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第6話、白銀の剣は甘味を味わう

 待ち合わせ場所である遊園地に向かうと、既に紫苑とクロは居た。

 紫苑は薄紫のシルクハットにファーが付いたコートを纏ったドラキュラ。クロはジャックオーランタンを意識したオレンジ色のセーラー服のようなワンピースに黒い付け襟と黒いブーツを履いて、背中に作り物の悪魔の羽が付いている。

「すまない、私が最後のようだ」

「あ、おそ……い……」

 遅刻の謝罪をするとクロがそれに対して文句か何かを言おうとしていたのだが、私の格好を数秒見つめた。

「てい!」

「へぶしっ!」

 なぜかチョップされてしまった。

 意味が分からない。


「このばか!なんでそんな仮装をチョイスした!」

「何を言う?ハロウィンの趣向にあってるではないか?」

「だからってどこの世界に西洋風の仮装大会にそんな鎧武者の姿で来る!?」

「ただの鎧武者ではない、落ち武者である」

 まったく、この違いが分からないのかね?

「同じじゃ!!」

 どうやら違いが分からないらしい。極めて残念だ。


「なんだ?ハロウィンはいつからそのような限定条件が?紫苑が言ってたじゃないか、ハロウィンはただのコスプレするための祭りだと」

「わたしの教え方のせいかよ……とはいえ、落ち武者はないよね」

「なぬっ!?」

「本気で驚愕するなよ……これはもうちょっとマジメにコーディネイトする必要があるね」

「クロ!私の意見を聞く気はないの!この織田信長風の甲冑は高かったんだ?オーダメイドなのだよ?」

「黙れ!いい加減アンタの持ち腐れ感は看過できないレベルなのだよ!!」

 クロと紫苑に両腕をつかまれて拉致られた宇宙人のように遊園地付近のレンタル服屋に連行された。


「いらっしゃいませー」

 店員の事務的な挨拶を無視してクロは服を物色しだした。

 しかし、私が気に入るものは基本的に置いてない。


 お、これは良いではないか!

「クロ、ここはデュラハンでどうだ?」

「ダメに決まってるだろうが!大差がねぇ!!」

 どうやら鎧が論外らしい。

 だったら変な服を着せられない内にマトモそうな服をチョイスするしかないかな。


「ふむ、ならばクロよ。これはどうだ?」

 私が興味を持ったのは白いサンタ装束である。

 これも立派なコスプレではないか?

「ふぅむ……さっきよりは良いんだけど、コスプレって感じじゃないよね?私服っぽい」

 どうやらこれは日本では私服扱いらしい。

 日本のファッションはよく分からん。

「いや、君のファッションセンスが常軌を逸しているからだと思うよ」

 紫苑に苦言されたけど、そんなにイカれているという自覚はないよ。


「じゃあこっちの海兵の制服はどう?」

 なぜコスプレショップに置いてあるのかが分からないけど、この際かまわない。日本人にとって海兵の制服とはコスプレなの?それなら各種軍服も需要があるように思うけど?


