第3話 真紅の炎は辱めを受ける
翌日、私はいつものように学校に登校。
「ななちゃん、聞きたいことがあるんだけど?」
「……言っておくけど、バイクの相談ならワタシよりもバイク屋さんに相談した方が良いと思うわよ?」
「じゃなくて、『椎名蒼子』について詳しく教えてくれる?」
「椎名蒼子ってあの百鬼夜行の?」
「そう、その『百鬼夜行の椎名』の椎名蒼子」
その名前だけは知ってるけど、具体的に何をしたからそんな異名がついたのかは知らないんだよね。
「椎名蒼子、通称『百鬼夜行の椎名』
夜中にドンちゃん騒ぎしている不良グループがうるさくて寝られなかったという理由だけで28人の高校生を木刀1本で懲らしめたことで知られてるわね。
実家が道場をしているから、その剣術はかなりのものだとの噂。
隣町の鏑木小学校に在籍しているけど、最近は不登校でワンツーマンタイプの塾で勉強しているという噂。他にもライオンを手懐けたりしたこともあるみたい。
けど、なんで?」
途中までは理解できた。けど、最後の何?
最後のライオンって何それ?
「実は、お兄ちゃんが副業で塾の講師をしていて」
「あぁそういうことね」
この時点でななちゃんはもう気付いたみたい。
親友は話が早くて助かる。
「紅莉ちゃんはお兄ちゃんっ子だもんね」
「超ド級のブラコンってレベルを数次元くらい超えてると思うけど……」
マーちゃんの一言にななちゃんが私に対する酷い評価を下したけど、そんなのは無視無視。聞きたいことはもう1つあるのだから。
「じゃあさ、『常盤ひな』って子は知ってる?」
「常盤ひな?確か先月の全校集会で音楽コンクールか何かで金賞をもらったとかで紹介されてなかった?」
「え?なんで疑問系なの?」
「なんでって、うちの学校の4年5組の常盤ひなのことでしょ?」
「…………同じ学校なのかよっ!?」
「何も知らないで質問してたのね……アンタは」
呆れられた。まったく、ななちゃんはアホだなぁ。知らないから質問してるんじゃないか。
「その常盤さんもお兄さんの教え子なの?」
「うん、そうなの。けど、その子とは仲良くなれるかな?と」
「ん?仲良くなりたいの?」
マーちゃんの質問に答えると、今度はななちゃんが質問してきた。
「うん、仲良くなれるに越したことは無いと思ってる」
「なぜかは聞かないけど、頑張りなさい」
「頑張れ~」
親友2人は優しいね、エールを贈ってくれるから。
やっぱり友達とは良いものである。
それに比べて夜中に人を待ち伏せして斬りかかるような人間はどうかと思いますよ。
▽
「お前が昨日迷い込んだ世界はMWと呼ばれている」
「ムー?」
勉強会の続きだ。面倒くさい講義のはじまりはじまり。
「『MW』は局地的に起きてしまうプチ災害。現実世界には被害はないが時々民間人が迷い込んでしまう。しかしモンスターが闊歩しているため民間人がMWに入ることを防いでいる『機関』が存在する」
「ムーってののことはなんとなく分かった。それで?機関って?」
「機関だ」
『機関って?』と言う質問にその答えはどうなんだろう?
いや、『機関』の意味くらいわかるよ?
