第14話、伽羅の拳は本気を魅せる
「えぇっと……双方、合意の上なんですよね?」
いつものように挙動不審気味のひなちゃんがおどおどしながら質問してきた。
「あぁ、一応、了承はしたが……理由を聞こうか?」
アオちゃんが不満げな声を発する。
仕方がないので答えてしんぜよう。
「考えてみたら、私ってアオちゃんと闘ったことない気がしたから」
「闘ったことがないから試合をするのか?どこまで好戦的なのだ……」
好戦的、という言葉でどこぞの全身タイツの変質者を思い出す。
心外だ。私はそこまで短絡的ではない。
「私をどこぞの戦闘狂と一緒にしないでもらいたい。」
「違ったのか?」
「違う違う。どっちが上かを決めるための闘い、そう、これは格付けなのだ」
「大差ないな」
ふわぁ~、っとあくびをしながらかったるそうに言う。
ヤル気を微塵も感じない。
「差がないと思うなら良いじゃないか。さぁ、構えてもらおうか」
「ここまでヤル気を削がれる試合も少ない……やれやれだ……」
刀を構えながら不満を漏らす、しかし、ここで予期せぬ闖入者が。
「お、面白いことをしてるじゃん」
変態的な露出度の戦闘服を展開し、右腕が特徴的なカギ爪になっている魔法少女が現れた。
「うげっ、変質者」
噂をすれば影が差す、とはどうやら本当らしい。
世の中、科学で説明できないことだらけである。
「誰が変質者だ、誰が」
「いや、祭りの中、全身タイツで無双している女子は変質者で十分でしょ」
「相撲をバカにするか、相撲は国技だぞ」
「相撲をバカにしてない、アンタをバカにしてる」
これ、大事な違いだぞ?
「蒼子」
「何です?訊かなくてもなんとなく想像できますが」
「アタシにヤらせろ」
「構いませんよ、乗り気じゃなかったですし」
アオちゃんはボソッと「まだ『オレ』ではないのか」とつぶやく。
それ、大事な違い?
「つうか私の意志はスルーなの?」
「良いじゃないか、この前は全身タイツだったから闘ってくれなかったんだろ?」
いや、それ以上にアンタと闘いたくないんだよ、私は。
私ってほら、奇策を練って闘うタイプの人間であって、『予知』能力とか『読心』能力には弱いんだよ。
ただでさえ、私の周りの奴らにはスペックで完敗してるんだからそこら辺で差をつけないと負けちゃうっての。
でも、今の私なら『予知』能力のハンディキャップもどうにかなるか?
ちょっと気になることもあったし。
「まぁ、アンタ程度じゃどう頑張ってもアタシに敵うわけないんだ。軽くヤり合う程度で良いじゃんか。ヤる前から勝敗は決してるんだ、気張るな気張るな」
あ、これはちょっとムカついた。
そりゃちょっと前に粋がってた私は『見返してやる』と強がったわけだし、ここで逃げるほど腰抜けってわけでもない。
「聞いたよ、レイだけじゃなく、シルヴィアともケンカしたって。あの2人とバトったのにアタシだけ仲間はずれってどんだけよ?」
どうやらこの阿呆は単純に戦いたいだけらしい。
なんと短絡的なのだ。
しかし、こちらも魔法の使い方にもけっこう慣れてきている。
前回のようにはいかない。
よし、リターンマッチといきますか。
「分かった、分かった。今回は試合形式でヤッてやろうじゃないか」
「あ、紅莉さん!?本気ですか!」
「大丈夫だよ、ひなちゃん。たぶん負けるけど、今回は一人で一撃は入れてみせるから」
魔法少女としての経験の差はある。
だけど、一撃も入れられず完敗、ということはない。
今回は自分一人の力だけで一撃は入れてみせる。
「ほぅ~、言うじゃないか。そこまで強がるってことは少しは本気でヤれそうだ」
舌なめずりをしている。
偉い人が言っていた。
獲物の前で舌なめずりをするヤツは三流だと。
「で、では、合意のようですし、審判は……えっと……」
「あ、アタシがやるのか?」
ひなちゃんは『自分では荷が重すぎる』と言いたいのか、前回同様にアオちゃんに審判をして欲しいらしい。
まったく、少しは自分に自信を持ってもらわないとね。
「あー、じゃあ改めまして、審判はアタシ、椎名蒼子が執り行う。……始め!」
その言葉が耳に入った時とほぼ同時に、ブラウンは突進してきた。
でも、突進程度なら簡単に回避できる。
なにせ、私の固有魔法は『飛行』
横方向の跳躍程度簡単すぎる。
「この初手を回避できたか、中々ヤるな」
「回避行動程度で褒められても面白くないね」
跳躍が終わる前に、魔法弾で先制を試みたけど、ブラウンは上方向に逃げる。
やはり、『予知』能力を相手にするのは厳しすぎるって。
そのまま、空中に障壁を展開し、縦横無尽に跳ね回るブラウン。
ここまで三次元的に動き回られると、私のアイデンティティがしょんぼりする。
しかし、今は戦闘中。しょんぼりしている状況はない。
ブラウンはそんな私にお構いなしに旋風脚を披露してくる。
無論、武器を籠手に変えて、それをガード。
「へぇ、武器の形状変化を行うのか、テメェはそういうタイプか」
「あいにく、スペックで負けてるんでね。レイってのを見習ってそうさせてもらうことにした!」
足を掴み、そのまま『飛行』させ、投げる。
この固有魔法、意外に投げ技と相性良い?
