#09 噂の矛盾点
「いや違いますけど?」
何を言ってるんだこのお嬢さんは.....?
前から変な奴だとは思ってたけどここまでとは思わなんだ.......
「え!?違うって、別に私には好意がないって事!?!?」
岡月は信じられないといった表情でアタフタする。
「えー、全くもって違います。島村先生っ!!この人何か頭を強く打ってるみたいなんで手当てしてやって下さいっ!!」
「ちょっ!何で先生呼ぶのっ!?昨日手当てはもうして貰ったし!!」
「土日に保健室は営業していない」
桑場屋武蔵と岡月の騒ぎに島村は面倒そうな声色を見せつつ少し微笑み、目の下の隈を擦りながら部屋の外へ歩き去って行こうとした。
「先生?どこに行くんですか!?」
「眠いので少し寝てくる。ここは少しうるさいんでな」
桑場屋武蔵の疑問に島村は振り返らずに答え、そのまま消えていった。
「あ〜あ、せっかくこのクレイジーガールの頭のネジを締め直して貰おうと思ったのに....」
「ねぇっ!!さっきから何か失礼じゃない!?」
ガックリとうなだれる桑場屋武蔵に、岡月は体を乗り出して不満をアピールする。
「何かって..... 朝起きたらいきなりナルシストアピールされるこっちの身にもなれよ」
「ナナナナナナルシストっ!?!?ききききき君に言われたくないしっ!!!」
岡月は口をパクパクしながらビッ、と桑場屋武蔵を指差した。
「はい?じゃあ何で好意を持たれてると思ったの?あなたがナルシストだからっていうの以外に理由があるんですか?」
桑場屋武蔵は汗だくの岡月に白い目を向ける。
「そ、それは.........」
岡月は恥ずかしそうに視線をキョロキョロさせて言い淀む。
「........桑場屋君が私を助けに来たから..... だからその......」
モゴモゴしつつもそこまで言った岡月を見て、桑場屋武蔵は心の中でなるほどなと思った。
そうかこいつは自分が何かのヒロインか何かだと勘違いしていて.......
そんでもって俺はそのヒロインを颯爽と助けたどっかのヒーローってワケか.......
まあ実際こいつを傷つけたくないと思ったのは確かだが........ 残念ながら俺が行方と戦う事を決意した主な理由はそんな美しいものじゃない....
俺はただ単に自分の為に戦っただけなんだ。ただ自分が特別だと証明する為に。言わば自己満足。
全く意味の無い言わゆる喧嘩、自分の力を誇示する為だけの正義感もへったくれもない無価値な戦闘。そこに偶然こいつが居合わせたってだけのに............
俺はヒーローなんかじゃない.............
あ、でも、この場合カッコ良く、ああ、お前を守る為だ、とか言った方がお得で格好いいんじゃね?
いや!だめだ!!俺は正直者なんだ!嘘、ダメ、ゼッタイ!あ〜、でもこのフラグを・・・
「.......もうっ!!いい!!君が苳也と戦った理由はもう聞かないっ!!私が悪うございましたっっ!!!」
岡月は当惑しながら悶々と推考する桑場屋武蔵を急に怒鳴りつけると、フンっ、と鼻息荒くして後ろを向いた。
「なんだよ突然叫んで!?逆ギレか?」
あからさまに不機嫌になった岡月の背中に桑場屋武蔵は困惑気味に言葉を投げかける。
「もう本当最悪っ!一晩寝ずに考えたのにっ!!」
岡月は何もない空中に手を振り回しながらブツブツと文句を垂れた。
「何で怒ってんの?お前を助けたのは事実だろ?」
桑場屋武蔵はやれやれだぜと大袈裟に肩をすくめる。そうすると、岡月は怒気をはらんだ目で振り向きざまに桑場屋武蔵を威嚇した。
「あれは私と苳也の戦いだったの!関係ないのにししゃりでないでくれる!?!?」
その言葉にこれまでややふざけた調子だった桑場屋武蔵もその眼差しを真剣にした。
「知るかよそんなもん。それに俺には戦いと言うよりただボコられていただけにしか見えなかったけどな」
桑場屋武蔵が普段の彼からは想像もつかないほど冷たい声を出すと、岡月は思わず息を飲んだ。
「そ、そんなの君だって同じじゃ・・・」
「同じじゃない。俺はあいつを倒した」
桑場屋武蔵の冷徹な声によって岡月は言葉を最後まで紡ぐ事が出来なかった。
「んっ........!!」
岡月はギュッと拳を握りしめてしばらくの間震えると、眼を真っ赤に充血させて部屋の外へ走っていった。
ガシャンッ!
