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#03 無能力者は矛盾点



 「テスト結果の紙、見せてくれよ!クワ!」

 倉落は目をキラキラと輝かせて桑場屋武蔵に言い寄る。

 「別にいいけど…結果はだいたいわかってるだろ?」

 桑場屋武蔵は悲痛な面持ちで自分のテスト結果を倉落に渡した。

 「グヒヒヒッ!本当にオールEだ!面白過ぎんだろ!これ!!」

 すると倉落は我慢できないといった面持ちになり哄笑を漏らす。

 静かな教室に響き渡る倉落の独特な笑い声、教室の皆の視線が自然と2人に集まった。

 「うるさいよお前っ!早く返せ!」

 明らかな嘲笑に桑場屋武蔵は顔を赤らめ、倉落の手元から自分のテスト結果をひったくると急いでその紙を自らのリュックサックにしまった。


 ガチャ。


 そしてまた次の生徒が橋本の待つ別室に向かって行く。テスト結果は1人ずつ個別に返すのが橋本のモットーらしかった。

 「いや〜、それにしてもみんな静かだねぇ〜。こんだけ静かだと話したいことも話しづらいな?」

 倉落は意味ありげな顔をして桑場屋武蔵に小声で話しかける。

 「そりゃそうだろ。まだ入学して3日目だぞ?これでクラスのみんなが打ち解けてて、超賑やかだったらそっちの方が変だろ?」

 倉落は確かにそうか、と軽く頷く。

 「まだみんな探り合い、友達探しの最中ってわけだ。その点俺はラッキーだったんだな。こんな面白い奴と高校入学早々友達になれたんだから」

 教室内をグルリと見回すと、倉落は顔に似合った爽やかな笑顔でそう言った。

 「ま、まぁ俺も?この学園に詳しい奴とすぐに友達になれて、結構幸運だと思ってるよ。なんかいい奴っぽいしな」


 な、なんだこいつよく見れば結構男前だな……。


 桑場屋武蔵は倉落の笑顔に一瞬ドキっとした後、半音外れた声で答える。

 「グヒヒッ!キッモー!!何だよその返しはっ!!いい奴っぽいしな…じゃねぇよっ!グヒヒヒッ!もしかしてクワってゲイ?」

 倉落はまた猛然と笑い出す、そしてその笑い声に対して桑場屋武蔵は恥ずかしさのあまりぷるぷる震えていた。

 「 お、お前……!前言撤回!!この倉落とかいう野郎は全然いい奴でもなんでもねぇっ!ただの性悪ひねくれ小僧だっ!!!」

 桑場屋武蔵は顔を真っ赤にして喚いた。それでも倉落は挑発をやめない。

 「や〜い、ホモクワガタ!や〜い、ホモクワガタ!」

 倉落は両手にペンを持ち、そのペンを自らの頭の上で直立させた状態で楽しそうにそう言う。

 「うるせぇっ!俺はゲイでもホモでもクワガタでもなーーーいっ!!女の子大好きっ!桑場屋武蔵15才だっ!」

 桑場屋武蔵はクラスの注目を再び集め始めていることに気づいていない。 だがその時、透明感のある声が2人を、いや教室中を貫いた。


 「ねぇ、さっきから君たち騒がし過ぎるんだけど?」


 その凛とした声の方向を2人が同時に振り返ると、そこには実に不機嫌そうな岡月がいた。彼女は主に桑場屋武蔵を睨んでいるように見える。

 「そっか、それはすまなかった。ついついヒートアップしてしまってね。許してくれ、一目惚れ子」

 そんな岡月に桑場屋武蔵はやれやれとわざとらしく首を振り、急に真面目な顔に戻ってそう言うやいなや、岡月はさっきまでの涼しげな態度を豹変させあっという間に顔から指先まで深紅に染まった。