「それこそコスプレっぽくないでしょ?」

「そうなの?」

 日本人の感覚はよく分からないなぁ。

「いや、それこそコスプレだろ、一部の男性にはセーラー服は大受けだ」

「アタシのシルヴィアを穢すつもりか!!」

 何時から私は君のものになった……。


 呆れる私を無視して紫苑が適当に服を物色する。

「じゃあさ、クロ。このシスターで良いんじゃないか?もう本当にコスプレだけど」

「ふむ、雪女にでもしようかと思ったけどその修道服も悪くない、むしろ良い」

「私的には妖怪である雪女が良いのだけど……」

 どうやら私のコスチュームは白いシスター服になってしまったようだ。

 サンタ服との違いがあまり分からない……。


 仮装した小学生は無料なので、とりあえず遊園地の中に入る。

 後はハロウィン用のスイーツをもらったり買ったりするだけだ。

「それじゃあ、2人とも。あとで会おう」

 2人に別れを言って売店を探す。

「あ、こら!」

「脱兎のように去っていったな」

「それって普通は逃亡する時に使う表現じゃない?」

「似たようなものだろ?あの子にとって目的なのはお菓子だけだろうから」


 いや~♪大量大量♪

 遊園地だと侮っていたが、素晴らしいスイーツが山ほど販売されていた。

 かなりの数を買ってしまった。問題ないけど。


 さて、どこかで休憩したいのだが、空席が見当たらない。

 う~む……お、あそこに空席が存在するな。6人用のテーブルに中年が1人。しかもその人は落ち武者の格好をしていた。

 なんだ、やっぱり居るじゃないか。私のセンスは間違ってなんかいなかった。

「失礼、ここに座っても宜しいかな?他に空いている席が見当たらなくて」

「あぁ、大丈夫だよ」

 落ち武者姿の中年は快諾してくれた。

「助かります」

「嬢ちゃん可愛いね。綺麗な銀髪をしているよ」

「社交辞令と分かっていても褒め言葉とは嬉しいものですね」

「社交辞令なんかじゃないよ、本心さ」

「日本人は世辞が上手い」


「それで?嬢ちゃんはどこの国の人?」

「アルジェント皇国の出身です」

「アルジェント……?」

 そんな国はあったか?とでも言いたいのか中年の顔には疑問符が浮かんでいる。

「ご存知ありませんか?EU、ヨーロッパ連合にも所属している我が祖国のことを」

「悪いね、地理は苦手なんだ」


「そうですか、我が祖国は良い国ですよ。地中海性気候のため年中住みやすく、イタリア料理やフランス料理の店も多く、観光地としては人気なのです」

「そうかい、機会があれば行ってみよう」

「その言い方は行く気が無い人の言うことですね」

「まぁ、オジサンには海外旅行みたいなハイカラなのは分不相応なんだよ」

「あまり自分の可能性を閉ざすような考えは感心しませんよ。人間の可能性は無限だと友人に教わりました」

「良い友人を持ってるね」

「えぇ、最高の友人達です」


「さて、オジサンはここら辺でおいとまさせてもらおうかな」

「帰られるのですか?」

「あぁ、楽しかったよ。異国の美少女さん」


 このバウムクーヘンも素晴らしいデキだね。

 外側は砂糖菓子でコーティングされていてサクサクでとても甘いし、内部の生地もバターを贅沢に使っているようで上質な甘みに仕上がってる。焼き上げた後で空虚になった芯の部分にはリンゴが使われていて、見た目は完全に切り株そのもの。

 これは既存のバウムクーヘンの常識を覆した革命と言っても過言ではないんじゃないかな?いや言い切る、過言じゃない!!


「なにそれ?」

 私を見つけたからかやって来たクロが失礼な事を口にした。

 見て分からないのだろうか?

「4000円のバウムクーヘン」

「4000!?アンタ、バカじゃないの!?」

「美味しいから問題ないね」


 物欲しそうにこっちを見てくるクロ。

 彼女も乙女、甘味に引き寄せられるのは摂理だ。

「欲しい?」

「え!?くれるの!?あーん」

 口を開いて私のバウムクーヘンがくるのを待っている、だがしかし。

「ダぁ~メぇ~」

 譲渡するつもりなど端からない。

 もぐもぐ……はぁ、美味しい♪


「このアマ……」

「はっはっは、このシルヴィア・リリィ・アルジェントが甘味を他人に譲るわけがないじゃんか」

 ぷぅっと顔を膨らませながら怒っているクロをおちょくりながら箱からチーズケーキを取り出す。

「……まだ食べるの?」

「オフコース、もちろんだよ」


 チーズケーキを一口食べた瞬間、濃厚なクリームチーズと爽やかなサワーチーズの2種類のチーズのハーモニーが言葉で表現することが非常に難しいほどの感動で舌を襲ってきた。

 これを単なる『スイーツ』などと表現するのはこのチーズケーキに対して無礼極まりない。

 例えるなら芸術、そう!これは人類が生んだ芸術だね!!


