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第11話、深紅の師はそれでも間違えることはなかった

〔紅蓮side〕

「うーす、邪魔するぞ」

 深夜、白い死神との戦闘が終わった後、オレは直帰せずに喫茶店にやってきた。

 もちろん、鍵は閉まっていたのだが、合い鍵の隠し場所くらい知っている。

「あ?何しに来てんだよ、つぅか今何時だよ」

「深夜2時だな」

 時計を確認せずに大雑把な時間を伝えると、『うぇぇ』と嫌そうな顔をされる。

 たまに良いだろ、残業も。


「帰れ」

 一蹴である。

 ある程度は予想していたが、ここまで酷い扱いを受けるとは思ってなかった。

「おいおい、ぞんざいだな」

「黙れ、営業時間外だ」

「金ならある」

「……通常の2倍だ」

「もうちょっとまけろよ、ボッタくりバーかよ」

「文句があるなら帰れよ、深夜料金だ」

「どうせなら可愛い娘の方が良いな」

「嘘ならもっとマシなことを言え。お前ほど女に興味がない男も居ねぇよ」

「いやいや、オレはこれでも異性愛者だぞ?」

「限りなく無性愛者に近い異性愛者だろ」

 失礼なヤツだな。オレは女に劣情を抱いたことがほとんどないだけだ。


 オレは嫌がるゆうを無視して中に無理やり入る。

 嫌々ながらオレの相手をしてくれる悪友が文句を言いながら酒を注いでくれる。

「で?何してたんだ?こんな夜まで残業しない主義のヤツが」

 お互い、定時ギリギリまで働いても、時間外業務が嫌いとは気が合う。

「白い死神ってヤツと闘ってた」

「あぁ、噂のアレか」

「そ。意外にヤバかった」

「月宮が言うほどかよ」

 大方、不良30人を瞬殺したオレがヤバいと言うほどだって意味だろう。

 さすがに魔法少女並みの戦闘能力を持つ人間と闘うのは、骨が折れる。

 実際は、救急箱で済む程度の怪我だったが、クロがいなければ今頃、黄泉の国に旅立っていただろうな。

 …………それはそれで悪くない。


「この町は変人が集まる呪いでもあるのか疑問だ」

「やめろ、俺までそれに当てはまってるように感じる」

「ゆう、お前は確実に変だろ」

「うわー、月宮にだけは言われたくなかった」

「ふん、言ってろ」

 ウィスキーのロックを飲み、酒の酔いに溺れようとする。

 ダメだな、今日は気分が落ち込んでしまっている。

 この時点ですでに2杯飲んでる……オレは泣き上戸だったのか?


「はぁー、グゥちゃんが可哀そうだ」

「いきなりアイツの名前を出すなよ」

 こういう展開だと、高確率で出来上がってるグレイスがやってくるからな。

 …………よし、フラグは立たなかった。

「どうしてお前みたいなのに惚れたんだろうな」

「それはオレも疑問だ。こんなろくでなしに惚れるなんて人生損してるだろ」

 男を見る目がないんだよ、アイツは。

 そろそろ新しい恋に走るべきだ。

 オレと違って、アイツは何も失ってないはずだ。

 ……違うか、失いたくないのか、アイツも。


「……人間ってのは、手に入れたものよりも失ったものを重要視する生き物だ」

 何を言い出しているのか、自分でもわからない、寝ぼけているにしては酷い主張だ。

「随分と急に話が逸れた気がするが、簡単に手に入るものよりも、絶対に手に入らないものの方が欲しくなるな」

「そんな感じだ。手に入らないからこそ欲しくなる、戻ってこないから失いたくない。大切なものには情が沸き、少なからず愛着が存在する。昨日まで大切に使っていたお気に入りのペンが、今日になったら代替品の新しいペンに交換されていた。頼んでもいないのに余計な善意によってだ。品質には問題がなくても、感情的には問題だらけだろ?」