「いやそうじゃなくて、機関の名前は?」
「機関は機関だ」
「機関が機関なの?」
「そうだ、機関は機関なんだ」
「機関は機関で、機関って名前の機関なの?それとも機関は無名で機関なの?」
「待て、さすがの俺でも混乱してくる……」
お兄ちゃんは一拍置いて情報を整理しはじめた。
「とりあえず今までのをまとめると、『機関』に所属している俺や魔法少女たちはMWの中にいるモンスター達を駆除することが主な目的だ。そしてお前も魔法少女になった。だから機関に所属して蒼子がお前を助けたように誰かを助けて……」
「えぇ~?ヤダ」
「はっきりだな」
「だって左右反転してるようなイカれた世界であんなクマみたいなモンスターと闘えってことでしょ?」
「その通りだ」
「そりゃ普通はイヤでしょ?むしろなんで皆闘えるの?命懸けてないの?」
「死ぬ可能性はほとんど0と言っても良いぞ?」
「それはそれでボランティアに勤しめってことでしょ?」
残念ながら私は見知らぬ誰かのために貴重な時間を犠牲にするほどお人よしではないのだ。
正直な話、私はお人よしと呼ばれる人間が嫌いである。
人間には欲望と言うものが存在し、理性が働くことで欲望を抑えている。
けど、それでも欲望は存在するから完全には抑えられない。
だから欲望に従うのは決して咎められることではない、しかしお人よしと呼ばれる連中はまるで価値観に支配されているかのように『他人』が正しいと思うことを平然とやりたがる。
ぶっちゃけ病気だね。自分らしさが無いと言っても過言じゃないよ。
でもきっと彼らは人助けなどの善行をすることが彼らにとっては愉悦なんだろう。
じゃないとそれは殺人鬼と同じくらい常軌を逸してるね。
私なら自分の大切な人のためにだけ行動したい。別に仕事ってわけじゃないしさ。
「それは違うぞ?魔法少女には基本給として月に10万円が与えられる。後は歩合制だ」
「なふっ!?基本給だけで月に10万円っ!?なにその金額!?中卒のフリーターの月給くらいあるんじゃない!?」
お兄ちゃんの言葉に動揺しちゃう。
だって10万だよ!?お正月のお年玉の10倍だよ!!
「機関はヨーロッパやアラブ諸国の金持ちのパトロンによって作られているんだ。特にアルジェント皇国との繋がりが大きい。魔法少女達への報酬はこの『機関』により与えられて、『機関』はある程度の社会的信頼が一部の国家からもされている。つまり魔法少女に月に10万円払うくらい簡単なんだよ」
ほへぇ~……。10万円……それだけあれば……。
「お兄ちゃん!!」
「どうした?何か質問があるのか?」
「私、魔法少女になります!!」
「……現金な奴だな、お前は」
こうして私は月10万円のために魔法少女になりました。
全てはお金のためであります。
はい、私は俗物です。文句を言う奴は死ぬれば良いと思います。
▽
「ところでお兄ちゃん、ひなちゃんは今日はここに居る?」
勉強会が終わり、教科書を片付けているお兄ちゃんに質問する。
「ひなか?たぶん中庭だろうな。蒼子ならなんとなく理由は分かるがどうしてひななんだ?」
「別に、これからしばらくの付き合いだからそれなりに仲良くなろうかなぁって思っただけ」
「それは良い心がけだ。コミュニケーション力ってのは最近重要視されてるからな。けど紅莉の場合、デリカシーの方が……」
説教に発展しそうだったので、私は早々に教室っぽいところを出て中庭に向かった。
親の心子知らずとは言うけど、私はお兄ちゃんの気持ちくらい理解できてるから問題ないのである。本当の親の心は全く理解できないけどね。あの人たちの思考回路は変人と罵られている私ですら意味が分からない。
さてと、中庭らしい場所に着たけど、誰も居ない。
しかしながら素晴らしい音楽が聞こえてくる。
クラシックってあんまり聞かないけど悪くない。
今度、ななちゃんにオススメのCDを借りるかな。
と、そんなことを思いながら中庭を散歩、もとい常盤さんを探していると目を閉じてヴァイオリンを弾いている常盤さんが居た。
よく知らないけど、上手い奏者ってのは目を閉じるのが定番なのだろうか?
視覚を封じることで聴覚を鋭くすることが出来るって何かの本で言ってたけどそれ?
私的には自分に酔ってるようにしか見えないんだけど突っ込んじゃダメなんだろう。
ところで『突っ込んじゃダメ』ってなんか卑猥だよね?
何処に何を突っ込んじゃダメなのか?ってセクハラで出来そう。
ヴァイオリンを弾いているひなちゃんを見ながら音楽を聴いていると彼女がこちらに気付いてびっくりした。
「……つ、月宮紅莉さん……?い、いつから?」
「ブラバー、ブラバー、素晴らしい演奏だったよ」
「え、えっと……お、お粗末さまです」
ブラバーとはブラボーのことである。
ブラボーは男性に対して使う言葉で、女性にはブラバーと言うそうである。
……そういえばイタリア語って男性と女性で使う言葉が違うのかな?
