第12話、深蒼の氷は挫折を知る
食堂に来ると、シルヴィアさんがラタトゥイユを食べていたので挨拶をしてみた。
「どうも」
「やぁ、先日ぶり。椎名蒼子」
特盛の牛丼のテーブルに置くと半目で睨まれた、いや呆れられた?
「相変わらず君は食べるのか」
そういえば半年前に会った時も同じような事をいわれた気がする。
「カロリーを消費しているから大丈夫なのです」
「消費ねぇ……またモンスターを狩っているのかい?」
「えぇ、今日もコアラタイプの討伐を終えて来ました」
アタシの報告を聞いたシルヴィアはスプーンを置いた。
「コアラはああ見えて獰猛だと聞くが?」
「問題ありません」
「問題だ、君のその自信過剰っぷりは」
「はい?」
何を言い出すのだろうか?この人は。
「いくら班員が『あんな』2人だからって単独行動を好むのは良くないと思うな」
「『あんな』?」
なぜだろう、心がざわついてきた。
「あんなだ、12歳と言う遅咲きのせいか魔法と言う力を手に入れたために自分と言う価値を過大評価している。だから自分がどれだけ危険な事をしているかの自覚がない」
「そこまで言う事は……」
ないだろ、このクソアマ。
「ふん、死にたがりは勝手に死ねば良いさ。だがな、世の中ってのは生きたいと願った奴が死に、死にたいと呟くような奴が生きてるんだ。そんなのが正しいと本気で思うのか?君は」
「紅莉は……紅莉は確かにバカだし無謀ではありますが、決して死にたがりでは……」
「君は見る目がないんじゃないか?」
「見る目がないのはアナタです。紅莉はあのブラウンに勝ったんですよ」
「二対一でだろ?それにブラウンは油断しながら遊んでいた。そんな状態の相手に勝ったのに、ますます調子に乗っているのではないか?『私はイケる!』と自惚れているのだろう」
歯を噛み締める、我慢だ、我慢しろ、アタシ……。
「まったく、ブラウンの性格にも困ったものだ。あんな『ゴミ』が粋がるから本気で潰してもらいたかったな、それこそプライドがずたぼろになるような完全敗北を与えて……」
「我慢ならん!紅莉のことも知らずによくそんなに喋れるなッ!!」
「ほう?つまりなんだ?この私が憶測で物事を判断していると?」
「その通りだ!」
「ふっ、つまらない冗談だ。前々から君の……いや貴様のその自信過剰なところは見てて不快だ、腕の一本でも折ってやろうか?」
「ケンカでもやりたいのか?」
「あぁ、貴様が私に嬲られたいと言うのなら全力を出して相手をしてやろう」
◇
ガヤガヤざわざわ ガヤガヤざわざわ ガヤガヤざわざわ
「なんか騒がしいね」
食堂に来た私とひなちゃんは先に来ているであろうアオちゃんを探していたのだけど、なぜか
「ですね、何かあったんでしょうか?ソレイユさんでも着たりしたんでしょうかね?」
ソレイユ?また知らない人の名前が出てきたぞ?
そういえば機関の人ってほとんど知らないなぁ。
この機会に色んな人のことを知っておこう、と思ったその瞬間。
「おぉい!中庭でケンカだって!」
モブ、ではなく知らない女子がなにやら叫んでいる。
どうやら野次馬を集めたいらしい。
「ケンカだって。ひなちゃん、魔法少女のケンカって珍しいの?」
「そうですね、隔週の割合で何かしら起きているような気はしますが……」
多いのか少ないのかちょっと分からない頻度だね。
しかし、隔週でやってるなら珍しくはないと思う。
「今回のケンカはいつもとわけが違うって!!あのシルヴィア・リリィ・アルジェントと椎名蒼子だってよ!」
ブフゥーーッ!!鼻から牛乳が出てきた……って何やってんだ、あの子は!
