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#05 狙われた矛盾点




 「秘密裏にねぇ……?」

 顔もわからない相手を人気のない場所におびき寄せ制裁を行う。いつもの彼だったら確実に面倒臭いと放り出しそうな依頼内容。

 だが今回は特別だった。理由はわからないが、彼にはこの依頼がこれまでとは違う特別な何かであろう予感がしていたのだ。彼は右手に付けている紫色のブレスレットを一瞥し、暗い瞳を輝かす。

 「あいつを使ってみるか………」

 幸い、彼はこの依頼を達成するための手段を1つ思いついていた。成功するとは本人はあまり思っていない手段だったが。

 「マ、失敗したらそれはそれで面白そうだしなぁ」

 彼は顔を意地悪く歪めた、笑っているのだ。

 そして此処で言う彼の失敗とはあくまでその手段の失敗であり、依頼自体の失敗ではない。

 彼は敗北を知らなかったのだ。











 晴れ渡る快晴、小鳥は軽やかに唄っている。

 そんな空気の澄み渡る早朝、荘厳な校門を入ったすぐの場所で桑場屋武蔵は大きく伸びをしていた。

 「いつもより早く着いたな。ふう〜、気持ちのいい朝だぜ!」

 桑場屋武蔵は気分良さげに自己満足に浸っている。すると学生寮の方から小柄な人影が見えた。

 「おはよう桑場屋君。昨日の昼休み以来だね」

 「げっ!?」

 人影は感情を隠した声色を発する。

 そこには輝かし過ぎる笑顔を携えた岡月が歩いて来る姿があった。


 今度からはゆっくり登校しよう……。


 桑場屋武蔵の朝の爽やかな気分は、何処か遠くに雲散してしまった。そして彼は迫り来る笑顔に向かって言う。

 「おはようございます。待ち伏せですか?」






 「で、昨日の時間操作の実技を丸々サボったのはどういうことかな?」

 顔を完熟トマトのように真っ赤にした岡月から彼女はいつもこの時間に寮を出るという情報を無理矢理聞かされた後、桑場屋武蔵は俄然勝ち誇った表情に切り替わった岡月に質問をされていた。

