第9話、白銀の剣は綻びを嫌う
「だぁかぁらぁー、クリスマスと言ったらブッシュドノエルでしょ!!ノエルってクリスマスって意味だってことくらい日本人だって知ってるんだよ!」
「それはフランスの話だ、なぜわざわざあんな薪のようなケーキをチョイスする?ここは王道のデコレーションケーキ、日本流に言うのならイチゴのショートケーキだろ?」
クロが珍しくクリスマスケーキに拘りだした12月22日。私とクロはクリスマスに食べるケーキについて揉めていた。
「なんて低レベルな争いなんだ……久しぶりに2人が歳相応に感じたよ……」
私達の論争を見た紫苑が頭を抱えだした。
「黙れ!今回ばかりは譲らないよ!!」
「何を言う!このシルヴィアから甘味のことで融通が利くとでも思っているのか!」
「だって普通のデコレーションケーキなんて何時でも食べれるじゃん?だったら特別なブッシュドノエルを食べたほうが良いじゃん?」
「何を言ってるの?いつでも食べられると思っているからこそ、逆に全く食べないのではないんじゃないの?」
「だったら年を明けてからで良いじゃん!お正月でもさ!!」
「日本で初めての正月だ。正月らしいものを……」
「ほら!今、自分で『正月らしいもの』って言ったよね!だったらクリスマスもクリスマスらしいものを食べようよ!」
「ここは日本じゃないか!日本でクリスマスらしいものを食べるのか?クリスマスに七面鳥ではなく鶏を食べてクリスマス気分に浸るような国だと言う事は私はもう知っている!」
「おいおい2人とも、そろそろ落ち着こうじゃないか。たかがケーキでそこまで口論するなんて……」
私とクロの口論に仲裁しようとしてきた紫苑。だが、その行為は私たちにとっては火に注ぐ油のようなものでしかない。
「「たかがケーキだとっ!?」」
クロと声がハモってしまう。
現在形で口喧嘩しているにもかかわらず根幹は同じなのである。
どちらかが折れればこのケンカはすぐに終わってしまうだろう。
「あ、はい……すみませんでした」
紫苑は謝罪してきた、ここでそろそろ私が折れようと思ったのだけど。
「もういいよ!本気で怒った!!」
我慢の限界だったのかクロが玄関の方に向かい。
「べーっ!」
ベロを出してあっかんべぇをして来た。
これは怒っていたのか……?
まったく分からない……。
「ったく……何なのだ?なぜあそこまでブッシュドノエルに固執する?ロールケーキにチョコクリームを塗っただけではないか?」
テーブルに置いてあったケーキ屋のクリスマス特集のチラシを手にとって読む。
うむ、何回見返してもデコレーションケーキにしか興味が沸かない。
「シルフィー、まさかとは思うがクロがなんで怒ったのか理解していないのかい?」
やれやれと溜息を吐きながら紫苑が私に話しかけてくる。
「ん?それはクロがブッシュドノエルを食べたかったからだろう?」
「違う、明日は何の日だ?」
今日が12月22日だから明日は当然23日になるはず。
違うか?違わないな。
むしろ違うと言われたら私は人生をやり直したくなる。
「12月23日、日本人はクリスマスイヴイヴと言うな」
「そうじゃない、明日はクロの誕生日だ」
「ぬ?そうなのか?」
不味いな、完全に記憶していなかった。
…………うむ、記憶した。
「知らなかった?」
「すまない」
「その様子だと誕生日プレゼントも用意してないね」
「いや、その点はぬかりない。先日、クロが『剣』を欲しがっていただろ?だからその剣を誕生日プレゼントとしてプレゼントすれば良い。問題なんて何もないさ」
「なら問題ないね。なんで用意していたのか疑問だけど」
それはアクセサリーのお返しくらいしないといけないとは思わない?
