#19 空駆ける矛盾点
「崎山ぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」
フュンという不気味な空通音と共に、目の前の少年が大量の銃弾に撃ち抜かれるのを見て倉落の頭は真っ白になる。
赤い血が飛び散り、友人の突然の死。それが倉落の精神状態を崩壊させるのはよもや当然であった。
「てめぇぇぇぇっっっっっ!!!!!」
「目標を、捕捉、しま・・・」
生臭い赤と艶のない白で色付けされたボディを持つ機械が部屋に侵入し、倉落の目の前に姿を現した瞬間、彼は迷う事なくその無慈悲な鉄の塊に向かって突進し拳を大きく振りかぶった。
「おらぁぁぁっっっっ!!!!」
ゴンッという鈍い音が倉落の拳に痛みとなって伝わる。そしてその瞬間倉落は電気の性質時間の停止を殆ど無意識に行い、ロボットの機能を完全に止めた。
「くそぉぉぉぉ!!!」
しかし、ゴンッという音は鳴り止まない。機能を停止させたにも関わらず倉落が殴る事をやめないからだ。
ゴンッゴンッ
倉落の両手が自らの血で紅く染まっていく、相応の痛みがその手の持ち主に伝わる筈だが拳が振り下ろされる勢いは一向にしぼまらない。
そして彼が冷静さを取り戻す前に更なる混乱が彼を襲う。
「目標を、捕捉しました」
「あ?」
狂気に満ちた倉落の眼に再び彼の日常にとって異質な影が映る。
感情の存在の陰も見えぬ視線、確実な殺傷能力を秘めた銃口が彼に真っ直ぐと向けられた。
「一体何がどうなってんだよぉぉぉ!!!!」
錆びた血の臭いが倉落の鼻をつき、彼は狂乱の雄叫びをあげる。
そして、その数秒後、空孤な銃声が何度か響き渡った。
異常以外のなにものでもないサイレンが鳴り響くなやいなや、橋本は状況の判断を保留にして行動を開始した。
「佐藤先生!通信媒介による全館の安全の確認をお願いします!!」
「了解だ」
橋本はスーツの衣嚢から小さな通信機を取り出し耳の穴に嵌め、スーツの裏側からハンドガンを抜き出して機能が正常に働くかどうかのを確認した。
「橋本先生これは・・・」
「田中先生も一緒に来て下さい!分かっているとは思いますがテロリストの襲撃にある可能性があります!!」
田中も橋本の言葉を聞き、諦観したように橋本と同じような行動を取りだす。
TOAの教員はその特別性故、一般の教員免許だけを持った人間ではない。
TOA、ひいて時間を止める能力の実用化に至っているのは現在先進国の中でもアメリカ、ドイツ、日本の3国のみである。
そしてその重要性、希少性から、時薬絡みの施設は常にあらゆる国籍のテロリストの対象になる可能性が高い。こういう事情からTOAの職員は全員が軍隊や特殊捜査関係者等の対テロ対策のスペシャリストとしての経歴を持っている。彼らはその中で教育能力も習得したTOA専用の教員なのだ。
「私も行きましょうかの」
「助かります鈴木先生」
橋本達TOA教員は常にテロに対して敏感である。それ故異常を少しでも感じたら即座に対応を行う。
「橋本。完全に黒だ。あらゆる外部への通信手段が遮断されている」
「チッ!今回は怪我人は出させないぞ!!」
「行きましょうか、橋本先生」
「ったく......面倒な事になった」
前にも一度TOA自体がテロの標的になった事がある。その時は幸いにも死者はでなかったが重症を負った者がいた。
その事を橋本は大きく後悔していた。
「佐藤先輩はここに残って通信機能の回復を計って下さい!俺達は生徒達を避難させます!!!」
「了解した。気をつけろよ」
現在橋本がいる601の部屋にいる教員は4人。丁度この先の親睦会の予定の確認の打ち合わせをしていた所だった。
「よしそれじゃあ田中先生!鈴木先生!行きましょう!!」
橋本達は勢いよく部屋を飛び出し、下の階に続く階段を目指し走る。だが直ぐにその足を止める事になってしまう。
「おいおい!?何だありゃ!?」
橋本の目に映ったのは教員仲間が銃を持ったロボット2機と銃撃戦をしているシーンだった。
「鈴木先生!部屋に戻って佐藤先生の警護をお願いします!!自体は想像以上に深刻です!!!」
「わかった」
橋本の額に脂汗が滲む、最悪の展開が彼の脳裏に浮かぶ。
ロボットの武装だと?こりゃまさか......糞っ!!皆無事でいてくれよ!
