第2話 真紅の炎は非常識と向き合う
「魔法少女とはその名の通り、魔法を使うことが出来る女の子のことである。
一部の女の子は9歳までの間に魔法が目覚める。早い子だと4歳くらいの内にはもう目覚めるらしい。ここまでは良いか?」
黒板にキュートな魔法少女(?)の絵と諸々の説明文を描いて指示棒で指しながら説明しているお兄ちゃんの授業を私は頬杖を付きながら聞いてた。
「良くないよ、お兄ちゃん」
「何か問題が?」
「どうしてそんな可愛らしい萌え絵が描けるの?」
「黙れ、兄の渾身の作品を萌え絵などと表現するな」
おやおや、このご時勢で萌えを否定しますか。
萌えってのは文化だよ、言ってしまえばフェチみたいなものですよ。
妹萌え、良いじゃないですか、むしろ最高じゃないですか!!
「バカっぽい質問は今後無視する」
どうやらマジメなノリで話を進めたいらしい。仕方ない、ここはマジメな質問にしようか。
「でもさ、私は12歳だよ?9歳までに目覚めるんじゃないの?」
「お前みたいに特例も居るさ」
「……はいはい、分かりましたよ。それで?」
退屈極まりない、ここまでつまらなくて興味を惹かれない講義も珍しい。
まだドイツ語で書かれた論文の方が面白い。
「頬杖を突くな。それでだ、魔法には主に2種類ある。1つは魔法少女なら誰でも共通して使える『基礎魔法』と、もう1つは個々の魔法少女が1つずつ使える『固有魔法』だ」
「……固有魔法?」
はてさて、またみょうちくりんな設定が飛び出してきましたよ?
固有魔法ですってよ?固有魔法。
何が固有なんですかね?別に説明してくれなくても大丈夫だけど。
「そうだ、おそらくお前が空に浮かんだのはこの固有魔法だ」
「他の魔法少女は浮けないの?魔法少女って言ったら箒に跨って飛ぶイメージだけど」
「それ……魔法少女じゃなくて魔女っ子じゃね?」
違いが分からない~。
「魔法少女のことはまたおいおい話すとして……蒼子、頼んでいた本は持って来てくれたか?」
「はい、これですよね」
和装ポニーテールがお兄ちゃんの指示で運んできたらしい百科事典のような分厚い本が数冊積まれているのを指した。
「えっと……『基礎魔法のすゝめ』……これはもしかして……教科書?」
「ご名答。文字通り基礎魔法のマニュアル、魔法少女の先輩方が書いてくれたもんだ。お前にはこれから3日でここに書いていることを全て読んでもらう」
「ほげっ!?」
何の嫌がらせですか!?こんなの小学生のやることじゃないよ!?
だいたい魔法ってこんな面倒な過程を経てなるものなの?
魔法のステッキとかと契約して適当になるものじゃないの?
「『ほげっ』とか、そういう可愛くない声を出すな」
『ほげっ』は可愛いと思うけど?
言い手の問題?……ちょっと!!それって私が可愛くないみたいじゃん!!
ぷんすか!
「でも、この量を3日だよ!夏休みの宿題よりも酷いよ!!」
「大丈夫だ、お前ならやれる」
「ここで褒められても嬉しくないよ!」
いや、本当は嬉しいけど、ここで嬉しがってるだけだとチョロいと思われそうでイヤだ!!
「うるさい上に不平不満が多い女……教官、今日はもう失礼しても良いでしょうか?」
「あぁ、悪かったな。お疲れ様」
「お疲れ様です」
私に腹パンしてくれやがった凶悪ポニーテールがお兄ちゃんにお辞儀して部屋を出てった。
なんなの?あのクソアマ……確かお兄ちゃんは『しいなあおこ』って呼んでたけど……ん?椎名蒼子?もしかしてあの『椎名蒼子』?
「えっと……ひな、お前はどうする?」
このロップイヤーウサギもファーストネーム!?
お兄ちゃんってあれなの!?ロリコンなの!?
それはそれで妹として悲しいよ!?
どうして私には手を出さないのさ!!
「お、お邪魔じゃなければ……その……」
お邪魔だよ!お邪魔虫だよ!
おじゃじゃのじゃだよ!!