 「一目惚れ子って誰だよっ!?だからそれは昨日あれほど違うって言ったよねっっっ!?!?!?もう忘れちゃったのっ⁉鶏さんなのっ!?!?」

 あれー、そうだったっけ?、と、桑場屋武蔵はまたもやわざとらしく両手の平を上に向ける。そして全く話しについていけない倉落が口を挟んだ。

 「おいおいクワ!昨日ってなんのことだよ⁉何でそんなに岡月さんと親しげなわけ!?」

 別に親しくないっ!と叫ぶ岡月を尻目に桑場屋武蔵が説明を始める。

 「昨日の放課後お前が用事があるって言って、俺が先に教室に戻っただろ?あの時実はこのお方がなんと俺のことを待ち伏せしてて、しかもなんかいきなり、昨日からずっと見てました、って告白してきたんだよ」

 桑場屋武蔵はさも本気で言っているかのような真面目な表情で言った。

 「違ーーーうっ!!いろいろ省略しすぎっ!確かにそうは言ったけど……告白でもなんでもないしっ!てかそんな雰囲気じゃなかったじゃんっ!!!」


 焦る岡月さんめっちゃ可愛い……。


 自分で質問しておいて倉落はまるで別の事を考えていた。

 「そういえば倉落は惚れ子のこと好きなんだよな?」


 仕返しだぜ倉落……!


 桑場屋武蔵はまさに今思い出しました、という顔でさらっと言葉を加えた。

 「はっ!?何言ってんだおま・・」

 「でも昨日惚れ子をべた褒めした後、可愛いだの凄過ぎだの大好きだの言ってたろ?」

 桑場屋武蔵は倉落の言葉を遮って追い打ちをかけるように喋る。

「はっ、はぁぁっっっ!?何でこのタイミングでそんな事言い出すんだお前!大好きなんて言ってねぇだろっ!?!?他は言ったけど!!」

 急に倉落も赤くなり慌てだす。

 「惚れ子言うなーーーっ!!!」

 岡月も相変わらず全身熟れたトマトのように赤いままだ。

 「なんだよ2人とも?一旦落ち着けよ。とりあえず話しをまとめると、岡月は俺に一目惚れをし、その岡月に倉落も一目惚れをして、そんでもって俺と倉落が友達という三角関係って事だよな?」

 桑場屋武蔵は2人を交互に見ながら穏やかに語りかける。

 「「だから違ーーーうっ!!!!!」」

 すかさず2人は同時に叫んだ。もう3人は教室中の注目の的である。


 ガチャ!


 「よーし、テスト返しは終わりだ。筆記の方はまた後日返すからな。次の時間は学園案内だぞ。結構歩くからな!覚悟しとけよ?」

 そして橋本の登場によってひとまずこの茶番は終わりを告げた。


 ちょっとやり過ぎたかなぁ…?


 桑場屋武蔵は少し調子に乗りすぎたかと反省する。

 しかし残念ながら少年を睨みつける2つの視線がこの茶番が彼に残した負の財産を物語っていた。











 「で?岡月さんとはどういう関係なんだ?隠してる事他にもあるんだろ?あ、ちなみにさっきみたいにふざけたこと抜かしたら本気で怒るかんな?」

 現在橋本の指示で1-E組の生徒は正門をすぐ入った所に集まっていた。そしていつもはひょうきん者の明るい雰囲気を纏っている倉落が、怒気の混ざった声で桑場屋武蔵に尋ねている。