橋本は田中を引き連れて激しい騒音の鳴り響く場所へと向かって行く。
もうとっくに抗争は始まっていたのだ。
「始まったみたいだね。鷹海」
「はっ!?古光!?」
闇から不意に探し求めていた幼馴染の姿が現れるのを見て、十八鳴は困惑に顔を歪める。
「俺をつけてきたんだろ?」
「.......それより、始まったってのは何の事だ?」
墨岸の十八鳴より優位に立っているかの様な愉快そうな顔を見て、彼は少しだけ煩わしさを覚えた。
「決まってるだろ?戦争だよ」
「戦争?まさかっ!テロかっ!?古光お前・・」
「勘違いしないでよ。俺が手引きしたわけじゃない」
墨岸は捻くれた笑いを浮かべながら、十八鳴に小馬鹿にした様な視線を送る、
「じゃあお前は何でここに来たんだ」
「それは直ぐに分かるよ」
「何だと?」
完全に主導権の握られている会話に最早我慢の限界に到達した十八鳴は、若干の怒気を瞳に宿して墨岸に歩み寄ろうとした。
「ほら、来たみたいだ。そこ、気をつけて」
「あ?何を言ってや・・」
——しかし、唐突に煌めく紫色の閃光が十八鳴の歩みと言葉を紡ぐのを妨げる。
ついで激しい炸裂音、噴水が弾け飛び瓦礫が吹き荒れた。
「かはっ......!何だ今のは..........?」
「へぇ......思ったよりヤバそうだね。最高だ」
間一髪で紫閃を躱した十八鳴は体勢を整えた戻した後、嬉しそうに顔を歪める墨岸を横目に光撃の飛んできた方向に鋭く見据える。
「さぁて、若き命を刈り取る時間じゃのう」
そしてそこには、雲水の様な丸い青頭をしている癖に無精髭を野晒しにし、汚れた袴を身に纏った男が涼しげに佇んでいた。
「これも貴方の仕業なの?桑場屋武蔵」
「はっ!?そんなわけないだろっ!!」
異常なサイレンの後、御前崎は凍てついた視線を再び桑場屋武蔵に向けた。
だが直ぐその視線は彼から外され、闇色でぼやけるテラスの奥へと方向を変えられる。
「じゃあ、アレが何かは知っている?」
「アレ?」
不穏と苛立ちを含んだ声が御前崎から発せられた。
それに続いて背面に顔だけ振り返った御前崎が注視する方向へ桑場屋武蔵も目を移す。
「おいおい......... 何だよアレ.........」
「どうやら親睦会は知らない間に閉会していたみたいね」
桑場屋武蔵の瞳に映し出される、一つの影。人間のような形をした、全く別のナニカ。淡い光に照らされた白い金属質な肉体に、電源のついていないアナログテレビのようなものが人間なら顔があるべき場所に臨している物体。
彼はソレにとても似ているものなら知っていた。だが今彼と御前崎の眼前に姿を現したソレは彼の記憶上のものとは決定的に違っていたのだ。
そのロボット、UDEMOと呼ばれる人型マシーンはその手にしっかりとサブマシンガン、生命を奪う事の出来る凶器が握られていたのである。
「目標を、補足、しました」
「ちっ!」
「痛っ!」
瞬時、桑場屋武蔵は御前崎によって近くのベンチに向かって蹴り飛ばされる。
「一体何を・・」
ガガガガガガガガッッッッ!!!!!!!!
そして騒音、耳元で爆竹をなされるような轟音が桑場屋武蔵の思考を遮った。
何だっ!?何が起きてる!?!?
耳の穴を必死で塞ぎながら辺りの状況を必死で理解しようと努める。
すると彼の目に驚愕の状態が見えた。彼のこれまでの人生ではあり得ない事が繰り広げられていた。
ガガガガガガガッッッッッッ!!!!!!!
サブマシンガンの引き金を何の躊躇いも無く引きその銃弾を撒き散らす、本来は人を補佐する為に造りだされたロボット。
そしてその銃弾の嵐に追われながらも夜のテラスを風の様に疾走する彼と同い年の女子。
ははっ.........ふざけろ.......夢でも見てんのか?
