第12話、真紅の炎と灰色のセカイ
〔紅莉side〕
「この前のお兄ちゃんはカッコよかったよ。惚れ直したね」
喫茶店で駄弁りながら、昨夜、お兄ちゃんと白い死神の闘いを見た感想を思わずこぼす。
ホントに凄かったね、あっけにとられて見惚れるくらいに。
なにせ、援護できなかったもん。お兄ちゃん、カッコいいから。
「アンタの惚気を聴かされるこっちの身にもなって欲しいわ」
「でも凄かったよ。特に右ストレートの切れが凄かったんだから。あれは世界を狙えるね」
「世界を狙えるくらいの猛者が、塾講師ってのも妙な話だけど」
「右ストレートだって?そりゃおかしいね」
「何がおかしいの?」
店の仕事だけしていれば良いのに、ゆうくんが話に割り込んできた。
確かにお兄ちゃんは基本左利きの両利きだけど、右ストレートをしても違和感はない。
「あれ?紅莉ちゃん知らなかった?アイツ、右腕に障碍を患ってるらしいんだよ」
「はぇ?」
「13年、いや年号的には12年前かな。12年前の1月くらいに右腕を怪我して外国で治療してたから覚えてるよ」
「12年前ってことは小6?」
「小6だよ。ちょうど、紅莉ちゃんが生まれる少し前だね」
「うーむ……」
「どうかしたの?」
「いや、そんな情報、私は把握してなかったからさ」
思い返しても右手にそれらしいことをしていた記憶がない。
昨日ほどキレたお兄ちゃんは珍しかったけど、右腕を使ったことは普通にある。
ペンは左手だけど、お箸とかは右手だし……。
「そういえば、頭撫でらるときは毎回左手だ」
「どうして自分の頭を撫でた手が毎回左だって気付くのよ。むしろそっちに驚愕だわ」
そりゃ右手の方がやりやすいだろ、って体勢でも頑なに左手を使われれば気にもなる。
「まぁ、紅莉ちゃんが違和感を感じないほど、大した障碍じゃないってことかも」
「というか本当に障碍なの?」
イマイチ信じられない。
「さぁ?グゥちゃんはそう言ってたから」
グゥちゃんって誰だ?
……あ、師匠のことか。
「良い機会だし、中学や高校時代のお兄ちゃんの話を聞かせてくれない?」
お兄ちゃんは昔のことを語りたがらないからね。
『兄が女に振られまくった時代のことを根掘り葉掘り訊きたいのか?』と人並の羞恥心があるかのように隠すからね。
「高校時代は、いろいろとヤバかったね」
「いろいろって?」
「知ってるだろうけど、アイツは私立高校の特待生でね。授業料と部活や委員会を免除してもらっていたんだ」
これは知っている。
確かその高校が学業に力を入れたかったから優秀な生徒を特別待遇で招いていたらしい。
お兄ちゃんの他にも10人くらいは全国順位3桁の強者が居たって聞いた。
「その上、ルックスも良い方だ。モテたね、そりゃもうたくさん」
「その頃のことはなんとなくだけど、覚えてる。結構彼女さんいたよね?」
「結構、ってか合計で25人くらいじゃないか?」
「うわっ、ヤリ○ン」
「待ちなさい、紅莉。お兄さんって童貞なんでしょ?いくらなんでも矛盾してない?」
「あ、確かに。どういうことなの?ゆうくん」
ガードが固い女なら、まだしも、25人も付き合っていたなら1人くらいヤれただろう。
「えっと確か、『オレの純潔を捧げられる女なんざ、この辺りにはいねぇよ』って切り捨ててたっけ?」
そりゃまたカッコ良いのかカッコ悪いのかイマイチ分からない理由だね。
普通に考えれば負け犬の遠吠えになるんだろうけど。
「高校の頃はそんなもんかな?中学の頃は紅莉ちゃんの面倒ばっか見てたから普通にダッシュで帰ってたし、高校と違ってグゥちゃん居たからそんなに荒ぶっていなかったたように思う」
「……?なんでここで師匠が出てくるの?」
「え?紅莉ちゃん、もしかして知らなかった?月宮兄こと紅蓮とグゥちゃんは昔付き合ってたって」
「………………は?…………はぁーーー!!!?」
「マジか」
これは私が知らなかったことに驚いているパターン。
「マジなのね」
これは事実を知らなかったけど、あまり驚いていないパターン。