 アイツにとっても、やはり過去は特別なものなのかもしれない。

「……だからお前は、明日よりも昨日を重要視するのか?」

 ゆうも、オレが酔っているせいで変なことを言っていることが分かっているようだ。

 さすがだな、伊達に10年以上の付き合いではない。


「あぁ、日本人なら誰だって、幸せな昨日と同じ明日を過ごしたいはずだ。逆に昨日を過ごしたくない奴ってのは、よほど辛い昨日を過ごしたんだろう。だが」

「明日は昨日よりも良い保証は何処にもない、だろ?いい加減聞き飽きたぜ」

「悪いな。だが、オレは現状維持って言葉が世論が思うほど悪い言葉じゃないと思うんだよ。失ってから現状の大切さを認識しても遅すぎるんだからな。平和ボケでしかない」


「気持は分かるから良いんだが……しあわせとつらいって漢字じゃ似てるのに、意味は正反対だよな」

「そうだな。どんな思いで似たような漢字にしたんだか……ゆう、酒をもういっぱいくれ。これでラストだ」

「ラストなら止めんが、今日は飲みすぎじゃないか?」

 まだたったの4杯だぞ?

 8杯目から注意しろ。

「たまには良いだろ。オレだって人間だ。酒に溺れたい日くらいある」

「……ときたま、お前が普通の人間に感じる」

「失礼な奴だ。オレだってちょっと変だという自覚くらいあるが、普通だと自覚している人間のほうが逆に変だろ?というか、普通って何だよ?」

「普通の人間は、そうやって普通とは何か、なんて考えないんだぜ?ありのままの自分が世間一般の基準だと考えてるもんだ」

「マジでか」

「あぁ、たぶんな」

 世間様とのズレを認識しつつ、酒を飲む。

 ……やべぇ、さすがにこの時間だと睡魔が襲ってくるな。

 そろそろ帰って寝るべきか……。

 いや、このまどろみのまま眠るも悪くない。



◆アレは……高校1年の秋だったっけ……。

 当時、付き合っていた女に放課後呼び出され、嫌々ながら校舎裏に赴いた。

 呼び出された原因は……付き合って3ヶ月記念日とかわけのわからないことを言ってたな。


 ========

「ね、ねぇ、月宮くん。わたしたちってさ、つ、付き合ってるんだよね」

「あぁ、だろうな」

 帰りたい。帰って紅莉と遊びたい。

 最近、紅莉はレースゲームが気に入っているから、その相手をすると喜んでくれる。

 あの笑顔を見ると、全てのストレスが吹き飛ぶ。

「で、でさ、今日って何の日か覚えてる」

「しらね」

 即答した。

 紅莉に関することはないし、学校行事も特にない。

 委員会や部活のことは無所属のオレには関係ないはず。


「わたしたちが付き合ってちょうど3ヶ月なんだよ」

 心底どうでも良い言葉が耳に入ってきた。

 それがどうしたと言うのか、女の考えることは分からん。

「あぁ、そうか、うんうん、そうだな、そんな気はする」

 とりあえず適当に流しておこう。

「だ、だからさ、その……そろそろ帰り道デートとか……」

 なんだ、そんなことか。

 ようするに、付き合って3ヶ月経ったんだからそろそろ月宮紅蓮という人間を彼氏にした自分のステータスを世間にアピールしたいらしい。


「オレがテメェに何をした?何もしてねぇだろ、登下校の時間は妹優先だってのは最初に説明したし、待ち合わせの時間に遅れたわけでもない」

「で、でも……プレゼントの一つもないって……」

