#08 女生徒達と矛盾点
『行方苳也ぁぁぁっっっっ!!!!』
........え?誰?
自分に向かって歩いて来る幼馴染の名を誰かが叫んだ時、岡月は一瞬困惑した。
しかし、行方のさらに向こう側から聞こえてくる騒がしい足音によって、彼女は自らの困惑の原因を把握した。
そしてそこで彼女にはフツフツと言いようもない怒りが言い湧いてきたのだった。
.........あいつは何がしたいの?馬鹿なの?
苳也には絶対勝てない......!
傷つくだけなのに!
歩く足を止め、桑場屋武蔵の方へ振り返る行方を見て、彼女は苛立たし気に拳を握り締める。
........ 何で君はまだ戦うの?
桑場屋武蔵が何か叫ぶのを最早彼女は全く聞いていなかった。
どうやって私と苳也が此処で会う事を知ったのかは分からない......
でももっと分からないのは、彼がここに来た理由。私がどうなろうと彼には全く影響がないはずなのに.......!
もう.....止めてよ...........!
彼女の頬を何かしっとりとした冷たい物がつたう。 彼女は泣いていたのだ。
行方に飛びかかろうとする桑場屋武蔵、しかし行方は一切避けるそぶりさえ見せない。
時間を止めるつもり.......!?
空中で案の定静止する桑場屋武蔵の身に危険を感じた彼女は必死で最後の抵抗の声をあげた。
が、その声は行方に届く前に、もう聞こえるはずの無い別の声によってかき消されてしまった。
『右ストレートォォォッッッッ!!!!!』
桑場屋武蔵の拳が斜め下から行方の顎を的確に捉え、恐ろしい速度でその拳は振り抜かれた。
桑場屋武蔵に殴られた行方は、グルグルと螺旋状に回転しながら大きく吹っ飛んで行く。
とんでもない勢いで弾き飛ばされた行方は、彼女の頭上を飛び越え数10m吹っ飛ばされ校舎の窓に衝突した、そしてパリィィンという音と共に窓のフレームごと校舎の中に消えていった。
そして行方を殴り飛ばした桑場屋武蔵は、殴った勢いでそのまま空中で半回転した後地面に落ち、仰向けの体勢のまま死んだように動かなくなった。
「嘘......でしょ...........?」
目の前で起きた一瞬の出来事に岡月の思考はまるで追いついていなかった。
地面に横たわる桑場屋武蔵とポッカリと空いた校舎の穴、それらを交互に見比べても岡月には何が何だか分からない。
急に静かになった空間に1人取り残された岡月は、茫然自失の表情で座り込んだまま動けなかった。
.......え?何これ?終わったの?
行方が吸い込まれた穴からも何の気配もせず、桑場屋武蔵も倒れたままピクリともしない。
彼女はどうすればいいのか全く分からなかった。
だが、彼女が自分の次にすべき行動を見つける前に、突如何処からともなく現れたヨレヨレのスーツを着た人物が彼女に答えを授けた。
「初めまして、岡月真子さん。私はこの学園の副校長を務めている右々木と言います」
呆然とした状態の岡月に右々木は凛とした声でお構い無しに話しかける。
「え?は、はい。というか何処から?」
そんな岡月の質問には答えず、右々木は少し嬉しそうな表情で辺りを見渡す。
「思ったより派手にやったみたいですね。まさか校舎の窓を壊されるとは思いませんでした、別に構いませんが」
「........あの〜?もしかして全部見てたんですか?」
岡月は恐る恐るといった調子で尋ねた。
「はい、最初から見てました。苳也君の動きは全て把握してますから」
岡月の質問に当たり前だと言わんばかりに答える。
あれ?怒ってないのかな?
無断で<抑止力>である苳也と戦ったのに......