その両方ともに彼にとっては夢うつつとしてしか認識出来ないようなものだった。
マジでどうなってんだよ.......少し前まで部屋で楽しくしてたっていうのにこれは何なんだよ!?
高校一年生の女の子がマシンガンでの銃撃から逃げてるだと?しかも撃ってるのは機械?冗談にしても完成度低く過ぎだろ。
ロボットが反逆でも起こしたってか?しかもマシンガンの銃撃に女の子が走って避けてる?映画じゃないんだからどっちもあり得ないだろ.......ってん!?
桑場屋武蔵が半分夢心地で目の前の光景を混乱のし過ぎで逆に冷静な心持ちで眺めていると、不意に不自然な現象に気づいた。
避けきれて.........ない?
テラスをジグザグに駆け抜ける御前崎の速度は確かに異常に速い。しかしそれはあくまで人間としての範囲内である。勿論そんな速度で銃弾から逃れるのは不可能だ。それ故に桑場屋武蔵は半分現実離れした気持ちで傍観していたのだが、実際にはそうではなかった。
そう、御前崎は実際に全ての弾丸を避けきっているわけではなかったのだ。幾つかの銃弾は確実に御前崎の肉体を捉えている。その証拠に御前崎の背後にすり抜けていく銃弾とは別に、彼女のいた場所のカランカランと落ちる銃弾があるのも彼には見て取れた。
当たっているのにどうして.........?
当然の疑問に頭を悩ませる桑場屋武蔵。しかし彼は直ぐにその疑問の答えを導き出す。
馬鹿か俺は......!あいつは普通の高校生じゃないだろ!?
御前崎は銃弾の時を止めてるんだ。
確か授業では物体にかかる力をゼロにする時止めがあると言っていたはず。あいつはこの学校でもトップクラスの時間操作者らしいからな。銃弾の時を止めるくらい朝飯前なんだろう。
ん?でもおかしいな?じゃあ何故あいつはなるべく銃撃に当たらない様に動いてるんだ?
必死の形相で狂気のロボットから逃げ惑う御前崎を見て、桑場屋武蔵は自分の結論との不一致感を覚える。
そして一つのある理由が思い当たり、彼は戦慄した。
まさか、あいつでも全ての銃弾は止めきれないのか.........?
ここでやっと桑場屋武蔵は、自分の目の前で同級生が死の目前で闘っている事に気がついたのである。
「まさかこのタイミングでテロに合うとわね.........」
引っ切りなしに自分に襲い掛かる銃弾の雨を受けながらも、御前崎は現在自分が置かれている状況を正確に理解していた。
彼女にとってテロ活動に巻き込まれるのは初めてではない。これ程直接的な被害は初めてだったが。
TOA生徒会には大きな役目が約3つあり、その内の一つが学園の生徒の安全を守る事である。
生徒会に所属する者は脳に戦闘プログラムという物を埋め込まれ、更にその上にその力を制御する術を取得するを義務づけられている。その為、上位の時間操作能力を持ちかつ高度な戦闘スキルを所持している生徒会メンバーは学生ながらも一般の生徒は勿論、程度の低い犯罪者やテロリストなどすら対処出来るのだ。
最上位の時間操作者である抑止力には国家からの援助要請すらも来るのがいい例だろう。
だが、そんな生徒会の一員である彼女ですらもこの状況には軽い焦りを感じていた。
「これは少し.........不味いわね........!」
——フォンという耳障りな空烈音と共に彼女の頬に熱い痛みが走る。
やっぱり......もう処理落ちが近づいている。
これは作戦を変えた方が良さそうね......アレはどうやら手と連結しているみたいだわ...恐らく弾薬は体の中に仕込まれている。弾切れは期待出来ない......
御前崎は当初、ロボットが弾切れをするまで逃げ回る心づもりだった。
しかし、出鱈目に逃げ回る彼女を執拗に腰から上だけをガクガクと動かし狙い撃つUDEMOの攻撃が途切れる気配がしない。
そこで彼女は一気に間合いを詰め、本体の時を止める事にした。
「.........行ける」
御前崎には冷静さと非常事態への興奮の両立の代償か、自らが死の瀬戸際にいる事の認識が無かった。
それ故、一歩間違えば死に直結する選択肢を彼女は絶対の自信を胸に迷わず選んだ。
「目前が、接近中」
言葉を紡ぐ機械音、御前崎はそれの発信源との距離を詰めていく。
これまでの様に規則性の無いグチャグチャの動きではなく、大きな円を描きながらも確実に殺人マシーンに迫って走る御前崎。
もう少し.........