「プレゼント?乞食か、テメェは」

 嘲笑した。


「母親の教育でな、プレゼントをねだって良いのは身内だけだそうだ。

 良い女はプレゼントをねだらないし、ねだらなくても手に入るような女の事を指すらしい。

 でもってここ重要、テメェはオレの身内じゃねぇ。

 もしも、そんなのを気取ってるならしっかりと言ってやる。

 テメェは友達未満の知人同然だ。

 付き合ってくれ、と頼まれたから世間体を気にして付き合っただけのこと。

 恋人ごっこってやつだな、いわゆる。

 大事なことだから最後に言っておくぞ。

 テメェにオレが惚れるだけの魅力なんかはねぇよ」


 女は方をわなわなと振るさせていた。

 さすがに言い過ぎたらしい、女は我慢の限界だったらしくオレの顔面を殴った。

 鼻が痛いな。

「人を殴る、ってことは殴られる覚悟ができてるって解釈していいのか?」

 女は黙っていた。

 後のことなど考えず、衝動的に殴ったのだろう。

 別に責めるつもりなどない。

 その程度で怒るほど、オレの沸点は低くない。

「あいにく、オレは障碍者なんでな。

 この右手を使うことはできないし、貴重な左手をテメェなんかに使う気もない。

 だから殴らないでおいてやる。

 だが代わりに、ここから先はオレの好きにさせてもらうぞ」


 半泣きの女に背を向けて、オレは帰宅することにした。

 完全にフラれたな。

 まぁいい、未練なんてないのだから。

 そもそも惚れてないわけで、未練なんて最初から存在するわけがない。


「いいのか?」

 全て見ていた、というニュアンスで校門に先回りしていたゆうが話しかけてきた。

「何がだ?」

「あんなことを言ったら、明日から女子はおまえの敵だぞ?」

 なんだ、そんなことか。興味がないな。

 有象無象の評価など、些細なものだ。

 そう思っているのに、世間体は気にする滑稽な自分がいた。

 何がしたいんだろうか、オレという人間は。


「知るかよ、んなもん。オレには冴えたやり方ってのはわからん。代わりに考えてくれよ、最も冴えたやり方ってのを」

「冴えたやり方って、お前は……。ていうか、本当に女に興味ないんだな?」

「別に、人並みくらいにはあるさ。ただ、誰でも良いってほど女に飢えてないから、異常に見えるんだろ。それに、オレはジェントルマンではないしさ」

「ま、月宮は紳士ではないな」

「素直に肯定されるのも、気分が悪い」


 帰る方向は同じ、というよりもお互い、目的地は同じ喫茶店なのだ。

 育児放棄気味の両親がいない今、紅莉の面倒はオバさん(ゆうの母親)に任せている。

 最短ルートを選べば当然同じ道を歩くことになる。

 歩行速度はほぼ同じ、つまり並んで歩いているわけだ。

 そんなわけで無言の帰り道、オレは前々から疑問だったことを悪友に訊くことにした。


「なぁ、1つ訊いて良いか?」

「珍しい。かまわないけど、答えられることにしてくれよ」

 自嘲気味に返事をする悪友に対して、オレは遠慮なく質問する。

「恋愛ってのは、世間が言うほど、高尚なものなのか?」

「さぁ?その質問は、まだ彼女いないオレに訊く質問じゃない。だが、恋愛を賛美しなければ、人間は生殖できないぞ」

「生殖するために恋愛をすると言うのなら、それは理性のない動物と同じだ」

「それでも、人も動物だ」

 動物だから愛を求めるのか?

