第3話、真紅の炎と鯵とお風呂
「アジ……」
「はい、アジの開きでございます」
夕食の時間、デッカイ洋間のデッカイテーブルには見事な和食が用意されている。
古きよき日本の朝食と言っても良いだろう。
献立はご飯、お味噌汁、漬物、そしてアジの開き。
以上である。洋間なのに洋の要素が皆無とはなんと残念なことか。
「こんな洋間でアジ……」
「おや?干物はお嫌いですか?」
「いや、雰囲気に合わない……」
「はっ、何を阿呆な事を」
失笑されてしまった。そんなにおかしいことを言ったのかな?
「良いですか?金持ちが金持ちなのは金を使わないからなのです。金持ちが文字通り金を湯水のように使っているのならば景気はよくなっていますよ。金を持っている老人は金を使う義務が存在するのです。金を使わずに延々と長生きしているような老人など医療費を食いつぶす害悪でしかないのです。資本主義なのだから死に損ないまで擁護しなくて良いでしょうに。……何が社会保障だ、ばかばかしい」
最後の方が私怨に満ちていたなぁ……姑さんと何かあったのだろうか?
というか、今の理論だったら金持ってるくせに金を使わないこの家は害悪になるんですが……。
「でもマジメな話、金持ちが毎日豪勢な食事を取っていると言うのは偏見よ?」
「そうなの?」
「というか紅莉だって世間的に見たら恵まれている方でしょ?」
「ななちゃんほどじゃないよ」
「…………」
睨まれた、殺意を込めて睨まれた。
ここは素直におだてられた方がよかったかな?
「それで?うちが恵まれていたとしてそれがどうかした?」
「紅莉もそんな毎日良いモノ食べないでしょ?良いモノってのはたまに食べるから美味しいのよ。毎日じゃ飽きるって」
確かに、人は現状では満足できない生き物であり、そのため同じ刺激じゃ満足できなくなる『慣れ』や『飽き』が発生すると言う。
「……ところで、お供の子はどれだけの期間お預けを食らっていたの?パブロフの犬みたいなことになっちゃってるんだけど?」
へ? と久遠を見てみると、ヨダレをだらだらと垂らしていた。
アジがそんなに珍しいのかな?いや、アジじゃなくてご飯とお味噌汁かな?
ホームレスだと言ってたから久しぶりなんだろう。
「久遠、先に食べ……」
「! いっただきま……」
「ちゃダメだよ?」
「!?」
ハシをお茶碗を持って白飯をかきこもうとした久遠を静止させる。
腕がプルプルと痙攣したかのように震えている。
面白い。
「ごめんごめん、大丈夫、食べてもいいよ。ここに居るメンバーはそんなマナーとか気にしないから」
「……い、いただきます?」
人間不信の野良犬のようにこちらを伺いながら白飯を食べた。
そして幸せそうな顔をした。
か、可愛い……♪
▽
食事の後は、風呂である。
久遠は宗教上の理由と自称して部屋の備え付けのシャワーを浴びる事にしたそうな。
……どこから突っ込むべきかはもう面倒くさいので止めておこう。
さて、実はこの豪邸、頭がおかしいらしくスーパー銭湯と合体している。
旅館やホテルの一室を貸しきっていると言う話はよく聞く(ことはないけどあるらしい)けど、この屋敷の主でななちゃんのお爺さんが『毎日デカい風呂に入りたい』などと言う大きいのか小さいのか微妙に分からない野望を叶えた結果がスーパー銭湯らしい。
実はデビルズパーク内のホテルを買い取ってそこのスイートルームに住みたかったらしいけど、息子さん(つまりななちゃんのお父さん)に『実家が遊園地とかネタにされるから止めろ!!』と反対され、スーパー銭湯で妥協したらしい……。
どんな判断だ!!アホの極みじゃないか!!
というかスーパー銭湯の方がネタ感が強いよ!!
■
※脱衣シーンは尺の都合によりカットであります☆
■
「あら、今日は人が少ないのね」
少ないも何も、私たち以外の人間が存在しないように見える。
「わぁ~い♪貸切だぁ~」
と純粋にこの状況を喜ぶマーちゃん、なんか和む。
「ふぅ……こんな広い場所で全裸になることが許されるって、なんか卑猥だよね」
「アンタの思考回路の方が卑猥よ……」
「最近、私に対するコメントがドンドン辛らつになってきてる気がするんだけど?」
「そういう紅莉だってドンドン変態的な発言になってきてる気がするわよ」
ふんだ、この程度のコメントで変態扱いしてもらいたくないね!
ななちゃんを無視して私はジェットバスに向かった。
そして、マーちゃんもジェットバスに来る。
「ぶるぶるるるぅぅぅ」
「るるるららららぁぁぁ」
「そのアホ全開にジェットバスにあわせて口を鳴らすのは止めない?いくら人が居ないからって」
「楽しいじゃん?」
「そんなに大人ぶって疲れない?」
マーちゃんと私がほぼ同時に反論する。
「アンタたちがむしろそんな風に子供っぽいから、逆にワタシの精神年齢が相対的に上がっているんだと思う」
私たちは反面教師なのか……。まぁ、キャラの差別化は出来た方が良いと思うから別に良いけど。
「あ、ちょっとわたし、体洗ってこよ」
マーちゃんがジェットバスから上がって、洗い場まで歩いていった。
「ねぇ、ななちゃん、こういう公衆浴場って先に体を洗ってから入るもんじゃないの?」
「どうせ守ってない人間なんて沢山居るし良いんじゃない?というか、ワタシだって専門家ってわけじゃないし」
知ったことではない、と関係者とは思えない言葉を口にした。
「ふみゃー!」
ネコが尻尾を踏まれたかのような悲鳴と鈍い音が浴場に響いた。
「……いたた、石鹸で転んじゃったよ」
「大丈夫?」
湯船からマーちゃんを見て心配するななちゃん。
(そして、ジェットバスに寝そべったままの私)
「うん、大丈夫だよ。心配してくれてありがとう、ななちゃん」
「どういたしまして、ところで紅莉は何を考えていたの?」
「へ?そりゃ石鹸で転ぶなんてベタなことをする人がこの世に居たんだと思って」
「……本当にアンタってクズよね」
「そこまで!?」
「転んだわたしが言うのもなんだけど、浴場での死亡事故の一位は転倒らしいよ」
マジで!?
「しかし、こんな広いお風呂に毎日入れるなんて羨ましい。ウチのは普通の大きさだよ」
「そんなに良いモノじゃないわ。いつものことだから何の新鮮味も有難味も感じないわ。むしろ人の家の湯船が小さくて物足りなく感じてしまうわ」
「そういうもの?」
「そういうものよ。例えば激辛料理に慣れた人にはコンビニのカレー饅程度じゃ満足できないようなものよ」
さっきの『美味いモノはたまにで良い理論』ですか。
「なるほどね、聞いた話じゃ辛党すぎる人は七味を大量にぶっ掛けるってテレビでやっていたよね」
「そうそう、マヤは分かってくれるから好き。ところでもう1人の友人さんは分かってくれた?」
「え?あ、うん分かった分かった。要するに、強い刺激になれ過ぎると並みの刺激じゃ満足できない体になっちゃうってことだよね?」
「合っているんだけど、その言葉を肯定するのは何か戸惑うものを感じるのだけど……」




