第14話 真紅の炎は絆を築く(前篇)
「おはよぉー」
「おはよ紅莉。昨日はどうしたの?」
椎名蒼子こと、アオちゃんの趣味趣向を知った次の日、昨日の蹴りのせいでお腹が痛いのを我慢しながら小学校に登校。
「ん?何のこと?」
「いや、4年生のなかで話題になってたわよ。6年生に常盤さんが拉致られてたって」
「あぁ、そのこと、問題なんて何もないよ」
ななちゃんの戯言をいつものように流していると、誰かに頭をアイアンクローされる。
「問題ですよ、月宮さん」
「せ、先生……どうしたんですか……」
アイアンクローに力がこもり、頭を絞める。
今時、こんなことを躊躇なくする女性教諭はウチの担任さまくらいだと思います。
いったい!イッタイですって!!
「昨日、月宮君……けほん、お兄さんに『今日は妹さんは欠席ですか?』とメールしたら『締めろ』と返ってきたんですよ?」
先生とお兄ちゃんは小学校からの知り合いらしく主に私のことでこのようにメールをしている。
体罰禁止のこのご時勢にお兄ちゃんは『ウチの妹はよく調子に乗るのでキツく指導してくれ』と言ったそうで、このようにキツく指導される。
「で、でも昨日は急用が出来て……?」
「学校に登校して4年生の教室で奇行に走った後でどのような急用ができたのか先生に教えてくれますか?」
先生は笑顔で接しているんだけど、顔が般若のように笑ってない……。
「……が、学生には学生しかできないことがあるのですよ?」
「そんなサボり癖ができたダメ人間みたいな言い訳は聞きません。放課後、職員室に来てくださいね。課題を用意しておきますから」
「ぬがっ!?」
「当然です、昨日は学校をサボったのですから。月宮さんの行動を容認すると他の子が真似します」
「いや……でも……」
「これ以上文句があるなら、『ご両親』との4者面談も考えないといけませんよ?」
「申し訳ございません、猛省しております」
パパとママに帰国されると困る、非常に困る……。
「分かって頂ければ良いのです。……はい、皆さん。少し早いですがホームルームにしますよ、席についてください」
先生が教壇の前に行った……嵐の後のような静けさである。
「ふぅー、まったく先生はいつも酷いね」
「学校を舐めてるバカには良い対処法だと思うけど」
私の呟きにななちゃんが反応する。
「でもモンペが横行してる今の時代じゃ珍しいよね、紅莉ちゃんだから良いけどそうじゃなかったらねぇ?」
「そうだな……そのうちノイローゼにならなきゃ良いのだけど」
マーちゃんとななちゃんはどうやら私への同情はないらしい。
この親友達は相変わらず冷たい……。
「それで?本題に戻るけど、どうして学校をサボったの?」
「ん?まぁ若気の至り的な?」
「その言葉はワタシたちの年齢で使う言葉じゃないと思うわ……」
「やってしまったことはしょうがないのであります!!」
「威張るなッ!!」
ななちゃんに激しく怒られる。
威張って何が悪い!サボりくらい皆やるじゃんか!!
▽
「まったく……見直したアタシがバカだった……」
「ん?誰を見直したんだ?」
事務作業中の教官の前で昨日のことを思い出し、不愉快な気分になる。
「気にしないでください、独り言の愚痴なので」
「愚痴は独り言にするよりも他人に吐いた方が楽だぞ?」
ごもっともな意見、だけど……
「……他人には言えない愚痴と言うのもあると思います」
「まぁそうだな、少しデリカシーがなかったかもしれない」
「別に良いですけど……教官、例え話をしても良いですか?」
「なんだ?その例え話ってのは」
「他人を隠し撮りする理由ってどういう理由ですかね?」
「隠し撮り……?つまり盗撮だな、犯罪臭しかないが……ちなみにどういう状況だと仮定してだ?」
「日常生活です、無論スカートの内部や個室トイレ、更衣室などではなく誰でも見ることが出来る公共の場で、という仮定です」
1分ほど、教官は考え込み答え始めた。
「そうだな……オレが考える理由は2つだ」
「それは?」
「1つは脅迫材料を手に入れるためだ。誰しも秘密くらい持ってる。その秘密を尾行して盗撮し、物的証拠の脅迫材料として相手と交渉する。秘密の規模にもよるだろうが、口止め料を搾取するくらいだな。秘密の内容が犯罪だった場合は秘密を秘密にするためにまた別の秘密を作ってしまい、その秘密を秘密にするために……、というマイナススパイラルに発展するケースもフィクションの中ではよくある」
なるほど、非常に参考になる。あのクソ女ならやりかねない、しかしまだ脅迫されていないと言うことはこれからか?