 「え?まぁ、ほとんどさっき言ったことは本当なんだよ・・・っておいっ!!拳を振りかぶるんじゃない!!最後まで聞けよ!」

 橋本に正門前集合を言い渡されてから、やっと倉落が口をきいてくれたことに桑場屋武蔵は安堵しながらもこわごわ答える。

 「まさかお前が恋愛ネタNGだとは思わなかったからさ…最後変な方向に話を持ってったのは悪かったよ」

 桑場屋武蔵は両手の平を合わせて頭を下げる。それに対して倉落は、で?とひと言呟くだけだった。

 「えーとですね…まず教室に入ったらいきなり、君スパイでしょ、って岡月に言われてですね…ま、待てっ!本当だからな!?」

 冷やかな視線を浴びせながら肩をまわす倉落に桑場屋武蔵が必死に語りかける。

 「何か一昨日から俺を怪しんでたらしく、昨日も1回も時を止めなかった俺に不信感を持って、最終的に俺は他国のスパイだという結論に至ったらしい」

 「昨日からずっと見てたっていうのはその時言われたセリフか?」

 「そ、そうだ。最初はふざけてるんだと思って、少しからかったんだよ。でも今思うと多分本気で言ってたんだな」


 あの子なら何となく本気で言ってそうだな……。


 倉落はふーん、とだけ桑場屋武蔵に返し、しばし考え事を始めた。

 「信じてくれたか…?」

 このご時世にスパイなんて……と一瞬倉落は訝しんでいたが、あの子ならあり得ると既に断定していた。

 「まぁとりあえずその話は信じよう」

 ずっと不安そうな顔をしていた桑場屋武蔵はここで初めて安心したようだった。

 「で、お前の能力についての秘密は教えてくれないのか?」

 しかし倉落の興味はむしろこっちにあった。






 「まずこの正門前にある大きな時計塔は5年前に建てられた物で、未来時掛けの時計塔(アンコンベンショナル・クロック)と呼ばれている」

 すでに橋本の学園案内は始まっている。

 が、そんな中一部の生徒はまるで彼らの担任の言葉を聞いていないようだった。

 「俺の能力の秘密は前から言ってるだろ?時を止められないって」

 桑場屋武蔵は不可思議そうな表情で倉落に返答している。

 「違う、そっちじゃなくて、それの代わりに得た能力だよ」

 倉落が真剣な眼差しでそう言うと、桑場屋武蔵はますます困惑した顔になっていった。

 「そして時計塔の後ろにある大きな建物が学生寮だ。寮利用者がこの学園は殆どだからな。もうみんな知ってるか!?ガッハッハッハッハ!!」

 晴れ渡る快晴に時計塔が光輝く。

 「代わりに得た能力?そんなのあったけ?」

 倉落はそう言う桑場屋武蔵の顔を注意深く観察した。


 とぼけてんのかこいつ?それとも自分で気づいてないのか……?


 倉落は桑場屋武蔵の目を丸くし、口を小さくあけている間抜けな表情からは何も読み取れなかった。


 こりゃ直接聞いた方が早いな……。


 「そんでもってここから道は右と左2つに分かれている。とりあえずお前らに馴染みのある左の道から回るぞ〜!?」

 橋本は100mほど先にある高等部1年校舎に戻って行くようだ。当然生徒たちからはブーイングが巻き起こる。普通にあっちから始めろという苦情が1番多い。

 「お前には止まった時を動かせる力があると俺は思ってるんだけど……どうなんだ?」

 倉落は思い切って自らの疑問をじかにぶつける。

 桑場屋武蔵は一切表情を変えない。

 そして他の生徒がぞろぞろと移動し始める中、2人の男は沈黙したまま動かなかった。

「あいつら何してんのかな?」

 2人と少し離れた場所にいた岡月は遠くからその光景をみて不思議に思った。だがすぐにその疑問を打ち消す。


 いやっ!別にあいつの事なんて気になんないしっ!!さすがにこのタイミングで諜報活動はしないでしょっ!


 そう一人荒々しく鼻を鳴らすと岡月は2人の怪しげな男たちから目を逸らし、早歩きで橋本について行った。

 そしてそのうち沈黙を守る男の内の1人がやっと言葉を発した。

 「マジで?」






 「しょうがないだろ〜⁉校長がどうしても時計塔を見せておけって言うんだからよ〜」

 橋本はいくつもの不満げな視線を受け、とりあえずの言い訳を口にしながらずんずん歩いて行く。

 「それ本当!?俺にはそんな特殊能力があったのか!?!?」

 そしていまだクラスで浮いたままの桑場屋武蔵は急に目を輝かせていた。

 「うわっ!何だそのテンションっ!知らねぇよ!俺が聞いてんだろ!?」

 倉落は橋本達に遅れをとらぬようやっと歩き出した。


 この反応…マジで知らなかったみたいだな……ていうかやっぱ俺の勘違いか?もしかして本当にただの無能力者?


