第15話 真紅の炎は絆を築く(後篇)
「ちっ!」
例え氷の障壁を作ろうともクリオネの触手はまるで紙を裁断するようにアタシの障壁をぶち壊す。
これでは防戦にすらならない、ただの消耗戦を強いられているのに等しい。
その上、クリオネの触手の防御力は高く、こちらの攻撃はあまり効果的ではない。
アタシの『凍結』でもなかなか凍らない、仮にも流氷の妖精と呼ばれるだけのことはある。『妖精』よりも『悪魔』にしか思えないけど。
「斬れろッ!」
渾身の力を込め、触手を斬り裂く。
刃は効かないわけじゃない、けれど敵の数は多過ぎる。
一撃一殺ではスタミナ切れでそのうちヤられる。
無数の触手が延々とアタシを襲ってくる。
上下、左右、前後の三次元全てからの縦横無尽に伸びる触手の雨はアタシには捌けない、捌けないと開き直って突撃する。無謀だと分かっているが、対処法など存在しない、一縷の望みにかけた……だが、後方から来る触手が無防備なアタシの背中を餌食にしようとしていた。
餌食にされるはずだったアタシの背中とクリオネの触手の間になぜか月宮紅莉が割り込み、無数の触手が直撃し、紅莉の胴体を蜂の巣のように串刺しにしたんだ。
どうして……?
どうしてこいつがここに居る?
『飛行』で飛んできたのか?
でも、なんで?なんでこいつはここに来た……?
アタシを助けるために……?
こんな大怪我をしてまでアタシを助けるために?
大量の鮮血を流す紅莉を抱きかかえ、アタシはクリオネから距離をとった。
「アンタ、何やってんだよ!!」
「やぁ……ケガはないかい?」
彼女の発言の意味が分からなかった。
まるで自分の傷のことなど気にしていないかのようだ。
死んでしまいそうなくらい血を流しているのに、なんでだ?
「な、何言ってんだよ……?」
「そう、無事なら良いんだ……無事なら……」
アタシの無事を確認した紅莉は安らかな顔で目を閉じた。
まるで未練が無い地縛霊が成仏するかのように……
「好き勝手なことを言うな!アンタのそういうわけの分からない所がアタシは大嫌いだ!!」
「だよね、私も嫌いだよ……自分のこういう所。……けど、大好きでもあるよ、自分のこういう所……」
「勝手に死のうとするな!!生きろよ!!テメェは、テメェだけは生きろッ!!」
返事がない、だが心臓も動いているし息もしている。
けれど、今のままだとクリオネに二人とも殺されるだろう……。
自分を守った人間が、自分のせいで死ぬ。
それが私の心に憤怒を与える。
体中に憤怒が廻り、力が満ちてくる
怒りに満ちたまま、刀を振り回す。
今までの自分とは違う感覚がアタシを襲った。
だが、さっきまで手こずっていたクリオネはいとも簡単に凍結させることができ、凍りづいているモンスターを切り刻む。
なぜだろう……。なんでこんなに力が満ちているのだろう……。
嫌い『だったはず』の女が自分の胸の中で死に掛けてるからだろうか?
それとも自分の無力さを痛感しているからだろうか?
自分の怒りの原因が分からないことがますますアタシを不愉快にさせた。
次々に沸いて出て来るクリオネをアタシは全力で凍らせる。
「痛いんだよ……心の中が、痛いんだよッ!!」
怒りのまま、アタシは咆えた。
涙が出て来る。なんで涙が出て来るのか理解が出来ない。
悲しいことなんてない、嬉しいことだってない、なのになんでこんなに涙が流れるんだろうか?
不愉快で、不愉快で、不愉快だった。
ずっと、ずっと心が痛い。
たった1人で闘ってたから寂しかった?
孤独だったから?孤立だったから?
