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第1話、真紅の炎は退屈していた

 1週間の入院生活が確定した初日、つまり病院に強制移送されたその日の夕方、お兄ちゃんの居ない夜を過ごそうとしてた。

「退屈だぁー」

 声を出しても一人、と尾崎放哉の『咳をしても一人』的なことを思っても何もおきない。

 テレビもない、PCもない、ついでに言えば本もない、ゲームはあるけどクリア済みである。

 退屈でしかない、まるで棺桶に無理矢理入れられたような気分。

「退屈だぁー」

 もう一度言ってみる。しかし、何も起こらなかった。

 当たり前である。


 ……しかたない、奥の手だ。

 サイレンさんにメールをしてみよう!

 こういう時に甘やかしてくれる人は昔からサイレンさんしか居ないからね。

 文章は『大怪我なう、至急物資の供給を求む』で良いかな?

 いや、これじゃ助けを求めてるみたいにとれるかも

 なら……『大怪我で入院なう、至急物資マンガの供給を求む』で。

 てい!送信!!


 数分後、サイレンさんから返信が返ってきた。

『了解した、ランデブーポイントを報告せよ』

 いかにもあの人らしい文章である。

 ……そういえばここって何処なのだろうか?

 GPSを使ってみると、ウチから車で数十分くらいの総合病院だった。

 この病院って魔法少女の機関と繋がってたのかな?

 でもこの病院の院長ってたしか……なんか考えるのが面倒になってきた。

 案ずるより生むがやすしって言うし、今度聞けばいいか。

 サイレンさんに入院してる病院は総合病院だと伝えて私は再び退屈な時間になった。


 ななちゃんもマーちゃんも今はたぶん習い事の最中。

 他のクラスメイトとはチャットで仲良く会話するのもねぇ?

『突然の連絡ごめんねっ!実は相談があって』って切り出したいけど、これだとどう見てもスパムメールである。

 ふむ、意外に難しいものだ、こういう時だけ『国語を勉強してれば良かった!』ってなるけど、明日には勉強する意欲なんて消失するんだよね。この現象は何なんだろう?何か心理学的な名前とか付いてないのかな?

 この現象に名前をつけたらかなりのお金が入ってきそうだ。

 えへへ~♪ ……おっと、ヨダレが。


 美味いとも不味いとも言えない栄養重視の病院食を食べ、暇をもてあましていると、両手に荷物を持った男性がノックをして入ってきた。

「やぁ、妹君。ケガの具合はどうだい?」

 彼、サイレンさんはお兄ちゃんの昔からの友人で、幼稚園の頃から可愛がってもらってる。

 この人は所謂オタクと呼ばれる人種でなぜか女児向けアニメとかにも詳しい、なぜかと言う理由は分かりそうだけど考えたら負けだと思ってる。私はまだ汚い現実は知りたくない年なんです。


「あ、待ってましたよサイレンさん。そんなことより供物をお願いします」

 ベッドをぱんぱんと叩いて催促してみる。サイレンさん個人よりもマンガの方が目当てなんですよ、花より団子的な?使い方間違ってる?

「ケガしたって言ってたけど、想像以上に元気だね。はい、マンガ。あとお見舞い用のケーキ」

「やふ~♪さすがサイレンさん!分かってるね!!」

 私の大好きなフランポワーズを選んでくるとはそのセンスには脱帽ですッ!!

 これでオタクじゃなかったらモテたんだろうなぁ~……顔は普通だし。


「前回失敗したからね、今回こそは挽回しないと」

「あぁ~、あの将棋マンガは酷かったですね」

 まさか『詰み』の存在を知らないで将棋マンガを描くマンガ家が居るとは思わなかったわ。

 しかも、将棋マンガなのに将棋シーンが3巻まで読んでたった2回だけ。

 何なんだ、あのマンガは?消費者舐めてるだろ?


 サイレンさんが渡してくれたマンガを読んでみる。

 絵も上手いし、導入部も良い、そして肝心のネタも面白い。

 後半まで面白いことを祈りながらページをめくると、サイレンさんが将棋マンガを勧めたことの言い訳をしだした。

「で、でもあのマンガは30万部超えたってよ?印税だと約1500万円」

「1500万!?あんな駄作が1500万も稼いだんですか!?」

「いや、原稿料とかキャラクターの使用料とかその他諸々を考えると……」

「んばっ!?世の中おかしいんじゃないんですか!?」

「ま、まぁ……あのマンガの世間評価がそういうことなんだよ……」

「くわぁー!これだからサブカルって理解できないですわ!」

 理解に苦しむ、あんな絵が上手くて女の子が可愛いくらいしか評価項目がないマンガがなんでそんなに儲かるの!?オタクちょろすぎ!!