「へぇー、なんかそんな気はしてたけど」
これは言葉通り、ある程度その事実を予想していたパターン。
「ちょっ!?今の私は地動説を受け入れなきゃいけなくなった古代人くらい頭の中がクラッシュパニックエクソダスしてるよ!!」
「クラッシュパッションクリスマス?……え?何それ?」
「そこは重要じゃない!!というか、なんでそんな超特大重要事項を今まで黙ってたんですか!!」
「いや、てっきり知ってるものだと……紅蓮の異性関係は把握してたんじゃ?」
「それはお兄ちゃんの大学以降のです!大学時代の知り合いは全てスマホのアドレス帳から知ってます」
くっそ、抜かった。
どいつもこいつも中学時代は『特に話して面白いようなことはなかった』と言いやがって。
ドギツいネタがあるじゃねぇかよ!!
「お兄さんはスマホにロックかけてないのかな?」
「アカリならそんなロックを正攻法で解除しちゃうでしょ」
「正攻法?」
「0000から9999の1万通りを物理的に試してみる、とか。普通はタイピングを盗み見したりするらしいけど、お兄さんがそんなヘマをするとは思えないし」
「あーあ、やっぱりスマホは指紋ロックが一番安全なのかな?」
「指紋よりも静脈の方が安全って聞いたわ」
「どっちでも良いかなぁ」
2人の会話の方がどうでもいいよ!!
「それで?具体的に何年から何年まで付き合ってたんですか!!」
「そんなキレ気味に言わないでよ。えっと……3年、いや2年間かな?10年以上前の話だから紅莉ちゃんは1歳くらい」
「チッ!流石にそんな赤子の記憶なんてない」
「当たり前でしょ」
ななちゃんの言葉が耳に入るがそのままスゥーっと出て行った。
「クソぉ、マトモに頭が回らないほど動揺してる……どういう経緯で?」
「どういうも何も、昔からグゥちゃんは紅蓮に惚れてたし」
「いつから!?」
「知らないよ。オレが紅蓮と知り合う前から紅蓮とグゥちゃんはもう既に知り合いだったからね」
確か、師匠が4歳の時に出会ったって言ってたっけ?
「幼馴染√(ルート)かよ、ファック!」
「ナチュラルに『ルート』とか『フラグ』とか言ってるあたり、確実にサイレンの影響か」
「あの人の発想は苦手です」
「あの人の存在は苦手です」
人望ねぇなぁ、サイレンさん。
「ほら、ミルクを奢ってあげるから落ち着きなさい」
ななちゃんの飲みかけのミルクを受け取り、ラッパ飲みする。
「ごくごくごく……げっぷ」
「色気がない、まぁ12歳だしそんなもんか。あ、でも件のグゥちゃんはその歳に紅蓮に告ってたわけか」
「あのファッキンジャーマンめ!」
「『師匠』だとか呼んでたのにこのザマ……」
「さすがアカリちゃんだ♪」
「ちょっと文句言ってくる!」
荷物をまとめて、椅子から立ち上がり、全速力で店を出ようとした。
「あ、ちょっと!!」
「善は急げである!!」
タッタッタ。
「……誰が会計するのよ、ワタシは嫌よ」
「良いよ、今度紅蓮にまとめて請求するから」
「ごちになります♪」
「マヤは流石ね、この流れに慣れてる」
▽
「たのもー!!」
駆け足で師匠、もといファッキンジャーマンの家に突撃した。
師匠は乗馬マシンで揺れながら、パソコンでロシア語っぽい文献に目を通していたっぽい。
「うん?なんだ紅莉ちゃんか。今日は仕事が溜まってるから出直してくれないかな」
「今日は遊びに来たんじゃありません!!」
「うにょ?」
乗馬マシンの電源を切り、顔をドアップで近づける。
「何時から黙ってたんですか?」
「まず、会話力をつけてくれるとお姉さん的にはありがたいかな」
「何時からお兄ちゃんと付き合ってたんですか!!」
「その言い方だと現在進行形みたいに聞こえるんだけど、過去形だから」
「えぇーい!やかましい!!そんなことはどげんといいとです!!」
「なぜに九州弁っぽい言い方になったのかはこの際スルーするよ。それで?」
「何事ですか!!」
「質問の意味と意図がわからない」
「なんで告白なんてしたんですか!」
「なんでって……そりゃ好きだったから?」
なぬ!
