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#21 三日天下の矛盾点


 悲鳴、銃声、叫び声、ありとあらゆる不快な狂音の中、岡月と和慈は一心不乱に走っていた。

 「はぁっ……!はぁっ……!秋!危ないっ!!」

 「!?」

 岡月が和慈を突き飛ばすように横に大きく飛ぶと、ヒュンという音が耳元で鳴りその瞬間岡月の頭部の側面に熱い痛みが走った。

 「……ありがとう真子……って真子!血が!血が出てるよっ!!」

 「いいのいいの!こんなの擦り傷なんだから!それより早く逃げるよっ!!」

 薄暗い廊下の床に横たわる自らと同じ制服を纏う少年少女を飛び越えながら、岡月は全力で思考する。背後で無機質な電子音を響かせる白い機械達に握られた凶器、それらは確実に彼女らの命に照準を合わせていた。

 

 非常階段はどこ……!?とにかく外に出ないとっ……!!!


 廊下で楽し気に談笑を続けていた数分前、突如サイレンが鳴りはためくと状況は一変した。

 どこからともなく銃声が聞こえると、その後旅館内の照明は落ち、確かな異変が起きているのだと岡月は予感する。

 そして一端自分たちに割り当てられた部屋に戻ろうとしたのだ。だがそこで彼女たちは恐るべきものを見てしまう。

 それは廊下の奥にハンドガンを武装したUDEMOが部屋から飛び出してきたルームメイトに向かって発砲し、さらに部屋から出てきた別のUDEMOに頭蓋を撃ち抜かれる光景だった。


 「でもどうして……どうしてこんなことに?」

 「わからない…わからないけど、とにかくここから逃げ出さないと!!!」

 岡月は自分と年端も変わらぬ者が目の前で殺害されたショックからか端正な顔立ちを涙でグシャグシャにした和慈の手を引きながら、驚くほど冷静に現状を分析していた。

 冷酷な殺人マシーンが旅館を蠢き、新鮮な血痕がそこらじゅうに飛び散り、どこかで見たことのある子供たちが物言わぬ屍となっている。

 そんな中、岡月は時折繰り出される死の弾丸を避けながら思考を続けていた。まるでいつかこのような事態が起こることを知っていたかのように。


 全自動式人型ロボットであるUDEMOの凶行、十中八九サイバーテロリストの仕業。しかも恐らくこの旅館全てのシステムを手中に収めてる、これは単独犯じゃまず不可能。こんなふざけたことをやる連中といったら・・・・・・・


 「真子!!!」

 「うっ!?これは不味いかなっ!?!?」

 思考の海から和慈の声によって引き上げられた岡月の目に飛び込んできたのは二体のUDEMOが進行方向に立ちふさがっている姿だった。

 岡月は歯ぎしりしながら立ち止まり慌てて背後を確認するが、そこでは数体のUDEMOがその手に装備されたハンドガンの射程距離に彼女たちを収めようと接近してきているのが再度確認できただけだった。

 非常階段へと続く道を塞ぐ意思なき殺人鬼が二体とも滑らかな挙動で銃器を構え、そして間髪入れずに発砲する。

 

 しまっ!?と、止まれ!!!


 岡月は咄嗟に時間停止能力を行使し、銃弾の能力を止める。

 だが、止まった弾丸は一発のみ。


 「危ないっ!」

 

 和慈が岡月を吹き飛ばし、血飛沫が舞う。

 

 「秋!!!」


 岡月は苦痛に顔を歪める和慈に必死の声をかけ、その身体を確かめる。

 和慈の右太腿には銃で撃ち抜かれた痛々しい傷痕が生まれていた。

 岡月は泣きそうな顔で自分のネクタイをその負傷した箇所に急いで巻きつけるが、和慈の出血は止まらない。

 「真子……私を置いて逃げて?もう…私は走れそうにないから……」

 「いやっ!秋を置いて逃げるなんて出来るわけないじゃんっ!!!!!」

 現実問題、この状況から生還する可能性は岡月一人の命だけを考えても相当に低かった。これにさらに怪我を負った和慈も含めるとその可能性は殆どゼロパーセントといえる。

 そのことを一瞬で計算した岡月だが、それでも残された数少ない時間を自分一人が生き残るために使おうという考えはまるでなかった。

 「真子…真子には生きて欲しいの…お願い」

 「絶対に嫌……私だって秋を失いたくない!!!」

 決死の覚悟でそう岡月は宣言する。

 しかし、それの言葉に対し和慈は天使のような笑顔で首を振る。

 次の瞬間、和慈は二体のUDEMOに向かって勢いよく走り出した。

 あまりに突然の出来事に岡月は反応が一秒ほど遅れる。


 まさかっ………!!!