いや、独りだったから心が痛いんじゃない、誰かが居るから痛いんだ。
自分の隣で、自分の傍で、誰かが傷ついてるから心が痛いんだ。
「お前等全員、凍死にやがれッ!!」
アタシは闘ってる。
闘いたいからなんて野蛮な発想じゃない、守りたいから闘ってるんだ。
そう、目の前の人間を守るために。
これは義務じゃない!これがアタシの正義だ!
体中に冷気が流れている。
血液そのものが液体窒素にでもなったのかと錯覚するほどに体中が凍り付いている。
自分の気持ちが理解でき頭が冷める、けれど感情は爆裂しかけている。
再び刀を、刃を再び精製する。
敵は斬っても斬ってもキリがないクリオネタイプだ。
さっきまではあの物量に圧倒された。
でも、今はあの物量が塵芥の山にしか見えない。
深呼吸をする。
もう一度、冷静に敵を目視する。
どう考えても絶望的な状況のはずなのに、勝機しか見えない。
負ける気がしない!
「常盤ひな、聞こえるか?」
『は、はい蒼子さん!なんですか!?』
通信機で常盤ひなに連絡を取り、彼女が応答する。
「紅莉が瀕死のケガを負ってしまった。至急彼女の保護を頼む」
『頼むって……蒼子さんは?』
「決まってる、目の前の敵を殲滅する!!」
跳躍し敵軍に踏み込む。
「沈め!!」
剣を振る。
剣から放たれた衝撃は氷の棘へと姿を変え、クリオネタイプの軍団を貫き凍らせる。
「まだだ!」
愚直に突撃してくるクリオネタイプの軍団を切り裂く。
一薙ぎで大量の敵が氷砕される。
「無駄なんだよ……今のアタシに勝てるわけないだろうがッ!!」
薙ぎ払って生まれたスキを突くようにクリオネがその触手でアタシを貫こうとしたが、アタシの冷気がその触手を凍らせる。
クリオネタイプは今のアタシの敵にはならない。
上空から襲い掛かってくるクリオネタイプの群れ。
空中の水分がアタシの周りで氷結し滑走路を作り、それをアタシは利用する。
クリオネの触手を回避し、無数の氷矢を作り狙いを定めず散弾する。
直撃した対象はもちろん、かすめたモンスターも砕け散る。
クリオネタイプはどうやら学習したらしく、触手を絡め極太の1本の触手を作りそれを振り回した。
だが、むしろその方がありがたい、斬る標的がたった1つなのだから。
「細切れにしてやるッ!!」
1本の触手は無数の破片へと姿を変える。
次のクリオネは複数体で触手を硬質化させようと試みたようだが、アタシには羽毛布団に等しい。
ただの硬いだけの触手を両断する。両断されたクリオネが朽ちる。
不思議だ、本当に不思議だ。
どうしてこんなに力が満ちているのだろう……。
さっきまで血でいっぱいだった頭が冴えている。
殺したくて殺したくて必死だった敵を赤子の手をひねるように殲滅できている。
今度はクリオネ達が一斉に触手を縦横無尽にうねらせる。
冷気による氷結はヤツラの運動エネルギーが相殺する。
無数の触手が1本のアタシの刀では捌ききれず、腕に絡みつかれる。
しかし、運動エネルギーのなくなったクリオネは刹那で凍る。
凍ったクリオネが腕についたままアタシは再び刀を精製……いや、それよりも……
「地面そのものに幾千万の剣を精製した方が早いッ!!」
地面に手で触れ、辺り一面を凍土に変え、そして無限に等しい数の氷柱がクリオネ達を刺殺す。
数百は居たクリオネももう30匹くらいだ。
クリオネ達は臆している、畏怖している、悲観している。
ヤツラにも仲間と言う概念が存在するのだろうか?
それとも生存本能が警笛を鳴らしているだけなのだろうか?
