第8話、白銀の剣は紅い山を気に入る。
クロの謎の提案で紅葉狩りとやらのために私たちは奈良県に来た。
なぜわざわざ奈良県なのかは私には分からない。
一応、理由は『紅葉と言ったら奈良じゃない?』と言うことだそうな。
日本人にとって奈良県はどういう扱いなのだろうか?
「はぁ……はぁ……疲れた……ねぇ?魔法使っちゃダメなの?」
言いだしっぺでありながら、開始早々にバテている。
「ダメに決まってるじゃないか、それじゃあ面白くない」
桐ダンスを背負っている紫苑がクロに苦言した。
彼女がなぜ桐ダンスを背負っているのかは理解できないし、理解したくない。
彼女は頭がおかしいのである、悪い意味で。
「外道……」
「ふぇっふぇっふぇ、何とでも言うが良い」
訂正、彼女たちは頭がおかしいようだ。
しかし、私はなぜこんな訳のわからないハイキングをしているのだろう?
あたり一面は絢爛な紅い楓や黄色いイチョウが咲き乱れている。
これを見るためならばもう目的は済ませているはずだ。
やれやれ……何か企てているのだろうけど、そろそろ種明かしでもしてもらいたい……。
呆れていると、妙な看板があった。その看板には『柿狩り』と書いてあった……柿?
「ん?どうかした?」
「いや、なぜかこんな山の中で『柿狩り』なんて書いてるのかと思って。日本では見物などのことを『狩り』と表現するのは先日知った。そして日本では年頃の女性を『お姉さん』と代名詞で呼ぶこともある。つまり二つを合わせると『年頃の女性を見物する』と言うことになる。これを日常生活で行なうことができる場所となるとガールズバーの類だと推理できる」
「は!?姉狩り!?…………ぷ、ぷはははぁ!姉だってさ!!笑える!!」
クロがいきなり爆笑しだした。
どうやら何か致命的な間違いをしてしまったらしい。
嘲笑されているので顔面にチョップ!
「アウチ!」
「外国人の間違いを嘲笑するのは楽しいか?楽しいのか?」
「ごめんごめん。まさかの間違いでツボってしまってね……しかし、姉狩りって……ふふふっ」
まだ笑いが止まらないらしい。笑いのついでに息の根も止めてしまいたい。
「クロ、その辺にしたまえ。そろそろシルフィーの堪忍袋の緒が切れるよ?」
「悪かったよ。シルフィー、あれ柿狩りね。あれは『あね』じゃなくて『かき』って読むんだよ」
「『かき』?それこそなぜだ?たしか日本語で『かき』は『牡蠣』のことだったはず」
「いや、その牡蠣じゃなくて……。えっと……ねぇ、紫苑?果物の柿って英語でなんて言うの?」
「『persimmon』と書いて『パーシモン』だ、記憶したまえ」
「そうそう、そのぱぁしもん?のことだよ」
「君のその残念な発音の方が嘲笑に値すると思うよ」
不愉快なまま山を登っていくと、ついに頂上のようだ。
「さぁ、シルフィー。この絶景を見て機嫌を直してよ」
「別に私はこの程度で機嫌がころころ変わるほど子供ではないさ」
けれど、頂上からの光景は素晴らしかった。
辺りの山々が真紅に染まっており、まるで芸術品のような美しさをかもし出していた。
「綺麗……」
紅葉の美しさに感動したせいか、声が漏れてしまう。
そして私の呟きを聞いたクロは微笑んだ。
「アタシね、シシルフィーと出会ってからがとても楽しい。家族が生きてた時だってこんなに楽しくなんかなかった。だから、アタシはシルフィーにも楽しんでもらいたい」
「お、おいおい、いきなりなんだ?今日はびっくりパーティか何かか?クラッカーでも鳴るのか?」
「そんなに身構えなくても大丈夫だよ。アタシはシルフィーが好きだからね。もちろん、純粋に家族同然の親友として」
「……こ、コメントに困るようなことを真顔で言うな、照れるじゃないか」
まったく、この親友様は、急になにを言い出すんだか……。
「アタシはさ、こんな風に友達と何でもない普通の日常をバカみたいに楽しみたいんだよ」
「そうだね、何時までもこういうバカみたいだけど幸せに満ちた日常を楽しみたいね」
クロと私が2人で笑いあった。ここで私はもう1人の親友が見当たらない事に気付く。
「あれ?紫苑、何処に行った?」
「そういえば……神出鬼没な紫苑なら突拍子も付かないような事をしていても不思議じゃない」
そんな評価は親友としてどうなんだい?と思っていると、レジャーシートを広げて弁当を食べる準備をしている紫苑を発見した。
「2人とも、そんなことより早く弁当にしないか?」
こいつ……何しに来たんだ……?