扉が乱暴に扱われた音が1人しかいない部屋に響き渡った。
「........ やべえ、またフラグ壊しちゃった」
桑場屋武蔵はバタン、とベッドに身を預けると見慣れてきた天井に視線を漂わせた。
でも、今の悪いの俺か......?
.................................... 俺か。
桑場屋武蔵は少し眠る事にした、その時部屋の時計は丁度午前7時を知らせていた。
タッタッタッタッ
誰もいない廊下に負の感情を連想させる足音が反響する、授業が無い日にも関わらず廊下を早歩きで渡る生徒がいるせいだ。
「私って本当に馬鹿........!!」
岡月は目から流れる涙を手の甲で拭いながら、床を踏む足に力を込める。
私は何しに保健室に行ったの?桑場屋君と喧嘩するために行ったんじゃないでしょ?
『同じじゃない。俺はあいつを倒した』
桑場屋武蔵の言葉が岡月の頭に蘇る、彼女には何故自分が必要以上に桑場屋武蔵に強く当たってしまったのか良く分かっていた。
私...... 本当は羨ましかったんだ...........
いきなり現れて、能力も使わずに苳也を殴り飛ばした彼が..............
私が一回もまともに殴れたことのない苳也を一撃で気絶させた桑場屋武蔵という少年が................
そして..........そんな彼が自分の事を好きになってるんじゃないかと自分勝手に期待した.......
彼が苳也を殴った瞬間私の心は惹かれてた....
いつからかあの人との約束は私の重鎖になっていて、いつまで経っても果たせる気のしない使命が私をきつく絡み締めていた..........
そんな私を縛って離さない、私じゃ決して外せない鎖を断ち切ってくれた人...........
好きになったのは私の方.....................
いつもの彼女だったら絶対に認めない結論に辿り着いた岡月だったが、不思議と彼女の心はトクントクンと落ち着いていった。
「私って本当に馬鹿........」
涙を拭う必要がなくなった岡月は、またも同じ台詞を呟く。
..........謝らないといけないよね、でも....私.....
彼女は何故か止まってくれない自分の行くべき所から遠ざかる足を恨んだ。
「優人様、朝食のご用意が出来ました」
「え?あ〜、分かった。すぐ行くよ」
部屋に掛かっている時計を見ると、時間は丁度午前8時、倉落はベッドからゆっくりと這い出した。
「は〜、体は痛いし、気分は最悪。最低の朝だぜ......」
倉落はベッドから出たはいいが、すぐに近くのソファーに身を預け、全く動く気力を雲散させてしまった。
クワは最後まで諦めずに岡月さんを守ったっていうのに、俺は少し捻られただけで諦めてオメオメとベソかいて諦めましたってか.........
しかもその後、クワと話すと何か自分が惨めに思えそうで嫌だからって、クワの回復も待たずに家に逃げ帰るだって?
「本当に負け犬だよな俺って....... グヒヒ...」
倉落は少し擦り傷の残る自分の掌を眺めると、独り卑屈に笑った。
「そこの負け犬さん、早く朝食を取りに来て下さい。早く食器を片付けたいのですが?」
「うわっ!?長谷川!?!?いつからそこにいたんだよっ!?!?」
黒い執事服を身に纏った西洋人のような顔だちの女性がいつの間にか倉落の背後に立っていて、さきほど扉の向こうから倉落に朝食の準備の完了を告げた声と全く同じ声で倉落に言葉をかけた。
「そこの負け犬さん、早く朝食を取りに来て下さい」
「え!?質問は無視かよっ!?!?」
金髪の髪を一本のポニーテールにまとめた長谷川は、何も言わずひたすら倉落の背後に立ち続ける。
その様子を見た倉落は大きな溜め息を吐くと、鈍い動作で腰を上げた。
そして、大きなクローゼットの方へ歩いて行く。
「なぁ、長谷川。友達を見捨てて逃げる奴なんて最低だよな?」
倉落はクローゼットの扉の前に立つと、気落ちした声で呟いた。
「ええ、最低です」
それに長谷川は綺麗な姿勢を保ったまま間髪いれずに答える。
その返事に倉落は何の反応も示さず、無言でクローゼットの扉に手をかけた。
「でも、戦ったうえで逃げたのなら」
ピクッ、と長谷川の続ける言葉に倉落は動きを止める。