 UDEMOにはほんの少しだけ発砲と発砲の間にリロードの時間がある。ゆえに和慈は二体の銃撃をその一身に受けることで岡月が逃げる時間を稼ごうとしているのだ。

 そのことをすぐさま理解した岡月は和慈を止めようと、叫声をあげながら手を一心不乱にのばす。


 「秋ーーーーーー!!!!!!!!!!」


 だがその叫びに和慈は顔を少し振り返らせるも、足を止めることはしない。

 そして岡月の手が届くこともなかった。


 感情を持たない機械は二つの銃口を和慈を致死へと誘うべく真っ直ぐに向ける。

 岡月はその光景をみ、何もできることない自分に怒りながらも、縋るように瞳を閉じた。

 そして――――――――――



 「【インシュレーターワールド】!!!!!」


 

 ――――――――――岡月と和慈以外の時が止まった。


 「え?」

 「あれ?」


 ミョーンという不格好な音を出しながら二体のUDEMOが機能を停止する。

 岡月と和慈も間抜けな声を出して思考を停止してしまう。

 そしてそのハンドガンの先を和慈に向けたままという非常に危険な状態のまま動かなくなった二体のUDEMOの背後から、一人の少年が切羽詰まった表情で姿を現す。


 「何ぼーっとしてんだ!!早く逃げるぞっ!!!」


 少年はUDEMOの手に握られたハンドガンとまったく同種の銃器をその右手に持ち、すかさず微動だにしなくなった2体の機械の顔面に銃弾を撃ち込む。

 そして和慈が足に怪我をしているのに気づくやいなや彼女を抱きかかえた明るい茶色の髪をした少年は廊下を非常階段に向かって走り出した。


 「倉落君?」


 岡月はよく知る少年の見たことのない表情と唐突すぎる登場に混乱していた。

 だが遠ざかっていく倉落の背中を見て疑問はひとまず置いておくことにして彼女も走り出す。いまだ機能を停止したままの白いロボットの残骸の間を通り抜けて。

 



 

 

 

 

 


 「メインサーバーがある別館はこっちよ。早くして。時間を加速できると言い張るわりに足が遅いわね」

 「うるせえよっ…!お前が速すぎるんだ……!」

 桑場屋武蔵は女子高生とは思えないスピードで駆け抜ける御前崎についていくのに唾液が口から溢れるほど必死だった。

 二人は現在政府直轄の公用旅館如月の裏手を回るように進んでいる。正門であるエントランスホール側からは凄まじい爆発音が聞こえてきたからだ。

 「ぜはぁっ…ぜはぁ……!お前たしか怪我してるよなっ…?そ、それなのに…大丈夫なのかっ!?」

 「あら、心配してくれるの。でも問題はないわ。むしろ貴方ごときに気を遣われることに大きな心的ショックを受けているくらいよ」

 「へっ…!本当に可愛くないやつだ……!!お前と一緒にいると岡月が天使に思えてくるぜっ……!!!」

 「岡月?もしかして架空の友人かしら。本当に可哀そうな人ね。貴方と一緒にいるといかに自分がまともかが再確認できて嬉しいわ」

 日は完全に沈み、時折聞こえる炸裂音以外は何も聞こえない異様な雰囲気の中桑場屋武蔵と御前崎は走り続ける。

 制服は土や灰色の砂で汚れ額にも薄ら汗が滲んでいるが、立ち止まることはなかった。

 「ここね」

 「はぁっ…はぁ……!やっと着いたのか…」

 旅館如月の本館と別館にそれほど距離はないためすぐに桑場屋武蔵と御前崎は目的の場所に辿り着くことができた。

 本来は温水プールや屋内運動場などフィットネスを楽しむために設置された如月別館だが、現在はこの場所に旅館全てを司るメインサーバーが移設されている。

 そして二人は慎重に別館の内部へと繋がる扉へと近づいていく。静けさは重く、照明は不十分だった。

 「やっぱりドアは開かないか」

 「手動式の扉を探すしかないわね」

 自分たちの顔を反射するのみでその役目を果たさない自動式ドアの目の前で、桑場屋武蔵と御前崎は立ち尽くす。扉の内部を見通そうとするが室内に光明がないのか、わかることはなにもない。