……自分で言ってて意味不明だね、これは。
「そう言ってくれると助かる。魔法少女のことを1人でこの妹に教えるのには苦労しそうだから」
聞き分けの悪い子犬をしつけるように言われている気がした。
おいおいお兄ちゃん、常識的に考えてみてくださいよ。
『公園とかにいる鳩は鶏と同じくらい美味しいから捕まえて食べようぜ』と言われて即座に『アイマム!』と首肯できる日本人がどれだけ居るのか疑問です。100人に1人も居ないと思うんですけど?
理不尽に馬鹿にされてることに逆ギレしながら私は質問した。
「……じゃあさ、お兄ちゃん。逆に魔法少女が居るって証拠を見せてよ」
「というと?」
「その基礎魔法とか固有魔法とか言う頭のおかしいとしか思えないその現象を。よく言うじゃん?『論より証拠』って」
腕を組んで『ふむ』と納得したようにお兄ちゃんは数秒考えた。
「ごもっともだな。ひな、頼めるか?」
「あ、はい。どの魔法にしましょうか?」
「お前の固有魔法でなんかやってみせてくれ。大丈夫だ、お前なら出来る」
「わかりました、がんばりましゅ」
あ、また噛んだ。なんかあざといな。わざとやってるって気がする。
このドロボーネコめ!!お兄ちゃんはそんな簡単には篭絡されるわけがない!!
もしもそうだったら今頃、どこぞの売春婦の物になってるだろうさ。
けっけっけ、あざとい雌犬なぞ相手にしないのだよ。
常盤ひなに心の中で物申していると、彼女がどこからともなくヴァイオリンを取り出して、綺麗な音色を奏でた。
……うむ、悔しいが悪くない。それどころか心地良い…………。
その音色に聞き蕩れていると彼女の姿がいつの間にか消えていた。
「ほわっ!?」
「うむ、さすがだ。さて、紅莉。これで信じる気になったか?」
「て、手品じゃないの?」
はっはっは、光の屈折とかを利用した大規模手品でしょ?
ロジックは知らないけど、車の中に入ったり、ポスターからハンバーガーを取り出したりとかするようなマジシャンいるしさ?
「あ!分かった!マジックミラーだ!」
「いや、マジックミラーなら光は反射するだろ……」
真顔で突っ込まれた。
クソッ!やはりお兄ちゃんには叶わないッ!
「ひな、悪いが演奏を中止してくれるか?」
「あ、はい、わかりました」
お兄ちゃんの命令で演奏が終わると一瞬で彼女の姿が現れた。
ぱちくりと目を疑う。
狐につままれる、と昔の人は表現したが、その表現が今は良く分かる。
「どうだ?種も仕掛けもないだろ?」
「自分の姿を消す魔法?はっ!これを悪用すれば完全犯罪もできそうだ!」
「悪用すんなよ、絶対すんなよ、お前のことは信用してるからな!」
まさか、そんな悪事を働く気なんてさらさらありませんよ。
強いて言えば、街中で露出くらい……?
浅はかな考えしか思い浮かばない。というか、私には露出癖はないね。むしろ覗く方が好みだけど。
「い、いえ、姿を消す魔法ではなく、光波を遮蔽する魔法です。私の固有魔法は『波動』なので……」
「波動?」
「物理的な意味での波って認識で良いぞ。波動の性質については今度教えてやる」
物理学のお勉強会だそうです。なんだか知らない間に勉強すべき事柄が増えているんですが……これはイジメですか?はい、その通りです。
「で、『魔法』って単語を使ったってことは信じる気になったわけか?」
「まぁ……さすがに不可視になれる人間が居たら信じないわけにもいかないよ」
というか、あの悪夢が現実だって言うならこれくらいのことは不思議でも何でもないかな?夢の中の和装ポニーテールがここに居た時点で半信半疑から確信に変わってたようなものだし。けど、常識が壊れていくこの感覚はものすごくイヤです。
とはいえ、魔法少女ねぇ……。
事実は小説より奇なりとは言うけど、ここまで奇じゃなくても大丈夫ですよ?
もっと平和に行こうよ。平和が一番、ピースイズベスト。
「よし、信じてもらえて何よりだ」
手をパン!と叩いた後でお兄ちゃんは黒板の絵と説明を消した。
どうやら勉強会はお終いみたい。
あぁ、これ以上、面倒な展開は止めてくださいな。
これはあれかな?今朝、『刺激が足りない』とか思ってしまった天罰ですか?
