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第13話、真紅の炎と深紅の秘密

「お兄ちゃん!ちょっと頼みたいことが……」

 機関の秘密基地の一室にあるお兄ちゃんこと月宮教官の執務室に飛び込む。

「おう?どうした?」

「何やってるの?」

 そこには、なぜか上半身裸で妙な鉄棒のような器具に左手だけでぶら下がりながら哲学書のようなものを読むお兄ちゃんがいた。

「知らないのか、一昔前に流行ったぶらさがり健康法だ」

「半裸でやるの?」

「問題あるか?」

「シャツくらい着たほうが良いんじゃない?」

「服を着たままだと汗で汚れるだろ。半裸だったら汗を拭くタオルだけで良い。ここは別に公共の場ってわけでもないんだし、見られて困るほど貧弱なカラダてもない」


「理由は分かった。けど、疑問はもう一つある」

「なんだ?渋るなんて紅莉らしくない」

「なんで左手だけでぶらさがってるわけ?」

 マンガの屈強な男キャラが片手や人差し指だけで腕立て伏せをやるシーンはよく見るけど、腕立て伏せの効果から考えるとあれって非効率だと思うんだよ。

「気にするな、そういう気分だ」

「……本当に?」

 その一言は、私とお兄ちゃんの数少ない溝に関わる領域の話だ。

 お兄ちゃんもその意味が分かったようで、本から目を離した。

「どういう意味だ」

「ゆうくんに聞いたよ。お兄ちゃん、右腕に障碍があるって」

「あのバカ……」

 お兄ちゃんは鉄棒っぽい健康器具から降りて汗を拭いた。


「いやな、隠しているわけじゃないんだ。ただ知られたくなかったってのが本音だ」

「知られたくなかった?」

「あぁ、障碍って言っても日常生活で困ることは無い。オレはこの怪我をする前から両利きだったんだ」

 怪我をする前から両利き、ということは右腕を負傷したから左利きに矯正したタイプの両利きでもあるわけではないと言うことらしい。

「そうなんだ。良い機会だから聞いておきたいんだけど、どういう障碍なの?」

「紅莉が気にするほどの障碍じゃない。本気を出せば野球だってバスケだってできる。アルジェント皇国の医学のおかげでな」

 ぐっぱ、と手を開いたり閉じたりし、健康アピールをしだす。

「ただ、知られたくなかったのは、この障碍を理由に中学や高校の体育の授業をサボってたからなんだよ」

「おやま、サボってたんだ」

 意外な一面。

 まさかあのお兄ちゃんが元不良少年だったとは。

 12年も同じ飯を食べ続けているにもかかわらず知らないことも案外多い。

「あぁ、そうなんだよ。あまり知られたくなかったんだ、サボリ魔みたいで。つうか、体育教師ともそれでいざこざがあったりしたし」

「なるほど、お兄ちゃんがそんなくだらない障碍で授業をサボっていた過去が私に知られてしまうと、私に説教しにくいってことだね」

 兄の威厳を保つためには、かつての素行を妹に知られたくなかったということらしい。

「理解が早くて助かる」



「でもさ、もう秘密はない?」

 こうなると、他にも何か秘密があるのではないかと勘ぐってしまう。

「秘密ってほどじゃないだろ。紅莉が知らないだけでババァや先生、秋山はもちろん、ゆうもグレイスもあのサイレンだって知ってるからな」

 なぜ40歳以上の面々の名が先に羅列されたのだろうか?

 先生というのは師匠のママであるアンナ先生のことだろう。

 事実、私はゆうくんから知ったし、普通に考えれば……いや、ママも含めて、医者とメイドは普通じゃなかった。

「でも、皆知ってるのに私だけ知らないって不公平だよ!」

「そんなに怒るなよ、この障碍は紅莉が生まれる前に負ってしまったんだから紅莉が知らないのは不自然じゃない。アイツらは紅莉が生まれる頃からの付き合いだ。紅莉が知らないことの2つや3つはある」