照れくさいから黙っていたけどね。
「話は変わるけど、クロは自分の誕生日を祝ってもらった事がほとんどないのさ」
「は?何を言っている、日本にも誕生日を祝う文化はあったはずと記憶してるよ?」
確かほとんどの先進国では誕生日と言う概念があり、誕生日の概念がない文化圏はカレンダーの概念がない遊牧民に多いそうだ。聞いた話だが、アフリカのとある国では1月1日の誕生日が多いらしい。
「もちろんそうなんだけど、何かのイベントと近い誕生日の場合、それと一緒に扱われることが多いんだ。クリスマスと言うのは子供にとってプレゼントをもらう日でもあるからね」
「つまり、誕生日プレゼントがクリスマスプレゼントでもある、と?」
それは確かにちょっと辛い、普通の人間よりも1回祝われる回数が減るということになる。
となれば、あそこまで本気になっても仕方ないかもしれない。
「そういうわけ、だからクロは自分の誕生日ケーキでもあるクリスマスケーキにあそこまで躍起になってたんだ」
「なるほど、なら解決案は簡単だ。明日のクロの誕生日はデコレーションケーキを食べ、そしてクリスマス当日にブッシュドノエルを食べれば良いではないか」
「そこで2種類とも食べると言う結論が即座に出ることに拍手したいよ……」
「よし、ではさっそくケーキ屋でバーディケーキを依頼せねばな」
部屋着の上から一枚コートを羽織りブーツを履いて意気揚々とクロのためにケーキ屋へ赴く。
「いってらっしゃい」
しかし、私はこのケーキが無駄になるなどこの時は予想できなかった
▽
「は……?クロが死んだ?」
クロの誕生日である12月23日、私は紫苑から信じられない言葉を耳にした。
「あぁ……すまない、わたしが駆けつけた時にはもう手遅れだった」
「お、おいおい紫苑、そういうのは笑えない冗談だって。それともなんだ?日本ではそうやって人を騙すような習慣でもあるのか?」
親友の気味の悪い冗談を切り捨てる。
まったく、ここまで性格が悪いとは思って居なかったよ。
「シルフィー、……わたしが、こんな不謹慎なことを冗談で言うと思うか?」
「じゃあ何を言ってるんだ!」
その瞬間、頭に血が上った。視界が涙で溺れ目を開く事すら難しい。激怒のあまり感情が暴走している。思考回路が消滅し、存在しているのは動物のような理性のない脳みそだけである。
本能のままに、紫苑の胸倉を掴み、品性を捨てて涙声で怒鳴る。
「クロが死んだ?そんなことを言われて正気を保てとでも言う気か?ふざけるな!!」
「事実を伝えなければいけないだろ……今日はクロの誕生日だ、ならクロが帰ってこないわけがない。だが、」
「黙れ!黙れだまれダマレ黙れだまれダマレ黙れッ!!」
聞き入れたくないことを拒む子供がここに居た。
真実から逃げたくて仕方がない子供がここに居た。
「シル……」
「黙れと言っている!何が事実だッ!クロがモンスター程度に負けるわけがない!クロの能力は私も理解している、クロの能力ならば!」
既に起きてしまった事象を否定するために、合理的な理由を作り出す。
非常に愚かしい、自分で自分が哀れである。
分かっているのに、頭では分かっているのに心が分かろうとしていない。
「シルフィー!!」
「ッ!」
紫苑の言葉で我に返る、そして紫苑の顔に大粒の涙が溜まっている事に私はようやく気付いた。
「お願いだ……お願いだから理解してくれ……わたしだって辛いんだ、クロを助けられなかった事が」
紫苑の姿はまるで神への懺悔のようだ。
自分の無力を私に謝罪しているようである。
紫苑が謝る理由がどこにある?
