第12話 深蒼の氷は孤高であり続ける
四月、近所の公園で夜桜をしている馬鹿が騒ぎ出す季節である。
誰が考えたのかは知らないが夜中に騒ぐとは非常に迷惑である。
夜は静寂の時間だ。そんな夜に騒がれては風情がない。
夜桜を楽しむのではなく、騒ぐ口実が欲しいのだろう。
よく言うじゃないか、『日本の男は酒と女を抱く口実が欲しい』って。
四月某日、いつものようにドンチャン騒ぎが近所の公園で行なわれているようで、ようやくアタシの我慢の限界がやってきた。
毎日毎日アホに夜遅くまで騒がれては安眠妨害であるから。
寝巻きの上に一枚上着を羽織り護身用の木刀を装備して、歩いて数分の公園に向かう。
公園では30人ほどのアホが一升瓶を持って騒いでいる。これだけのアホが騒げばそりゃ寝れない。
アタシの不機嫌そうな顔を見たのか、見るからにバカそうでガラの悪いアホ(♂)がこっちに話しかけてきた。
「んじゃーわりゃー!!んか文句でもあんのかぁー!!」
滑舌が悪いのか、それともバカだから日本語が話せないのか、あるいは田舎の方言が全国で通じると思ってるマヌケなのか何を言ってるのか分からない。
「五月蝿いんだよ、アホには公共の場所って概念がないのか?お前等みたいな畜生と知能指数が変わらないようなゴミが社会に迷惑かけてるから世の中悪くなってんだ、他人を非難する前に自分達を見直せ」
「んだとぉー!ゴルァ!!」
アホがポケットに手を入れ、ナイフか何かの得物を掴み立ち上がったその瞬間にアタシはアホの脳天にカカト落としを決めた。
アホは悲鳴をあげられず、そのまま気絶した。
ドンチャン騒ぎしていた他のアホ共は一気に黙る。
まるで空気の流れが消え失せたように静かだ。
気分が良い、夜と言うのはこの静寂が一番。
アホ共に背中を見せて家に帰って寝ようと思ったのだけど、さすがにそこまで世の中甘くはないらしい。
「待たんか!コラァ!!」
仲間想いとかそういう綺麗事が大好きなゴミカスは気絶したアホの仇が討ちたいらしい。
しかし、アタシは帰って寝たい。
ゆえに正当防衛としてアタシを襲ってきそうなそこに居るアホ全員を木刀でフルボッコにした。
よし、帰って寝よ。
ふわぁ~あ、眠い……。
「で?椎名さん、昨日の夜に高校生を襲ったのは本当なの?」
アホ共を無双した次の日、アタシは学校の担任に職員室に呼び出された。
どうやらあの時間に公園の近くを歩いていた目撃者が居たらしい。
もしくはアホの1人がアタシのことを加害者として通報したか。
「高校生かは分かりかねますが、肯定です」
「なんでやったの?」
「昨夜のドンチャン騒ぎがとても五月蝿かったので黙るように交渉にいきました。しかし、交渉には応じず、襲い掛かってきたので一網打尽にしました」
「『一網打尽』の使い方が間違っているような気もするけれど……まぁ高校生に襲われたのなら仕方ないわね」
「ご理解いただけたようで何よりです」
職員室から教室に戻るとクラスメイトの視線が痛い。
そしてアタシをチラチラと見ながらひそひそと話している
どうやら陰口を言っているらしい。
「椎名さんって、なんか近寄りがたいよね?」
クラスメイトはアタシに聞こえるように言った。
この手のことはいつか起こると思っていた。
アタシは優秀だ、それを理解している。
恥じることじゃない、むしろ誇ることだ。
バカ騒ぎしている高校生に天誅を下すことの出来る女子小学生が日本に何人居る?
他にそうそう居ないだろう。
誰かに嫉妬されるってことは自分がそれだけ優秀だと言うことだから。
だから、アタシは傲慢になってしまった。
けれど、いや、それゆえにと言った方が良いかもしれないがアタシはクラスで浮いていた。イジメられなかったのは幸運なんかではなく、単純に報復が怖かったんだろう。だからクラスメイトはアタシにしたのは暴力などではなくただの無視や無干渉だった。
そしてついに二年生の一学期の通信簿で私に対する担任の評価は最低のものをもらってしまった。
しかし、コメント欄に書かれていた『協調性に欠ける』という一節がアタシには理解できなかった。
アタシは他の雑種とは違う、選ばれた人種だ。
カリスマと呼ばれてもおかしくない人種だ。
なのに『協調性が欠ける』?