 「お前寮生だったんだな。俺と同じ自宅組かと思ってたわ」

 意図的に岡月の質問を躱す桑場屋武蔵。

 「ちょっと!誤魔化そうったって無駄だからっ!質問の答えは!?」

 しかし桑場屋武蔵の目前で手をブンブン振り回しながら岡月は質問を追及する。

 「ん〜、その…頭痛がしまして……ね?とっても頭が痛かったんですよ… ね?」

 「へ〜?頭痛、ね?その割には昼休み元気そうに見えたけど〜?」

 裕の笑みに表情を戻し、岡月は言葉を続けた。

 「何?盗み聞きしてたの?」

 「はっ!?違うからっ!そっちが勝手に大声で喚いてたんでしょ!?」

 だがそれも一瞬、岡月は再び顔をゆでダコのように赤らめる。


 こいつすぐ表情が変わっておもろいな〜。

 と、それはそうとして確かにそうだな…昨日の昼はコンプレックスを思い出して無駄にテンションが上がっていた気がする……。


 「ちょっと…!黙んないでよ?本当だからね?」

 「え?あー、わかってるって。盗み聞きしてたわけじゃないことくらい」

 何故か岡月が心配そうに桑場屋武蔵の顔を覗き込むので、彼は慌ててフォローしておいた。

 「ならいいんだけど……」

 「で、岡月はまだ俺のことスパイだとかいう妄言を口にするの?」

 桑場屋武蔵がそう言うと、急に岡月はまた元気になり瞳を輝かせた。

 「ふっふ〜ん!そうだな〜、君が何故能力を使おうとしないのか教えてくれたら、私の考えも変わるかもね?」


 どうしようかな〜、岡月(コイツ)に俺の特殊性教えて大丈夫かな〜?まず信じんのか?それに見るからに口軽そうだし………。


 桑場屋武蔵は岡月の派手ではないが整った顔立ちをじっくり鑑賞しながら悩む。

 「…………そ、そういう主義なんだよ」

 そして結局隠す事にした。

 「主義ぃ〜?怪しさの塊だね君は!この学園(・・)で?能力を使わない主義?何で入学したのかさらに疑うレベルだねぇ〜?」

 岡月は嬉しそうにますます調子に乗った表情になる。それに対して桑場屋武蔵は見るからに苦々しい顔つきになっていった。岡月が正論過ぎて言い返せないのだ。


 ………ぐっ!言い訳選択ミスった!!


 「ま、まぁ!いろいろあるんだよっ!ほらっ、もう教室着くぜ!?」

 桑場屋武蔵は昇降口に着いた瞬間、あっという間に上履きに履き替え、軽く小走りで自分の教室に向かった。彼の所属している1-Eの教室は1階にある。

 「こら待てっ!逃げるな〜!!」

 そして岡月も桑場屋武蔵の後ろにピッタリくっついて走る。


 ガチャ!!!


 桑場屋武蔵は走っていた勢いそのまま乱暴に扉を開けた。その瞬間、すでに教室内にいた数人のクラスメイトが2人を一斉に見る。



 『............』



 岡月の赤面は人間の限界を超えつつあった。

 

 う、うわ〜!!!何か凄い恥ずかしいっ!2人で息切らして、超一緒に来たみたいじゃんっ!!実際一緒に来たけどっ!!でもこの変人と仲いいみたいになってたらどうしよう!いやっ!まだ大丈夫っ!まだ誤魔化せるはずっ!!!


 「おい岡月、急に黙るなよ。な、何か気まずいじゃんか!」

 知ってか知らずか無邪気な顔で桑場屋武蔵は岡月を振り返り友人様に喋りかける。


 ボムッ!


「痛っ!?」


 この、ボ、ボケ茄子がぁ……!せっかくたまたま同時に入って来た感を出そうと思ってたのに…!!空気読めやっ!!!


 岡月はにこやかに振り返り話しかけてきた桑場屋武蔵の腹部にボディーブローをかましながら彼を呪った。

 「みんなに君と話すとこ見られるの恥ずかしいから教室では話しかけてこないで」

 「え?」

 そして岡月は桑場屋武蔵にだけ聞こえる程度の大きさで素早く1口にそう言うと、足早に自分の席へと向かう。


 あれぇ…フラグぶっ壊しちまったか………?