 なら、オレは……家族愛だけで十分だ。

 紅莉さえいれば、今のオレには何もいらない。


 ========


「おい、月宮!」

「……あ、なんだ?」

「なんだじゃねぇよ、今寝てたろ」

「……かもしれない」

 懐かしいようで懐かしくない微妙な記憶を廻っていた気もするが、しょうもないことだろうし、夢というのは醒めると忘れる性質だからどうでもいいだろう。

「帰れ、会計は次回で良いから」

「あぁ、じゃあそうさせてもら……」

「こんばんはぁー!!」

 このタイミングでグレイスが登場。

 ホント、間が悪い女だ。

「完全に出来上がってるな、お前」

「うぃ?呑んでないよ、ただちょぴぃ~と舐めただけだって」

 指で「これっぽち」と表現しているが、こいつのちょっとはウォッカを2瓶(杯じゃなくて瓶な)とかだから信じられん。

「悪いけど、深夜営業はもうお終い。さ、帰った帰った。こっちは6時間後には店を開けないといけないんだから」

 強引に迷惑な客を追っ払い、店を閉めやがった。


「ありゃりゃ、ちょっち遅かったか」

「そうだな、んじゃオレも帰る」

「なら、私も……」

 千鳥足でふらつくグレイス。

 いかんな、こんな状態で放置していたら色々ヤバい。

 面倒だが、おぶるか。

 全く、手のかかる女しかいないのか、オレの周りには。



「うぇーい!おんぶ!おんぶ!」

「うるさい、黙れ」

「ひっどーい!扱い酷くない?」

 たちの悪い酔っ払いが騒いでいる。

 付近の住民に迷惑がかからないことを祈ろう。

「うるさい、オレはそういう男だ。紳士的な所作を求めていたのか?」

「女の子扱いはして欲しかったかな」

「重いとは言ってないぞ?」

「……思ってはいるんだ」

「何を言う、人間が重いんだ。第二次性徴が終わった女は、平均50キログラムはある。50キロだぞ?筋トレをやれば分かるが、50キロの負荷ってのは相当だ」

 おまけに脂肪が適所に付いているんだ、軽いわけがない。

 Eカップのバストで1キログラムはあるんだったか?

 こいつも絶対50キロはあるだろ。

「だよねー、冷静に考えれば人間って重いよねー。常識的に考えて重いよねー。うん、知ってた知ってた」

「あぁ、そうだ、だから重いと言われても気にしなくて良い」

 ここでとぼけた風な発言を期待していたが、グレイスは無言だった。

 何か気に障る発言をしたかと心配になったのだが、予想外の言葉を発した。


「ねぇ、紅蓮くん……あの子が生きてたら、私達の関係ってどうなってたんだろ?」

 急にトーンが変わる。

 なんだ?オレもオレだが、こいつも何かあったのか?

 仕方ない、付き合ってやるか。

 あの件はオレたち2人だけの問題だから。

「さぁな、でもアイツが生きてても、こうして友人としてバカしたりはするだろ」

「……友人として?」

「そこ強調するのかよ」

「私の気持ち知ってるくせに」

「だが、オレをフったのはお前だ」


「そうだけど……そうじゃないよ……。んじゃあさ、よりを戻そうって言ったら戻してくれる?」

「それはそれで難しい問題だ。今のオレには紅莉だけじゃなく、他にも居候と再従妹が居る。少なくともそれらのお守りから解放されない限りは、恋愛なんて面倒なことをする気にはなれん。他人に尽くし、他人のために生きる、それでもって、他人に見返りを求めない『恋愛』なんてのはな」

「……紅蓮くんって、どんな酷い女にどんな酷い目にあったの?」

「お前がオレの最初の彼女じゃなかったら、オレは女に絶望して同性愛ゲイに走っていたかもしれないくらい酷い目にあったとだけ言っておこう」

 「うわぁ……」とドン引きしているグレイスの声が聞こえた。


 悪いが、本当に酷い目に合ったんだ。人のことをブランド物のバッグのように扱うようなヤツはまだ良い方だったさ。毒を盛られたり、不良に襲われたり、貴重な休みを待ちぼうけで浪費させられたり、その待ちぼうけの件を後日尋問したら逆ギレられたり、エトセトラ、エトセトラ、エトセトラ。

 あんなものは『恋愛』、つまり『ラヴストーリー』なんかじゃねぇ。

 あんなものは拷問だ、苦行だ、そんな汚らしい言葉に置換できる。

 あんなものが恋愛だっていうのなら、サイレンがプレイしていた美少女ゲーとやらの方が余程『恋愛』している。擬似恋愛が本物を凌駕しているからこそ、オレみたいな童貞が本物を否定する。

 偽物未満の本物に価値があるのか?

 そんな本物、オレは欲しくねぇよ。

 そもそも、それは『愛』なんかじゃねぇんだしな。

 『片恋』の方が幸せだね。

 『過去』に生きた方が良いに違いない。


「だったら、私が尽くすよ。紅蓮君に。あの子の分まで」

「アイツのことは言うな。アイツは死んだ、そしてアイツはオレ達の幸せを願った。それだけだ。アイツの代わりとかそういうことは絶対に言うな。それだけは死んでも認めない」