アタシが雑種に合わせるんじゃなくて、アタシに雑種が合わせるべきである。
もしも有能な賢者が無能な愚者に合わせることが正しいと言うのなら人類の歴史に英雄なんて居ないさ。
「お前は間違ってないよ、ゴミムシと絡む必要性はないとワタシも思う」
夏休みを呆然とすごし、二学期初日をサボり、そのままサボり癖がついてしまったアタシは魔法少女の秘密基地で尊敬しているブラウンとチェスをしながら愚痴を吐いた。
「ですよね、なぜバカな教育者は自分達の教育方針が正しいと信じてるのでしょうか?」
「大人ってのは責任を取りたがらないからな。ゆとり教育だって自分達が施行したのに非難するのは施行した奴等なんだ」
「酷いですね、やっぱ日本から出て行くべきなんですかね?」
「何処の国も酷いって言うから対して変わらないかも。『住めば都』の逆だな」
「腐ってる……あ、チェックです」
ナイトがキングを倒せる所に配置した。このままなら5ターン後にはチェックメイト、勝利確定である。
「待った!」
「またですか?これで32回目ですよ?いい加減、負けたらどうですか?」
「く、くそぉ……」
頭を掻き毟ってどうすれば勝てるのかと思案しているブラウンの前で余裕綽々に紅茶をすすると、ある男性がやってきた。
「お前等、なにやってるんだ?」
男性の名は月宮紅蓮。
本人はこの名を嫌っているらしく、ほとんどの人は彼のことを上の名前で呼ぶ。
「見ての通り、チェスです。ご存知ありませんか?」
「オレだってチェスくらい分かる。訊いているのはなんで9月の平日の朝からこんな所でチェスをしているんだ?ってことだ。学校はどうした?」
「サボタージュ」
「サボタージュです」
ブラウンとアタシの声がハモる。
「堂々と言うなよ……というか何かあったのか?対人関係とか?」
「ワタシはイジメられていたので軽く闇討ちしてやりましたよ」
ブラウンが月宮教官に自慢げに言った。
「……聞きたくないが一応聞いておこう。そのイジメっ子は?」
「ワタシを見るとトラウマがフラッシュバックしたのかガクガクと震えるようになりましたよ。そのせいかワタシが悪者になり、以降クラスでも腫れ物扱いされて学校に行くのが萎えたというわけですよ、ハハッ」
ブラウンは可愛らしくミスを暴露したようなトーンで説明する。
ブラウンの闇討ちと言うのはおそらく釘バットなんかが生易しく感じるようなものじゃないだろう……きっと一方的な暴力と思われる。
ブラウンの一方的な暴力……怖い、怖い、とてつもなく怖い。
「笑って言うセリフじゃねぇよ」
「しかし、因果応報じゃないですか?」
「やりすぎだって言ってるんだ」
「反省はしてる、けど後悔はしてない」
「そういう使い方すんな!」
「まぁ、良いじゃないですか。どうせ初等教育程度なら終わらせてますから小学校なんかに行かなくても」
少しばかり大人気ない発言をしだしている月宮教官をブラウンが宥める。
月宮教官は少し息を吐き、ついでに溜息も吐いてアタシ達に説教する。
「学校ってのは勉強しに行くんじゃない、人として大事なことを学びに行ってるんだ。保健体育、家庭科、音楽や美術のような芸術が必修科目になっているのはそういうことだ」
「その手の専門家でもないただの教員程度に教わることなんてない、と主張しているのです」
「お前は……」
『こいつはもう何を言っても無駄だな』と悟った月宮教官は極大な溜息を吐いた。
「月宮教官はそんなに教育機関を信頼しているのですか?」
アタシは月宮教官に純粋に疑問を訊いてみた。
「別にそういうわけじゃないが、お前等みたいに達観した小賢しい子供を見るとイヤになるだけだ」
「なぜ?」
「子供は健全に外で友達と遊んでる方が可愛らしいからだよ、男女共にな。先日もウチの妹と妹の友達と高原に行ったのだが……」
「また始まった、月宮教官のシスコンが」
月宮教官がなにやら長話を始めようとした時、ブラウンがやれやれと突っ込んだ。
「おい、オレはそういうつもりで言ったんじゃない」
「謙遜しなくても良いですよ?」
「謙遜じゃねぇよ!!オレをシスコン野朗として定着させようとしてるんだよ!!」
「いえ、紫苑がそう言ってましたよ?『今年のウチの教官は重度のシスコンだ』って」
「紫苑めッ!今度会ったら色々話をする必要があるな!」
どうやら月宮教官がシスコンと言うのは周知の事実みたい。
本人は否定気味だけど。
「話を戻したいのですがよろしいですか?」
脱線していたので傍観していたけど、そろそろマジメに行こう。
「あぁ、別に良いぞ?……むしろ今の会話はなかったことにしたい」
やはりシスコンは否定したいらしい。
「月宮教官、我々は低脳な一般庶民と共に初等教育を受ける気はないのです。それとも、知人未満のクラスメイトから敬遠されながら居心地の悪い空間であなたの言う謎の『人として大事なこと』を学べと?」
「とても酷い言い方だな。お前は本当に8歳か?」
「えぇ、8歳です。で?教官の意見は?」
少し月宮教官は考え込み、そして決心したらしい。
「…………ま、お前等の自由意志を尊重するよ」
「おや、意外ですね」
てっきり首根っこ掴んででも学校に強制連行するのだと思ってましたよ。
「最近は物騒な話しが多いからな、説教されただけで自殺とか。お前等に死なれたら困るし、正直他人のオレがお前等の人生をそんなに心配する義理はない。親御さんはお前等の不登校を知っているんだろ?」
「ウチの保護者は放任主義のようです」
「不本意ながら了承しています」
「ならこれ以上は知らんな、お前等に任せる。だが椎名、世の中は広いぞ?きっとそのうちブラウンと同じようにお前と友達になりたいって言う物好きがこれからも現れるさ」
そんな物好きが都合よくアタシの前に2人も現れるとは思えませんけどね。世の中を構築してる9割り以上は社会にとっての害悪だと思いますよ、アタシは。
「そこでだ、椎名。1つ相談がある」
「なんです?」
「お前、オレの弟子にならないか?」
月宮教官の頭の中で何があったのか分からないが、この件でアタシは月宮教官の弟子になり、以降数ヶ月の間、月宮教官から様々なことを教わった。