 桑場屋武蔵は不思議な美少女に本格的に嫌われた事に軽いショックを受けた。

 「ま、いっか」

 しかし彼はこういうことでは立ち直りの早い男でもあったのだ。

 結局2人が次に会話するのは、放課後のとある出来事の後だった。











 「あいつ今日は休みか.....」

 桑場屋武蔵は自分の後ろの席を眺めながら独り呟いた。

 「あれ?そこの席って誰だっけ?」

 倉落が次の授業の体育のために着替えながら桑場屋武蔵の言葉に反応する。

 「酒井って奴だよ、昨日保健室で仲良くなったんだ」

 酒井?そんな奴いたっけ?ていうか女?相変わらずお前のそういう社交性は凄ぇな!」

 倉落はなぜか嬉しそうに言う。

 「違うわいっ!男だよ!酒井準一!」

 そう言いながらも桑場屋武蔵は昨日出会った酒井の容姿を脳裏に浮かべる。


 男…って言っても見た目は……。


 「って違ーうっ!!!馬鹿か俺はっ!?」

 頭を犬のようにブルブルさせ、桑場屋武蔵は突如絶叫する。

 「うわぁ!?何だいきなり?馬鹿なのは間違ってないけどよ……?」

 倉落はやや体を後退させ、冷たい視線を送る。

 「おい何でちょっと引いてんだよ倉落!」

 桑場屋武蔵が倉落の態度に非難の声をあげた。

 「え〜?だってぇ〜、今日のクワなんか気色悪いしぃ〜?」

 「ギャル風に俺を侮辱すんな!」

 指先で自分の髪を急にクルクルさせ始めた倉落に怒鳴る桑場屋武蔵。

 するとそこに大きな影が忍び寄ってくる。


 「相変わらず朝からうるせぇなぁ、お前等は」


 「ん?」

 張りの効いた男らしい低い声、桑場屋武蔵に聞き覚えはない。

 そして彼は言葉の発信元であろう、身長180cmは余裕で越えてそうな大男を見上げた。

「まあ別にいいんだが…それでよぉ、お前等にちょっと聞きてぇ事があんのよ」

 大男は真面目そうな表情で話し続ける。

 「え〜と、ヤマザキ君だっけ?」

 桑場屋武蔵はどうやら顔には見覚えがあったようで困ったような声で返答する。

 しかしその瞬間、体操着姿の大男が何故か顔を真っ赤にさせ、大声で怒鳴り出した。

 「違ぇーよ!!ヤマザキじゃなくて、ザキヤマ!一昨日のテストの時ずっと後ろに並んでた奴の名前をもう忘れたのか!?初対面でそのボケかましてくるとはやるじゃねぇか…!」


 あれ?違った?というかこんな奴後ろにいたっけ?ていうか別にボケた訳じゃないのに……。


 桑場屋武蔵は倉落に知っているか?、と目配せをするが、倉落は軽く笑いながら頭を横に振るだけだった。

「俺の名前は崎山慎吾(ザキヤマシンゴ)だ!1番前の席に座ってるだろ!?」


 崎山?あぁ、なるほど、それなら名前順的にテストの日は俺の後ろにいても不思議じゃないな、酒井は休んでたらしいし。ていうか全然覚えてないな。


 「まぁそれもいい……とにかく聞きてぇ事があるんだよ」

 とりあえず気を取り直した崎山は改めて言う。

 「でももう授業始まるぜ?」

 これまで謎の大男に恐縮していた隣の倉落がここでやっと発言した。

 「くそ!しょうがねぇ!また授業中に聞くわ。幸い、今日の体育は体力テストだからな、暇な待ち時間があんだろ」

 倉落の発言に崎山は小さく憤慨する。

 そしていた仕方なしと崎山はフンッ、と鼻を鳴らして歩き去って行った。

 「はぁ…、なんだったんだあいつは。さて、じゃあ俺たちもそろそろ行くか?」

 「ごめん。俺まだ着替え終わってない。」

 倉落の誘いに桑場屋がそう返答した瞬間、倉落は何も言わずに走り出した。

 「お前待ってくれないのかよっ!!!」






 「ほう?流石だね桑場屋。私の授業に最初から遅れるとは」

 粘りつくような視線を桑場屋武蔵に浴びせる田中。

 「す、すいません……」


 倉落の野郎……!体育の担当が田中だって知ってたから俺を置いてったんだな………!!


 「右々木先生のお気に入りだかなんだか知らないが、あまり調子に乗られると困るんだよ」


 マジであの変人副校長何したんだよっ!!俺がお気に入り?何か面倒臭い事になってるんですけどっ!?!?