 誰も、他人の代わりになんてなれない。

 代用品の無いオリジナルだ。

 そう、お前の代わりも居ない、だからお前はお前であり続けてくれ。


「理屈でどうにかなるほど、女の子は簡単じゃないのです」

「お前からそういう言葉が出てくるとは意外だ」

 自分が女である自覚があったのか、これは記憶しておこう。

「そう?私は紅莉ちゃんのお姉さんだよ?」

「姉じゃない、師匠だ」

「そこはスルーしてくれても良いのに」

「うるせぇ、これ以上オレとアイツの対人関係を複雑にするな。お前はオレの幼馴染、そして紅莉アイツの師匠。それだけだ、それだけで十分だ」

「はぁ……ま、いいや、ここら辺で降ろしてくれる?酔いがさめた」

「はいよ」


 千鳥足のまま、グレイスは帰路をてくてくと歩いている。

 心配するような年齢でも、心配するような性能でもないからそのまま放っておこう。


 ……もし、オレが『過去』を捨てて、グレイスと恋仲になったと仮定してみることにする。

 だが、その時、オレはグレイスのことを愛していると本気で言えるか?

 ババァも先生もグレイス当人も軽々しく言ってくるが、オレは人との縁を大事にする方だ。

 だからこそ、簡単に何かに逃避したくないんだ。

 その何かが自分にとって大切なら尚の事。

 けれど、オレがグレイスと結ばれ、ハッピーエンドを迎えるifもあるのかもしれない。

 しかし、その『オレ』とここにいる『オレ』が同一人物である保証はない。

 ま、そのifもぶっちゃけアリだろう。

 オレは、逝ってしまったるりの分まで、幸せになると決めたから。



◇〔グレイスside〕

 あー、なんか酒の勢いに任せて変なこと言っちゃったなぁ。

 紅蓮くん、気にしてないなら良いんだけど。

 なんて、少し後悔していたら、深夜2時とは思えない子が町中を歩いていた。

「こんな時間まで夜遊び?感心しないよ」

「……あんたか、何?いまさらあたしに説教?」

「そんなことする資格は私にはないけど、警察とかに目をつけられたら困るんじゃない?」

「そこの心配はするだけ無駄、ちゃんと手を打っているから」

「そっか、シュウちゃんがそう言うなら安心だ」

 女の子は少し私を睨み、その後ではぁっと溜息を吐いた。


「相変わらず、その呼び方はどうにかならないの?」

「嫌い?」

 どうやらセンスのない呼び方だったみたい。

 うーん、ネーミングセンスには多少の自信はあったんだけどなぁ?

「えぇ、嫌い」

「ならなんて呼んだら良い?」

「……そう言われると困るわ。あたしの名前に意味なんてないから」

 また、この子は。

 名前を識別するための記号か何かだと思ってる。

 ダメだよ、そういうのは。

 名前にはちゃんと意味が宿っているんだからね。

「でも、最近友達ができたんでしょ?その子はなんて呼んでいるの?」

「あたしのこと?りぃちゃん、と呼んでるわ。でもね、ミズグレイス、この名はあんたに呼んで欲しくないの」

「そっか、なら今まで通りシュウちゃんで良い?それとも朱里?」

「……前者で良いわ、おやすみなさい」

「おやすみ」

 彼女の後姿を、私は傍観することしかできなかった。

 他に冴えたやり方があったのかもしれない。

 なのに、ヘタレな私はこんな方法しかできなかった。


 私は、罪を犯した。

 それは、どんなに頑張っても償いきれない罪。

 あの子が不幸であること、それこそが私の罪。

 贖罪することもできず、ただただ時間だけが過ぎていく。


 でも、最近のあの子は楽しそうに笑っている。

 それだけでありがたい。それだけで私は許された気がする。

 けれど、罪を犯した事実は、どんなに頑張っても消えることはない。

 確定した事象は確立してしまっているのだから。

 『既成事実は変えられない』それがるりの口癖だった。

 ……ねぇ、るり。人が生まれてくる意味って何だろ?

 あの子は何のために生まれてきたんだろう?

 自分を犠牲にして誰かを救うため?

 そんな人生、わたしは間違ってると思う。

 けど、そんな人生を送らせたのはわたしのせい。

 ……ねぇ、るり。わたしは、どんな償いをすれば良いのかな?

 るりなら教えてくれるよね、この答えを教えてくれるよね。

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