#18 約束ー矛盾点
遂に動き出したか...........
自分の目の前を意味ありげに横切り、適当な言を残して部屋の外へ向かった旧友を見て十八鳴は軽く舌を打つ。
耳触りな振動音を感じながらも彼は重い腰をあげて、大きく深呼吸をした。
隣のベッドの上で恍惚とした表情で鏡を眺める金髪の同級生を疲れたように一瞥したあと、彼もまた部屋の外に出ていく。目的はたった一つ、何を考えているか分からない幼馴染の尾行をするつもりなのだ。
にしてもうぜぇなあいつは.........
部屋を抜けると、丁度墨岸の背中が赤い廊下の曲がり角に消えるのが彼の目に入った。
そして十八鳴は相も変わらずに振動を続ける自分の電子機器を憎たらしげに睨む。
ったく御前崎が来た時以外で連絡するなって言っておきゃ良かったな......
十八鳴は桑場屋武蔵から送られてきた不可解な呼びつけメールを思い出してはしつこく舌打ちをする。当然彼はこのように悪態をついている間もしっかり尾行を続けている。
このような特殊技能を時間を操る能力以外は至って平凡な筈の彼が持ち合わているのにはそれなりの理由がある。それはTOAの生徒会員は最初に所属するさい、新人研修と称して一般の学生の器量を超える技能の習得が強制的になされるからである。
もしかしてあいつ俺を友達とでも勘違いしてんじゃねぇか?いやもしかしなくても恐らくそうだろう。じゃなきゃ意味不明な理由で俺を部屋に呼ぶ理由がない。
十八鳴は普通の高校生とは思えない無音の早歩きで何かを企む男の動きについていく。広い廊下に人影はなく、学生らしい賑やかな喧騒も聞こえない。きっと防音設備が整っているのだろう、決して珍しくはない現代の旅館の設備に今更彼はたいして興味を抱かなかった。
そして自分の追っている相手は何処に向かっているのだろう?彼がそう疑問を持ち始めた時、彼をうんざりさせるバイブレーションがまたもや襲いかかる。
あの野郎...!いい加減しつこいだろうが......!!そんなに俺を呼びたいなら最初から御前崎が来たとでも嘘つきゃあいいものを......あいつは懲りずに一体何なんだ!?
『差出人:桑場屋武蔵
宛先:十八鳴鷹海
(件名なし)
御前崎が来た!助けろ!連れ去られる!』
あいつ......馬鹿だ............
階段を降りながら十八鳴は盛大に溜め息をつく、もはや彼の桑場屋武蔵への軽い怒りは何処か遠くに消滅してしまったようだった。
そして一階に辿り着く、どうやら彼のターゲットは旅館の外へ出ていくらしい。
もうあの馬鹿は完全に無視でいいや......というか本当にこいつがあの行方をぶっ飛ばしたのか?御前崎の言うとおり何かの間違いなんじゃ?
十八鳴は数日間に渡った自分の努力が急に酷く虚しい物な気がしてきていた。
しかし、ここである異変に彼は気づく。
古光の気配が.......しない...........!?
急いでエントランスホールを飛び出す十八鳴、だが彼は完全に対象を見失った事を実感するだけだった。
ライトアップされた噴水が幻想的な空間を演出するが彼はまるでそんな事に構う余裕がない。
畜生っ!何で気配が急に消えたんだ?あいつはただの一般生、気配を消す技術も俺の尾行をまく力もない筈だ!
十八鳴は必死に辺りを見渡す、しかしもう殆ど日が落ちている時間帯であり、なおかつ山奥の場所であるため視覚による情報はまるで有益にならなかった。
——そしてそんな彼に新たな、それでいて余りにもイレギュラーな情報を不意に与えたのは聴覚であった。
ウウウウウウウゥゥゥゥゥゥーーーーー
「............何だ?このサイレンは?」
闇夜を突如支配するけたたましい警戒音が、十八鳴の鼓膜と彼の思考を完全に手中に収めてしまう。
たった今自らが出てきた巨大な建造物があたかも呻き叫んでいるようで、安息の場所であるはずの旅館如月が今、彼の目には酷く不気味な物に映った。
涼しいを通り越して最早寒い、桑場屋武蔵がそう感じるのも無理はない。まだ冬が終わって間もない季節、大多数の生徒がカーディガンを羽織る気温の中、彼は今山奥にある旅館の広遠な屋上テラスホールにいるのだから。
「どう?二人っきりになるにはピッタリの場所でしょう?」
辺りはもうすっかり闇の帳に感化され、旅館周辺の僅かな光明と屋上に元々備え付けられている鮮やかで夢幻的なライトアップだけが彼の視野の拠り所であった。
「ま......まあそうだけど.........」
星の煌めく宙の下で魅惑的な笑みを浮かべる女に向かって桑場屋武蔵はぎこちない相槌を打つ。その女は類をみない程の美貌の持ち主だったが、何故かその美しさは見る者に畏れを抱かせるものだった。
糞!十八鳴の奴早く来いよ!!折角屋上に連れてかれそうって伝えたのに絶対あいつメールすら見てねえよ!!!