次々と撃ち出される銃弾の一つが今度は肩を掠める。それでも御前崎は表情一つ変えず疾駆を続ける。
もう少し.........
そして御前崎の腰の辺りを再び銃弾が掠めた瞬間、御前崎の動きが変わる。
今だ........!
やや前傾姿勢になると、御前崎は直線的な動きで加速する。
集中っ...........!
御前崎はUDEMOとの間に残された距離を一気に一直線に詰めていく。
数多もの弾丸が全て彼女の肉体に触れた瞬間無力気に地面へ勢いを無くして落ちる。
そして、3秒にも満たない超加速。その結果彼女の突き出された右手が無慈悲な鉄塊に届いた。
「死になさい」
——銃撃の暴音がやむ。
UDEMOは硬直し、一切の機能の働きを見せない。
「はぁっ..........流石に少し疲れたわね......」
時の止まったUDEMOの背後で息遣い荒く御前崎はしゃがみ込む。
「はぁっ..........でもこれで..................っ!?」
「目標を、捕捉、しました」
パンという乾いた音、それが彼女の耳に侵入するやいなや彼女の太腿に激痛が走った。
「くっ!」
地面に屈する御前崎。彼女はギラついた目つきで新たな質量を放つ方へ瞳を移す。
「もう一体、いたって......わけ..........!!」
そこには右手にハンドガンを装備したUDEMOが瞳の無い視線を御前崎に送る姿があった。
一体のロボットの時を既に止めてるいる以上、もう銃弾の時を止める力も、UDEMOそのもの時を止める力も彼女には残されていない。
これは.........本当に不味いわね...........
自分に向けられた銃口の黒い光を見て、御前崎は段々と絶望に向かっていく。
このままじゃ.......私は......死ぬ.............
どうすれば.......どうすればいい.......
私が...死ぬ筈が.........
パンッ
「ぐっ!!...はぁっ.........はぁっ.........!!」
気づけば銃弾が御前崎の腹部に数センチめり込んでいた。
彼女は恐るべき精神力で銃弾の時を能力の限界を超え止めたのだ。しかし能力の限界を超えている故、完全に止めるきる事が出来ず、銃弾が止まる前に幾らかの体への侵入を許して傷を負ってしまっていた。
死ぬ.......?私が死ぬ?
痛みによって突如実感を帯びてきた死の実感に御前崎の心が震えだす。
体が恐怖に打たれ、顎が鳴り出し、涙が彼女の涙腺から溢れ出した。
嫌だ.......死にたくない.......!
死にたくないっっっっ!!!!!
一度広がり出した恐怖の波紋はたちまち御前崎の心を埋め尽くし、普段の冷徹で力強い彼女の精神を蝕んだ。
「あ..........やめて...........」
UDEMOの銃口が御前崎の視線と合致する。
金属光沢のある死神の顔面が一度、点滅した。そこである事実に彼女は辿り着く。それは彼女が一生自分には関係の無いと思っていたものだった。
私は......ここで死ぬ
御前崎の思考が絶望に支配された時、彼女は逃げるように濡れた瞳を閉じた。
パンッ———
「 え?」
——しかし、死の宣告の音は何故かとても遠くで聞こえた。
そして御前崎を音に遅れて突風が襲い、心当たりの無い圧迫感に包まれている事に彼女は更に遅れて気づく。
私は.......一体..........
御前崎は恐る恐る瞳を開け、自分の身に起こった現象の正体を確認する事にした。
突風に晒されながらも、彼女は瞳をしっかりと開く。自分が生きている事を確かめる為に。生命にすがりつく様に。
「.......これは.........貴方はっ!?」
だが御前崎の眼下にひろがっていた風景は彼女の想像を遥かに超えたもので、彼女は死を目前にした時と変わらぬ混乱に包まれた。
——闇夜の空で月光に照らされながら御前崎は、大きな寝癖のあるボサボサ頭の少年の胸に抱かれつつ飛んでいた。
地面が下に見えない空中に、彼女は頼りなさげな少年に姫のように抱きかかえられて浮かんでいたのだ。
そんな御前崎にとって極限に理解不能な状況で、見覚えのある鼻の高い少年は彼女の方へ顔を向け、ある質問を投げ掛ける。
「なぁ、お前って空、飛べる?」