岡月の疲れた頭は新参者の出現によってさらに混乱していった。
「さて、それではまずは君達の保護ですかね。迎えもそろそろ来るはずですから」
そう右々木が言った瞬間校舎の影からまたもや誰かが現れた。
「あれっ!?御前崎先輩はまだ来てないんっスか!?」
黄色のネクタイをした小柄な男子生徒が2人の元に辺りをキョロキョロと見回しながら軽快に近づいていく。
「ヒデキ君、君は武蔵君をお願いします」
右々木は倒れたままの桑場屋武蔵を指差す。それに了解っス、と言いつつも少年はそのまま2人の元へやって来た。
「そういや、行方先輩はどこスか?もしかしてもう先に帰っちゃいましたか?今回こそは<制裁報告書>を書いて貰おうと思ったんスけどね......」
1人残念そうに話す少年に、右々木はこれまた嬉しそうな顔をして話しかける。
「ふふっ、大丈夫ですよ。苳也君ならそこにいます。今はどうやら動けないみたいですが」
大きな空洞の出来た校舎の壁に視線を送り、右々木は悪戯な笑みを浮かべた。
「えっ!?それどういう意味スかっ!?まさか行方先輩が負けたんスか!?!?」
少年は余りの驚きに目をまん丸にして、素っ頓狂な大声を出した。
「そうですね。武蔵君も動けないみたいですから、どちらかというと引き分けですかね」
右々木は顎に手をやって少し考えた後、ゆっくりと少年の質問に答えを返した。
「マジかよっ!!それでも前代未聞っスよ!あの桑場屋って人マジ半端ないっスね!!!」
「ちょ、ちょっと!あの、貴方達は一体何しにここに来たんですかっ!?」
和気藹々と会話する2人を眺めていた岡月がここでやっと口を挟んだ。
その瞬間、2人が一斉に岡月を見る。
「すいません、真子さん。すっかり忘れていました。君ももうボロボロなのにいつまでも保護もせず世間話をしてしまい申し訳ありません」
「あっ!すいませんっ!自己紹介がまだだったスねっ!!俺の名前は九十九里秀輝っス!!!黄学年の生徒会をやらせてもらってるっス!」
右々木は丁寧に頭を下げ、九十九里は胸に付いたバッジを誇張するかのように胸を張る。
生徒会?黄学年って事は一個下か......
というか保護?私たちを助けに来てくれたってこと?
でもそれってつまり事前にこうなることを知ってた.......?
岡月の脳内に様々な憶測が駆け巡る、さらにいろんな事を聞こうと思い自分の体の状態も忘れて立ち上がろうとした。
グラっ
うっ、視界が...........
しかし、既に岡月の体はとうに限界を越えていて、立ち上がろうとした瞬間強烈な眩暈が彼女を襲った。
あれ..... これまずいかな.......?
彼女の耳についさっき知り合ったばかりの少年の高い声が聞こえるが、それも段々遠ざかっていく。
そして岡月の眩暈は結局解けることなく、そのまま彼女は気を失った。
すっかり暗くなった道を歩く音に、学校には不釣り合いな街灯が映える。
まだまだ寒涼な風が彼女の髪をなびかせる、しかしそんなことは露も気にせず彼女は歩き続ける。
今日の被害者はどんな奴だったのかしら.......
御前崎は行方の<制裁対象>を『被害者』と呼んでいた。
それは行方の<制裁対象>への同情の為ではなく、御前崎の行方への畏怖と嫌悪からくるものであった。
今日もあの男は自分の思うがままに圧倒的暴力を振りかざしたに決まってるわ.... 許せない....!
本当は私が...........
そこで御前崎は舌打ちをした。中学1年生の頃を思い出したのだ。
推薦組としてTOAに入学した彼女は、当然のように自分が頂点だと思い込んでいて、<抑止力>になるのも自分に決まっていると信じ切っていた。それなのにそれらの自信を根こそぎ全て行方によって崩壊させられた時のことを。
いいえ..... この代の<抑止力>になれないのは仕方がないわ...... あいつが異常なだけよ......
御前崎は、嫌な過去を思い出した時のお決まりの言い訳を自分に語りかけながら夜道を歩む。
そして、やっと目的地が見えてきた所で、丁度全身傷だらけの女生徒が倒れこむ姿が視界に入った。
.......被害者は女じゃないはずよね?
よく知る顔2つがその倒れた女生徒を心配そうにするのを見て、御前崎は自分の記憶を思い返す。
その時、向こう側に1人の男子生徒が横たわっているのが彼女の目に入った。
あれ?被害者は1人のはずじゃ?