「ふーん……そいやゆうくんに聞いたけど、お兄ちゃんと師匠は昔男女交際してたとかなんとか」

「あぁ、それがどうした?」

 濁り成分ゼロの澄み切った目がそこにある。

「開き直られた!?」


「むしろ今まで知らなかったことに驚いたくらいだ。

 で?それがどうした?詰問でもするつもりか?面白みなんてないと思うが」

「いやさ、師匠とは付き合わないと思ってたんだよ」

「なんでだ?」

「お兄ちゃんと師匠の関係って友人とか恋人ってよりも……」

「兄妹か?間違ってはいないな。幼馴染ってよりも従兄妹いとこみたいな関係だったし、実際、オレは紅莉以上にアイツの方が妹って感じではある」

「そこまで言うのに、なんで付き合ってたの?」

「なんでって言われてもな……もう何度も言ったはずだぞ」

「「特定の異性がいないのにフリーであることが異常に扱われるのがイヤだったから」」

 ほぼ同時の発言、私の言葉もお兄ちゃんは予想していたようでハモったことに全く驚いていない。

「その通りだ。なにぶん、オレは変わっているからな」


「……でも、それじゃ妙なんだよ」

「なにがどう妙なんだ?」

「お兄ちゃんの初恋は12歳の時なんでしょ?」

「イエス」

「師匠と付き合ったのは?」

「13歳だ」

「おかしいじゃん」

「どこがだ?」

 これをガチで言っているのだから、やはりお兄ちゃんはどこかズレているに違いない。


「普通は付き合わないよ、そんな状態じゃ」

「普通の人間は、新しい恋に逃げるものだ。童貞なら特にな」

「この童貞!」

「実の妹に言われると結構キツイぞ」

「で、マジメな話をしてよ」

「別に、不真面目なつもりはない。ただ釈明させてもらえるなら……」

 奇妙な間があった。

 というよりは時間が停止したかのような違和感に襲われた。


「オレは、今まで付き合ってきた女共を好きになる努力はしていた、だがオレが惚れた女はその中には居なかった」

「本当に?」

「ウソならもっと本当に聞こえそうなウソを吐くさ」

 それもそうである。

 しかし、何か物足りない。

 折角なのだから、もっと兄妹の仲が深くなるような何かが欲しい。

 そんな私の心境が態度に出ていたのだろうか、お兄ちゃんはそれを察したっぽい。


「分かった分かった、教える価値も無いから教えなかったオレの無駄知識を教えてやる」

「え?なになに?」

「オレはな、種無しなんだよ」

「……お兄ちゃん、去勢されるようなことをしていたの?性犯罪とかシャレにならないから止めてよ……」

「なんでこの流れでドン引きなんだよ!それに去勢なんてされてないわ!!」


「え?だって種無しって……」

「そういう病気だ。無精子症っていう病気。知ってても知らなくても紅莉には関係ないだろ?」

「大有りだよ!だってそれって甥っ子も姪っ子も生まれないってことじゃん!!」

「ま、そうなるかもな」

「かもって……え?だって交尾セックスして膣内ボルチオ精液スペルマを出さないと赤ちゃんはできないでしょ?」

「どうして紅莉の表現は常軌を逸しているんだ……」

 師匠からは医学用語だと聞いたし、医学用語だから卑猥な発言ではないと思ってるんだけどなぁ……。

「表現なんて気にしないで。話を戻すけど、種無しってことは子作りできないわけでしょ?」

「今の時代、どうにでもなるぞ。万能細胞を使って精細胞を作り出すことはすでに実験できていると聞く。問題は倫理だのとうるさい人権団体だが、そんなものを敵に回してまで実子が欲しいわけではない」

 なるほど。良く分からんが分かったことにしておこう。

 たぶんあれだ。『子供を作ろうと思えば作れる』ということだろう。

 うん、そうに違いない。


「最近、アホな行き遅れ女が『女性は子供を産むための機械じゃない!』ってキレてるが、それでどうやって少子化対策するのか、オレは疑問でしかない。この国の人口問題は深刻なものだ。綺麗事を吐き、個人の願望による感情論よりも大切なことがあるはず。

 種無しの男はどう頑張っても少子化対策に貢献できないってのに、健常者は偉そうな御託を吐いてばかりだ。紅莉はああなるんじゃないぞ?」

「えっと……つまり非処女になって中出しされて子供を孕めってこと?」

「違う!論点はそこじゃない!!」

 まずいな、どこが重要だったか本格的に分からない。

 マジで国語の勉強をする必要がありそうだ。

 図書室に置いてあるラノベとかで勉強できないかな?