桑場屋武蔵は緊張で体を強張らせながらも丹念に目の前の女の一挙一動に目を光らせる。まるで自分の命運がその女にかかっているかの様に。
「あら?そんなに恐い顔しないでよ?」
「お前は一体何が目的なんだ?」
桑場屋武蔵の第六感が研ぎ澄まされ、ある結論を先程から導き出している。そして彼はその答えが正しいかどうか確認する事にしたのだ。
「そんなの決まっているでしょう?」
—女の笑いが止まった、その眼光には感情がみえない、しかし、その言葉から発せられる敵意は容易に桑場屋武蔵を動揺させた。
「私は貴方を認めないわ。死んで欲しいの」
やっぱ無茶苦茶だぞコイツっっ!!!???
御前崎が言葉を言い終わった瞬間、桑場屋武蔵の眼前には迫り来る足蹴りがあった。
「痛っ!」
左頬に突如走った鋭い痛みに驚くのも束の間、今度は腹部に硬いものがめり込む感触を受ける桑場屋武蔵。
「........ぷはっ!」
口から唾液が飛び散り、そしてその自動的に開けられた口腔にすかさず小さな拳が高速で叩きつけられる。
「ぐっ.........!」
桑場屋武蔵は知らない間に床に転がり返っていた。鼻部から血を流し、唇も切れていた。
痛ってえ.......!何が起きたんだ........?この痛み...殴られた?........嘘だろ?心構えしてたのに全く防げなかった?
「ふざけてるの貴方?私が最初からこうする為にここに連れて来たの分かっていたわよね?なのに無抵抗で殴られるなんて......やっぱり貴方行方を倒していないのね?......あの日何が起きたのか白状しなさい。さもなくば殺すわ」
御前崎は足元に転がり荒く息をする桑場屋武蔵を軽蔑の眼差しで見下ろし、冷酷な声色で言葉を投げ下ろす。
何でコイツはこんな俺に対して好戦的なんだよ......普通の不良に絡まれるより始末が悪い......畜生!どうすればいい?どうすればこの状況を切り抜けられる?兎に角あの日の事を詳しく話せばいいのか?
「はぁ...はぁ.....行方を倒したのは......俺だ.........あの日...俺は・・・」
「へぇ〜?まだ白を切るのね?じゃあその倒した実力を見せて貰おうかしら?」
御前崎は必死に喋ろうとする桑場屋武蔵に露骨に不快感を表し、風に揺られる髪をさっと後ろに手ぐさみ、腰を低く落とし攻撃的な態勢を取る。
「おっ......おいっ!話を聞けって・・・」
桑場屋武蔵は焦燥に静止を御前崎にかけるが、彼の言葉が彼女に届く事も、彼女の握り締められた拳が再度彼に振り落とされる事もしかしなかった。
———そう、ある異常感の滲み出るサイレンが二人の鼓膜を唐突に貫いたからだ。
ウウウウウウゥゥゥゥーーーーー
「え?何だコレ?」
「.......サイレン?」
動きの止まった二人、呆ける桑場屋武蔵の背後の屋上テラスホールの入り口である自動ドアからカシッという不安な固定音がする。
そして、御前崎の背後の遥か遠くの屋上の一番奥の暗闇から、紫色で円形の光が二つ彼等の方に向かって灯った。
俺の名前は崎山慎吾、何の変哲もねぇただの十六歳の餓鬼だ。いや、何の変哲もねぇってのはちと言い過ぎだな。何せ俺は時を止める事が出来るんだからよ。
でも別に時を止める事が出来るっつってもそんなすげぇ事が出来るわけじゃねぇさ。この世界の時を全て静止させ自由に1人動き回る、そういう神の如き力を手に入れたわけじゃねぇんだ。
時を止める能力には今の所、空間時間の停止と性質時間の停止っつう2種類のもんがあるらしい。そのうち俺が使えるのは空間時間の停止だけだ。
しかも止められるのは1番質量が大きくても5キログラム程度まで。これで分かる様に俺の力は全くの未熟っつうわけだ。まぁこれでも筋はあるって言われてる。実際には筋がある奴しか元々この力を得られないんだけどな。
『さっきのサイレンは一体何だったんだぁ?』
『ふぁ〜......なぁザキ、お前うるさすぎだよ.....目が覚めちまったじゃねぇか』
『あ?それは俺のせいじゃねぇからな!?訳の分からんサイレンの音が突然流れたんだよ。あ、そう言えばちょっと前に桑場屋が御前崎とか言う女に連れてかれたんだがおめぇ知ってっか?』
『御前崎!?それ本当かよザキっっ!?!?』
でもそれは別にいいんだ俺はよぉ、元々俺はこの学校、時を操る能力を子供達に与える実験的学習施設TOAに、この最先端の力を手に入れる為に入ったわけじゃねぇ。俺は神になりたくてここに来たわけじゃねぇんだ。