御前崎は少し不思議がる。しかしそれは直ぐに彼女にとって取るに足らない問題として割り切られてしまった。
まぁいいわ、私の仕事は被害者の保護。監視の仕事は九十九里に回されたはず、だからもし被害者が当初の予定より増えたとしてもそれはあいつの責任。
御前崎は自分の生徒会のバッジを忌々しげに一瞥した後、見慣れた形の影に向かって歩みを早めた。
「あっ!御前崎先輩!遅いっスよっ!!」
ゆっくりとした足どりの御前崎に九十九里が非難の声をあげる。
「友里香さん、遅かったですね。それにこの時期に友里香さんがブレザーを着てないなんて珍しいですね。」
不思議がる右々木の声に御前崎はしまったと苦い表情になった。
「ブレザー、忘れてきちゃったわ......」
「ブレザー忘れるなんて、御前崎先輩は面白いっスね!!!!」
ドスッ
途端に嬉しそうになった九十九里に御前崎はいきなり膝蹴りをいれた。
「痛っ!何するんスか御前崎先輩!!」
「それで私はどっちを背負えばいいんですか?」
腹を押さえて喚く九十九里を無視して御前崎は右々木の方を見る。
「そうですね、それじゃあ真子さんを頼みます」
地面に寝転んだ岡月の方へ視線を送って、御前崎に保護すべき対象を右々木は伝えた。
「分かりました」
「ちょっと!無視っスか!?」
まだ喚き続ける九十九里に御前崎は冷たい視線を注いだ。
「元はと言えばあんたが今回の監視を怠ったから関係のないこの子が巻き込まれたんでしょ?早く死んで詫びなさい」
「ちょっと!?酷くないスか!?大体この人は副校長が追っ払わなくていいって言ったんスよっ!」
必死に弁解する九十九里の言葉を聞いて、御前崎は怪訝な顔をする。
「はい、秀輝君の言う通りです。これは私の指示です」
特に表情も変えずに右々木は淡々と言う。
「そうなんですか?まぁ、理由はあえて聞きませんが......」
そう言って御前崎は探るような目つきで右々木を見上げた。しかし、やはりと言うべきか、右々木いつも通り薄く笑みを浮かべたまま多くを語らない。
「それじゃあ早く行きましょう」
諦めの溜め息を吐いた御前崎は、岡月をおぶり他の2人に出発の旨を伝える。
「了解っス!」
「そうですね、行きましょう」
九十九里は仰向けで倒れている男の方へ、そして右々木は高等部第三学年校舎の方へ歩いていった。
その光景を見た御前崎は、鋭い視線を片方の背中に浴びせ、彼女にとっての素朴な疑問をぶつけた。
「副校長は校舎に何か用があるんですか?」
その声に右々木は足を止め、顔の半分だけを彼女の方へ向けて、その顔に浮かぶ不敵な笑みを彼女に見せつけた。
「決まっているじゃないですか?苳也君を保護しに行くのですよ」
その言葉を聞いた瞬間、御前崎は彼女としては珍しく口を大きく開けたまま硬直し、完全に思考が止まってしまう。
「どういう.....意味ですか....?」
焦りと混乱の混ざった声で御前崎はやっとの事で言葉を絞り出した。
「言葉通りの意味ですよ。武蔵君との戦闘で気を失った苳也君を今から保護しに行くのです」
右々木は不敵な表情を変えずに言葉を続けて、そしてそのまま校舎の方へ向かっていった。
その右々木の背中を言葉もなく見つめる御前崎の横に、これまた気を失っている桑場屋武蔵を背負った九十九里が並ぶ。
「いや〜、驚いたっスよね!?まさかあの行方先輩が相打ちなんて!この人何者なんスかねっ!?!?」
はしゃぐ九十九里の背中にもたれかかる男を御前崎は、鋭い目つきで怒りすら込めて見やる。
こいつが...... あの行方を倒した.......!?
....入学して一週間も経ってない編入生が!?
御前崎はこれまで積み上げてきた彼女の生徒会としての実績と、彼女の時間操作者としての誇りが両方同時に否定されて、跡形も無く壊れていくような気持ちがした。
「そんな現実....!許さない........!」
御前崎の小さいが確かな呟きは、隣の気楽な後輩には届かなかった。
「痛っ!痛てててっ!ふぅ〜......」
「これで終わりだ、もう家に帰っていいぞ」
倉落は御前崎にこっぴどくやられた後、体の擦り傷に処置をして貰おうと保健室にやってきていた。
「ありがとうございました」
倉落は島村に軽く頭を下げた後、席を立とうとした。
はぁ........ 今頃クワは病院かな?俺って本当に役に立たねぇ......