はぁ……なんだかなぁ……。
こういうことじゃないんですよ……。
▽
「紅莉、今日のメシはどうする?」
夜の8時、もうすでにフィジカル的にもメンタル的にもボロボロなので寝たい気分でありながらご飯のことを気にするお兄ちゃん。
「どうするって?」
「今日は火曜日だぞ?ゆうの店に行くかって聞いたんだ。もっともお前が行かなくてもオレは1人でも行くつもりだけど」
我が家の火曜日の晩飯はゆうくん(お兄ちゃんの悪友)の喫茶店と決まっている。
お兄ちゃん曰く、こういう習慣は大事らしい。
そんな金曜日にカレーを食べたがる海兵じゃあるまいし、気にしないで良いと思うけど本人はそうもいかないそうである。
「今日はいろいろ疲れたからピザを頼もう!」
「分かった、オレは1人で行くから小遣いでガンバレ」
「そんな殺生な!?宅配ピザってボッタクリに高いじゃん!そんなの注文したら財布の中が空っぽになるよ!」
「じゃあわがまま言わずに何とかしろ」
「……ゆうくんの店でいいです」
歩きたくない……あ、もうカプメンで良いような……。
「残念だが、カップメンもインスタントも買い置きはないぞ」
「なんて日だッ!」
▽
歩くこと数分の所にあるゆうくんの喫茶店に到着。
お店の扉を開けると客が来たことを知らせるためのベルが鳴って、ゆうくんが出迎えてくれる。
「いらっしゃいませ~。なんだ、月宮兄妹か。ってことは今日は火曜日だったか」
「今日が何曜日かくらい記憶して生活しろよ。特製野菜カレーを1つ」
「私はスペシャルディナーCタイプを」
「承りぃー。オヤジ、野菜カレーとスペシャルCを1つずつ」
「あいよー」
オジさん(この喫茶店の店長)が返事をする。
「んじゃ、2人は適当な席に座ってくださいなー」
手抜きとしか思えない接客でゆうくんは厨房に入っていった。
この店って毎週来るけど、閑古鳥が鳴いてるけど大丈夫なの?
なんで潰れないのだろうか?子供だから分からない。
「ところでさお兄ちゃん、なんで毎週火曜日はこの喫茶店なの?」
「何か問題があるのか?」
セルフサービスのお冷をお兄ちゃんが私の分まで注いでくれる。
「飽きる」
「飽きるな」
妹の戯言を一言で一蹴するお兄ちゃん、これが平常運転である。
繰り替えす、平常運転である。
「でもたまにはこういう店じゃなく回転寿司とか牛丼のチェーン店とか赤提灯の屋台とか……」
「回転寿司なんて素人のバイトが適当に作ってるのに2貫に100円も払いたくないし、牛丼屋は最近嫌なニュースが多いし、屋台は酒臭いオッサンが居るから嫌いだ」
「……お兄ちゃんって、飲食店にはうるさいからヤダ」
今時の若者はコンビニやスーパーの弁当ばかりで栄養が偏っていると非難されてるのに、真逆の人間ですよ、この人。
まったく、意識高い系はこれだから困りますよ。
私知ってるよ。賞味期限と消費期限の違い、だから賞味期限切れくらい気にせず食べちゃうもん。
「添加物や人口調味料なんてもんは好んで摂取すべきものじゃないと思うが?天然が一番のはずだ」
「でも無農薬野菜は非効率だって本に書いてあったよ?」
「それだって分かってる。完全無農薬野菜なんてものを安価で大量に供給することは無理だ、だからといって体に悪いジャンクフードのような食べ物はできるかぎり控えるべきだ。違うか?」
「そりゃそうかもだけど……だから彼女に嫌われるんじゃない?」
時たまお兄ちゃんは人格破綻者と思うようなことを言うからなぁ……正論と言うのは正しいだけでありがたいものってわけじゃないし。
「俺をブランドバッグか何かとしか思ってないような女なんかと付き合いたくないな。そもそも俺は付き合ってきた女のことはそんなに好きじゃなかったし」
「え?そうなの?」
あら意外、てっきり惚れてるものだとばかり。
「好きな女も居ないのに付き合わないとホモだと思われるからな。この世の中は面倒だ……」
……お兄ちゃん、さすがにそれはないと思うよ。
「なんて贅沢な悩みなんだ、月宮兄よ。はい紅莉ちゃん、スペシャルディナーCタイプお待ちどうさま」
「わぁい♪いただきます!」
ゆうくんが運んで来てくれたハンバーグを食べる。
ん~♪うまし~♪
「子供はそうやって美味しい物を素直に食べれば可愛くて良いモノを……。ゆう、俺のはまだか?」
「当店は女性客を贔屓する方針なのです」
お兄ちゃんはゆうくんにクレームを入れるけど、ゆうくんはそれに対して営業スマイルで対応。顔は無駄に良いから様になっている、靡きませんけどね。
「まったく、お前みたいな男が居るからいつまでも性差別が無くならないんだよ。差別を本気で無くすためにはそういう微妙な贔屓から無くすものだ、レディースプランもレディースディも廃止すべきだと俺は思っている。平等ではなく、対等であるべきだ」
「違いが分からんが、それは客が減るから無理だな」
「世知辛い……というかせめて男も平等に値下げをしろって……」
「だがなぁ……レディースプランとかが無くならないのはそれで採算とれてるからだと思うぞ?」
「そうじゃない、俺はメンズプランとかがあっても良いと言ってるんだ」
「俺の推測だけど、メンズプランとかがないのはあっても大して効果が無いんじゃないか?」
「どういうことだ?」
「ステレオグラフかもしれないが、男は女に比べて旅行に行かないからそういうメンズプランとかを組んでもあまり儲からないから無いんだと思う。儲かるならメンズプランが出来るだろ?