迷いがなかった。
『何当たり前のことを訊いているんだ?お前は』という心の声が聞こえてくる。
「それとも何?有象無象の女は彼女になっても良いけど、私はダメなわけ?」
「い、いや……ダメってわけじゃないですけど……師匠は安全と言いますか……」
「言いたいことは分かる。それで、誰なら良いわけ?」
「いや、特定の誰かってのはいないですけど……」
「じゃあ、私は誰となら付き合って良いの?」
「それはお兄ちゃん以外の人類ならご自由にどうぞ」
「即答かぁー」
「ほら、何と言いますか、師匠は師匠として接していたいわけで、お義姉さんとして接したいわけじゃないんですよ。分かるでしょ?このニュアンスの違い」
「私は愛弟子でも義妹でもどっちでも良いけど」
「私が良くない!!」
「だいたい、何がどうしてそうなったんですか?」
「アカリちゃんは本格的に日本語が下手糞なのかな?」
「じゃなくて。師匠はどうして告白しようと思ったのかってことです」
「私が告白しないであろう理由でもあるの?」
「えぇ、師匠の性格上、そういうことはしないと思います」
「アカリちゃんが知ってる私は大学卒業後の19歳以降だからそこまで過剰評価されても困るんだけど」
「昔は違ったんですか?」
「ぜんぜん。消極的な方でね。人の顔色を伺ってばかりだったよ」
「今の傍若無人な様からは信じられません」
「でしょ?だからそんな風に評価されても困るんだよね。ま、今でも紅蓮くんには振られたから安心してよ」
「………………は?」
思考回路がストップした。えっと、今なんつった?
「ん?」
「振られたって、え?」
「うん、最近告白したよ?」
「なんで!?」
「一般的に言う『よりを戻す』ってヤツ?」
「つまり、復縁?」
「まぁ、復縁だね」
同義語で訊き返さなけりゃ分からんのか、と言いたい顔である。
「なんで?」
語彙力の低さはこの際、どうでもいい!!
「未練があるから?」
「未練があるのに、振ったんですか?」
「私にも私の事情がある」
「そりゃまた大層な事情ですね」
「恋愛以上に大切なモノもある、それだけだよ」
そういや、アンナ先生(師匠の母)は離婚してたっけ?
確か、アンナ先生は元旦那さんが初恋の相手だとか言ってた気がする。
なるほど、恋愛の幻想を壊されいても不思議じゃない。
ふむ、今回の所はこれで幕引きとしよう。
お兄ちゃんにその気がないなら、別に師匠の好感度なんて気にするだけ無意味だ。
「師匠も中々に大変な人生を送っているんですね……」
「何を想像したのかは知らないけど、前に言った通り、年上は人生の先輩だからなるべく意見は参考にした方が良いよ」
「固定概念にとらわれた頑固者でなければ、参考にさせていただきます」