どちらにしても関係ない。
アタシの体もそろそろガス欠、次の一撃で残りの敵を駆逐したい。
氷刀を精製する、今までで一番の完成度を誇る究極の氷刀を。
誰にも止められない無敵の氷刀を握る。
ブラウンにもシルヴィアにも負けないくらい強い至高の氷刀を振るう。
深蒼の絶氷が残りのクリオネを一掃した。
周りには敵対対象は存在しない……。
「アタシの……アタシたちの勝ちだ……」
▽
「よぉ、目ぇ覚めたか?」
病室で寝ているとブラウンが常備されていないと思われるカウチソファに寝そべりながらポテチを食べていた。
何をしてるんですかね?この人は。
「おはようございます、ブラウン。今日は何年何月何日ですか?」
「起きて早々それかよ、心配するな。ここに運ばれてまだ3時間くらいしか経ってないさ」
3時間、昼寝程度ですかい。
「ですか……意外に自分はしぶといんですね」
「そうだな、アンタはしぶといよ。……そうそう月宮教官が言ってたが『能力暴走』を使ったってのは本当か?」
「オーバードライブ?」
初めて聞く単語が出てきたため、聞き返す。
物心ついたくらいに魔法少女になったけど、アタシもまだまだ未熟かな?
「そう、固有魔法が一時的に爆発的に上昇する現象のこと。でもその反動で肉体にも多大な負荷がかかり、手足の骨が折れるらしい。シルヴィアなんかは任意で起こせるらしいけど、普通は滅多に起こらない現象だから知らないヤツも多いんだよ」
「らしいって……ブラウンはなったことないんですか?その能力暴走は」
最高クラスの魔法少女であるブラウンならシルヴィアさん同様にそのくらいはできそうだけれど。
「いんや、ワタシはない。ワタシみたいに固有魔法の性質上的に能力暴走が起こらないヤツも居るのさ」
「そうですか、確かにブラウンの固有魔法は上昇する箇所がありませんね」
「そういうこと、今年のワタシは最強だからな。んで、アンタの方は?体は大丈夫かい?」
「体の方は両腕が焼けるように痛いです」
動かせないことはないけど、動かそうとすると激痛が走る。
これでは私生活に影響が出るはず。
「ヒビが入ってるらしいからね。明後日までは入院だってさ。ちなみに月宮紅莉は全治2週間だってさ、背中の傷は見た目以上に酷いらしい」
「そうですか……紅莉は2週間」
「『紅莉』……?ふぅ~ん、へぇ~」
ブラウンがにたにたと笑う。
気持ち悪い……その笑い方は非常に気持ち悪い。
「どうかしましたか?」
「いや、なんでもないさ。何か不便があったら言ってくれ。尿瓶くらいなら手伝うから」
「手伝わないでください、自分で出来ますから」
「大の方は自分で頑張ってくれ」
「黙れ、と言わせたいんですか?」
「冗談だよ、冗談。そこまでマジギレしなくても良いじゃんか」
半目で睨みつける。
まったく、こちらが腕の骨を損傷してるのに御戯れが好きな人だ。
「いや、睨むなよ」
「睨んでません」
「いや、どう見ても睨んでるでしょ?」
「被害妄想です、睨まれてると思うから睨まれてると感じるのです」
「屁理屈みたいなことを言う……誰の影響だよ?」
アナタですよ、ブラウン。
「んじゃ、そろそろ帰るわ。アンタも予想以上に元気っぽいしね。また明日来るわ」
帰りの挨拶をする時間もなく、ソファから降りたブラウンはさっさと部屋を出て行った。
こうして見ると、マイペースなブラウンと紅莉って似てるなぁ……。
さてと、紅莉の様子でも見てきますかな?
アタシよりも重症って気になるし。
▽
「ふわぁ……なんかよく寝た気がする……」
「おはよう、紅莉」
「あ、お兄ちゃんおはよぅ……」
お兄ちゃんに朝の挨拶をすると、状況がいつもと違うことに気付き、部屋を見渡してみる。
「なんで私は病室?っぽい所で寝てたの?」
「覚えてないか?お前はMWで瀕死の傷を負ったからひなに助けられたんだ」
あぁ、思い出してきた……あれ?ひなちゃんが?