 辺りを警戒しながら周囲を見渡す御前崎。やがて非常用の文字を見つけ、そこへ向かって足を一歩踏み出そうとするが―――


 ウィーン


 「え?」

 「なるほど…そういうことね」

 扉はこれまで静観が嘘のように突然その道を開けた。

 桑場屋武蔵は困惑に顔を歪め、御前崎はその眼光に鋭さを増す。

 「おい…なんでいきなり開いたんだ?まさかテロリストが降伏したのか!?」

 「貴方…本当におめでたい頭ね……。これはただの招待状よ。ほら、お猿さん、かれた犯罪者の気が変わらないうちにさっさと中に入るわよ」

 「招待状?」

 御前崎は心底可哀想なものを見る目つきを一度桑場屋武蔵に向けたあと、混乱したままの少年を放置して如月別館の中へその足を踏み入れる。

 「ま、待てよ御前崎っ!」

 慌てて桑場屋武蔵も御前崎に続く。

 そして二人の姿がどこまでも続いているかのようにみえる通路の闇に完全に消えた後、客人を招き入れた扉は音もなく閉じられていった。






 タッタッタッ


 二つ分の足音が異様に暗い廊下で寂しく響く。

 御前崎と桑場屋武蔵は息を潜めて一歩一歩進む。

 敵地の最重要箇所に侵入し、しかもそれが敵側に認知されているという自覚から二人の間には言いようもない緊張が張り詰められていた。

 「…待って。違う雰囲気を感じるわ」

 「違う雰囲気?つまりどういうこと?」

 「いまいるこの場所は廊下のようなところだと思う。でも数m先は多分だけどひらけた場所になっているわ」

 「じゃあどうすんだ?引き返すか?」

 「………いえ。進みましょう」

 「…わかった」

 桑場屋武蔵には御前崎の唾を飲み込む音が聞こえていた。

 そして御前崎は再び止まっていた足を動かす。

 

 たしかに……なんだかいやな感じだ……。


 数歩歩くだけで、桑場屋武蔵にもなぜ御前崎が一瞬進むのを躊躇った理由がわかった。

 空間が広がる感覚もそうだが、彼の肌に本能的に危険地帯に足を踏み入れた感覚も伝わってきているのだ。

 自然と拳を強く握り締める。何か大きな存在を彼は感じる。


 バッ


 「くっ!」

 「何だっ!?」


 すると次の瞬間太陽が目の前に出現したかのような強烈な光を桑場屋武蔵は受けた。

 光に目が段々と慣れていくのにしたがって、彼にいま自らが立っている場所の情報が送られてくる。

 「ここは……体育館か?」

 薄茶色の床、いくつか設置されたバスケットリング、フットサルコートが2つぶん用意できそうな面積。知識にある学校の体育館と正しく同様に見える場所に彼は立っていた。

 「どうやらここは別館の室内運動場のようね」

 「でもなんで急に明かりが点いたんだ?」

 桑場屋武蔵と御前崎は警戒心を緩ませることなく、辺りをつぶさに観察する。

 天井を見上げれば2階の通路が突き抜けにあり、暖色のライトが数多に設置され大きな室内運動場をくまなく照らしていた。

 御前崎はおもむろに室内の奥に見える扉に向けて一歩踏み出す。


 「その質問には答えてあげよう」


 ――そして生み出された1歩分の足音に応えるように異質な言葉が響き渡った。


 「だ、誰だっ!!」

 「この声……」


 タッタッタッ


 御前崎と桑場屋武蔵はすでに動きを止めている。

 それにもかかわらず聞こえてくる軽い足音。


 「それはね、君たちが無残に死に絶える姿が暗闇じゃよく見えないからだよ」


 2階の別館奥へと続く通路から、1人の小柄な少年が姿を現す。

 サイズのピッタリ合った黒のスーツを身に纏い、あどけない笑顔を浮かべて桑場屋武蔵と御前崎を見下ろしている。

 か細い手には左右対称のコントローラーのようなものを持っていた。

 「お、おい…あの人は……」

 「なるほど…これは突発的な犯行ではないというわけね」

 桑場屋武蔵は水から引き揚げられた魚のように口をパクパクしながら、ストライプのネクタイを微調整する少年の胸を凝視する。

 少年の胸にはネームプレートが1つ付いている。

 桑場屋武蔵は信じられないようにそこに記された文字を読む。


 「さぁ、それじゃあ早速“選定”を始めようか。まったく本当明智さんは役立たずなんだから」


 少年はさらりとそう宣言する。

 その言葉のコンマ2秒後、凄まじい爆発音と同時に、御前崎と桑場屋武蔵の眼前に4つの砲弾が出現した。


 「え―――」


 御前崎の思考が停止する。

 そして彼女の脳が再起動する前に圧倒的熱量が室内運動場入口を跡形もなく燃やし尽くした。


 「うん。これでいいかな」


 少年は熱風を若干その赤白い頬に受けながらそこを去ろうとする。

 ———しかし、そんな彼を呼び止める声がある。



 「おい、どこ行くんだよ。旅館如月館長の竪忍・・さん?」



 少年――竪忍は驚きと共に背後を振り返る。

 そして予想外の事態を見つめる竪忍の茶色の瞳に映ったのは、高貴な姫のような美しさを携えた少女を抱きかかえる、ボサボサ頭に角のような2つの寝癖をつけた少年だった。


 


 

 


 

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