「それは勇気ある負け犬です。最上級の最低ですよ」
倉落はゆったりと後ろを振り返った、するとそこにはいつもと違って優しい笑みを浮かべた長谷川がいた。
「長谷川...... 俺、お前を・・」
「ごめんなさい」
「はっ!?!?まだ言い終わってないぞ!?」
突然丁寧に頭を下げた長谷川に倉落は素っ頓狂な声を出す。
そして、長谷川はその整った顔を上げると、若干微笑みながら優雅な動きで退出していった。
「早く朝食を取って下さい」
「分かったって!!」
部屋の外から聞こえる姿の見えない長谷川の声に倉落は大声で対応した。
「最上級の最低ね......」
倉落は疲れた顔を少し笑わせると、クローゼットの扉を開いた。
彼が目を覚ますと穏やかで陽気な光が窓から差し込んでいて、優しい風が頬を通り抜けていった。
目の前に広がる白い世界、窓の外の緑と高層ビルの入り乱れる風景、どれも彼の見たことのない光景だったが、彼は自分がどこにいるかなんて少しも気にならなかった。
ただ、不思議と自分を包み込む心地良さに身を預けることをよしとした。
長い間、彼が経験してこなかった得体の知れない安らぎに彼は永久を求めたのだった。
「目が覚めたみたいですね、苳也君。気分はどうですか?」
「お前が来るまでは最高だったよ」
彼はベッドの隣に立ち止まった自らのくつろぎを邪魔する者へ棘のある声で返答した。
「ははっ、それは悪い事をしました」
「ア?悪いと思ってねぇだろが」
行方はいつもと同じヨレヨレのスーツをネクタイも付けずにラフに着こなす右々木を軽く睨みつける。
だが右々木は一向に気にするそぶりを見せず、最初から手に持っていたミルクティーをそばの机に置いた。
「それで、何処まで覚えていますか?」
「俺は負けたのか?」
行方は右々木の質問には答えず、逆に違う質問をした。
その言葉に右々木は何やら思案げな表情をする。
「そうですね、その負けというのが何を指すのか分かりませんが、苳也君は<制裁>の途中で気を失ってしまってますから、そういう意味では完全な勝利ではないでしょう」
「そっかぁ、俺は負けたのか.......」
右々木の言葉を聞いた行方は窓の外へ視線を移した。
その様子を右々木は黙って見守る。そしてしばらく経つと行方がまた口を開いた。
「俺が覚えてんのは、あいつが名前を名乗ってからこっちに向かって走ってくるとこだけだ。その後色々あったような気がするが、それ以外に覚えてんのは最後にぶん殴られた所しかねぇ」
「そうですか...... やはり少し記憶が飛んでしまっているみたいですね」
右々木は少し残念そうにすると、再びミルクティーを手に取った。
「それでは私は今日の所は帰ります。またお見舞いに来ますよ」
「........... 二度と来るんじゃねぇ」
右々木は窓の外に目を遣ったまま答える行方に少し微笑むと、部屋から静かに出てっていった。
またもや気持ちの良い風が部屋を通り抜けるのを感じ取りながら行方は目を閉じる。
敗北ーーー、それは行方にとって久しく触れてこなかったものだった。
彼が最後に負けたのは小学校に入学する前に父と手合わせをした時だった。
だがそれも過去の事、時間操作者となった彼は今なら父ですらもう簡単に倒せると思っていた。
しかし、彼は負けた。
どのように負けたのか彼は覚えていなかったが、敗北の証拠はしっかり体に刻み込まれていた。
「痛ぇな......」
彼は包帯でグルグル巻きにされた自分の顎をそっと指でなぞるとピリッとする痛みにやや顔を歪める。
「......... でも、気分は悪くねぇ」
窓から降り注ぐ光に行方は目を細めながらも、外の景色を見る事を止めようとしなかった。
「俺は、負けたんだな........」
彼は自分が笑っていることに顎から痛みが伝わってきて初めて気づいた。
「は〜...... 深呼吸...... ふ〜...... 深呼吸......」
岡月は保健室の扉の前で大きく息を吐いては吸うという行動を繰り返していた。
行くぞ〜...... 謝るぞ〜...... 行くぞぉ〜......
岡月は保健室のドアノブに手を伸ばしたり引っ込めたりの繰り返しを続けるが、一向にドアノブに手が届かない。
あ〜ダメっ!!入れないっ!苳也の所に行く時もこんなに緊張しなかったのにっ!!!