 もちろん桑場屋武蔵には後ろの方から、誰かがグヒヒヒッ!と聞き覚えのある笑い声も聞こえている。

 「すいません…!」

 そして彼は段々目の前の自分に対し異常に高圧的な男にも腹が立ってきた。

 「何だその目は?遅刻をした分際で何か文句があるのか?」

 田中の顔がさらに意地悪そうに歪み、声に含まれた敵意が漏れ出ている。

 その様子をまじかにする桑場屋武蔵はちょっとした悪戯を試すことに決めた。

 「先生は副校長が大好きなんですよね?」

 「は?」

 予想外の返答だったのだろう。田中は顔に悪意を滲ませるのも忘れ、口を大きく開ける。

 「だから副校長が特別視する俺に妬いてるんですよね?」

 最初は桑場屋武蔵の言葉をまるで理解出来ていない様子の田中だったが、次第に顔を紅潮させていった。

 「男の嫉妬は醜いですよ?」

 「黙れぇ桑場屋ぁ!!!!!!!!!!」

 ついに田中が爆発した。

 「教師を…! 挑発するとは……!貴様…!!ふぅ…!」

 肩で大きく息をしながら、顔を沸騰させた田中は桑場屋武蔵を呪うが如く睨みつける。

 「あれ、図星ですか?」

 「それ以上っ!!!喋るな…!ふぅ…!列に戻れ……!」


 ウヒョ!効果テキメン!

 それにしてもまさかこんなに怒るとは……あの変人副校長意外に人気者?


 「早く戻れっ!覚えていろよ…桑場屋武蔵……!」

 若干落ち着きを取り戻し始めていた田中から逃げるように、桑場屋武蔵はグヒグヒ聞こえる自分のクラスの列へ足早に戻っていった。


 「すげーなっ!!クワ!!流石矛盾点(パラドックス)!!!」

 「驚いたぜ…お前本当に問題児だな……何で入学して1週間も経ってないのに先生に目付けられてしかもさらに激昂させてんだよ………」

 列に桑場屋武蔵が戻ると倉落と崎山が珍獣を見るような目付き(倉落は好奇、崎山は畏怖の目)で彼を迎えた。

 「へっ!一発かましてやったぜ!」

 「俺は後が恐ぇけどな。元々遅刻したおめぇが悪いし」

 桑場屋武蔵のピースサインを嫌そうに見つつ、崎山が言う。

 「それを今言う?折角達成感に包まれてたというのに…」

 もう1人の教師が体育の授業を始めている。しかし田中はその教師の隣に立って無言である1点を睨み続けたまま動かない。

 「俺達出席番号前半組はグラウンドに移動だってよ」

 1-Eの生徒は現在第1体育館に集められている状態であった。

 「丁度いいや、俺この場所から逃げたくてウズウズしてたんだ」

 倉落の報告に桑場屋武蔵はなるべく教師陣の方を向かないようにしながら答える。

 「こりゃあの子と関係あっても不思議じゃねぇな……」

 崎山は歩き出す2人の後をゆっくり追いかけて行った。






 「で?聞きたい事って?」

 砲丸投げテストの順番待ちの時、桑場屋武蔵が崎山に切り出した。

 「あぁ、俺が聞きたいのは、桑場屋、お前とあの岡月って子の関係だ。幼馴染か何かなんだろ?」

 自信たっぷりに崎山は言う。

 「は!?何がどうなったらそんな認識になるんだよっ!?」

 しかし桑場屋武蔵が慌てて否定するのを見て、崎山は困惑した表情になる。

 「違うのか?でも、入学式が初めての出会いじゃねぇだろ?じゃなきゃ、今日みたいにあの子と仲良くできる訳ねぇ。昨日の事件でちょっとクラスから浮いてるのによ……」


 昨日の事件?何の事だ?