きっと女性ならお土産屋でお菓子とかアクセサリーとか買うけど男は付き合い以外では買わないんじゃないか?」
「差別云々抜きで結局金か……」
「金ではない、経済だ」
どうやら大人の世界はいろいろと大変らしい。
私は今日もご飯が美味しくて幸せです♪
それに女の私には関係ないもんね。レディースディもレディースプランも女性専用車両も利用ででちゃう。男性はそういうサービスなくてかわいそうに。
あぁ、いとかわいそうな。
「ところでお兄ちゃん、お兄ちゃんはどういう女の人と結婚したいの?私としてもそろそろマジメに考えないといけない問題だし」
難しい大人の話を切り替えるために私は前々から気になってたことを聞くことにしてみる。師匠だけは論外でお願いしますよ。
「どういう思考回路の結果そうなったか気になるが、どうしてお前が考えるんだ?」
「義理の姉だよ?お兄ちゃんを不幸にするような女だったら迷わず殺すよ」
「冗談でも殺すとかそういう言葉は言うんじゃありません」
「私にとってはそのくらい重大な問題だってことだよ。で?どんな人?」
「それは俺も気になるな」
どうやらゆうくんも気になるみたいである。
そりゃゆうくんは彼女居ない歴イコール年齢だもんね。
高望みって良くない、良くない。毎日のように女子高生の尻を眺めているような男性には誰も近寄ってこないもんね。
「別に顔とか性格とか特別な何か具体的なものはないさ。……そうだな、強いて言えばただ俺が心底惚れてるってくらいかな」
「「心底?」」
「そう心底だ。例えば、彼女が幸福であればそれ以上は何も要らないとか、その女のためなら人生を賭けたって構わないとかな。要するに尽くす幸せってヤツを感じたい。それくらいの相手じゃないと結婚したくないな。もちろん、そんな女じゃないと俺の純潔は渡したくない」
「今時珍しい理想だな、月宮兄よ。そりゃお前ならそこまでの女を求めるのも分かるが、お前が心底惚れるくらい良い女なら他の男が手を出してるだろ?」
「別に相手に処女性を求めてるわけじゃないし、それほどハードルを上げてるわけじゃないと思うが?」
「それが普通じゃないって言ってるんだ」
「じゃあ普通はどうなんだ?適当な女と交際して婚姻前からセックスしてデキたら結婚か?」
「おいおい……いくらなんでも、小学生の妹の前でする話か?」
「この妹様はその辺の遠慮がもう必要ないと思うんだが……」
お兄ちゃんが私のことをカビたパンのように見てきた。
え?私ってそんな目で見られちゃうような存在?
血の繋がった妹にそれは厳しくないですか?
「だとしてもメシ時にする話でもない」
「かもしれんな。けど俺は後先考えないバカばっかだから世の中悪くなるんだと思ってる。少なくとも俺はゴミ女と結婚して人生の墓場に直面ってのだけは死んでも嫌だね。
少子化?知るか。少子化対策がしたいなら優秀な遺伝子から優秀な人材を量産すべきだと思う」
「人権団体が倫理だ道徳だのとうるさそうなことを平然と言うヤツだ……」
「綺麗事で世の中良くなるほど、この世は簡単じゃない。腐敗した政治家、相次ぐ災害、そして世界を恐怖に貶める感染症、エトセトラ。人間は手段を選んでいる場合じゃないんじゃねぇのか?逆に言えば手段を選んだ結果がごらんの有様じゃねぇかよ」
「だとしてもなぁ……う~ん……」
お兄ちゃんの理論に対してゆうくんはなんて返せば良いかと考えていると。
バコン!