けど、投げられたブラウンは手で受け身を取り、ノーダメージ。
掴まれてない足で私の側頭を蹴ろうとしてくる。
対応できずに、ヒット。
結構、痛い。
(ちなみに、戦闘服は露出部分だからといってダメージが大きいわけではないらしい。そりゃ一番守らないといけない頭部をさらけ出してちゃダメだよねって話)
「くっくっく、本当に面白い。素質はある方だと思っていたが、まさかここまで早く伸びてくれるとは。『オレ』も楽しめそうで嬉しいぞ」
一人称が変わったな。ハイになってやがる。
嫌な予感がしてきた。
無意識に身構えた。
ここは攻めた方がおそらく安全だったのに。
「なぜ、人は争うのか。答えは簡単だ、それは本能だからだ」
哲学的な引用か何かを言い出すブラウン。
この戦闘バカがこんな小難しそうな言い回しを思いつくわけがない。
「いきなり、何を言い出す?」
唐突の発言に若干困惑するが、それが相手の策かもしれない。
私だって似たようなことをする。
人間、思考回路がショートするほど驚くとスキが生まれるからね。
「生物にとって、争いとは避けては通れない。敵と戦い、己と戦い、自身を鍛える。向上心こそが人の歴史だ。人はそうやって進歩してきた。
だからこそ、オレは争う。他者より強く、他者より先へ。己が力を証明するために、オレは争う。それこそが、オレの自己証明に繋がる」
なんか知らんが、こいつポエムを言い出したぞ。
戦闘中にポエムを読むな!
家に帰ってノートに書いてろ!!
「力とは何だ?魔法とは何だ?そんなことを考えるのは面倒だし、答えが出る命題とは思えない。ならば本能のままに理解すれば良い。これは元から存在している概念だと理解すれば良い。
なぜ歩けるか、と考えるバカは居ない。それと同じことだ。そして、人が争いから逃れられないのなら、開き直って争えば良い。生存競争とはそういうものだ、勝者こそが正義なのだから」
「どんだけ短絡的なんだ、アンタは!!」
「短絡的?これはおかしなことを。楽しいことを楽しいと理解するのに小難しい理由を考える必要でもあるのか?」
自分語りを始めたブラウンの顔面を殴りかかるけど、当然と言わんばかりにブラウンはそれをガード。
やはり、正面からの攻撃は通用しないか。
面倒すぎる。
「私はアンタが嫌いだ!!」
「そうさ、それで良い。それだけで良い。さぁ、激高しろ。そうすれば、オレの飢えも治まる。テメェの飢えも」
何が『飢え』だ。
どんだけ闘争心に満ちてるんだよ、この女!
「同類扱いするな!」
「なんだ?同属嫌悪か?」
異様な気分だ、脳みそ筋肉みたいなヤツだと思っていたのに、どういうわけか気持ち悪いくらいに穏やかに話している。
「一瞬たりとも感じたことは無いのか?モンスターを倒したときに『やった!』と喜んだことは無いと言い切れるのか?魔法をぶっ放してスカっとしたことは一度も無いと言い切れるのか?」
「ッ!」
「あるんだろ?」
ニヤァっとブラウンは笑った。
仲間が居たという安堵ではなく、所詮同じ穴の狢だと分からせたと言いたい邪悪な笑顔だった。
「力とは魔性だ。誰もそれに抗うことはできない。しかしだ、抗う必要などこの世の何処にもない。衝動的になって何が悪い?弱者は死を、強者は生を手に入れる。理とはそうなっている」
「極論だ!」
「違う、真理だ」
ブラウンの左ストレート。
尋常じゃない握力の指が腹部を襲い、意識が飛びかける。
こいつはヘビーだ。
青アザになってるね、確実に。
「誰もが力を渇望するが、力は人を求めない。だからこそ、力を持つ者には権利が与えられる。力を行使する権利が」
「世迷言だ。それは自意識に満ちたエゴ以外の何でもない」
「なぜ認めない?自分自身がその魔法に魅入っていることに」
「私は、アンタとは違うからだ!」
「同じさ、違うのはどれだけ自分の欲望に忠実かってことくらいだ」
武器を杖にして、障壁を発展させて先端を刃にする。
それを丸ノコのように回転させて、投げる。
しかし、ブラウンはリンボーダンスのように仰け反り、回避した。
「よっと、零距離だろうとそんなものが通用するわけないだろ?」
あぁ、もちろん、通用するとは思ってないさ。
というか、『予知』能力に通用する攻撃ってどんなだよ?
