人気も落ちてるからね。
ここから徒歩でファイアモールに行こうと思うとかなりの時間が必要のはず。
電車なら20分くらいかかるかと思われ。
「バスを使わないといった覚えはないが?」
「わざわざバスを使わなくても私なら飛んでいけるけど?」
「そうか、1人で勝手に飛んで行け」
「もうちょっと仲良くしようよ!」
「知らん、そもそもアタシは遊びに行くんじゃない」
「じゃあ何しに?」
「これだ」
便利な便利な異次元ポケットから一枚のチラシを渡してきた。
なになに、『超弩級盛り襲来!ライス1kgにルー800g、そしてカツとハンバーグとからあげをこれでもかと乗せた合計2000gオーバーの全部盛りカレーが大食いチャレンジとして諸君等を迎え撃つ。なお、完食時の賞金はありませんが料金は無料にさせていただきます』と大きく書かれている。
(そしてちっちゃく『完食できなかった場合には罰金として5000円を払ってもらいます』と書かれている、セコい)
「大食いチャレンジをしに行くの?」
「そうだ、問題でも?」
「こういうのって大人がするんじゃないの?」
「年齢制限はされていない。ならば小学生がチャレンジしても問題は存在しない」
そういうニュアンスで言ったんじゃないんですが……
あれ?というか負けることを想定していない?こういうのってバカな高校生や大学生でも失敗することがあるってネットのスレで見たけど?
「は、ネットに居るような雑魚とこの椎名蒼子と一緒にされては困る」
どうやら自信しかないらしい。
この過剰な自信がまた打ち砕けなきゃいいけど……。
お姉さん、心配だ。
「なんか酷いことを思われた気がする」
◇
「いらっしゃい、ご注文は?」
「超弩級盛りを」
「!?」
ファイアモールのフードコートにある『マダムカリー』の店員が露骨に驚き、アニメとかで一等クジが当った時に使うようなハンドベルを鳴らした。
「超弩級全部盛りの挑戦者が現れましたーッ!!!」
「「「アザァァーーーーッス」」」
厨房に居た全員のバイトが鬱陶しい声で体育会系の挨拶をする。
うわぁ……このノリはないわぁ……。
お盆にお冷と番号札を持って座席につく。続いて私も席に着く。
しかし、こんな機会じゃないと何か食べられないな。
どうせ晩御飯だってななちゃん家だ。秋山さんに『ご飯要らない』くらい言えば『かしこまりました。ぶくぶく太って丸々と大きくおなりなさい』と返ってくるだろう。
「私も何か買ってくるね」
「報告なんか要らない、勝手に買えばよかろう」
やっぱこの子、友達できないタイプだわ。
同じフードコート内にあるうどん屋『鶴亀饂飩』に私は来た。
「いらっしゃいませー」
「ざるうどんの並をお願いします」
「ありがとーござぃやすー!!」
文字にしにくい事務的な挨拶をされ、1分もしないうちにざるうどんが到着する。
早い、待ち時間が短いのは高評価だね。
さすがチェーン店、最近のチェーン店はここまで進歩してたか。
そして、天麩羅コーナーへ。
タマネギ、カボチャ、ナス、マイタケ……ふむ、どれも美味そう♪
ここはアレですか?うどん屋の皮を被った天麩羅屋ですか?
他には何かないかな?
いろいろと物色していると陳列棚にあるタマゴの天麩羅を見つけた。……タマゴ?
え?タマゴの天麩羅?タマゴって天麩羅にできるの?
これは食べてみたい。
タマゴの天麩羅とナスの天麩羅を取り皿に入れて会計。
「はい、600円になります」
安くね?うどんと天麩羅ってそんなに安いの?
うどんの値段に驚愕した私はアオちゃんの元に戻った。
アオちゃんの元を離れて10分も経ってない、だから常識的に考えればまだ食べ終わってないはず……そう常識的に考えれば。
「ごちそうさまでした」
「か、完食おめでとうございます!!」
そこには達成感などは存在しなかった。
まるで生姜焼き定食でも間食したかのような感じである。
完食こそ当然、敗北など論外、常勝こそ摂理。
『またつまらぬモノを平らげてしまった』とでも言いたそうである。
「意外に軽いな」
信じられない事を言い出したよ、この子!?
あのカレーライスって2キロはあったでしょ!!
「それで?お前は何を買ってきたんだ?」
「ざるうどんと天麩羅」
「ほほぅ、うどんか。しこしこの讃岐うどんは美味しいよな」
あれだけのカレーを食べたのに関らず、今の発言からは『アタシもうどん食べたくなってきた。いや、ここはカレーうどんと言う選択肢もアリかも?』と言う感情が伺える。
「じゃあいただきます」
つるつるしこしこのうどんを食べる。
……うん、予想通りの味だ。期待を良い意味でも悪い意味でも裏切られる事など無く、あっさりとした麺汁によく合う良い麺だ。
そしてここで今回の目玉であるタマゴの天麩羅を食べてみようと思う。
タマゴの天麩羅は煮タマゴを揚げてるのかな?それとも茹でタマゴを揚げてるのかな?
初めての料理に若干びくびくしながら齧ると衣のサクサク感の後に、中の半熟の黄身がぶちゅると吹き出てきた。
この奇妙な感覚はあれだ、ゴム容器アイスに似てる。
そしてこの感覚に興奮してしまう。
「うわぁー、中のどろどろとした液体がどぴゅどぴゅと勢いよく噴出したよぉー」
「お前の表現は全てがおかしい」