 桑場屋武蔵は話が見えず混乱してきていた。

 「昨日の事件って何だよ?」

 そこに倉落が口を突っ込む。

 「あ?昨日の事件って言ったら、あの行方の件に決まってんだろ!?」

 「行方の件?」

 倉落もよくわかっていないようで小首をかしげている。

 「お、おい…?まさかおめぇら……学園案内サボってたのか?」

 「え………ま、まぁ、諸事情で一瞬いなかったくらいかな」

 そう答える桑場屋武蔵の隣で倉落はテヘっ、と舌を出し何かふざけた真似をしている。

 「面倒臭ぇ奴等だな……おめぇらは…!そっから説明しなくちゃならんのか……!!」

 やや不機嫌な崎山は渋々といった様子で岡月と行方にあった不思議な出来事を話し始めた。




 「・・・だから今あの子はクラスで浮いてるってか、怖れられてんだよ。行方の知り合いなんだろってな」

 「マジで!?岡月とあのキノコ頭知り合いだったの!?」

 「………………」

 崎山が話し終えると、桑場屋武蔵はわかりやすく驚き、倉落は何か思慮深げに考え込んでいた。

 「で、そういう訳でクラスで微妙な立場の岡月さんと、何故かおめぇだけは仲良くしてる。だから何かの知り合いなのかなと思った訳だ」

 ここで崎山は桑場屋武蔵の方を見据える。

 「残念ながら俺と岡月は知り合いじゃないよ。しかも今日仲良しでもないことが判明した。でも、岡月と行方ってどういう関係なんだ?」

 「はぁ……、それを聞こうと思ってたんだけどな……」

 桑場屋武蔵の返答に溜め息をつく崎山。

 「というかお前、仲も良くないのに朝一緒に登校したり、馬鹿騒ぎしてたりしてたのか?」

 「え?ま、まぁそれも諸事情でな……」

 桑場屋武蔵はここで表情を曇らせた。

 「諸事情って何だ・・・・・」

 「お、おい!俺達の番だ!3人同時にテストみたいだぞ!!」

 すると唐突に崎山が喋り終わる前に倉落が叫び出した。

 様子を観察すれば倉落はソワソワしていて、桑場屋武蔵も汗だくになっている。


 あ?何だこいつら?何で急に焦ってんだ?


 「そうだ!クワ!このテストが終わったらヤマザキにお前が岡月さんナンパした話してやれよ!!」

 「崎山だっつってんだろ!!それはそうとして、その話は是非聞かせてくれ」


 ナイス倉落!!と言いたい所だが、何か倉落の誤魔化し方に悪意がある気がする………。


 桑場屋武蔵は彼にどうだと言わんばかりの笑みを向ける倉落に、素直に感謝することが出来なかった。











 「あ〜、疲れたぁ〜。毎年毎年、持久走だけは無理だぜ」

 教室でグッタリしている倉落が気怠い声を上げる。

「畜生……!まさか倉落がこんなに運動出来るなんて…!!ひとつも勝てなかった…!」

 桑場屋武蔵は倉落とは違う理由でグッタリしていた。

 「いや、おめぇも充分頑張ってたぜ?桑場屋?」

 「うるせっ!崎山だって短距離以外全部俺より記録上だろがっ!!」

 崎山の上から目線の労いに、桑場屋武蔵は癇癪を爆発させる。

 ちなみに桑場屋武蔵は決して運動能力が低いわけではない、むしろ全国平均から見れば相当上位に属する。しかし、運悪く倉落と崎山の運動能力が彼のそれを大きく上回っていただけだ。

 「倉落の50m走のタイム6秒フラットて何だよ!高1帰宅部のタイムじゃねえよっ!崎山の握力90てお前!、どこぞのZ戦士かよっ!」

 「まぁ昔から俺運動得意だし。そう僻むなって」

 「才能って恐いなぁ、桑場屋?」

 笑いあう2人に桑場屋武蔵はいつも通り嫉妬した。


 畜生…!俺のコンプレックスワードを遠慮無く使いやがって……!!


 「何か喉乾いたなぁ〜」

 「確かにそうだな」

 機嫌の良さそうな倉落と崎山が互いに頷きあう、すると桑場屋武蔵がおもむろにムクっと起き上がった。

 「ふふふ……じゃあやりますか?禁断のジュージャンを………?」

 「お?クワめっちゃ乗り気じゃん!何かちょっと怖いけど…」

 「ジュージャンて飲み物じゃんけんのことだよなぁ!?俺も乗るぜ!」


 やってやる…こんなにも早くリベンジのチャンスが訪れるとは……!