「それでもう1つは?」
「観賞用だ」
「か、観賞用?」
想定外の発言だったため、素っ頓狂な声で聞き返してしまった。
「通常の用途だ。そもそも盗撮と言うのはもちろん写真や動画を見るために盗撮する、ではなぜ隠れて、秘密裏に撮影するのかと言う問題になる。それは被写体に撮影を拒絶された場合や、そもそも被写体に撮影を依頼することを了承してもらえる見込みがない場合だろう。もしくは被写体が撮影されてると言う事実を想定していない素の表情を撮影したいかくらいしか思い浮かばない」
通常の用途……そもそも奴はいつからあそこに居た?
昨日は平日、普通なら学校の時間のはず。
なら何のためにあそこに?
奴はあそこの常連なの?
それにしては服の趣味が大分違った気がするけれど……。
それならどうしてあそこに居た?
もしかして尾行?でも尾行してたのなら写真を撮った際にバレるようなミスをするだろうか……?
「どうかしたか?」
「いえ、なんでもありません。少し考えただけです」
「そうか……、ところでこの例え話はお前の愚痴に関係してるのか?誰かに盗撮されて悩んでるのか?ストーカーか?それとも報復か?」
「その手の心配なら無用です。本当に悩んでいたらブラウンに解決してもらうので」
「あぁ……アイツならどんなお悩みもスパっと解決してくれるだろうな、快刀乱麻のごとく」
教官が自分を頼ってくれないことで露骨にがっかりしていると部屋に常備されていた受話器のベルが鳴った。
「こちら月宮。……はい、はい了解です」
「仕事ですか?」
「あぁ仕事だ、だが緊急ではないから紅莉とひなが戻ってきてからでも……」
「大丈夫です、アタシ1人で問題ありません」
あんなポンコツ2人と共闘するくらいならソロで十分。
「だがな、危険度がAだった場合はどうする?」
「その場合は退却しますよ、アタシはそこまで無謀ではありません」
▽
移送車で移動すること1時間弱、MW内部に到着。
「教官、現在のところモンスターは確認できていません」
『そうか、だが油断するなよ?』
「了解です」
MW内の景観はまるで廃墟、建物はボロボロで廃校のようだ。
魔法で索敵を開始していると、数百m先にモンスターの気配を感じる。
敵を視認しやすい位置に移動するため、廃墟のような建物に登り、双眼鏡をのぞく。
「教官、モンスターを視認。かなり大型です。D+かC-程度と思われます」
『お前にしては妙な言い方だな?』
「初めて見るタイプです」
『特徴は?』
「体長5mくらいはある超大型のクマですね。ですが二足歩行をしています。さらに前足、いや手には鍵爪を持っています。ついでに言えば尻尾も長いです」
『なるほど、確かに珍しい特徴だな。俊敏なのか?』
「いえ、ものすごく鈍いです。木に登っているナマケモノのように思えます
『ナマケモノ……もしかするとメガテリウムかもしれないな』
「メガテリウム……ですか?」
『あぁ、アメリカ大陸に生息していたらしい超大型のナマケモノの仲間だ。とっくの昔に絶滅してるがな』
「なるほど、では対象の討伐を開始します」
変身し、武器を取り出す。
狙い斬りしようと思い、刀を投げる。
投げた刀はメガテリウムを貫いたが、なぜか手応えがない。まるで綿菓子でも相手にしているような感覚だ。
そう思ったその瞬間、メガテリウムは握り拳サイズにまで分裂し、その分裂体から伸びた無数の触手がアタシを襲った。
『な!?』
即座に氷の障壁を作り触手の雨を防いだが、触手はいとも容易く障壁を裂いた。
マズイな、状況はかなり際どいらしい……なぜならメガテリウムだと思っていた討伐モンスターは危険度Aのクリオネタイプだったのだから。
◇
「あぁ……まだお腹が痛い……」
小学校の下校中に拉致される前に秘密基地に移動した私はひなちゃんと一緒にお兄ちゃんの部屋へ向かっていた。
「昨日のアレがまだ効いてるんです?」
「うん、鈍痛が止まらない……」
痣になってないからすぐに治ると思うんだけど……。
「でも、昨日のは紅莉さんが悪いと思いますよ?」
「反省はしてる、そして後悔もしてる」
「自覚があるなら今度謝りましょう」
「……や、約束は出来ない」
「してくださいよ」
ひなちゃんが笑いながら返事をする。
最初のような緊張は無い、完全に私の存在に慣れたみたい。
アオちゃんともこういう関係に慣れれば良いんだけど……。
「おい紅莉、蒼子に何かやったのか?」
お兄ちゃんの部屋に入ると、第一声がこれである。
昨日のストーキングがバレた!?