倉落がそう心の中で自嘲していると、不意に保健室の東京が開いた。
ガチャ
「失礼します」
「失礼するっスっ!!!」
入ってきた4人、正確には誰かを背負った2人が部屋の中に入って来るのを見て倉落は絶句した。
「御前崎っ!?それに九十九里までっ!?」
「あら、負け犬じゃない?こんな所で何してるのかしら?」
御前崎は背負った女生徒を1番近いベッドに寝せると、何かの紙を島村に手渡した。
「お前にボコられたからここにいんだろがっ!......... っては?それ岡月さんじゃねぇか!!どういう事だ御前崎!説明しろ!!」
倉落は相変わらず無表情の御前崎に怒鳴り声をあげる。
「大きな声を出さないでくれる?私、今、気が立ってるの。本当に殺すわよ?」
御前崎から滲み出る殺気に思わず倉落が思わず萎縮する。
「保健室で暴れないでくれよ.......」
「ま、まぁまぁ!ちょっと落ち着くっス!!先輩達!!」
険悪な雰囲気に九十九里が焦りながらも必死でフォローする。
「あんな奴を先輩と呼ぶ必要はないわ、九十九里」
御前崎はそう言い残すと乱暴に部屋から出て行った。
「おい待てよ御前崎!説明がまだ・・・」
「だだだ大丈夫っス!!説明は俺の方からするっスよ!!!倉落先輩!」
まだ御前崎に噛み付こうとする倉落を九十九里はまたもや必死でなだめた。
「そ、それならいいんだけどさ.......」
「はぁ..... とりあえずこの人を先に寝かさせて貰うっス.... というか先輩はこの岡月って言う人と知り合いだったんスね」
九十九里もやっと背負った男をベッドに寝かさせながら喋った。
「あ.... ま、まぁな..... っておい!!!それクワじゃねぇかっ!!!!!」
椅子に座って落ち着いたと思った倉落がまた大きな声を出して立ち上がった。
「あれ?この人とも知り合いなんスか?」
九十九里は驚きながらまた騒ぐ倉落をキョトンとした目で見つめる。
「そ、そうだよっ!クワはやっぱり行方に<制裁>されたのか?クワは大丈夫なのかっ!?」
焦りで九十九里に迫りながら唾を飛ばす倉落に、九十九里は何故かニタリと笑いながら小さい声で呟いた。
「へへへ、これは他言厳禁っていわれたんスけど..... 実はあの行方先輩が・・・・」
九十九里が悪どい顔をしながら倉落への耳打ちを始めると、それが終わった瞬間倉落は絶叫した。
「ママママママジかよっ!!!!!!」
目をつぶったまま微動だにしない桑場屋武蔵を見やる倉落の目にはさまざまな感情がうごめいていた。
「うるさいなぁ..... 誰?」
誰かが叫ぶ声で目を覚ました岡月は目に入る見慣れぬ光景に困惑した。
ここは何処?ベッドの上?
岡月は重たい上半身を持ち上げて辺りを見渡した、するとどうやら彼女の知らない部屋にいるらしかった。
「あっ!岡月さんっ!!」
「島村先生っ!!岡月先輩が目を覚ましたっス!」
岡月が声のする方に顔を向けると、彼女の知っている顔が幾つかあった。
「..........九十九里君に倉落君だっけ?」
「体は大丈夫!?話は今九十九里から聞いたよっ!!」
未だに状況を把握出来ていない岡月に倉落は興奮した面持ちで喋りかける。
そして岡月は倉落の呼びかけに答えようとした、しかしそこで彼女に激痛が走る。
「痛っ!」
「大丈夫っスか!?」
「岡月さんっ!?」
体を押さえる岡月に2人の男が心配そうに覗き込む。
「まだ動かない方がいいだろう、とりあえず処置をしよう。話はその後だ」
知らぬ間に岡月の元へ近づいていた島村が感情を感じさせない声で淡々と言った。
「これでとりあえずは君の方は大丈夫だろう」
島村が手早く処置を終え、今度は桑場屋武蔵のいるベッドの方へ歩き去ると倉落と九十九里が神妙な顔つきで岡月のベッドに寄っていった。
「それで..... その....... 話を詳しく聞かせて貰えないか?」
倉落が緊張した雰囲気で岡月に話しかける。
「俺も興味あるっス!是非聞き........ あ〜......でも俺はもう行かなくちゃ行けないみたいっス.....」
一瞬顔を輝かせた九十九里だったが、耳に手を当てると残念そうに呟いた。
「じゃあ!また来週っス!岡月先輩お大事にっス!!」
「おう、じゃな」
「うん、ありがとう」
少し心残りのありそうな九十九里は2人に残念そうに手を振ると廊下に駆けていった。
「その前に倉落君があの子から聞いたって話を教えてくれる?」