その点、日本語って簡単だよね。ひらがなだけで意味通じるし発音も気にしないで良いし。ただし古典、アンタはダメだ。理解できぬ。
「あの……どうかしました?」
「いや、単に聴き入ってただけ。てっきりCDか何かだと思ってたけどさすが常盤さん。音楽コンクールで賞を取ったのは伊達じゃないってね」
「え?なんでそのことを?」
「私、同じ学校なんだ。6年2組」
「そ、そうなんですか。じゃあこの前の集会のことを?」
「ごめん、集会の内容とかぜんぜん聞いてない」
同じ学校ってだけの全く知らない生徒が何をしたとしても1ミクロンも興味沸かないのです。
知ってる人ならともかく。知らない人を『地元だから』って理由で応援するオリンピックとか訳わかんない。そんなこと言ったら究極的な話、同じ地球人だし、同じ生物じゃん?
……そういえば中学に入ったら部活の激励会とかあるんだっけ?
やだなぁー。知らない人を応援できるその精神ってどうなんだろう?
むさ苦しい男たちのことをどうして強制的に応援しなきゃダメなのか理論的に説明して欲しい。
そして嫌がる女子に応援されて嬉しいのだろうかね?あ、男の人ってそういうのが好きなのか。
そういう趣味はモテないと思う、私Mじゃないし。
これだから思考停止で古い慣習に縛られてる人類はバカなんですよ。諸行無常、日進月歩で世の中は変化してるんだから。
「あ、あの……音楽ってやるんですか?」
おやまぁ、これは変わった質問だ。
彼女も私と仲良くなりたいのだろうか?
ならば話が早い。
「ふっふっふ、私だってリコーダーくらいならできるよ」
「そうなんですか、じゃあ……はい」
そういって何処からともなくリコーダーを取り出した。
「その異次元ポケットにはなんでもあるの?」
異次元ポケットと言う名称があっているのか知らないけど、名称を知らないのでそう呼ぶしかないのだ。
某ネコ型ロボットのようにポケットから物を取り出す仕草に似ているし。『てってれ~♪』な効果音もあればこれは異次元ポケット以外の呼び名は要らないと思われる。
「いえ、なんでもじゃないです。管楽器に打楽器、そして私が得意な弦楽器くらいでピアノのような鍵盤楽器は対応してないです」
対応?変な言い方だなぁ。まるで収納してたものじゃないみたいな言い方。
今の言い方だと『なにか』を変形させたような、そんな言い方だね。
「へぇ~やっぱグランドピアノとかは取り出しにくいから?」
「それもありますけど、鍵盤楽器は不得手なんです……」
ひなちゃんの顔が少し暗くなった。
まずい、地雷だった!?
ここは空気をよくするために私の華麗な演奏で場を和ませないとっ!
「じゃあ、吹いてみるね!」
半ば強引にリコーダーを手に取り、咥えて息を吐く。
ふぴぃーーー。
「………………」
至極残念な音色の後に心をえぐるような沈黙がこの場を支配した。
さ、再度挑戦!!
フピィーーー!!
「あ……えぇっと……お、お上手ですね……」
「やめて!お世辞とかやめて!生半可な優しさは時に人を傷つけるんだよ!!」
何て言えば良いのか分からない、そう言いたい顔で目を逸らしながら私のプライドを傷つけないようにフォローしてくれたひなちゃんに対して私は心から絶叫してしまった。
「く、くそぉ……自前の、自前のリコーダーならちゃんと鳴るのに……」
「が、楽器のせいにしないでくださいよ、月宮さん」
苦笑しながらひなちゃんが苦言する。
「あ、そうそう、私のことは『紅莉』で良いよ。敬称はご自由に」
「え!?い、いやさすがに……」
「でも、苗字だとお兄ちゃんと被るし」
椎名蒼子みたいにフルネームはなんかイヤだ。
他人行儀と言うよりも敵のような感じがする。
あの極悪ポニーはなぜか私のことが気に食わないみたいだし。
最初に殴ったのはあっちだから悪いのはあっちのはず。
悪いのは私じゃない、あのクソガキだ!
大人気ない?違うね、年下だろうと本気で叩きのめす、それが月宮クオリティである!
「じゃ、じゃあ……紅莉さん……?」
「うむ、オールオッケー!!じゃあ私はひなちゃんって呼んでも良い?」
「は、はい、もちろん」
よし、これで今回の目的の第一目的はクリア。
「じゃあさ、ひなちゃん」
「はい?」
「今度親睦を兼ねて遊びに行こう!!」