 桑場屋武蔵の周りから謎のオーラが湧き出ていく。

 そして崎山が朗らかに声をかける。

 「よし、じゃあ行くぜぇ?じゃんけんポン!」

 倉落と桑場屋武蔵の固く握り締められた拳に崎山が優しく手を広げた。

 「よっしゃぁ!1抜けだぜぇ!!」

 残った2人は崎山を一瞥すると、自らの唯一の敵に視線を戻した。

 「やっぱり、お前とは戦う運命みたいだな、クワ」

 「悪夢を再び見せてやる…!」

 「俺は同じ過ちは繰り返さないぜ……!」

 「完全粉砕覚悟!」

 2人の間に琴線が張り詰められたような緊張感が生まれる。

 「あ?何だこの空気?」

 もはや2人には自らを打ち滅ぼそうとする仇敵しか捉えられていない。

 呼吸をするのさえ忘れてるような2人の鼓動は高まっていった。

 「何してんのおめぇら?早くじゃんけんしろよ」

 両者共に右手を腰の後ろに引き、ジリジリと間合いを計る。

 2つの魂がせめぎ合う音が聞こえてくるようだ。雑念を挟んだら最後、相手に切り捨てられることは両者共に知っている。

 「お〜い?おめぇら?意識あるよなぁ?」

 ―――刹那、鋭い声が2人の間の見えない膜を切り破いた。

 「ジャンケンポン!!!」

 そして倉落の揺るぎない決意の現れとも取れる鋼鉄の握り拳が、桑場屋武蔵の錆びついた2本の指の剣先を粉々に打ち砕いたのだった。

 「慢心…自分を信じ切れない心……強すぎた敵意…今の俺では倉落には勝てなかったということか……」

 桑場屋武蔵は何かを悟ったように天井を見上げる。

 「ビックリしたなぁ…何なんだお前等?」

 崎山は2人の独特のノリに全くついていけず、迷子になっていた。

 「弱き者よ、そなたに残された道は服従のみじゃ」

 桑場屋武蔵は静かに自分の財布の中身を確認した。











 「はあ〜疲れた」


 体力テストって名前通り体力奪われるわ〜。


 授業の後、思わず溜め息を漏らす岡月は自動販売機の前に立ち、品定めをしていた。


 う〜ん、やっぱり運動の後はトカリだよねっ!


 岡月は飲み物を買うために持ってきた電子カードをポケットから取り出す。

 ―――その瞬間彼女の背中を悪寒が走った。

 「っっん!?」

 弾けるように岡月が振り返るとそこには、つい最近再開したばかりの幼馴染の姿があった。

 「ヨォ、会いに来たぜ?」

 異様な雰囲気を纏った少年が岡月との距離を縮めていく。

 白色の自動販売機の周りには2人以外には誰もいない。

 「何の用?」

 彼女の好まない笑顔をした行方に冷たく言い放つ岡月。

 「今日は頼みがあって来たんだ」

 「頼み?」

 行方は一歩一歩ゆっくりと彼女の方へ近づいてくる。

 「アァ、そうだ。な〜に、難しい事じゃあない」 

  岡月の行方への不審感が更に強まる。

 「ある男を誘き出す餌になってくれりゃあいいんだ」

 行方の邪悪な笑みは深みを増していく。






 「くそ……!今日は最悪の日だ。朝の占いもそういえば山羊座は最下位って言ってた気がすんぜ…」

 近くの自動販売機に向かう桑場屋武蔵は、まさに不幸のどん底という顔をしていた。


 俺の貴重な現金が……畜生!