「このスイーツオタクめ……」

 私の恍惚とした表情を見ながらクロが舌打ちをする。

「オタク?なぜここでそんな単語が出てくるのか説明してもらいたい?」

「今の日本だとオタクってのは何かに引くほど精通しすぎている人間のことを指すんだよ、健康オタクとか」

「なるほど、なら『スイーツオタク』は私にとって最高の褒め言葉だよ」

「開き直るなッ!!皮肉で言ってるんだっ!!」


 クロの相手をしていると折角の甘味が台無しである。

 最後の〆はとっておきのベリータルト。

 美しいストロベリーやラズベリーはまるでルビーやガーネットのように赤く、ブルーベリーに至ってはオブシディアンのように黒く美しい。ゼラチンのおかげで宝石のように美しい果実たちはより一層輝いている。見ているだけで心が浄化される。

 そしてタルトを頬張ると、カスタードクリームとクレームダマンドで構築されている生地が口の中で甘酸っぱい果物全てを味を活かしていることがよく分かる。

 まさに絶品、イッツアブリリアント!!


「アンタはどんだけ食べるんだ!?」

「安心して、これが最後だから」

 まさに至福の一時とはこういうことを言うのだと思いながらクロの絶叫気味の質問に回答してあげた。

「安心とかそういう話じゃないから!!糖尿病になるわ!!」

「本望だね。甘味を食べずに長生きするくらいなら甘味を味わいながら死にたい」

「ダメだ、こいつ。完全に手遅れだ!!」


「ところで、さっきからアンタは何をぶつぶつと1人で喋っていたんだい?」

「なんだって?質問の意味が分からない」

「いや、だからね、1人でぶつぶつと喋っていたじゃないか?」

「何を言っているんだい?相手ならちゃんと居たから」

「そうなの?てっきり1人ぼっちだと思ってたけど」

「やれやれ、こんな夕方から寝ぼけるとは……かわいそうに」

「おいこら……」

 私の対応に悲しいと言いたそうな仕草で呆れるクロが周囲をきょろきょろ見渡す。


「ほら、見てよ。ああいう風なのがアタシの理想なわけよ」

 クロが指差した先にはくノ一と猫耳娘と……なんだかよく分からないマーメイド風勇者系アイドルとでも表現したら良いのかと思うような独特な格好の少女の三人が居た。

「くノ一と猫耳娘は分かる、けど最後のアレはなんだ?」

「なんだろね?」

「疑問文に疑問文で返さないで欲しいよ……」

「アタシが言いたいのはさ、ああいう風に3人仲良くこの遊園地を楽しみたかったわけ」

「十分満喫しているよ、私は」

「楽しみ方が違うって言ってるの!!」

 怒られた、どうやら彼女の中には別のビジョンが見えていたらしい。


「ったく、だいたい紫苑は何してるの?」

「一緒ではないのか?」

「途中ではぐれた、待ち合わせ場所も決めてなかったから後で迷子コールみたいな呼び出しでもしてもらおうかと……」

「あぁ、すまない。言い方を間違えたようだ。紫苑なら君の後ろでお菓子を頬張っているぞ?」

「ほぇ!?」

「もしゃもしゃもしゃ……」

 クロの後ろで立っていた紫苑がわざわざ咀嚼の音を言いだした。

「居るなら声かけなさいよ!!」

 クロがぱちんと紫苑の頭を叩いたけど紫苑は微動だにしない。

「いつ気付くかと自分の中で賭けをしていたのさ。ちなみに私が賭けたのは5分で、現在は13分だ。ちょっと迂闊過ぎないか?」

「遊園地の中でストーキングごっこなんてするな!!」


「まったく……ん?」

 そこにはコスプレ少女たちが身長2メートルはありそうな黒人の大男に絡まれていた。

「あらら、さっきの子達だ」

「そうだな、さっきの子達だな。何の事だかよく分からないが」

 少女達のリーダー格と思わしきマーメイド風勇者系アイドルが大男と口論している。

 しかし、どう見ても危ない。このままでは殴り合いに発展してしまいそうだ。


「仕方ない、助けてあげよう」

「あまりそういうことに首を突っ込まないほうがいいよ?お節介焼き」

「クロ、気にしないでくれ。好きでやっていることだ」

「やれやれ、あの子の性格はどうにかならないのかな?」