 ……ムリだな、あれは軽文学を名乗るに値しない。

 最近は高校生だって商業用ラノベを出しているくらいだ。

 例え天才若手文豪だろうと、高校生じゃたかが知れてる。

 そもそもプロのラノベ作家曰く、日本語さえ書ければ一次選考には受かると聞いた。

 そんなんで日本語が学べるなら教育機関はとっくにマンガを現代文の教科書として採用しているよ。


「結局、人は自分にとって都合の良いことしか考えないってことだ。だが、紅莉は違うだろ?主観的にではなく客観的に物事を判断する力を持っているはずだ」

「ぜ、善処します」

 しどろもどろ気味の私を見て、溜息を吐きたそうなお兄ちゃんは溜息を吐かずに肩を落とすだけに終わった。

「……それで、今日は何しにやってきた?そろそろ仕事を再開しようかと思っているんだが」

「そうだった、闘技場の使用許可を申請したくてね」

「構わないぞ、今の時間は空いていたと思うからな。ただ、変なことに使うなよ」

「ラジャー!」

 ノリノリで敬礼をして執務室を出て行った。




◇〔紅蓮side〕

 紅莉が出て行った直後、オレは悪友に電話をかけた。

「へいへーい、どうした?」

「ゆう、テメェ、紅莉にオレのことを喋ったらしいな」

「あ、わりぃ、そろそろ時効だと思ったんだが、まだダメだったか?右腕のことしか言ってないからセーフかな……と……」

 どうやら罪悪感はあるらしい。

 それが分かっていて話したということは本当に右腕のことだけということか。

 いや、ちゃんと確認すべきだな。

「腕の件はいつかはバレるとは思っていたから良い、だが本当に右腕だけか?」

「もちろんだ、悪友とはいえ、オレにだって超えちゃいけないラインくらい把握している。紅莉ちゃんに言っちゃいけないことは『かつての呼び名』と『かつての写真』の二つだろ。ちゃんと把握してるって」

 バカと思っていたが覚えていたか、なら安心だ。

 少なくとも、『全ての問題』が解決するまでは秘密にしてもらわなければ困る。


「そうか、理解しているなら良いんだよ。悪かったな、疑って」

「気にするな。お前の昔話はちょっとだけさせてもらったが」

「だろうな、紅莉の話し方からなんとなく想像できていた」

 あまりオレの恥を広めないで欲しいが、まぁそういうのは無理だと割り切るしかない。


「おっと、バレてたか。その件に関してはお咎めなし?」

「かまわん、そろそろ白状すべきかと思ってたから」

「なら別にその二つくらい良いんじゃないのか?バレて困ることでもないと思うが?」

「お前が困らないと思ってもオレが困ると確信しているから問題なんだ」

「ふーん、高校の文化祭での女装姿なら分からなくは無いんだが、小学生時代の写真までってのは理解できないんだが……そこまで言うのだからそうなんだろう。大丈夫だ、心配するな、二度も念を押されたからバラさないって」

 いや、その黒歴史(女装姿)はできることならオレだって隠蔽したいっつの。

「助かる。じゃあ、用件は以上だからこれで切るぞ」

「あぁ、んじゃあな」

 電話を切り、シャツを着て椅子に座り、運動後の水分補給をする。

 そして、これからのことを考える。


 ……もしも、全ての成り行きを紅莉に説明したら、未来いまは変わっていたのだろうか?

 これから紅莉が歩む道を変えることができたのだろうか?

 るりは言った、既成事実は覆らないと。

 でも、るりの理論は間違っていて、時間的矛盾タイムパラドックスが起こるというのなら……。

 いや、オレらしくもない。

 たらればの話なんて……。

 現実逃避をするな、るりは死んだ。

 これから何が起きたとしても、既成事実(るりの死)は覆らない。


『結局、人は自分にとって都合の良いことしか考えないってことだ。だが、紅莉は違うだろ?主観的にではなく客観的に物事を判断する力を持っているはずだ』

 ふと、さっき、紅莉に説教した時のことを思い出した。

 客観的に物事を判断する力を持っているはず、か。

 無意識に言ってしまったのだが、それは事実ではなく願望だった。

 きっと、紅莉は主観的にしか物事を判断できない。

 そんな力はまだ持っていない。


 なぁ、『フレア・ヴァーミリオン』

 テメェとオレでは言ってることは真逆だ。

 テメェの発言を紅莉が採用するか、それともオレの発言を紅莉が採用するか、オレはオレの発言を紅莉が採用してくれることを祈っているが、たぶん望み薄だ。

 アイツはオレの妹だ。だからこそ分かる。

 アイツは、肝心なときには利己的な考え方しかできない。

 だから、テメェの言うように紅莉は紅莉の理由で闘うことを選ぶだろう。

 けどよ、フレア・ヴァーミリオン。

 もしテメェがこの未来(展開)をあらかじめ知っていたら、どんな行動を取っていた?

 時機に、テメェは紅莉と出会う。

 それは『既成事実』だ。

 だから、オレは後悔する。

 テメェの発言を、オレは後悔する。

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