第10話 深蒼の氷は怠惰な生活を送っている
「おはよ……」
マーちゃんがMWでモンスターに襲われた次の日、私はいつもよりも憂鬱な気分で登校した。
「おはよう、今日は体調でも悪いの?随分とテンションが低いみたいだけど?」
そう?隠してるわけじゃないけど……さすがは親友。
そしてマーちゃんの姿が見えない。彼女の容態がより心配になっちゃう。
マーちゃんのことはお兄ちゃんに任せたんだけど……正直、私はまだ機関のことを信用してない。
ひょっとしたら『実は悪の秘密結社だったのじゃ!フハハッ!』と言う非道な展開が待ってるかもしれない。
「ちょっとね、ところでマーちゃんは?」
「今日はまだ来てないみたいよ。何か謝りたいことでも?」
「どうして私が何かやったって前提で話が進んでるのかな?」
「いや、紅莉がテンション低くてマヤの登校に関して気にしてるなら、謝りたいって推測するのが普通よ」
自信満々にそんなこと言わないでもらいたいよ。
私がマーちゃんに謝る?週2のペースで謝ってような気がしないでもないこともなくはない。
「おはよ~」
「あら、ご本人がようやく登場ね。おはよ、マヤ」
「……紅莉ちゃん?どうかした?」
「ん?どうかした?」
「泣いてるみたいだけど?」
「泣いてる?」
「そそ、大粒の涙がぽろぽろと流れてるよ」
手で顔を拭ってみる。
あ、濡れてる。どうやら本当に涙が出てるみたい。
「これはあれだよ、汗だよ」
「こんな時期からもう汗だくって……紅莉は辛い体質なのね」
「鵜呑みされても洒落にならないんだけど……」
こちらの親友様は私の扱いが酷い、雑と言うかゾンザイと言うか……ところでゾンザイってのは東京の方の方言らしいね。まったく、東京人は自分達が標準語しか喋ってないと思ってるから嫌いだよ。
「はい、ハンカチ」
「ありがと、マーちゃん」
ズズビズィー。
しまった!うっかり鼻をかんじゃった!!
「人のハンカチで思いっきり鼻をかむのはどうかと思うわよ。品性を疑うわ」
「出るものは仕方ないじゃん?」
「開き直るな、と言ってるの」
「まぁまぁ、別にわたしは平気だよ。洗って返してもらえれば」
顔が笑っていませんよ!お嬢さん!!
「それで?結局、何があったの?本当に謝るわけではないみたいだけど?」
「……実は今日は夢見が悪くてね、夢の中でマーちゃんが……」
「死んだの?」
ここで本当のことを言うのは簡単だけど……盛るか?よし、盛ろう。
「口では言えないような破廉恥で卑猥なことをされてて……」
「何を言ってるの?紅莉が言えないような破廉恥で卑猥なことなんてないでしょ?」
「そこまで言うことなくない!?」
「でも普通はそんな破廉恥で卑猥な夢なんて見ないし……ねぇ?マヤ」
「いくら紅莉ちゃんでも引くよ、若干ドン引きレベルだよ」
「若干なのにドン引きなのっ!?」
2人の私への扱いが悲し過ぎてまた涙が出てくるよ……。
「はいは~い、皆さんおはようございます。朝のホームルームを始めますよー」
「あ、先生も来た」
「紅莉ちゃん、また後でね」
2人が席について先生の話をマジメに聞きだした。
いつも通りの朝、いつも通りの日常、そしていつも通りの親友たち……。
あー、これが私が守りたかった、いや守った日常なんだ。
▽
「明日、オレは出張だから1日休みだ」
学校が終わると私は半強制的に機関の秘密基地に拉致られ……もとい連れ去られた。
まさか下校中にお兄ちゃんに攫われるとは思ってませんでしたわ。
というかこんなことを言うためにここに連れてこられたの?
自宅で良いじゃん?