 「え?あ、そうだな。ごめん。自分もただの無能力者じゃない可能性に興奮しちゃって…」

 少し落ち着きを取り戻した桑場屋武蔵も倉落の横に並んで歩き出す。

「そうだな。可能性があるだけだ。とりあえず試してみるか」

 倉落はそう言うとおもむろに右ポケットに手を突っ込んだ。

 「で、ここに我らが高等部第1学年第2校舎がある。ここにはCとDとE組の教室などがある」

 右側に曲がり道が見えた所で橋本は止まり、また喋り出す。

 「早速この俺の生徒手帳で実験すんぞ」

 倉落は右ポケットから紫色の手帳を取り出し、それを桑場屋武蔵の目の前に掲げた。この学園では外部から来る人間には許可証または生徒手帳が必要となる。そのため寮生ではない倉落が自分の生徒手帳を常備していること自体には何の不可解もなかった。

 「そして今歩いてきたこの道をここで曲がらず真っ直ぐ行くと、特別教員校舎やまだ使われてない高等部第3学年校舎とかがある。つまりあっちにさほど用はない、なのであっちは省略っ!右に曲がるぞぉ〜」

 橋本は右に曲がり、また歩き出す。大半の生徒もそれに従い歩くことを再開する。

 「でも、みんなが見える所で実験すんのはまずいな…よしこの道を真っ直ぐ行くぞ。後で追いつけばバレないだろ」

 橋本達にはついて行かず、直進をしようとする倉落に桑場屋武蔵は疑問を投げかける。

 「おい倉落?何でみんなの見える所でやっちゃ駄目なんだ?」

 倉落はその言葉に明らかな驚きを示し、動き出した足を止め桑場屋武蔵の方へ振り返った。

 「当たり前だろっ!?他の生徒に止まった時を動かす姿を見られて、先生達にお前の特殊性がバレたらどうすんだ?お前は日本の時薬の効果が効かないどころか、その効果を打ち消すことが出来るかもしれない人間なんだぞっ!?そんなことがお偉いさんの耳に入ったら最後、お前は国家クラスの権力であっという間にどっかに連れ去られて、散々実験され、ホルマリン漬けにされてお終いだぜ!?」

 倉落は一気にそう捲し立て、信じられねぇと呟くと苛立ち混じりに再度歩き出す。


 おいおい嘘だろ……?

 俺ってそんな危機的状況だったの?

 無能力なことがバレたら人生単位で一巻の終わり?

 どうりで倉落がなかなか俺が無能力なのを信じないわけだ。さっきまで、他の人とは違う能力があるかもしれない!って喜んでたのが馬鹿みたいじゃん…お偉いさんにバレたら終わりか……って待てよ!?


 自分の今置かれてる状況を理解し、どんどん暗い気持ちに沈んでいた桑場屋武蔵はとても重要な事を思い出す。


 入学初日から副校長にバレてんじゃん………。


 彼は脳内にふと浮かんだ右々木の無邪気な微笑みが邪悪なものに変わるのを感じた。











 「この左に見えるのが高等部第1学年第1校舎だ、A、B組の教室などがある。そして右奥に大きなグラウンドが広がっている」

 橋本は足を止めてまた語り出す。道はまだまだ続いていて、学園案内が終わる兆候はない。


 本当に広いなこの学園…。お父さんが言ってた通りだ……。


 岡月は5年前の父の姿を思い浮かべ、潮の匂いがする感傷に浸っていた。

 「おっ!丁度グラウンドの奥で体育をやってるみたいだな。このクラス以外はもう授業に入ってるからな。ありゃ何組だ?」

 橋本を再び歩き出す、自然と体育をやっているクラスに近づいていく。

 岡月も他の生徒と同じようにその後を追った。しかし彼女はあることに気づく。


 あれ?あの馬鹿2人がいない?


 彼女は歩きながら辺りを見回すが、馴染みのない顔ばかり。地味な顔つきなのにやたら鼻だけ高く、ボサボサ頭でいつも2ヶ所に同じ寝癖がある男の姿は見当たらなかった。


 仲の良さそうだった茶髪もやっぱりいないし…もしかしてあいつもスパイ仲間だったの⁉でもあいつら知り合ったばかりみたいな会話してなかったっけ……?