「イッテ!!」
オジさんがゆうくんの頭をお盆で叩いた。
「おい、ゆう!!野菜カレーはとっくに出来てるぞ!!客と話すのは仕事の後にしろ!!」
「へいへ~い、まったく短気な父親を持つと苦労するわ……」
「15歳の息子に2歳児の娘の世話を任せてハワイに行く父親よりはマシだと思うけどな」
「隣の芝は青く見えるものだぜ」
▽
「ごちそうさまでした」
合掌してから席を立ち、店を出ようとする。
「ごちそうさま、勘定払うから先に出てて良いぞ」
「はいさー」
喫茶店を出ると気温とは違った寒気を感じる。
もう5月ですよ?暦の上では初夏ですよ?
寒気と言うか殺気が感じてきている。
これはあれですね、どこぞの誰かがストーキングしていますね。
私にそんな熱烈な思いを寄せる人間なんてこの世に居ないと思うけど?
だって変人だもん、自他共に認めるね。
なんて考えていると、あの暴力和装ポニーテールこと椎名蒼子が近づいきて思いっきり木刀を振りかぶってきた。
「オワッ!?」
残像が見えないくらいの速さで振られたその一線を私はギリギリ避ける事が出来た。
後2秒ほど気付くのに遅れていたらおそらく大変なことになっていたと思う。
「ちっ!避けられた」
凶暴和装ポニーテールは隠す気など無いように露骨に舌打ちしやがる。
「夜中にいきなり奇襲とは、本当に酷い女だね、『椎名蒼子』ちゃん」
「馴れ馴れしくちゃん付けするな」
顔を狙って木刀を突いてきた。
本気でこの女は危険だ、防衛本能がそう言っている!
「人を木刀で叩き斬ろうとする女にどうしろと?というかまず謝罪だ!謝罪を要求する!!」
「何を言っている?日本に傷害未遂と言う犯罪はなかったはずだ」
どうみても殺意を放ってたじゃねぇか!!
「勘違いだ、アタシは『死ねぇぇえええ!!』なんて言ったりしていない。ゆえに法的な問題は存在しない」
口にしてなくても心の中では絶叫してたでしょ!!絶対に!!
「だいたい、なんでここに私が居ることを知っていたのさ!ストーカー!?ストーカーなのっ!?」
「バカだな。月宮教官は毎週火曜日、この喫茶店で夕食を取る事にしている。なら妹であるオマエも高確率でここに来ると簡単に推測できる」
計画性がある!?これは有罪じゃん、ギルティじゃん、なら勝訴じゃん!!
「オマエみたいな小者にはこんな簡単なことも分からない、と言うわけか」
「ふん、偉そうに。古風な剣道少女の椎名蒼子さんはきっとノーパンで戦って高揚しちゃう変態さんなんでしょ~?」
「はぁ?袴に下着など邪道だろ?」
真顔で返された!?おいおい、この子は真正のヘンタイじゃないか!!
「だいたいオマエに変態扱いされるとは甚だ不本意だ。どうせ月宮教官のベッドに潜り込んでシーツや枕の臭いを嗅ぎ、自慰行為をしているのだろ?まったく、その歳で度し難いほどの変態とは呆れる」
「なっ!?なんでそのことを!?」
「本当にしているのか……」
なぜか知らないが呆れられている。
「くっ!!誘導尋問だった!!」
「誘導も尋問もしてないのだが……」
なんかドン引きしてらっしゃる。
木刀を携帯している9歳の不健全幼女のくせに常識人の振りなんかしちゃって!!
「紅莉、何を騒いでいるんだ?……蒼子か。なんでお前がこんなところに?」
「こんばんは、月宮教官」
勘定を済ませたお兄ちゃんが不思議そうに椎名蒼子を見て、椎名蒼子は深々とお辞儀をした。
「お兄ちゃん!この凶悪木刀女は悪魔だよ!!と言うか私を奇襲してきたんだよ!闇討ちだよ!闇討ち!」
「そうなのか?蒼子」
「未遂です、問題外です」
「大問題だよ!」
「では、これで失礼します」
お兄ちゃんの質問に淡々と答え、私の言葉にはスルーして椎名蒼子は去っていった。
……な、何がしたかったんだろう?