「アタシ達の友情を『そんなこと』扱いって……」
落胆しながらボヤくクロ。気持ちは痛いほど分かるよ。
「紫苑……君がマイペースなのは知っていたがそれはどうなんだい?『わびさび』とやらはどうした?」
「それは間違っているよ、シルフィー。『わびさび』と言うのは『侘び』と『寂び』を合わせた言葉なんだ、つまり『質素による美しさ』の事であって日本美=わびさびってわけじゃないのさ。分かりやすく言うと金閣寺とかはわびさびなんかじゃないってわけ。たぶんシルフィーは『風情』と一緒くたになったんだろうね」
「長々とした揚げ足取りよりも言い訳を聞きたいんだけどね、私は」
「わたしは花より団子な女なのだ」
「「自己中な女ッ!」」
私とクロが一斉に心の声を叫んだが、紫苑には馬耳東風だった……。
▽
昼食を終えて下山しようとしていると、帰り道ににょろんと今まで見た事ない風変わりな蛇が現れた。
コブラの仲間なのだろうか、全体が平らである。草履に近い形状をしていて、足が退化した太ったトカゲと言う表現が一番合っているかもしれない。
「ツチノコか!」
「おぉ、生きているうちに本物を生で見れるとは思ってなかった……」
ツチノコ……?
あの醜い蛇は日本で有名な蛇なの?
クロと紫苑の声に驚いて蛇がしゅるしゅると滑らかに移動した。
ていうか、逃げた。
「追うぞ!」
「アイアム」
「あ、ちょっと!」
まるで金塊の塊が逃げ出したかのような顔をして蛇を追う2人を私も追う。
「どうした?シルフィー」
「紫苑、ツチノコとはなんだ?なぜそこまで必死になっている?」
紫苑は走るのを止めようとしないが、会話は続ける。
「ツチノコとは日本に生息していると言われている未確認生物の一種だ」
「未確認生物?チュパカブラやネッシーのような?」
「そうだ、目撃証言は多いにもかかわらず捕獲された例は存在しない。もしもテレビ局やマニアなどに売れば高い金になるだろう」
そんなことのために?2人とも金には困ってないと思うけど。
「それだけではない、ツチノコを見つけたともなれば21世紀の大発見の一つになること間違いなしだ」
21世紀はあと数十年はあるのに……気が早い。
「それで?闇雲に追いかけて捕まえられるような蛇なの?」
ここで私の意見に賛同したらしく、ようやく紫苑は走るのを辞めた。
「止まれぇ!!」
クロの方はツチノコを追いかけている。
どうやら追いかけっこが好みのようだ。息切れして野垂れ死ぬことだけは避けてもらいたい。
もしくはツチノコに返り討ちにあってりね。まだ特性が判明していないのだからマムシのように毒を持っていてもおかしくはないだろうし。
「クロが自力で捕まえる事を祈るとして、紫苑はどうするの?何か判明している特性とかはないの?」
「そうだな……噂によれば日本酒やスルメなどのツマミが好みらしい」
それは目撃したオッサンたちの好みの間違いじゃないの?
「というわけでシルフィー、持ってないか?」
「あいにく酒のツマミを持ち歩く趣味は無いよ」
というか食べた事すらない。食べたいとすら思わない。
私は甘党なのだ、他人がドン引きするほどのな。
「仕方ない、自前のを使うか」
そう言い放ち、胸ポケットから日本酒が入った一升瓶を取り出した。
紫苑、なんで君はそんなものを持ってる……。
「もちろん、こんな時のためにさ」
どんな事態を想定すれば酒を持ち歩くのだろう?
アルコール消毒?もっと良い薬を持ち歩こうか。
「小皿は……弁当の蓋で良いか」
日本酒を小皿に入れて妙な罠のようなものの真ん中に置いた。
「それは?」
「日本で有名な落としザルと言う原始的な罠さ。ザルを棒で固定し、棒をこの縄で引っ張って固定していたザルが獲物の上から被さって捕まえられるわけ」
「そんなので捕まえられるの?」
「たぶん捕まえられるんじゃない?」
適当な返しだ。これはきっと捕まえたいのではなく、こうして捕まえようとしている事を楽しんでいるのだろう。半年近く共に居るからよく分かる、紫苑はそういうタイプの人間だ。
罠を設置して約10分、小麦色の何かが小皿に近づいてきた。
おいおい……マジですか?
「かかった!!生け捕りにしちゃる!!」
どこの方言なのか分からない言語を良いながら落としザルとやらの棒を縄で引っ張り、獲物を捕まえた。
捕まえた獲物の正体を確認してみると、何処にでもいそうな野良ウサギだった。
「……ねぇ?日本ではこうやってウサギを捕まえるのかい?」
「ウサギの捕まえ方は熟知していないけど、違うと断言するよ」
▽
「だから!本当に見たんだって!!ツチノコを!!」
「ふぅ~ん、見間違いじゃない?」
結局、ツチノコを捕まえることができなかった私たちは普通に下山して帰ってきた。
そしてクロがブラウンにツチノコを見たことを話しているのだが、信じてもらえないようである。
「本当だって!紫苑もシルフィーも見たんだから!!」
「じゃああれだ、集団催眠って奴?集団幻覚だっけ?どっちでもいいけど」
「だから本当だって!!」
うっとうしいから帰れと言われていることが分かっているクロも本当に見たのだからと引き下がらない。
「シルフィー、記憶しておいてくれ。UMAを見たと言っても、現物を捕まえないとあんな風に信じてもらえない上に狼少年扱いされてしまうんだ」
「滑稽なものだね、紫苑」




