第1話、真紅の炎は釣りに興じる
「今日の夜から俺は京都に出張で行ってくるから、一旦家に帰ってからななちゃんの家に泊まりに行けよ」
「分かってるよ。荷物は向こうに持って行ってないもんね」
「分かってるなら良いんだけど、何かを企んでいる気がしてな」
「少しは妹を信じても良いんじゃない?」
「ムリだ」
「即答された!?」
「はぁー」
「溜息吐かれた!?」
『次のニュースです。先日から女子小学生を狙った連続通り魔事件ですが、昨日夕方4時にまた小学4年生の女生徒が被害にあいました。被害者の女生徒には凶器で切られたような傷は見られませんが、昏睡状態の重態とのことです』
物騒なニュースが朝の平和なムードをぶち壊した。
「女子小学生を狙った連続通り魔事件ねぇ……気をつけろよ?」
「そうは言ってもただの通り魔程度なら私の敵じゃないけど、被害者が無傷ってのが変だよね?」
「誘拐された後で洗脳だか催眠だか妙な術を使ったのかもな。ストックホルム症候群とかあるし極限状態の心理なんてオレには分からん」
「ストックホルム症候群って何だっけ?」
「誘拐された人質が犯人と長い間一緒に居る事で同情してしまう現象のことだ。変だよな、自分を誘拐したクソヤローに同情するって平常時である今のオレには理解が出来ない」
「はぁー……とりあえず気をつけるよ。小学生を襲う変態にはね」
「ホント気をつけろよ?紅莉は『私なら平気♪平気♪』とかバカなことを思っていそうで怖いから」
「そこまでバカじゃないよ」
メメントモリだっけ?死を想像しろって意味の言葉。
こう見えてこの月宮紅莉は学校のテストに出ないような難しい言葉は知っているのです。
「そうやって天狗になるところが怖いんだよ……」
「んじゃ、今日はもう行くわ」
「いってらっしゃいー」
さて、お兄ちゃんも仕事に行った事だし、久しぶりに学校をサボるか。
▽
「ども」
「……」
先客に挨拶してみたけど無視、シカト、スルー。
では、こちらも無関心を貫いて釣りを楽しむ。
釣竿にワームを仕掛け思いっきり振る。
ぽちゃん、とワームが海面に接し沈む。
後は待つだけである。
~5分後~
暇だ……。マンガでも読むか。
~10分後~
「スマキン……!スマキンって……!!」
爆笑である。このマンガ当りだね。
~2時間後~
「くかぁー、くかぁー……はっ!寝てた!!」
「……アンタさ、何しに来たの?」
さっきから私に無視を貫いていた先客(女子)が話しかけてきた。
「え?釣りだよ」
「釣り、舐めてるだろ」
「うーん、舐めてるわけじゃないけど、別に良くない?」
「何が?」
「誰かに迷惑かけてないなら、普通とは違ういわゆる異常を選んでも」
「公共の場でマンガを読んで爆笑し、そして寝オチからのイビキが誰かに迷惑をかけていないならね」
「……すみませんでした」
「ふぅ、しかしアンタ小学生でしょ?学校は?」
「サボタージュ!」
「えばんな」
「でもそっちも小学生じゃない?そんなに年違わないような?」
「学年で言ったら今年から中学生」
「その言い方っておかしくない?」
「何が?」
「まるで『学校には行ってないけど、もしも学校に行ってたら中学生のはず』みたいな言い方」
「いや、合ってるよ」
「はぇ?行ってないの?」
「行ってない」
「義務教育って知ってる?」
「知ってる」
「クズなの?」
「それを現在進行形で学校をサボってる人に言われると極限級にムカつく」
「じゃあなんで行ってないの?」
「義務教育ってのは義務じゃなくて権利なんだ。『教育を受ける権利』のね。権利と言うのは放棄しても良い、だから放棄することにした。ただそれだけ」
なんだろう……この子、アオちゃんに似てる気がする……。
「でもそれなら『義務教育』って言い方にはならないでしょ?だからそんなのは屁理屈じゃ?」
「いいや、屁理屈じゃない。義務教育は親の立場の義務であって子供にとっての義務じゃない。日本人の三大義務さ。だから登校拒否も黙認されてる」
「……三大義務?なにそれ?」
「社会科くらいちゃんと勉強しなよ、クズ」
「すんません、明日から頑張ります」
「それは今日も明日も明後日も頑張らない人間の言う事だ。まぁいいさ、日本人の三大義務は『勤労の義務』『納税の義務』『普通教育を受けさせる義務』のこと」
「へぇー」
「……忘れてたとかじゃなくてガチで知らないのかよ」
「聞くは一時の恥、知らずは一生の恥ってね」
「どっちにしろ恥なんだから恥ろ」
「……てへ♪」
バケツの中に入れられていた魚を顔面に投げられた。
よほど気に食わなかったらしい。
「まったく、食材で遊ぶのはどうかと思いますよ?」
「魚を食材としか見てない人間もどうなの?」
「だって魚って美味しいじゃん?」
「いや、美味しいけどさ……」
「むしろ食べる以外の理由で釣りしてる人って何考えてるんです?」
「いや、こっちに聞かれても困る」
「あれ?好きだから釣りしてるんじゃ?」
「違うよ、いわゆる自給自足」
「は?」
「さっきの会話からだいたい察せない?両親とか居ないんだ」
「両親とかって……ようするに扶養者が?」
「そういうこと」
「でも、それなら警察とかを頼れば……」
「国家権力の助けは借りたくない」
「借りたくない、ですか」
「そう、借りたくない」
「でもさすがにこのまま自給自足と言うのは……」
「大丈夫、そのうち手を打つ」
本当に大丈夫なのだろうか?そんな考えで
「アレは?最近話題の通り魔事件は大丈夫なの?」
「通り魔事件?」
「知らない?今世間を賑わせてる連続通り魔事件。被害者の共通点は女子小学生ってことしか今の所分かってないみたいだけど」
私の言葉を聞いた『彼女』は少し考え込んだ。そして10秒くらいの沈黙の後に声を発した。
「それも問題ない、対策は講じてある」
心配だ、激しく心配だ。
いくら一個上だからってこんなのを野外に放置していたら、変態(ロリコン)の標的じゃないか。変態(ロリコン)の恐ろしいところは幼女にしかエレクトしない所だってサイレンさんが言ってたよ。
よし!ここは私が一肌脱がねばッ!
「じゃあさ、ウチに来ない?」
「は?」
「あ、でも今日からウチは使えないからななちゃんの家だけど」
「おいおい、何を勝手に話を進めているんだ?」
「イヤなの?」
「イヤなの」
「なんで?」
「なんでって……はぁ、分かったよ。行くよ。どうせすることなんてないし」
「そ、ならとりあえず名前を教えてくれる?私は紅莉」
「…………久遠」
久遠……?はてさて、マンガとかでよく見る単語だけど、久遠ってどういう意味だ?
『久しく遠い』と書いて久遠……ダメだ、分からん。
ま、別にいいか、この子がそう名乗っているんだから。お兄ちゃんも言っていた、名前ってのはその名の真意よりも呼んでくれる相手がどんな思いで呼んでくれるのかが大事だって。