 だがそんな彼女の考え事は思わぬ形で中断されることとなる。

「――早くその手を離せナメカタっ!!これ以上私の言葉がきけないならまた処分だぞっ!!」

 岡月の耳に何処かで聞いたことのある声がグラウンドの方から聞こえてくる。その声からは焦りと怒りがありありと感じ取れた。

 「ちっ、あの馬鹿…。また暴走してんのか……」

 その切羽詰まった声に反応して立ち止まった橋本は、そう呟くとゆっくりと不穏な空気の元へ向かって行った。

 ザワザワと、突如説明無くとり残された1-E組の生徒達はどうすればいいのかわからずにただひたすらに狼狽えていた。

 そして岡月も他の生徒の例に違わず、その不穏な空気の中心の方へ目をやることにした。


 え……!嘘…!!何であいつが………?


 そこには見知らぬ男子生徒の首を掴み、宙に持ち上げている痩身の少年の姿があった。そしてその少年の名を彼女は知っていたのだ。

行方苳也(ナメカタトオヤ)……」

 岡月は3年振りに幼馴染の名を呟いた。






 「オ〜イ?聞こえてんだろぉ〜?ニイジマく〜ん?もっかい俺の名を呼んでみろよぉ〜?」

 行方は自らの手によって空中に浮かぶ男に向かって無表情のままそう問いかけた。

 「黙…れっ…!この…毒キノコ……が…っ…!」

 新島ニイジマは行方に首を握り締められ、顔を苦痛に歪めたままそう返す。

 「そっかぁ、俺の名前知らねぇんだな、きっと。でも忠告しといてやるよ」

 行方は新島の首から手を離した。しかし、新島の体は宙に浮いたままピクリとも動かない。

 「止めろ行方っ!!今すぐ新島の時を元に戻せっ!!!」

 田中の声はまるで行方に届いていないようだった。

「次その名で俺を呼んだら……」

 行方は言葉を話しながら新島の腹部を5回ほど強烈に殴りつけた。しかし新島は空中で微動だにしない。

「殺すぜ?」

 そして行方はそう言葉を言い終えると、初めて笑った。


 グハッッ!!!

 

 急に新島が言葉を発したかとおもうと、彼の肉体は数m後ろに吹っ飛んでいった。


 ドシャァァァ!!


 「う…っ……ぐ…っ……!」 

 痛々しく地面に転がった新島は口から血を流し、苦しそうに呻いていた。

 その様子を嬉しそうに見やったあと行方は地面に落ちていた小石を拾い上げ、それを地面に向かって再び落とした。

 しかし小石は、地面に落ちる寸前に行方の足元で静止する。

 そしてその小石に行方は3回思い切り蹴り込んだ。だがやはり小石は空中に静かに浮いたまま動かない。

 行方はニヤリと邪悪に笑うと小石に4回目の蹴りを入れた。


 ビキッ!!


 行方の足元の小石が消えたと思った瞬間、何かがへし折れるような音がした。

「あぁ…っ……!がぁ…っ…!!」

 新島の顔が深紅の血で染まっていた。どうやら鼻の辺りからも出血しているようだ。そして地面に伏す彼の周りにさっきまではなかった赤く汚れた小石が落ちている。

 「お顔痛いのぉ〜?新島く〜ん?汚れてるよぉ〜?」

 愉快そうに顔を歪めた行方が倒れている新島の方へ歩み寄ろうとした時、大柄な男が彼の前に立ちはだかった。






 「そこまでだ、行方」

 橋本は毅然とした態度で行方の前に立つ。

 「わかってるだろな!行方っ!お前のような時間操作者(タイム・オペレーター)には少年法も適用されないし、刑罰も普通の傷害罪より重いっ!もしこれ以上暴れて、教員にまで手を出したら―――」