「でも、こうしてマンガは所望すると」

「面白いマンガです、ここ超重要」

「う、うんそうだね。面白いマンガしか読みたくないよね、そりゃ」

 苦笑いしながら賛成してくれるサイレンさん。


「だいたい最近のマンガは読者を楽しませることを重視しすぎて中身がないとは思いませんか?」

「ん?どういうこと?」

「アイドルのバラエティ番組みたいにキャラが適当に何かするだけだったり、シリアスな内容だけどキャラの発言に整合性がなかったりとか?」

「あー、確かにね」

「そんなの見るくらいなら時代劇を見ますよ。時代劇って『敵が現れる、事件が起きる、成敗』って流れじゃないですか?」

「……そ、そんな流れな気はするけど」


「あとあれですね、死ぬことを前提としたキャラが物語の途中に出てきてお涙頂戴な感じのヤツとか大嫌いですわ。それなら新作を1から作れって思います」

「あー……うん?そうかな?」

 今までは苦しみながらも賛成してくれていたサイレンさんも首をかしげた。


「そうですよ、誰かの死を乗り越えるってそれは誰かの死から逃げるってことじゃないですか?」

「う~ん……君はお兄さん同様に難しいことを言うね」

「ですか?」

「うん、ボクには付いていけなかったよ」

「まったく、萌えマンガとかばっかり読んでるからそうなるんですよ、もっと考えないと」

 偉い人が言って足そうじゃないですか『人間は考える葦である』って。

 思考停止した人類が正しいなら義務教育を受けるなんてバカバカしいじゃん?

 卑弥呼を信仰してた弥生人とかと同じだよ?


「その毒舌、やっぱり君らは兄妹だね」

「唐突に褒められても嬉しいだけですよ、嬉しいのでもっと言ってください」

「……き、君のそういう所は全くお兄さんには似てないよ」

 若干引きながら言われてしまった。

 そんな引かれるようなことを言いましたか?

 愛するお兄ちゃんに似ているって言われたら嬉しいじゃん?


「さてと、それじゃボクはこの辺りで帰るよ。もう夜だしまたね」

「さよなら~」

 サイレンさんが手を振りながら病室から出て行く。

 よし、今日はこのマンガを読んで暇を潰しますかな。


「ふわぁ~……よく寝た気がする……」

 寝癖だらけの頭をかきながら時計を見てみると……一時?

 深夜一時かな?と思ってみると太陽はとっくに昇ってる。

 どうやら十三時のようですね……昨日は十一時に寝たから十四時間も寝てたのか。

 ま、たまには良いでしょ、そもそも入院って寝て療養するためにするんじゃない?

 ならむしろ寝てた方が良いんじゃないかな?


 ぎゅるるるる~~~

 腹の虫が鳴いた。どうやら空腹を訴えているらしい。

「入院生活って初めてだけど、ナースとかが起こしに来てくれないんだね」

 システムが分からない、指南書とか置いておいてくれたら助かるんだけど……

 昨日は勝手に持ってきてくれたところを見ると向こうで勝手に持ってきてくれるっぽいけどね?

 監視カメラで監視されてるのだろうか?

 ……変なことはできませんね、誰も居ないからって。

 そういえばカラオケの個室なんかも従業員が監視してるからバカなカップルがヤってるのがバレバレって聞くし、やっぱり監視されてるんだろうね。


 プライバシーがねぇ!!


 しょうがない、昼飯まで時間有りそうだし、アオちゃんの部屋にでも行ってみますかな。あの子も入院してるっぽいし。


「てなわけで遊びに来たよぉー!」

「どんなわけなのか30分ほど問い詰めたいのだが?」

 アオちゃんの病室に入ると呆れ顔のアオちゃんと豆鉄砲を食らった鳩のような顔をした謎のハゲオヤジがいた。

「あ、蒼子、この子は?」

 呼び捨てにしたと言うことは父親か祖父か親戚の叔父さんか……、とりあえず名乗っておこうかな。

「どうも初めまして、私の名は月宮紅莉と言います。椎名蒼子さんとの関係は……友達?」

「疑問系にするくらいなら知人にすれば良いじゃないか」

 面倒くさそうな顔で事務的に文句を言われた。

「友達……か。あぁ私は蒼子の父です。娘がお世話になっています」

「いやぁ~、お世話ってほどじゃ」

 テレますな。

「予想の斜め上の回答だな。王道の『こちらこそお世話になっております』や『お世話しています』じゃなくそこで照れるとは……」

 どうやらアオちゃんは私の来室が気に入らないらしい。

 でもそんなの気にしない!そんなの気にしない!