「ひ、ひなちゃん?シルヴィア・リリィ・アルジェントって……」
「はい、『あの』シルヴィアさんです」
「ってことはアオちゃんのピンチ?」
「……おそらく大ピンチでしょう」
はぁ……ホント、何してるんだ……。
◇
刀でシルヴィアに斬りかかる。
けれど、シルヴィアはそれをなんなく避ける。
ブラウンの未来予知とは違うことはアタシには分かる。
これは剣閃を予想して避けているんだ。
完全に見切られてる。
「どうした?せめて剣を抜かせてみせてくれないか?」
シルヴィアの固有魔法は『破壊』
固有魔法の中では群を抜いて強力なもので、触れたものを問答無用で『破壊』する。
固有魔法だけでも強力なのに、シルヴィア自身のスペックが超次元なのが痛い。
覚えている、半年前にチェスで手も足も出なかったことを。
「来ないのか?失望ものだ」
武器を持っていない素の拳で殴られる。
全てがおかしい。こちらの攻撃は全て見切られているのに、相手の攻撃は全て食らってしまう。
アタシは何だ?アタシは誰だ?
アタシは椎名蒼子だ。バカな雑種とは違う……。
違うんだ…………。
『君の周りの人間が低脳なアホだとしても、相対的に君がそのアホ達の上位になる理由には少し足りないと思うよ』
頭の中で、半年前のシルヴィアの説教を思い出す。
つまりなんだ?シルヴィアにとってアタシはそこら辺に居るアホ達と同レベルだってこと?
「ふざけるなぁぁああああ!!」
激高する、感情が昂ぶり怒りで頭が満ちる。
怒りのままに刀を振るうと周りが凍りついた。
「ん?これは……能力暴走か?」
「これでも、アタシが雑兵風情と同じだって言いたいのか?」
「ふっ、その程度の実力で粋がるんじゃない」
クリオネタイプを一掃した氷の棘で四方から襲い掛かる。
けれど、シルヴィアはそれを片刃の剣を取り出して『破壊』し尽くした。
「ふん、剣を使わせたことは褒めてあげよう」
「な、何で……何で今のが?」
奥の手すらも簡単に対処されたことに呆然としてしまう。
今、アタシは自分のプライドがずたぼろにされたことを理解した。
◇
椎名蒼子の氷棘を剣で一文字に振っていなす。
氷棘を『破壊』されたとこに驚いている椎名蒼子の腹部を蹴り上げる。
ついでに肋骨を2本ほど折ってやる。
「ガッ!」
椎名蒼子の顔面を鷲掴み、そのまま頭ごと壁を殴る。
さすがに頭部に直接魔法は使わない、これは甘さか?それとも優しさか?
「貴様は勘違いをしている。おそらく『戦闘服を着ていないと言うことはアタシのことを舐めているのだろう、だったらその油断を突けば勝てる!』とでも思ったのではないか?」
「な!?」
「しかし、私は貴様の評価を正当に下している。戦闘服を着ていないのは貴様を過小評価しているのではない、着る必要がないと判断し、その結果がこれだ。貴様の『凍結』では私と相性が悪い、どれだけ頑張ってもそれでは私には通用しない」
説教を始める私を椎名蒼子は憎そうに睨んできた。
「アタシは……アンタみたいな人間の顔に泥を塗りたい、そのためだけにアタシは今まで頑張ってきた!誰も到達できなかった高みに辿りつくために!なのに、なのに!!」
「そんな軽い志で闘っていたのか?失笑を通り越して嘲笑するぞ」
「笑うな!!アンタにアタシの何が分かる!」
「分からないな、貴様のような幼稚な思想なんて分かる必要がないからな」
この阿呆への教育は腕の骨を1本折ってしまいにしよう。
剣の峰で腕の骨を『破壊』しようと思うと、 唐突に五月蝿い鳥のような鳴き声で叫びながら月宮紅莉が文字通り飛んできた。
「うげぇーーー!!」
こんな奇行をされたのはは生まれて初めてだ。
「アンタみたいな人間は気に入らなかったんだ」
「ふん、雑魚が粋がるな」
月宮紅莉が武器である杖を取り出して構えた。
仕方ないのでそれに応戦しようと剣を構える。
すると月宮教官が乱入してきた。
「お前は何をやっているんだ!」
怒鳴りあげて紅莉をゲンコツした。
「ふみゃー!」
尻尾を踏まれた猫のような悲鳴をあげるバカ。
「お、お兄ちゃん……?」
「どういう経緯があればそうなる!」