状況的にアオちゃんが助けてくれたんじゃなにの?やっぱりあの子は昨日のことを怒ってるのかな……?
「まったく……お前ってヤツは……助けに行っておいて自分が大怪我するなんてどうなんだよ?」
「大怪我?」
「背中の傷は気付いてないのか?」
「『傷に気付く』なんてダジャレをここでぶっこむの?」
バチン。
怪我をしているはずなのに叩かれた。
「マジメな話をしている時にふざけるな」
「ご、ごめんなさい……でも背中の傷なんて見えないし」
「はい、写真。念のために言っておくがオレが撮ったんじゃなくて病院が資料として撮ったからな?」
背中の写真を見せられる。
おおぅ、中々にグロい……。
「うわ……私の傷、大き過ぎ……」
「心配するな、2週間の治療で消えるから」
2週間?つまり2週間も通院生活を送れと?
「いや、入院生活だ」
「却下であります!!」
「何言ってんだよ、入院しろよ」
「そんなに入院したら学校の授業についていけなくなるじゃん?」
「勉強のことなら心配するな。クラスメイトにノートを借りれば済む」
いや、でも……ねぇ?
と言葉に詰まってる私の顔でお兄ちゃんは何を考えてるかを理解したらしい。
「そんなに学校に行きたいのか?」
「もちろん、入院生活なんてゴメンだよ」
「……残念ながら1週間の入院は確定だそうだ」
「あrはうrgはいfdsyがしdyふぁ!?」
「せめて日本語で言ってくれないか?」
「絶望した!入院生活なんて言う最大級の退屈に絶望した!!」
「そんなに絶叫できるなら少しは早めに退院できるだろうな」
お兄ちゃんが穏やかな溜息を吐くと、部屋を誰かがノックした。
「入って良いぞ」
お兄ちゃんの言葉を聞いて入ってきた人物はアオちゃんだった。
しかし、入ってきたのになぜか黙ったままのアオちゃん。
痺れを切らしてこっちから話しかけようと思ったけど、その沈黙を先に壊したのはアオちゃんだった。
「なんでアタシを助けた……そんな大怪我してまで」
……え?それが最初の一言ですか?
もうちょっとこう……『あ、ありがとう……べ、別にアンタになんか感謝してないんだからねッ!!』な量産型ツンデレヒロイン的なので良いから感謝して欲しかったかな?
「……い、いやぁまぁ素直に感謝されないとは思ってたけど『なんで』かぁ……。なんでと言う答えとしては『助けたかったから』としか言えない……」
「助けたかった……?」
『何を言っているんだ?こいつは』とでも言いたいような顔でこっちを見ている。
「そのぉ……まぁ……と、友達になりたいなぁ~とか?お、思っちゃったりしちゃった……?」
アオちゃんとお兄ちゃんが口から魂が抜けたのではないかと思うくらいびっくりしていた。
まずい!変なことを口走った!?
ここはもうちょっと何か好感度が高まりそうな言葉を選ぶべきだった!?
どうしよっ!?どうしよっ!?
「そうか……『助けたかったから』か……。なるほど、ならアタシがこれ以上アンタのことを気にする必要はないな」
ちょっと!そんな言い方ってなくないっ!
もうちょっと私の身を案じてくれても!!
「けど、礼は言っておくよ。…………ありがとう、紅莉」
そう言って、アオちゃんは病室から出て行った。
えっと……感謝された?
……あれ?『紅莉』?ファーストネーム?
「あの子って私のことをフルネームで呼んでなかった?」
「は?…………そうだったか?」
まったく、お兄ちゃんは歳なのかね?それとも観察力がないのかね?