 だが、桑場屋武蔵の足は目的地が視認出来る場所まで来たところでピタリと止まる。

 「あれって……」

 彼の目には見たことのある2人の男女の姿が映り、険悪な空気が漂っている事も鋭敏にも感じ取れた。






 「桑場屋武蔵って奴がお前のクラスにいるはずだ。そいつが今日の放課後4時に高等部第3学年校舎に来るよう仕向けてくれ。簡単だろ?」

 岡月は行方の言葉に一瞬驚いた様だが、すぐに持ち直し疑問を口にした。

 「何で私がそんなことしなくちゃいけないの?」

 行方はどこか嬉しそうに言葉を続ける。

 「マ、ちょっとした用事がそいつにあるんだ、でも俺はそいつの顔を知らない。だからお前に頼んでんだよ」

 「私がその頼みを受けると思ってんの?」

 岡月は強い光を眼に携えて、言葉を返す。

 「アァ、勿論だ。でももし、今日の放課後誰も指定した場所に来なかったら………わかってんだろ?」

 行方の闇がかった灰色の眼が岡月の大きな黒目を冷たく射抜く。

 そしてそう言い残すと、行方は別れの台詞もなく去って行った。

 「はぁ……思ったより早かったなぁ…」

 行方の背中が見えなくなるのを確認した後、岡月は凄まじい疲労感が自分の体を襲うのを感じた。


 今日が正念場か……トカリ2本買っておこう…。


 溜め息を大きく1つ。

 岡月は自分の手汗で汚れてしまったPESUMOを見やると、それを自分のハンカチで綺麗にした。






 「おいおい…マジかよ今の……!!!」


 興味本位で自動販売機の傍に近づき、2人の会話に耳を傾けていた桑場屋武蔵は信じられない話の内容に恐怖と衝撃を受けていた。


 何で行方が俺を狙ってんだよ…!?!?しかも岡月脅されてるし……今日はマジで厄日だ………意味がわからんっ!


 桑場屋武蔵は岡月が飲み物を買い、いなくなるのを隠れ見た後、重い足取りで自動販売機に向かう。


 やべえ……俺まだ行方対策トレーニング始めてねえよ……でも俺が行方のとこに行かないと岡月が………。


 桑場屋武蔵は意味も無く右手の腕時計を何度も確認する。落ち着かないときの癖だった。

 彼の決断までに残された時間は少ない。










 

 「それで一体何の用事でしょうか?」

 特別教員校舎、副校長室。今ここには1人の女生徒と、絨毯にうつ伏せの状態の副校長本人がいる。

 「お、来てくれましたか。ユリカさん」

 そうムクリと起き上がった右々木に声をかけられた女生徒――御前崎友里香(オマエザキユリカ)は高校1年生とは思えない落ち着いた声で答える。

 「副校長が直接私を呼び出すということは、大体行方関係と推測はつきますが」

 御前崎の普段通り感情を押し込んだ話し方に、右々木は軽く笑みをこぼす。

 「はい、友里香さんの推測通りです。今日は苳也君の<制裁>の監視及び彼の保護をお願いしようと思ったのです」

 絨毯に転がっているペットボトルを掴み、スッと立ち上がり、 そして右々木は手元の空のペットボトルを不満気に眺めながら言ったのだった。

 「彼に<制裁依頼>を出したのですか?それと彼の保護ではなく、<制裁>の対象の保護で構わないのですよね?」

 表情を変えずに淡々と言葉を続ける御前崎。

 不意に彼女の胸元の生徒会のバッジが黄色の太陽光を浴びて輝く。

 「ええ、対象にも保護が必要になるでしょうから、そちらも頼みます」

 しかしこの右々木の言葉に御前崎は初めて怪訝な表情をする。

 「その言い方だと、まるで行方にも保護が必要になるような言い方ですが…彼を傷つけられる程の相手なのですか?<抑止力>以外にそんな人物がこの学園にいるという話は聞きませんが……」

この御前崎の疑問に右々木は案の定答えなかった。その代わり、右々木は誰にも届かぬ声量で独り小さく呟く。


 「それを確かめるんですよ………」









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