「は、早とちりだよ……。私はケンカしているアオちゃんとあの凶暴白人女の仲裁に来ただけで……」
「嘘吐け!シルヴィアが蒼子とケンカするわけが……」
「えぇ、端的に言えばケンカしていましたよ」
バカ兄妹のケンカに付き合うのは時間の無駄だ。
「……少しは妹の言う事も信じないとな」
「お兄ちゃん、謝罪が先だと思うよ?」
「何を言ってる?日ごろの行いが悪いせいだ」
自分だけ幸せそうに……。
このままバカ兄妹を見ていると不愉快が加速しそうなので終了しよう。
「ケンカがダメなら正式な模擬戦なら問題ないでしょう」
今日はもう帰りたい、自室に帰って紅茶でも飲もう。
「おい、勝手に話を進めるなよ」
「よし!乗った!」
「だから勝手に話を進めるな!!」
「それでは、詳細な日時は後日伝達しよう」
よし、帰るか。
「ちょっと待て!シルヴィア!!」
後ろから何かがついて来ているような気がするけど、気にしない。
▽
「ただいま戻った」
「おかえりなさい、シルヴィアさん」
機関から与えられた自室に戻ると、珍しく私の班の班員であるすみれが紅茶を飲んでいた。
「すみれ、良ければ私にも紅茶を注いではくれないか?」
「アイスティーですけど?」
「あぁ、問題ない」
「優雅にティータイムの前に少しばかり話をしないか?」
無断で私の自室に入ってきた月宮教官が問いかけてきた。
ここでお引取り願いたいが時間の無駄、要件だけ済ませてとっとと帰ってもらおう。
「何か問題でも?」
「何かじゃねぇだろ!!どういう思考回路をしていれば紅莉と模擬戦になるんだ!」
「本人も同意していました、問題点など存在しないと思われます」
「すっとぼけんな!誰がどう考えても問題点しかないだろうが!実力が拮抗しているなら模擬戦も許可するが、今回はまったく違う。一月前は魔法なんて使った事もないような素人と2年前から魔法少女をやっているお前が闘ってマトモな戦闘になるわけがない」
「でしょうね」
すみれが注いでくれたアイスティーを飲む。
ふむ、紅茶は良い。この砂糖の甘さが良い。
コーヒー?あれは論外だ、砂糖とミルクを入れても苦い。
日本茶も口に合わない。砂糖が合わないからな。
「でしょうって、分かっててやるのか?」
「分かっててやっているつもりです、けれど残念ながら月宮紅莉は勝つ気なのでしょう。そこが問題なのです」
さて、そろそろマジメに会話でもしましょうか。
「……お前、まさか」
「あなたの監督不行き届きで誰かが死ぬのを私は許容することはできません」
「お前がオレのことを嫌ってるのは分かる。しかし、少なくともオレはあの日は非番でお前らもそうだっただろ?クロがどうしてMWに1人で突入したのかは知らないが、クロの件をオレに責められても……」
「そういう話ではありません、あなたはクロが死んだことから何も学んでいないことが問題なのです。どうしてそうなんですか?自分の実妹がモンスターに惨殺され誰にも見取られずに死んだとしても、また仕方がないと言って切り捨てたいのですか?」
「だからって、お前の言い方じゃ」
「あなたが手綱を握らないから私が代わりに握ってあげているのですよ」
確固たる想いを込める。
月宮紅莉が死のうと別に私は構わない。けれど、彼女も人の子だ。むやみに死んで良い道理も無いだろう。
「……もういい、どうせ紅莉の方もヤル気満々だからな。けどな、人にはできることとできないことの二種類がある」
「あなたのその開き直りっぷりは、嫌いです」
「割り切ってるんだよ……どんなに頑張っても人は死ぬからな……」
捨て台詞のように呟きながら月宮教官は出て行った。
「嫌いです、そういう考え方は」
独り言をぼやいた。
不愉快だ、不愉快で仕方がない。
こんな時こそ、甘味が私の心を癒してくれる。
今の私には甘味以外に優しくしてくれる存在は居ないから……。
「何かあったのですか?」
状況が理解できないすみれが質問してきた。が説明する必要も無いだろう。今度の模擬戦は見にこないだろうし。
「君が気にするような事ではないさ」
「そうですか、なら良いですけど」