「な、なにかって?」
「何かは何かだよ、その何かが分からないから聞いたんだ」
「やってないこともないけど、どっちかって言うと私はやられた方だし……」
「……?良く分からんが、お前は被害者なのか?」
「加害者でもあり、被害者でもあるのです」
「まったく分からん、もっと詳細に説明しろ」
それができれば苦労しないって。
「それは話せません」
「なぜ?」
「人には話せない趣味や秘密の1つはあるでしょ?」
「なるほど、そういうことか。要するにお前が蒼子の人には知られたくないような趣味か何かを知ったから蒼子がそれに対して怒ったってわけか?」
なぜだ!!?
なぜ今のでバレた!?
「も、黙秘するであります」
「いや、さっきので答えを言ってるようなものじゃないですか」
ひなちゃんに落胆しながら突っ込まれる。
え!?ひなちゃんに失望されるような失態を私は気付かずにしてたの!?
「まぁそれについてはオレの方で手を打つことにしよう。本当の問題は別にある」
「というと?」
「蒼子が単独行動している」
……?それは問題なの?
てっきりお兄ちゃんはあのこの行動に許容してたんだとばかり思ってたよ。
「それの何が問題なの?あの子は私を助けに来たときも1人だったじゃん?ワンマンアーミーとか1人旅団とかそういう方針じゃないの?」
「どこでそんな言葉を覚えたのか知らないが、確かにアイツは一騎当千とかそんな感じだ。だが、オレはあの性格をどうにかしたい」
そりゃまたなんで?
「魔法少女が3人1組の班なのは魔法少女が死なないようにするためだ」
「するためって、まるで死んだ人が居るみたいな言い方だね?魔法少女で死んだ人って居ないんでしょ?」
最初の頃にそんな事を言ってたような気がする
「『ほとんど』いない、と言ったんだ。死傷者のほとんどは単独行動中にモンスターにやられた奴等ばかりだ。だからこそ3人1組の班で構成されてる」
「ほへぇ~、じゃあやばくない?」
「のん気だな」
そりゃ、あの子なら大丈夫だと信じてるから。
だってあんな凶暴なクマを瞬殺してたしさ。
「そうは言ってもあの子なら本気でヤバイ状況なんてそうそうないんじゃないの?だからこそお兄ちゃんも苦労してるように見えるけど?」
「お前の言うとおり、アイツなら大丈夫なんだろうけど……何か嫌な予感なんだ」
そんな風にマンガならほぼ確実に死亡フラグが立ちそうなことを言わないでよ、縁起悪い。
「これが杞憂なら良いんだけどな……(クロみたいなことにならなきゃ良いんだけど……)」
後半がボソっと独り言のように言っていたので何を言っているのか正直聞き取れなかった。
「お兄ちゃん?最後の方が聞き取れなかったんだけど?」
「ん?あぁ悪い、声に出てたか?とにかく、オレは蒼子が心配だから至急援護に向かってくれ」
「えぇ~?やだよ、あの子は『助けなんか要らない』って言う所か、むしろこっちを襲ってきそう」
昨日のことをまだ怒ってそうだしさ?
「いくら蒼子でもそこまではしないって。というかお前はまだアイツのことが嫌いか?」
「嫌いってわけじゃないし……どっちかと言えば……いや、なんでもないよ」
「……?まぁ嫌ってないなら行ってくれ。手遅れになる前に……」
お兄ちゃんがもう1回頼もうとしていると、お兄ちゃんの通信機に通信が入ったみたい。
『月宮教官、応答願います』
「どうした?」
『対象モンスターはメガテリウムなどではありませんでした。敵はクリオネタイプ、かなりの数でメガテリウムに変色し、擬態していたようです』
「クリオネだと!?数は!?」
『さぁ?数百は居るようです……これより対象との戦闘に入ります。失礼します』
「おい!!蒼子!!?蒼子!!!!……クソがっ!!あのバカ!!危険度Aのクリオネタイプが数百だと!?」
お兄ちゃんが明らかに動揺してる。
危険度A……えぇっと……この前のクジラがDだっけ?
それってかなりピンチじゃない?
「あ、あの……お兄ちゃん?もしかして?」
「あぁ、最悪のケースになったっぽい……もしかしたら……」
その一言で私は理解した。
もしかしたら……もしかしたらアオちゃんは今日、人生の幕を下ろすかもしれない、と。
ゾッとした、マーちゃんのように死んでしまうのかもと思うと心の奥がざわめく。
『知り合いじゃない人間は死んでもいいのに知り合いは助けるその卑しさが気に食わない。お前のやってる行為は偽善だ、他人褒められるようなものじゃないって言いたいんだよ』
先日、あの子が私に言ったその一言を思い出した。
あの子の理論だと、私はこの場合どうするんだろうかね?助ける?助けない?
私の答えなんてのはとっくに決まってるよ。
「行くよ!ひなちゃん!!アオちゃんは絶対に死なせないよ!!」
「あ、はい!!」
例え私の正義が偽善でも、私は自分の正義を信じて闘う!!
それで誰かが守れるなら私は闘う、他人のためじゃなく、私が彼女を助けたいと言う願いを叶えるために!!