「だからお前等、ちゃんと学校にいけよ。特に蒼子、お前だ」
「……善処します」
どうやら噂通り、椎名蒼子は学校をサボってるみたい。
「その言葉は善処しない奴が使う気がするな」
「気のせいです、学校には行ってきますよ」
「お前、まさかとは思うが学校経由して商店街で遊ぶつもりじゃないだろうな?あそこはカラオケとかゲーセンとかあるし」
「……悪いですか?」
「開き直るんじゃねぇよ!!」
お兄ちゃんが渾身の思いを込めて突っ込む。
無駄だよ、お兄ちゃん。こういうのは馬耳東風、馬の耳に念仏さね。
「まぁ、蒼子が不登校なのはいつものことだしな……。とにかく、明日はこの部屋には入れないからな」
「了解です」
「分かりました、月宮教官」
「わかったよ、お兄ちゃん」
椎名蒼子とひなちゃんと私がお兄ちゃんに返事をして2人がそのまま部屋を出ていった。
私はお兄ちゃんと一緒に家に帰るつもりだから部屋から出なかった。
「あ、そうだ。紅莉、ちょっと良いか?」
「何?」
何か言い忘れたことでもあるのかな?それとも家に帰る前に言いたいことなのか、言い忘れそうだから先に言っておこうと思ったのか……おそらく最後のだね。
「お前が蒼子のことをどう思ってるかは知らないが、アイツの方が経歴的には先輩になる。だが、お前は一応人生の先輩だ。だから少しは年長者として振舞ってくれないか?好きになれとは言わない。でも、アイツはお前が思ってるような奴ではないとオレは思うぞ。いつもの蒼子を知っているから。アイツは良い意味でも悪い意味でも自分に正直過ぎる。お前と同じでな」
「お兄ちゃん、お兄ちゃんが椎名蒼子をどう評価してるのか知らないけど、あっちが私のことを低評価なんだけど?」
「お前は年下の戯言にいちいち頭に血がのぼるほど沸点が低いのか?」
「いや、そこまで短気じゃないけどさ?でもね、自分のことを嫌ってる人間を嫌うなってのはちょっとねぇ……?」
「お前ならと期待してたんだけどな、お前なら」
若干、期待と失望を込めながらお兄ちゃんは言った。
ふぅ~ん、そこまで言うなら私にも考えがあるよ。
丁度明日はお兄ちゃんは出張で居ない。なら調査しに行きますか。
▽
「ひなちゃん!」
翌日、朝のホームルームの前にひなちゃんが在籍している4年5組にやって来た。
「紅莉さん?どうかしたんですか?」
「ついて来て!」
「ふぇ!?あの……え!?」
私はひなちゃんの返答を聞かずに誘拐した。
▽
(午前9時、家を出る椎名蒼子を確認。これよりストーキングを開始します)
小学校を抜け出し、わざわざ隣町の椎名宅にやってきた。
しかし……デカい!
なかなかにデカい家だ……そういえばここって道場なんじゃ……?
椎名宅の大きさに驚愕していると椎名蒼子が家から出てきた。
もちろん、ひなちゃんの魔法で姿を見えなくしてる。
(報告書か何かを書くつもりなんですか?)
(こういうのは気分を出すためだよ。しかし、あの子の格好、学校に行くって感じじゃないよね?)
(ですね、ランドセルを背負ってませんから)
(地元の野球チームの帽子にお下がりのパーカー、そして男子みたいな半ズボン……。これで遊びに行くつもりなのかな?)
(ですかね?)
よし、ここでアレを使おう!
月宮アナラーイズ!!