『ざけんじゃねぇぞ!外国人だからって調子に乗りやがって!!ここは日本だ!世界共通語だからって英語で威張ってんじゃねぇよ!!』

『んだと!ジャップの小娘のくせに偉そうに!!』

 少女と大男が英語で口論している。なんだ?この異様な光景は。

『失礼、どうかされましたか?』

 周囲の大人共すら引いているこのケンカに私は割って入ってみる。


『どうもこうもない、この小娘が俺の服にジュースをぶっかけやがったんだ!!』

『だから謝ったじゃねぇか!!こんな小さい事で怒るなんて、アンタのマグナムは酷くみみっちいんだろうさ!!』

『んだと!ゴラァ!!』

 話は簡単である。黒人の大男にぶつかったこのコスプレ少女がぶつかった拍子にジュースをかけてしまったようで、それに対して怒鳴られたから逆ギレをしてしまったのだろう。

 逆ギレしているコスプレ少女もどうかと思うが、大男も器が小さい。


『まぁまぁ落ち着いてください。そんなに激怒されてはせっかくの男前の顔が台無しですよ?』

『ふん、嬢ちゃん、分かってるじゃねぇか』

『えぇ、こんなアホな小娘は無視されてはどうですか?』

『仕方ない、嬢ちゃんに免じて許してやろう』

『それでこそ、紳士というモノですよ』

 黒人の大男が満足そうに去っていった。

 小娘相手にマジギレするような器の小ささゆえに、篭絡するのもたやすい。


「どうもすみません、ありがとうございます」

 コスプレ3人娘の中で一番マトモそうな猫耳娘が私に礼を言ってきた。

「ななちゃん!そんなクソアマにお礼を言う必要なんてないよ!!」

 リーダー格の少女はさきほどの私の言葉のせいか印象が悪い。

 けど、猫耳娘が躊躇なく顔面を殴った。

「ぶるわぁ……」

 女の子らしからぬ悲鳴をあげながらしゃがみ込んで痛さと闘うリーダー格。

「ウチのバカはご覧の有様で……」

「気にしないでくれたまえ。当然のことをしただけだ」

「いやいや、なかなかできませんよ。人助けってのは」

「そういうものか?手を差し伸べる事なんて簡単に思うが?」

「アナタは心が綺麗なんですね。普通はできませんよ」


「それはななちゃんの心が汚いから相対的にそう感じるのよ」

 リーダー格の女の脳天を容赦なくゲンコツで殴った。

 この猫耳娘の方がリーダーだったのかな?まぁ別に良いけど。

「これに懲りたら遊園地だからと言って騒がない事だ。他にも人間はたくさんいるのだからね」

「もちろんです、このバカにはきつく教え込んでおきますから」


 ケンカを仲裁してクロと紫苑の元に戻る。

「やぁおかえり」

「おかえり、ご苦労様」

 

「ただいま、今日はもう疲れたよ。そろそろ帰らないかい?」

「早いね。まぁもういいんじゃないかな?」

「まだアトラクションに1つも乗っていないんだけど……シルフィーも紫苑もそんなに帰りたいの?」


「私はスイーツにしか興味なかったし」

「シルフィーが満足ならわたしがここに居る意味はないかな?」

「あぁそうですか……」

 そういうことで帰路に着いたのだが、とある露店の前でクロが止まった。


「クロ?どうした?」

 クロが立ち止まったのはどこにでもありそうなアクセサリー屋だ。

「ねぇ紫苑、このチョーカーはシルフィーに似合うと思わない?」

「ふむ、確かにこれは似合いそうだね」

 露店に飾られている白のチョーカーを指差してクロと紫苑が意見を言い合った。

「は?趣味が悪いんじゃない?」

 しかし、どう見てもそのチョーカーは私の好みではない。そんな首輪をつけられては堪らない。

「アンタにだけはセンスを疑われたくないよ!!」

 クロに怒られてしまった……。

 なんか今日はこんなのが多い気がする。

 そして、私の意見を無視してクロはチョーカーを購入した。

「ほら、シルフィー。せっかく買ったんだから付けようよ」

 強引にチョーカーを付けられてしまった。

 まるで子供の意見を考えずに自分の趣味を押し付ける親のような暴君っぷりである。

 マジ引くわー。

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