聞き分けの悪い私が悪いはずなのに……。
「クロが死んだ……死んだ……死んだんだ」
心に言い聞かせるために口に出してみる。
頭の中で反芻する、クロが死んだと言う事実が。
私の心がそれを受け入れるまでその事実は反芻し続けた。
「ぅぁあああっ!」
親愛なる友人の死を理解して泣き叫んだ。
私に料理を振舞ってくれたクロ。
私のためにコスチュームを選んでくれたクロ。
私に絶景を見せてくれたクロ。
私と些細な事でケンカをしたクロ。
昨日までのクロとの思い出がフラッシュバックする。
初めての人の死を体験した私は泣いた。
どれだけ泣いたのか分からないくらい、私は号泣した。
嗚咽を漏らし、顔面に大量の涙が流れようと構わずに慟哭した。
親友の死を悼みながら、私は哀哭することしかできなかった。
▽
2月22日、今日は私の誕生日である。
しかし、誕生日を祝ってくれる友人も家族も今は居ない。
いつも通り、そう最近にとっての『いつも通り』の日常を機関で過ごす。
そんな私を心配してか、私の担当教官である月宮教官が話しかけてきた。
彼はロリコ……もといシスコン番長と言われ、魔法少女たちからの評判はあまりよろしくない。
おまけに性格はいい加減であり、仕事は過不足なくしかしない現代人の典型である。
無論、彼の行動は間違っている所か叩かれる要素もないほど正しいのだけど、それが逆に私には不愉快だった。もっとマジメだったのなら、違う未来もあっただろうに……。
「なぁ、シルフィー。良かったら今日はオレの家でメシを食べないか?誕生日くらい御馳走してやるよ」
「お心遣い感謝します。しかし、謹んで遠慮させて頂きます」
「分かった。けどな、張り詰め過ぎるなよ」
「善処します」
話しかけてきた月宮教官から距離を取り、自宅へ帰った。
「『善処』ねぇ……その言葉はな、善処しない奴が言う言葉なんだよ……」
▽
夜8時、料理を作らない私の晩飯は基本的に外食かレトルト食品に頼っている。
料理の練習はしてみたのだが、どう頑張ってもクロのようには上手くできない。
クロのように上手くできないからこそ、彼女のことを思い出してしまう。それが堪らなく辛い。
3回ほどの練習で挫折してしまった。
人には出来ない事と出来る事がある。だから私は料理を出来ない事にカテゴライズした。
そしてテレビをつけているが、ニュース以外はろくな番組をやっていない。
そのまま電源をつけっ放しにして自室に戻る。
『自室』か……。何を持ってこ人の家の人の部屋が『自室』なのだろう……。
借家でもないから自室にはならないだろうが、この家の主はもういない……。
なら居候の私が勝手に『自室』と主張するのはおかしいことだ。
今度、この家を出て機関に融通してもらい部屋をもらうか。
そうと決まれば荷造りをしなければな。
まずは服である。夏用の服をまとめ、次にあまり着ない系の服、そしてソックスやショーツなど……後はアクセサリーか。アクセサリーと言っても私が持っているのはアレくらいだけど。
机の引き出しにしまいこんでいた木箱の中から私は白のチョーカーを取り出した。
白のチョーカー、ハロウィンの時にクロが私にくれたものだ。
高価なものでもない上に、私は気に入っていなかったので今までつけようと思った事などない。
だが、良い機会だ。つけてみようではないか。
「ふむ、やはり似合わないな」
白のチョーカーは私には全然似合っていない。
「だが、貴様にはそれで良い、貴様にはな」
鏡の自分に向かって言い聞かせる。そうだ、これで良いのだ。
私の人生に『お洒落』等と言う概念は必要ない。
これは『記号』だ。
これからの『私』と言う記号なのだ、今までの『私』ではない記号なのだ。
これで、今までの『私』とはさよならだ。
私は……変わった、変わってしまったと言うべきなのか、それとも変わることができたと言うべきなのかは分からない……。
けれど、私は自分自身への変革を必要とした。
誰もが手に入れたい優しい世界を求めて、私は闘うことを選んだ。
そのためには今までの人間性など邪魔でしかない。
残酷なまでに鋭い正義と、残虐なまでに堅い信念が必要なのである。
だからこそ、軟弱で貧弱で脆弱だった今までの私は私が殺すしかない、求めた物を手に入れる代償として。