 「田中先生は少し静かにしててもらえませんか?」

 橋本の有無を言わせぬ迫力に田中はひっ、と言ったきり大人しくなった。

 「何故新島に暴力を振るったんだ?行方?」

 目の前に立つ少年の灰色の瞳を一心に見つめ、橋本は静かに語りかけた。

 「そいつは俺を理解出来ないからだ。俺を理解出来ない奴は全て潰す。そうすればこの世界には俺を理解出来る奴だけになる」

 行方は小さく笑い、そう返答して橋本から目を逸らした。

 「チッ、気分悪ぃ。今日はもう帰るわ」

 行方は誰にともなくそう言うと、橋本の横を通り抜け、学生寮の方へ向かって行った。

 「行方!もしお前でも止められない奴が現れたらどうする?」 

  橋本はそんな去り行く行方の背中に言葉を投げかける。

 「俺に止められない物はねぇーよ。片っ端から止めて、叩き潰す」

 行方は振り返らずにそう言うと、再び歩き出した。






 「おいおい…あのおかっぱ頭やべぇだろ……」

 「あの体操着の子血でてない...?」

 周りの生徒が思い思い喋る中、岡月は1人だけこの状況を正確に理解していた。


 きっとまた誰かと喧嘩したんだね…。あいつはいつもそうだった……。すぐに誰かと喧嘩しては、相手を傷だらけにした………。


 彼女は自らの知る昔の行方と今の行方を重ね合わせていた。


 昔と何も変わってない……でも、まさかTOAに入学していたなんて…。知らなかった……。


 「おい、あのマッシュルームヘアーこっちにくんぞっ!!」

 「きゃぁー!!」

 行方はゆっくりと1-E組の群れに向かって歩いて来る。殆どの生徒は道を空けるように端に寄っていく。

 「チッ、うぜえ…。こっち見たら殺すぞ…?」

 行方は人の群れの間を不機嫌そうに歩いて行く。だが1人道の真ん中に立ったまま、道を譲ろうとしない女生徒がいた。

 「ア?誰だお前?犯されてぇのか?」

 行方の低く闇を帯びた声に周りの生徒は凍りつく。

 「久しぶり、苳也。相変わらずだね」

 しかし変わらず憮然とした態度の少女の声と顔に行方は覚えがあった。

 「・・・岡月真子か。まさかまたお前に会えるとはな…」

 行方は意地悪く唇の両端を吊り上げる。

 「私の目が黒い内はもうあんたの好きにさせないから」

 毅然と岡月は灰色がかった黒髪の少年にそう宣言した。

 「オイオイ冗談だろ?俺はもう高校生だぜ?昔とは違う……」

 行方はスタスタと歩を進め、岡月を一瞥してから言った。

 「もしこの学園でも俺の邪魔をするってんなら.......」

 そして行方は岡月から視線を外し、彼女の横を通り過ぎる瞬間耳元で囁いた。

 「お前でも潰す。ここでは俺がルールだ」

 嗜虐の色濃く行方が小さく笑う声も岡月にはしっかりと聞こえていた。







 「田中先生、何故こんなことに?」

 橋本は歩き去る行方を見送るのを止めて、額に大量の汗をかいた田中に1つ質問した。既に新島は保健委員が保健室に運んでいる。

 「えっ?あぁそうですね。体操着も着ずに体育をサボる行方に新島が、授業を受ける気が無いなら早く退学しろっこの毒キノコがっ、と言った瞬間行方が新島の首をいきなり・・・」