九十九里が消えていった方を見たままボウっとしている倉落に岡月は声をかけた。
「え!?あ、ああ俺が聞いた話は・・・」
倉落は九十九里から聞いた、桑場屋武蔵が行方の<制裁対象>になった事、それに岡月が巻き込まれた事、そして桑場屋武蔵が行方を返り討ちにした事を伝えた。
「本当にクワは行方をぶっ飛ばしたのか!?」
「え!?あ、うん、そうだよ.....」
語り終えた倉落の声が急に大きくなったので、横目で島村に何やら処置されている桑場屋武蔵を見ていた岡月は少し驚いた。
そしてその返答に、あいつは俺と違って凄いなぁ、などと倉落は1人なにやら感傷に浸っている。
桑場屋君が苳也に狙われたのは、あの副校長の差し金だったのか.......
「さ、次は岡月さんの番だぜ!?」
我を取り戻した倉落は好奇心に満ちた顔を岡月に向けた。
「あ、ああ。え〜と、実は・・・・」
岡月は行方に脅された事、そしてそれを桑場屋武蔵に伝えずに行方の元へ行った事、そして桑場屋武蔵が突如現れて傷だらけになりながらも行方を殴り飛ばした事、それらを自分の過去は教えずに倉落に伝えた。
「なるほどなぁ....... 半分ラッキーみたいな感じか....... でもワンパンで行方を沈めるってあり得なくね?普通人を殴っただけで数10mも飛ぶか?」
倉落は岡月の話を聞き終えた後、何やら1人うんうんと唸り始めた。
「ねぇ... 倉落君は何で桑場屋君が私達の所に来たかわかる?」
「え?あ〜、確かに何で場所が分かったんだろうな?」
意外な質問だったのか、倉落は驚いた表情で答えた。
そう........ それも分からない。何処でその情報を知ったのか......
そして仮にこの事を知ったとして、何故来る気になったのか..... 苳也に勝てる自信があったの?
自信があったとしても、あれ程傷だらけになりながらも戦う必要が彼にあったの?逃げる事も出来たはずなのに.... 先生に理由を聞くとか......
それなのに何故?まさかあいつ.......!?
そこまで考えて岡月は自分の顔がもの凄い速度で赤くなっていくのを感じた。
そそそそそそんなわけない!!!!!!
あいつの自意識過剰に私影響され過ぎでしょっっ!!!!!!
岡月は自分の脳裏に現れた『自分を守る為に桑場屋武蔵は戦った』という考えを全力で否定した。
「じゃあ俺は今日の所は帰るわ。疲れたし、クワは目を覚ましそうにないし、月曜日にたっぷり聞くとするよ」
「はひっ!?あ、うん、バイバイっ!?」
変な声をあげた岡月を特に気にする事もなく倉落は去っていった。
「君もいつでも自分の部屋に帰って構わないぞ、君は確か寮生だろう?」
知らない間に桑場屋武蔵の処置を終えて、自分のデスクに戻っていた島村が汗だくになっている岡月に声をかけた。
「はうっ!?は、はいっ!じゃあ今すぐ帰りますっ!!!!!」
「別に今すぐでなくともいいが・・・・」
島村が言葉を言い終える前に、岡月は何故かある一点を執拗に視界に入れないようにしながら部屋を飛び出していった。
「失礼しましたっ!!!!!」
ようやく通常通りの静けさが戻った保健室で、島村はコーヒーを一杯飲み干した。
「良くあの体で走れるな...... 最近の学生は丈夫なんだな.......」
学生時代を少し思い出し、比較対象が自分のみの状態で感心する島村であった。
目を開いた瞬間、眩しい光が彼の視界に飛び込んできて、瞼を上手く開き切れない彼は顔をしかめた。
「........ん?ここは........?」
ようやく光に慣れた眼で自らがいる場所を確認する、どうやら彼はベッドの上に寝かされていたらしく、 周りを見渡すと見覚えのある光景が目に映った。
「ん?どうやら目を覚ましたようだな、桑場屋」
桑場屋武蔵はベッドから上半身を起こし、声をかけてきた人物の方を見る。
「島村先生...... でしたよね?」
そこには薄汚れた白衣を着た、無表情の島村が立っている姿があった。
「そうだ」
島村は短くそう言うと自分のデスクの方へ歩いて行き、1つペットボトルを手に取るとそれを桑場屋武蔵に手渡した。
「それはスポーツドリンクだ、飲むと良い。そして自分でもう大丈夫だと思ったらいつでも帰っていい」
そう島村が淡々と言葉を発した所で初めて桑場屋武蔵は、自分の胸からへその辺りまでが包帯で巻かれていることに気づいた。
この傷は.....?確か俺は確か行方にボコボコにされて、そんでもって行方をぶん殴って......