「それじゃあ蒼子、お友達が来たし私は帰るよ。母さんに明日は美味しい物を作ってもらうように伝えておくから今日はゆっくり休んでおきなさい」

 アオちゃんのお父さんが退室しようとしながらアオちゃんにお小言を言う。

「言われなくても分かってます」

 けれども流石は椎名蒼子さん、理解している。


「それから紅莉くん」

「はい?」

「娘と仲良くしてくれてありがとう」

 なぜかは知らないけど、オジさんから感謝された。

 このオジさんからこの子が生まれたのか……奥さん、浮気してませんか?


「変わったお父さんだね?」

「あぁ、アタシも意外だ。てっきりアタシのことなんて嫌っていると思っていたのに」

「そりゃなんで?」

「8ヶ月近く学校をサボっているにもかかわらず何も言ってこなかったからな」

「そんな理由?私の両親なんて年中ハワイでバカンスしてるんだよ?授業参観の時もバカンス、学芸会の時もバカンス、運動会の時もバカンス、その他色々も。あれは放任主義じゃない、育児放棄だってお兄ちゃんが言ってたし」

「アンタの両親は凄いなぁ……」

「でしょ?これが幼稚園の頃からだからね?『親の心子知らず』なんてあるけど、あの人たちの心はお兄ちゃんすら理解できてないし」

「月宮教官ですらか……というかアンタたちの両親ってことは相当な珍獣なんだろう……」

「人を珍獣とは酷い言い方だ」

「事実だろ?アタシも変わってるけど紅莉の方が変わってるじゃん?」

「私は自分のことを変人奇人だと理解してる。けどね、それが私なの。その変人こそが月宮紅莉なのである」

「……こんな変態にすら友達と言う者は居るのか」

 やれやれ、と聞こえてきそうな顔で頭を手でかかえた。


「アオちゃんにも友達って居るじゃん?」

「ほぅ?アタシが知らないアタシの友達って誰よ?」

「ブラウン」

「あの人は友達ではない、尊敬する姉弟子だ」

「弟子?護身術か何かの?」

「その通り、ウチの父は道場の師範なんだよ。剣や無手などでの近接格闘術を教えてる」

「あのブラウンもその近接格闘術を習っていると?」

「既に過去形だけどな。あの人は天才、いや神童さ」

「ふぅ~ん、そんなに強いの?アオちゃんよりも?」

「勿論、アタシはあの人に一撃すら入れられない」

「そんなに?あの百鬼夜行の椎名蒼子様が手も足も出ないって?」

 百鬼夜行の伝説は私も知っている。夜中に百人(実際には三十人らしい)の鬼(ではなく高校生)をボッコボコにしたあの伝説。


「言い方が気に入らないがその通りなのさ、そしてそのブラウンと一騎打ちして勝ったのがシルヴィア・リリィ・アルジェントさんだ。……一応聞いておくが、あれは本気なのか?」

「あれって……宣戦布告の件?」

「それ以外に何かあるか?」

「ない、そして回答は本気である」

「本当に勝てると思ってるのか?紅莉が勝てる要素は0に等しいと思うけど」

「侮らないで、私は微分積分とか三次関数とかくらい解けるから」

 えっへんと胸を張る。


「なぜ数学のことを自慢しているのかは知らないが、シルヴィアさんは既に飛び級で大学を卒業していることは知っている?」

「ほげっ!?」

 なんでそんな化物が日本で魔法少女なんてやってるの!?


「さらに心技体の全てに秀でて、オリンピックに出場することすらできるって言われてる。彼女もまたブラウン同様の神童、それで?小学1年生が高校レベルの数学検定に合格したってニュースは聞いたことあるけど紅莉はそういう自慢できる経歴ある?」

「…………ないれす……」

 自分の平凡さが悔しい、12歳の大卒から見たら私なんて文字通りそこら辺に居るただの小学生だよ。

「井の中の蛙、大海を知らず」

「ふんだ!魔法少女の性能スペックにそこまでの頭脳が必要だとは思えないもん!!」

「『もん』って……」

「うるちゃい!!もう良いよ!帰る!!」

 呆れられるアオちゃんにあっかんべぇしながら部屋を出て行った。

「あっ、おい……アイツ、何しに来たんだ?」



 ブルルっとマナーモードのスマホが震える。

 画面を見てみるとななちゃんからメッセージが届いたみたい。

 さっすが真の親友!私の心を癒してくれる!!


 嬉々としてスマホのメッセージを見てみると、

『残念、見舞いに行けぬ』

 ……昼ごはん食べたら不貞寝しよ……ぐすん。

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