マンガとかでよくあるのは、圧倒的なスペックで未来予知に対応させないってのだけど、残念なことに私のスペックはブラウンを圧倒できていない。
今だってそうだ、完全に押されている。
でも、気になってるんだ。
『予知』能力って、言うほど万能なのかって。
「戻って来い」
「は?」
昔、サイレンさんにヨーヨーの動画を見せてもらったことがある。
まるで訓練されたパフォーマーのように華麗に動くヨーヨーは圧巻だった。
それと同じだ。
杖に強力なバックスピンをかける。
すると杖はブーメランのように私の元に戻ってきた。
いや、正確には『飛行』させて戻らせたわけだけど。
しかし、その軌道上にはブラウンという障害物が存在する。
強烈に回転する鋭利な刃が露出の多い戦闘服のブラウンの背中を切り裂こうとしている。
ブラウンは切り裂かれる自分の姿を『予知』したのか、1秒未満の迅さで振り返り、その杖の攻撃をカギ爪で防いだ。
歯医者さんのドリルのような甲高い音が周囲に響き渡った。
だが、今、私の目の前には、無防備なブラウンの背中がある。
この背中に、渾身の一撃をぶっ放せ!!
「超音速絶空衝撃拳ッ!!」
がら空きの背中に遠慮のない一発がキレイに入る。
ブラウンは鈍い悲鳴を叫びながら、錐もみ状に回転して、山なりに飛び、無様に落ちる。
「どうだッ!今度はちゃんと私一人で一撃入れたぞ!!」
前々から思ってたんだよ、『予知』能力ってのは自分の死角からの攻撃も見えるのかってね。
『常勝無敗』と『最強無敵』は同義じゃねぇんだよ、バァーカッ!!
「つまんねぇ……つまんねぇつまんねぇ、圧倒的につまんねぇんだよ。こんなのがヤりてぇんじゃねぇよ、オレは」
醜く倒れこけたブラウンが気に食わなそうに立ち上がった。
立ち上がりながら、ブラウンは戯言のように負け惜しみを呟いていた。
ちっ、一発KOってわけにはいかないか。
あんな紙装甲みたいな服装でそれなりに防御力があるというのは意外。
「なぁ、月宮紅莉。テメェはこんなチンケな試合がしたいのか?こんなのがテメェの求めるケンカか?」
「発言の意味がわかんないね」
「……もういいよ、テメェには失望した」
「へっ、勝てば官軍負ければ賊軍、卑怯卑劣姑息など敗者の戯言。言い訳なら負けてから聞いてやんよ!」
「そうか、オレが負けてからか……じゃあ、永遠に聞くことはねぇな」
ブラウンの右手の、いや右腕の形状が変わる。
巨大なカギ爪から、猛獣の口のような形状に変化した。
「『幻刻虚閃』」
瞬間、何が起きたのかを脳が理解するのに3秒は必要だった。
ブラウンが数人に増えたように見えた。
見えただけなら良い、存在しない攻撃の軌跡が見えた。
突きが蹴りが投げが絞めが見える。
そして殴られ、蹴られ、投げられ、絞められた。
だが実際にそれらによる痛覚は発生していない。
いやそもそも何も起きていない。
脳が光情報のような何かと現実の差を処理できない。
意図せずにそれらから避けるために身を引いた。
攻撃を避けたかったのではない、反射的に体が動いた。
生来の危機回避能力がそうさせた。
だが、避けた先を、身を引くことをブラウンは分かっていたかのように間合いを踏み込んで私を殴った。
速さを超越した次元の攻撃。その殴った痛みが体を襲う。
この痛みが右ストレートによるものだと理解するまでに何秒が経過したのか分からない。
いや、そもそも本当に殴られたのかすら分からない。
殴られた痛みは頬に残っている。けれど体は複数回蹴られたような錯覚が存在した。
「これがオレの秘義、相手に未来を『予知』るんだよ。テメェは見たはずだ。オレに殴られ蹴られ投げられ絞められるのを」
見せる……。
まさか、この女の固有魔法の対象は自分だけでなく他人にまで使えるのかよ!?