その後はどうなったんだ.........?
桑場屋武蔵はゆっくりと自分の状況を整理していたが、その時ふと右手の腕時計が目に入った。
もう7時か..... 2時間くらい気を失ってたのか。誰が保健室に運んでくれたのかな?
........岡月かな?あれ?でもあいつも確かボロボロだったよな?
浮かんでくるさまざまな疑問を島村にぶつけてみようかと保健室の右奥を見やると、窓の外から綺麗な青空が彼の目に入った。
はあ〜、すっかり空も真っ青になっちゃって。
........ってん?真っ青?は?今は夜じゃあ.....
桑場屋武蔵は慌てて自分のデジタル時計を見ると時計の表示はしっかりと『SAT』、土曜日を意味するメッセージを彼に伝えていた。
「なああああああ!!!!」
突然絶叫をした桑場屋武蔵に、島村は少し迷惑そうな顔をした。
「うるさいんだが?」
「先生っ!何で俺を起こしてくれなかったんですかっ!?!?母さんに絶対しばかれる........!」
頭を抱える桑場屋武蔵に島村はまた表情をいつもの仏頂面に戻してから語りかける。
「ゆっくり寝させてやれと右々木に言われたし、私もそうした方が良いと判断したからだ。それに親御さんのことなら心配ない、右々木が連絡したはずだからな」
右々木と言う言葉に桑場屋武蔵は反応し、露骨に嫌そうな顔をした。
あの副校長が俺の母さんに?
........ くそ、どんな連絡をしたのか考えるだけでも恐ろしい!
「........ それで、何で俺が保健室にいるのかは教えて貰えるんですか?」
桑場屋武蔵は何かの恐怖を取り払うように頭をブルブルと振った後、島村に疲れた表情で質問をした。
「ああ、それなら・・・・」
ガチャッ!!!
しかし島村の声は、突如勢いよく開けられた扉の音とその扉の向こうから現れた人物の声に掻き消されてしまった。
「桑場屋君っ!生きてる!?!?」
おでこに包帯を巻いた岡月が勢いよく保健室に入ってきた。
「あ、岡月」
桑場屋武蔵は何故か息が切れている岡月を不思議がった。
「お、起きてんじゃんっ!!」
息切れのためか顔がどんどん赤くなっていく岡月は島村に一礼すると、桑場屋武蔵のベッドの方へ歩み寄っていった。
「お、おはようっ!」
「え?ああ、おはよう?」
突然の訪問に面食らった桑場屋武蔵だが、元気そうな岡月を見て、少し安心した。
「なぁ、岡月、昨日は・・・・」
「あのさ桑場屋君っ!!!!!」
自分に無い記憶の話をしてもらおうと思った桑場屋武蔵だったが、彼の言葉は息切れが止まらない岡月の大声に遮られてしまった。
「はいっ!?なんでしょう!?!?」
凄まじい岡月の剣幕に桑場屋武蔵は思わず身を強張らせる。
........何でこいつこんなに怒ってるの!?
岡月の顔は赤くなり過ぎて今にも爆発しそうだった。
「桑場屋君はさ....... 私の事が.... その......... 好きなん....... でしょっ!?!?」
何故か照れ臭そうに目を逸らして言葉を吐き出した茹でダコの前で、桑場屋武蔵の表情はスーと、無表情に、そして目は限界まで細められていった。