岡月は頭を抱えてしゃがみ込んで、自らの臆病さに嫌気がさした。
「無になるのよ..... 岡月真子。ただ部屋に入って謝るだけ..... 」
岡月はブツブツと喋りながら再び立ち上がる。そして目を閉じながらドアノブに手をかけた。
行けっ!
そして岡月はドアノブを勢いよく捻った。
「寝れない........」
ベッドの上で岡月が去ってから何十度目かの寝返りをうっていた桑場屋武蔵はバサっと体を起こした。
やっぱ謝りに行くかあ........
桑場屋武蔵は飲み終わっていなかったスポーツドリンクに手を伸ばし、少し中身を口に含んだ。
あいつは確か寮生だったよな?でも誰に聞けば部屋の番号教えて貰えるんだ?
「んん〜〜〜!!」
桑場屋武蔵は凝り固まった体をほぐすように大きな伸びをすると、軽く跳んで立ち上がった。
とりあえず寮に行ってみれば分かるだろ。さてさて行きますか.........
のったりとした動作で動き出した桑場屋武蔵はしっかりと上履きを履くと、保健室唯一の出入り口に向かって歩き始めた。
そして彼がドアノブに手をかけようとした瞬間、
ガシャンッ!!
物凄い勢いで扉が開き、ゴンッ、と鈍い音と共に彼の顔面に激痛が走った。
「あ痛いっ!!!!!!」
「ひゃっ!?ごめんなさいっ!?!?」
突如受けた衝撃に桑場屋武蔵は後ろに大きく仰け反った。
「ってあれっ!?桑場屋君っ!?!?」
扉の影から現れた岡月は大きな目をまん丸くして、心配そうに桑場屋武蔵の顔を覗き込む。既に彼女の顔は真っ赤だった。
「くそ..... おかしいと思ってたんだ..... 保健室の扉だけ引き戸じゃないなんて....... こういう事だったのか......」
桑場屋武蔵はおでこに手を当てながら苦痛に顔を歪め、ブツクサと文句を垂れた。
その様子を岡月はソワソワとしながら見守っている。
「ってあ、岡月じゃないか」
「う、うんっ!岡月だよ!?でも今のはワザとじゃないからっ!!!!本当だよ!?」
桑場屋武蔵はやっと自分の頭に一撃を食らわした張本人を認めると、その真っ赤な顔を見つめて、スーっと深呼吸した。
「あ、あのさっ、さっきはご・・・」
「さっきはごめんっ!!!岡月っ!!」
「へっ!?あ、うん....」
桑場屋武蔵の突然の大声に岡月は一瞬ビクッとしてから、頭を下げる桑場屋武蔵を見て顔をさらに赤く染めた。
「何かさっきは色々上から目線で言って...... その、何か悪かった!!!!」
「そ、そんなことないからっ!!助けて貰ったのは事実だし..... だからそのっ、顔を上げて!?私も謝りたいしっ!!!」
頭を下げたまま動かない桑場屋武蔵に岡月はブンブンと手を振りながら話しをする。
「あ、そうなの?」
よし..... なんとか仲直りできそうだ!なんか岡月ちょっと当たりが弱くなったか?
桑場屋武蔵は顔をゆっくり上げると、そこには今にも倒れそうなほど顔が赤い岡月がいた。
「その..... 私もさっきは助けて貰ったのに偉そうな事言ってごめんなさい。い、一応感謝してるっていうか.....」
岡月は決して目をを合わせようとはしない。
そして、それ以上は何も言おうとはしなくなり、顔を深紅に染めたまま目を伏せた。
その光景を見た桑場屋武蔵はふっ、と笑うと、その口をまた開いた。
「じゃあ、これで俺がスパイじゃないって信じてくれた?」
「え?」
岡月がやっと視線を桑場屋武蔵に合わせると、そこには楽しそうな笑みを浮かべる彼がいた。
それを見た岡月もふふっ、と笑う。彼女は久しぶりに笑った気がした。
「それとこれとは話が別。大体苳也と戦ってる時も能力使ってないじゃんっ!!」
「言ったろ?俺はそういう主義なの」
桑場屋武蔵はそう自分で言っておいて笑っていた。
「..... はいはい分かりましたよっ!」
岡月も笑みをこぼすのを止めようとはせずに、桑場屋武蔵が作った空気に身を任せた。
この人は私にとって特別だ...........