今の奇妙な感覚のほとんどが『予知』
つまり、殴られ、蹴られ、投げられ、絞められる未来を『予知』させられた。
そしてその『予知』を回避するために身を引いたからこそ、ブラウンは私を殴った。
なんだ、このイカれた能力は。こんなに優秀なフェイント技は見たことも聞いたこともない。
「ソレイユ総帥とシルヴィア以外には使った事無いんだよ。なんでか分かるか?楽しめないからだよ。こんなことになるから」
鼻を狙った右ストレート。
また錯覚だ。
攻撃の軌跡だけが知覚してしまう。
回避すれば、その回避先を攻撃される。
だからといって、回避しなければ……。
「がはっ!」
このようにぶん殴られる。
さっきまではギリギリ立っていられたけど、さすがに限界が来たのか、膝から崩れ落ちる。
ダメだ、弱点が見えない。勝ち筋が分からない。
「ケンカってのは心でやるんだよ。互いの意地と意地をぶつけ合い、刹那の快楽を味わう。それがケンカだ」
「……好き勝手言いやがって。完全に勝ったつもりか?」
「つもり?まさか、この圧倒的な差を前にしても、まだオレに勝てるとでも思っているのか?」
「当たり前だ」
虚勢を張る。勝つための策を考えるだけの時間を稼ぐために。
しかし、思い浮かびそうにない。
「そうかい」
倒れている私に死体蹴り。
やべぇって。こいつ、強すぎるって。
「弱いんだよ、まだまだ」
ここで、審判を務めていたアオちゃんが我慢できないと言わんばかりにブラウンに突撃。
「ブラウン!」
アオちゃんの日本刀をあの右腕の猛獣が防ぐ。
「この戦いは野良試合という次元で片付けられません」
「綺麗事を吐くなよ。素直にムカついたって言え!」
パワーだけでアオちゃんを弾き飛ばし、猛獣は天を仰ぐ。
そして唸る、凶暴なモンスターのような咆哮を放つ。
「『地穿空裂海漠豪拳』」
瞬間、あの右腕部に紫色の光が宿り、アオちゃんに突撃した。
「『亞衣儀守』」
大盾がブラウンの応用魔法を防いだ。
しかし、あれはダメだ。戦術的にダメだ。
「硬いな。だが甘い」
盾を踏み台にしてブラウンは跳躍、そしてアオちゃんの後ろに回りこんだ。
「なっ!」
「馬鹿だろ。こんな巨大な盾出しても回り込まれたら意味ねぇよ」
左肘が脇腹に決まり、アオちゃんも膝から崩れ落ちる。
完敗。
「保守的な技なんてオマエには似合わない。もっと美しく生きろ」
もうすでに聞こえていないだろうことは、ブラウン自身も理解しているだろう。
さて、アオちゃんがここまでやってくれたんだ。
私も、倒れるまで闘いますかね。
「なんだ?まだ立ち上がるのか?」
意外なものを見るような目で質問するブラウン。
「もちろん、この月宮紅莉は存外、しぶといんだよ」
「強がんなよ、もう限界だってことは『予知(見)』えてるんだからさ」
ゆっくりと、しかし確実にこっちに近づいてくる。
「お前は良いわ、もう良い……んだけど」
顔面を殴られる。
さっきのパンチとは次元が違う痛みが脳に伝わってくる。
「サンドバック志願なら喜んで殴ってやんよ」
や、やべぇ……。
今の一撃は強がっていた自分を嬲り殺すのに十分だ。
意識が朦朧としてくる……。
「……めて……さい」
気付けばひなちゃんがわなわなと震えていた。
幼さが抜けきっていない体とミスマッチしているその様は異様。
「あ?なんだって?」
挑発じみたブラウンの返事。
けれど、やはり何か異様だ。
いや、違う、異様なのはこの状況じゃない。
……殺気?殺気を感じている?
「やめて下さいって言ったんですッ!!」
その声と共に、衝撃波が周囲に響き渡る。
無論、私やブラウン、アオちゃんにもその衝撃波は襲う。
無秩序に地面を切り刻む衝撃波は、いつもサポートに徹してくれる少女が発したとはとても思えない。
今のがひなちゃんの応用魔法?
「ククク……そうだ、そうだよ、常盤ひな。テメェもついに本気で闘ってくれるか!!
嬉しい限りだ。そうじゃねぇと『ウォーミングアップ』した甲斐がねぇんだよッ!!」