説明しよう!月宮家には秘伝の観察技術が存在するのだ。
これを使うことで女子の潜在的魅力を数値化したもの、通称『女子力』を測ることができるのである。
なになに……、椎名蒼子の女子力は……3、判定は『ブスのくせに自分のことを顔面偏差値70くらいの美少女と勘違いしている自意識過剰なクソアマ』となった。
本当にあの女はゴミですね、神すら見捨てる残念っぷりである。
9歳にして既に喪女の道を全力疾走だ。
ちなみに0未満のマイナスになると女子ではなく、男子として扱われる。
-150くらいになると逆に黄色い声援を送られるくらいの男装家である。
▽
椎名宅から10分ほど歩き、商店街のカラオケ店の前で立ち止まって料金が書かれた看板を凝視してカラオケ店に入っていく。
(あ、カラオケに入るみたいですよ)
(よし、追跡なの!!)
同様に私とひなちゃんも入っていく。
不法侵入とか言わないで、ただ尾行してるだけだから。
「いらっしゃいませ、お一人ですか?」
「はい、時間は2時間で機種はジャンクステーション。あ、ドリンクバーも」
「承りました。205号室にお入りください」
バイトの店員さんに事務的な会話を済ませてすんなりと部屋に入っていく極悪ポニーテール。
(この時間にカラオケって入れるんですね。てっきり怒られるものだと思ってました)
(店員も面倒なんじゃない?バイトの大学生っぽいけど)
大学生は平日の午前中にバイトする余裕があるって羨ましい。
小学生よりも楽なんじゃない?お兄ちゃんは大変みたいに言ってたけど、全然そうは見えないよ。
ポニーテールがドリンクバーでグラスにオレンジジュースを注いで居る間に205号室に先回りしてみる。
(へぇ~、カラオケ店の内部ってこうなってるんですねぇー)
ひなちゃんが初めてやってきた高級ホテルの内装を見とれるように内部を見渡した。
(お客さん、こういうお店は初めて?)
(え?えぇまぁ、カラオケに入ったのは初めてですよ?)
ダメだ!穢れのない純真無垢な心には下ネタなんてまったく通じてない!!
自分が悲しい!この醜くて汚い自分の心が悲しい!!
と、自分の心を卑下していたら椎名蒼子が入ってきて、タブレットのような入力機器で迷いなく何曲か入力した。どうやら歌う曲は既に決まっているらしい。
テュルテュルル~~~♪
前奏が流れてポップでキュートなメロディに合わせて椎名蒼子が歌いだした。
かの極悪ポニーテールには似合わない曲調で驚愕。
(これは……アイドルか何かですか?)
(いや、これはアニソンだね。多分2年前に放送してた『怪盗プリンスルナ』のオープニングテーマ『恋心は盗めない』かな)
(詳しいんですね。アニメは好きなんですか?)
(人並みだよ。でも椎名蒼子がこういう歌をヒトカラで歌うってのはちょっと意外)
プリンセスルナは良いアニメだったからね。
いやぁ~、あんな恋愛を私もしたいなぁ~♪
無論、相手はお兄ちゃんで!それ以外は論外である!!
(そうですか?なら逆にどういうのを歌うと思ってたんです?)
(デスメタ?)
(それはないですよ)
失笑されてしまった。
あの極悪ポニーテールなら似合ってる気がするんだけどなぁ……。
『キャオラァァァアアア!!』
とか良いながら白塗りで歯ギターとか……やっべ、超似合ってる、と私は嘲笑。
タンタンタタタン!!
と次は中々ビートが愉快な曲調のメロディが流れてきた。さっきとは全くの別ジャンルのものだ。
(今度はJPOPですか?知らない曲ですが)
(知らないの?これは去年話題になったドラマ『豚と牛と書いて家畜と読む』の主題歌の『チョモランマ』だよ)
(なんですか、その中身がものすごく気になるようなタイトルとそのタイトルに合わなそうな主題歌は……)
どうやらひなちゃんは豚牛を観てないみたい、面白かったのにもったいない。
まさか最後に主人公の豚がベーコンに加工されてジエンドってのは予想できなかったよ。
『ジョニィィイイイイーーー!!』
『アイルビーバッグ』
こんな感じ。
(ハードボイルドなんですか……)




