第9話 真紅の炎は激しく燃える
「はぁ……めんどくさい……」
街中を機関が用意してくれたタクシーに乗って移動している車中、私は座席によりかかり極大級の溜息を吐いた。
「大口叩いたくせに面倒くさがるのが早過ぎないか?」
私のことを嫌いな椎名蒼子が鬱陶しそうにクレームを吐いてくる。
「別に私は『知らない他人のためにモンスターハンティングをしたい!!』なんていった覚えは無いよ」
「……このクズが」
「悪いね、この月宮紅莉はクズと罵られたくらいではまったく動じないのである」
慣れてるから。
「開き直ったクズほどウザい存在も無い」
椎名蒼子は相変わらず私のことが気に食わないらしい。
こんな空気のままモンスターハンティングって何の拷問なんですかね?
デリヘルみたいに『チェンジだ!!』と言いたいね。
デリヘルを呼ぶ機会なんて一生ないけど。
移動開始から15分程度、タクシーが目的のMWの中に入る。
MWに入るのは二度目だけど、こうやって能動的に入るのは初めてだ。
しかし、このMWは入るのは気分が悪い。
なんというか……プールに飛び込んだけど、着水時の衝撃は無く、そのまま水圧と浮力の世界に突入したようなそんな感覚。
前回の時と違って世界は左右反転はしてないけど、その代わりに建物の形が変わっていて自分が住んでいる町とは別の雰囲気。
タクシーから降りるとタクシーはMWから出て行った。
どうやらMWってのは範囲が限定的に決まってるみたい。
「当該モンスターってのはあれ?」
MWには巨大な羽の生えたシロナガスクジラのような化物が空中を泳いでいる。
ホエールウォッチングなんてのはこんな場所じゃなければ優雅な趣味になりそうなんだけど、そんなのをしていられるほど能天気な状況じゃないっぽい。
「そうだ、我々の目的はアレを抹殺すること。だが、抹殺する前に保護対象の確認をしなければならない。戦闘に巻き込まれる前にな」
私のつぶやきに椎名蒼子が模範解答な返事をする。
「保護対象って?」
「先日のお前みたいにこのMWに迷い込んだ一般市民のことさ。常盤ひな、この辺りに保護対象は?」
「は、はい、すこし待ってください……」
ひなちゃんがヴァイオリンを虚空から取り出して演奏した。
今回も音は鳴らず、音の代わりに立体映像が流れる。
「……保護対象を発見、場所は……!?も、モンスターのすぐ下に居ます!!」
「!?月宮教官、これより保護しま……」
ひなちゃんの立体映像を見て、保護対象である人物が誰なのかを確認した瞬間、私の頭は我を失い、彼女に超高速で飛びつき、空飛ぶクジラから助けた。
彼女を抱きかかえたままクジラの胴体を狙い撃った。
魔法弾を受けた衝撃でクジラは上に上がる。
追撃しようかとも思ったけれど、私は保護対象である少女、親友のマーちゃんの介抱が最優先事項になっていた。
「マーちゃん!!マーちゃん!!大丈夫!?」
「うわぁー、お星様が回転してるよぉ~」
マーちゃんが目を回しながら良く分からないことを言い出した。
「マーちゃん!?」
親友の謎の発言に戸惑っていると非道ポニーテールが私に腕を掴んでくる。
「心配するな、大丈夫だ。魔法少女の適正がない人間がMWに入るとこのように混乱状態に陥る。安全なところに運んで来い、MWから出れば2.3時間で良くなる筈だ。モンスターの討伐はこちらで引き受ける」
凶悪ポニーテールこと椎名蒼子がマーちゃんは心配するような症状ではないと教えてくれる。私はこの子に初めて感謝してしまった。
「恩に着るよ……」
空を飛んでクジラの1kmほど遠くのビルまで退避しよう。
▽
二人が時間稼ぎしてくれたおかげで私はマーちゃんをビルの上に寝かせる。
マーちゃんは寝息を立てて寝てしまっている。あの子が言うように大丈夫みたい。
安心した私はバカデカいクジラを見る、ビルの屋上からでもバカデカいクジラは良く見える。
そして、ひなちゃんとポニーテールは苦戦しているのも良く分かる。時間稼ぎはできてるけど、あのモンスターを倒すのには時間がかかりそう、それはマーちゃんにとってもあまり好ましくないと思う。
そう思うと、体中にある感情が満ちてきた。
「……ねぇ?お兄ちゃん。聞いてなかったんだけどさ、MWの中に迷い込んだ一般人が死ぬことってあるの?」
「確認したことは無いが、MWの中でモンスターの襲われて亡くなった場合は行方不明になるらしい」
「……そう、どっちにしろ助けられないってわけね……」
私の心はとても苦しかった。
目の前で平和そうに寝息を立てている親友がもしも助けられなかったらと想像すると脳みそを掻き毟られたかのような不快感に襲われる。
「……紅莉?落ち着け、マーちゃんの症状は軽い。すぐに治る……」
「どうでもいい」
「は?」
「マーちゃんの症状を気にしてるんじゃないの……あの目障りな空飛ぶクジラがマーちゃんを殺そうとしたことが不愉快でしかたないの……」
歯を食い縛る、無意識に食い縛る。
無自覚に握り締めてしまう。
気付いたら全身の筋肉に力が入っていた。
今自覚した。私は怒ってるんだ、この異常事態に。
「いや、だから落ち着け……」
「落ち着けるわけ無いじゃない!!あと少し来るのが遅かったらあれが、あんなのがマーちゃんを殺してた、マーちゃんはただの肉塊になって別れの言葉も交わせずに死んでたかもしれない!そう思うと私は怒りしか感じない!!だから……」
だから、私は……あのクッソタレな存在を殺す!!