岡月は桑場屋武蔵が笑う度に揺れるボサボサ頭を眺めながら、自分の笑顔がいつもより輝いている事をはっきりと自覚した。
ガチャ
扉を開ければまだまだ涼しい風が体全体に吹きつけた。
雲ひとつない快晴が視界一面に広がる。
「今日もいい天気だな......」
ゆったりとした足取りで歩いて行く、人の気配はまるでしない、いつも通り屋上を自分1人で占領している事を確認すると、彼は屋上の真ん中まで歩いて行って暖かい床に寝そべった。
彼はこの場所に人が誰も来ない時間を知っていたのだ。
「こんな日はやっぱこうやってダラダラするのが1番だよな......」
彼は目を細めながらも煌めく太陽に右手を伸ばすと、太陽の光に彼の右腕の深紅のブレスレットが照らされ鮮やかに輝く。
すると、彼の視界に黒い影が現れた。彼の視線の先には宙に浮く見慣れた雑誌があった。
「あ、今月号のミュートン.......」
彼はムクリと上体を起こして、後ろを振り返ると、彼の想像通りの人物がそこには腕組みをして立っていた。
「やっぱりここに居たのね、シンノスケ」
肩にかかるくらいの長さのブロンドの髪をヘアピンひとつで纏めた少女が彼に呼びかける。
「毎月ありがとな、で何の用?」
パサっと宙に浮いていた雑誌が彼の横に落ちるのを確認してからその少女は彼の近くに歩み寄る。
「なに〜?用がないと会いに来ちゃダメなの〜?」
座ったままの彼の横に屈んだ彼女はニコニコしながら彼の肩を指先で突ついた。
「別にいいけど用があるんでしょ?」
だが彼はそんな彼女を特別気にする訳でもなくぶっきらぼうに言った。
「まぁね、校長が呼んでるのよ。どうやらまた国から<支援要請>が来たみたいよ?」
「え〜、また俺なの?次は行方の番じゃないの?」
彼は不満げな声を出してゴロンと再び床に寝転んだ。
その様子をみた彼女はニヤリと笑うと、太陽の光で十分に暖められた床に上品な動作で腰を下ろした。
「へへへ、実は今苳也は入院してて、しばらく学校に来ないみたいだよ?」
とっておきの秘密を教えた無邪気な子供の様な顔をした彼女に、彼は不審な表情を向けた。
「..........何で?」
「なんか顎の骨を折っちゃったみたい、なんと制裁中に!」
彼女は手を大きく広げて、楽しそうに言う。
「対象の名前は?」
再度体を起こした彼はさらに質問を重ねる。
「おっ?興味深々かな!?」
彼女は彼のいつもは眠そうに半分しか開いてない眼に鋭い光が宿ったのを見て、少し驚いた。
「確か名前は桑場屋って言ったかな?紫学年の、多分今年の編入生だと思うけど。あ、でももう<制裁依頼>は取り消されたって友里香ちゃん言ってたからシンノスケの出番はないよ!?」
彼女の言葉を聞き終えた彼は、おもむろに立ち上がった。
「俺ちょっとそいつに会ってくる。凄い気になるわそいつ」
「え!?いやダメだから!!校長が呼んでるって言ったよね!?!?」
今にも走りだしそうな彼を見て彼女は慌てて立ち上がる。
「え〜、でも・・・」
「ダメです。“紅緋の抑止力ー君主”としての役目を果たしなさい、遊馬親之介!」
腰に両手をやり、透き通るような青い目で睨んでくる彼女を見て、遊馬は小さな溜め息を吐いた。
「分かったよシラカミ、行けばいいんでしょ?行きますよ........」
「それで良し!」
彼女は赤いネクタイが風に踊らされるのも気にせずに、満足そうに頷いた。
そして遊馬はスタスタと屋上から歩き去って行った。
「桑場屋は私が調べておくから任せなさい。へへへ.......」
遊馬がいなくなるのを確認した後、彼女は胸の白神アリサと書かれた生徒会バッジを輝せながら1人で笑った。
「ってあ...... 親之介の奴折角持って来てやったミュートン忘れてるし.......」
白神は床の雑誌を困ったような笑みを浮かべながら拾った。
「しょうがないなぁ..... 舞い上がっちゃって.....」
そして彼女は金色の髪と赤いネクタイをなびかせながら少年を追うように屋上を後にした。