俺には妹がいる。文希っつう名前で今年中学1年生になったばかりの可愛い妹だ。実はこの俺の妹は根っからの好奇心の塊みたいな奴でよ。時を止める能力に興味津々でTOAに入るって聞かなかったんだ。でも俺の父親はすげぇ厳格な人で、TOAを胡散臭いと頭から決めつけてて、文希にTOAへの入学許可を絶対に出さないと宣言してた。それで文希は泣きに泣いたぜ、それは俺の兄貴としての責任を強く思い出させるくらいにはな。
というわけでこれが俺のTOAに入学した理由の全てだ。分かるだろ?俺は自分もTOAに入学して文希をしっかり守るからと言って父親を必死で説得した結果、半自動的にここに来る事になったというわけなんだ。
『なぁ?倉落なんか変な感じしねぇか?』
『ここの旅館は防音なはずなのに何か騒がしい.......確かに嫌な胸騒ぎがすんな......』
ちなみに文希は推薦合格を果たしているんだぜ。おう、自慢の妹だ。変人が多いと言われる推薦組にもやっとまともなのが入ったってわけさ。ん?これは身内贔屓が過ぎるか?一応言っとくが俺は断じてシスコンとかそういうのじゃねぇからな。
まぁそう言えば文希は昔から何でも出来たな。興味のある事には直ぐにのめり込んでいって、あっという間に吸収しちまう。それに兄の俺が言うのもアレだが顔もいい。まさに完璧超人って奴だ。あいつなら本当に神の領域に届いちまうかもしれねぇ。本当に俺の誇りだよ文希は。
ゲームの類いでも俺はあいつに勝った事がねぇ。運動神経は流石に男の俺が優っているはずなのにいざスポーツの類いをやると負けちまう。自信を持って勝てると言えるのは身長だけだな。ははっ、今良く考えると本当に情けねぇ兄貴だな俺はよ。
『おい!!ザキ!!!今の扉がぶっ壊れる音なんだよっ!?!?』
『あ......!?なんだこりゃあっ!!!!????倉落ぃ!!絶っ対ぇベッドの上から動くんじゃねぇぞ!!!!』
ブランコのある庭、小さい頃よく俺と文希はそこで一緒に遊んだ。一つの赤いブランコに2人同時に乗って、たわいもない時間を過ごしたもんだぜ......あいつが座って、俺がその上で立ち漕ぎをする。すげぇ幸せだったなぁ......
文希が誰かと喧嘩して足を挫いた時、俺は珍しいなぁって笑ってあいつを背負って家に帰った。そう言えば結局何が理由で喧嘩したのか教えてくれなかったなぁ......あの日、ずっと一緒だよって泣く文希に約束させられたんだっけ......
『目標を補足、しました』
『おいおめぇ.......!何だよそれ......!』
『え?この声、UDEMOなのか?』
『倉落ぃぃぃ!!!!逃げろぉぉぉ!!!!!』
そういや文希が男友達と遊んでる所見た事ねぇし聞いた事もねぇな。あいつはどう見ても異性に好かれる外見と性格なのになぁ......おっとこれは決して身内贔屓とかシスコンとかじゃねぇからな?
まぁまだ中学1年生だし、これからだろう。あいつの彼氏か......あいつはどういう奴が好みなんだろうか......一回くらい見ておきたかったなぁ.....そんでもって一発ぶん殴りたかった......ははっ、昔文希は俺の嫁になるとか言ってたな...小学校低学年までは本当に仲良かったんだけどな。まぁ少し距離の開いた今でも文希が可愛いくて自慢の妹なのは変わらねぇんだけどよ。
『どうしたんだよザキ!?一体何が起こってんだよ!?!?』
『血だらけのロボットが銃を持ってこっち狙ってんだ!!早く逃げろぉ倉落ぃぃぃ!!!!!』
すまねぇ父さん、文希を守るっていう約束守れねぇみたいだわ。俺はどうやらここで終わるらしい。
悪りぃな文希、ずっと一緒っつう約束破っちまうわ。まぁ元々最近一緒にいる時間は殆ど無かったけどな。
おっと視界が段々戻ってきやがった。幾重にもある銃弾が迫り来るのがスローモーションで鮮明に見てとれる。
そう、さっきまでのは走馬灯、長かった様で一瞬の暖かい最後の時間。
ははっ、結局死ぬ間際まで妹の事ばっか考えてんのか俺は。もうシスコンで構わねぇ、愛してるぜ、文希。
「崎山ぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」
そう、さっきまでのは走馬灯、俺の全てが詰まった大切な最期の煌めき。
大量の鉛の粒が身に突き刺さる気配がする、時期に俺の時は止まるだろう。
じゃあな、俺の大切な人々。でも悪いな、死に際に思い出すのはたった1人だけだったわ。
ありがとよ、俺の愛しの妹よ。出来ればもう一度文希、お前の隣に寄り添いたかった。
「文希、幸せになれよ」