親友が唐突に死んでたかもしれない、そのありえたかもしれない未来ががとても怖かった。
昨日までの当たり前の幸せな日常があんな意味不明な化物に壊されてたかもと考えると恐怖してしまう。
私は親友を助けることに陶酔しているんじゃない。
ただ、憤怒しているだけ、こんなイカれた展開に。
私は先ほどの道具で変身をする。
体中が光に包まれ、そのまま衣装が変わる。
今回はボロ雑巾のようなみっともない姿ではない。
そして杖を取り出し、杖を手に取る。
感情を込めながら引き金に指をかける。
魔法なんてものは理屈じゃなく、本能で使えば良い。
あの時、クマから逃げるために空を歩いた時のように。
自分の感情のまま、深いことを考えずにぶち殺したい目の前の化物を殺せば良いんだッ!!
あのバカみたいなデカブツは狙ってくださいと言いたいのか空中をプカプカと漂っている。
射撃に自信のない私でも簡単に撃ち落せる、そう感覚的に理解できる。
確固たる殺意を込めて引き金を引くと、銃口から極大な熱線が放射され、クジラの胴体は消滅した。
あっけない、何とまぁあっけない。
あんな雑魚の分際でマーちゃんを……。
ぜぇ……はぁ……ぜぇ……はぁ……
ぜぇ……はぁ……ぜぇ……はぁ……
マズイ、魔法を使うことになれてないから息切れする。
短距離走のペース配分で長距離を走ったような感覚だ。
『紅莉、大丈夫か?』
変身の際に耳についていた通信機らしき機械にお兄ちゃんの声が流れてきた。
「な、なんとか……せ、戦況は?」
『当該モンスターの討伐は完了。帰還を推奨する……が、楽になるまで休んで良いぞ』
「き、気遣い感謝であります……」
私はマンションの屋上で大の字で倒れこんだ。
数分後、あの凶悪ポニテが不機嫌そうな顔でこちらにやって来た。
「……さっきのはお前か?」
「……そう……だけど?」
「……なにがお前をあそこまでさせた?」
「質問の意味が分からない」
「言い直す、なぜあそこまでの魔法が使えた?」
「なぜって……使えたからとしか……ねぇ?」
未だに魔法の仕組みが分からない。
とりあえず全力でがむしゃらに力を込めれば良いって認識してるけど、それじゃあダメっぽい……でもまぁ、それで使えてるからねぇ?
「なら、もう1つ。お前は他人のためにモンスターを倒すことがイヤなんじゃなかったのか?」
む、『他人』って言い方は気に食わない。
「他人じゃないよ、親友さ。言い方は間違ってるかもだけど、死なれたら困る」
「他人だ、自分以外の人間はな」
言葉遊びだね、別にそんなことはどうでもいい。
「例えそうだとしてもマーちゃんが、彼女が私の親友だと言うことには変わらない」
ふん、私とマーちゃんの絆の深さを語るにはどんなに略しても30分はかかるね。
そう、あれは5年前の入学式まで遡る……。
「くっだらねぇ、お前みたいな人間はどうせクラス替えをきっかけに友人との関係をすぱっとぶった切って新しい人間を新しい友人とするんだろ?」
確かにそういう関係だった子もいるけどさ?
かほたん、しおりちゃん、みっちー、その他多数。
けどさ、目の前で死に掛けてたら普通助けるでしょ?疎遠になった旧友でも。
「別に疎遠になったとしても、その子たちと私が友達なのは変わらないって」
「じゃあそいつらがその女同様にモンスターに殺されかけてたら、お前はどうするんだ?」
「無論、今回みたいに全力でモンスターを殺すよ」
椎名蒼子は黙り、数秒の静寂が生まれ、再び彼女は喋りだした。
「気に食わないな」
「何が?」
「知り合いじゃない人間は死んでもいいのに知り合いは助けるその卑しさが気に食わない。お前のやってる行為は偽善だ、他人褒められるようなものじゃないって言いたいんだよ」
何言ってんだ、こいつ?
「アンタ、バカじゃないの?」
「なんだとッ!」
「全ての人間を平等に助けるのは素晴らしいことだろうし、褒められるようなことなんだと思う。けどさ、それって本当に人間らしいことなの?」
さてと、気分も楽になったしそろそろ帰ろうかな。
お兄ちゃんは大丈夫だって言ってたけどマーちゃんを病院に連れて行きたいし。
マンションの屋上で倒れこんでいた私は起き上がってポニーテールに背中を向けた。
「悪いけどこれ以上の会話は無駄だよ。アンタには私の考えが理解できないみたいだからね」
「おい!待て!まだ話は終わって……」
残念、待てと言われて待つ人間なんて居ないよ。
私はマーちゃんをお姫様だっこで抱えて椎名蒼子の前から立ち去った。