 はぁ…新島にも困ったもんだな……。正義感があるのはいいが、後先を考えない。


 橋本は喋り続ける田中を蔑ろにして、全く別の事を考えていた。


 行方もなぁ…あの気性の荒ささえなければ、成績もトップクラスだし、運動神経抜群と、いいとこ尽くしなんだが……。何よりあいつはこの学年の<抑止力>だしなぁ………。


 大きな問題を抱える教え子の事で頭が一杯の橋本は完全に1-E組の学園案内の途中だということを忘れていた。











 「んじゃ初めるぞ」

 倉落は紫色の生徒手帳を桑場屋の目の前に掲げて、すぐに手を離した。もちろん手帳は宙に浮いたまま微塵も動かない。

 桑場屋武蔵と倉落はまだ使われていない高等部第3学年校舎の横でとある実験をしていたのだ。 

 「お…おう…行くぞ……?」

 やけに緊張した面持ちの桑場屋武蔵は、恐る恐る宙に浮かぶ手帳に左人差し指を伸ばしていく。

 「本来は1分間止まったままのはずだが…」

 倉落の声が2人しかいない物静かな空間に溶け込んでいく。そして桑場屋武蔵の指先がピタリと手帳に接触した瞬間。

 カチッ

 そんな音が聞こえたような気がすると同時に、桑場屋武蔵は指先から何かが滑り落ちる感覚を味わった。

 パサッ

 「決まりだな」

 地面に落ちた自分の生徒手帳を拾いながら倉落は桑場屋武蔵を見つめる。

 「お前さんはこの世界の生きる矛盾点だ」

 桑場屋武蔵は自分の手を見たまま動かない。


 俺には時を止める力が無い代わりに止まった時を動かす力がある…!でもそれって……。


 「この能力は普段何の役に立つんだ?」

 桑場屋武蔵は喜びを感じる心を抑えて倉落に尋ねた。

 「え?まぁ普段の生活では役に立たないだろうな。止まった時を動かす場面なんて滅多に訪れないだろ」

 しかし倉落がそう告げると桑場屋武蔵は目に見えるように落ち込んだ。

 「そうだよな〜。でも完全な無能力者ってよりはマシか。ちょっと特別な感じがしてかっこいいし」

 桑場屋武蔵は久しぶりに自分のポジティブさを引っ張り出した。

 「でも気をつけろよ。なるべく他人にはバレないようにした方がいいぜ?でも3年間隠し通すのはキツいかなぁ……」

 倉落はうーん、と頭を捻っている。ここで桑場屋武蔵はあることが気になり始めた。

 「なぁ倉落?」

 「ん?何だ?」

 「何で俺自身が気づかなかったこの能力にお前は気づいたんだ?」

 「・・・・・・・・・・・・」

 「倉落?」

桑場屋武蔵にとっては謎の沈黙だった。だが倉落はしまった、という表情のまま固く動かない。


 怪しい……。


 彼にとってはその場の思いつきで、軽い質問のつもりだったが、倉落にとっては違う様だった。その証拠に倉落の顔からは急に汗が噴き出している。

 「あっ!やばいっ!そろそろ橋本達の所に戻らなきゃマズイぜっ!?」

 そう言った瞬間倉落はこれまで来た道を駆け戻りだした。

 「あっ!逃げんなっ!!何で理由教えてくれないんだよっ!!!やましいことがあるんだろっ!?」

 桑場屋武蔵は不審に逃げる倉落の後ろを追い、彼も走り出した。

 だが最終的に彼は倉落から理由を聞き出す事はなかった。何故なら、彼が倉落に追いつく先ほどの曲がり道で出会う人物にすべての関心を奪われるからである。







 「はっ、はぁっ…!」


 あいつ意外にあいつ足速いな……!


 数10m先を走る倉落の背中を追いかけながら桑場屋武蔵は軽く驚嘆した。

 そして先ほどの曲がり道がある場所に倉落が辿り着き、道を曲がろうとした瞬間、突然倉落の動きが止まる。


 あれ?あいつどうしたんだ?


 桑場屋武蔵はグングン倉落との距離を詰めていく。

「はっ…はぁっ…やっと……追いついた……」

 桑場屋武蔵はやっとのことで倉落に追いつくと、そこには道を曲がった先を一心に見つめる倉落の横顔があった。 

 「何をそんなに熱心に見てんの?」

 桑場屋武蔵は倉落が視線を注ぐ方へ自分も視線を移しながら尋ねる。

 「この学園で1番嫌いな奴」

 倉落の視線の先には桑場屋武蔵と同じくらいの背丈で、マッシュルームカットをしたTOAの生徒らしき人物がこちら側に歩いて来る姿が見える。

 「あいつは何者なんだ?」

 そして、野生の勘ともいうべきか桑場屋武蔵にも近づきつつあるその男が普通ではないことが直ぐに分かった。

 「あいつはこの学年最強にして学園最悪の時間操作者(タイム・オペレーター)、“毒茸(トードストゥール)”行方苳也だ」

 途端に気温の下がる感覚がボサボサ頭の少年を満たす。

 その男の危険で邪悪な雰囲気はすぐ近くまで迫って来ていた。





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